【147】弓術大会-観覧席にて
ブラックオパール伯爵家の席にて
ルキウスがルビーの宣誓に度肝を抜かれる事になるより、前の事。
弓術大会の会場についたルイトポルトをはじめとした一行は、カールフリートが手配した案内人によって、観覧席へと案内された。
観覧席に、使用人たちが椅子や傘、テーブルなどを設置していく。それらを見ながら、ルイトポルトは会場全体を見た。
まだ選手たちの入場していない、中央の試合会場。
その周りを囲うように並んでいる観覧席。
主催者の子息であるカールフリートから直接お呼ばれしての参加となったルキウスの身内という事で、ブラックオパール伯爵家の観覧席は良い位置にあるのがうかがえた。
観覧席のうち、一番の上座は主催者のピジョンブラットルビー伯爵家。
その次の良い席に、ルビー侯爵家から来たという人々。
今大会の会場にいる人間では、一番位が高い。ただし、主催ではない為、ピジョンブラットルビー伯爵家より一段下の席に並んでいる。
その次にビーフブラッドルビー伯爵家。
その次に、チェリーピンクルビー伯爵家。
どちらも家格はピジョンブラットルビー伯爵家家と同等の、ルビー侯爵家の分家筋の家々だ。伯爵位という意味ではブラックオパール伯爵家とも同じであるが、やはり、建国から歴史を持つルビー侯爵家の分家という事もあり、安易に同等には語れない家だ。
それらに続くように、ピジョンブラットルビー一族である、分家筋の中でも格の高い家々の観覧席が並んでいる。
主催の一族の者たちなので、当然の扱いだろう。
そこに続くような形で、ブラックオパール伯爵家の席は用意されていた。
ルビーの血族ではない事を考慮すると、最上級の扱いだ。
準備が出来た椅子に早々に腰かけたのはインゴとマヌエラ、ジビラの三人だ。
一方で椅子が用意されても腰かけず、落下防止の柵を掴みながら会場を見渡しているのは、ルイトポルトと、レヒタールとノイバーの三人。
そのままでは会場が見えないノイバーを、レヒタールが抱き上げてやって全体を見せてやると、末の子は目を輝かせた。
「とても、広いですっ! ルキウスはどちらに?」
「まだ出番は後だな。あの舞台で、弓の腕を競うんだ」
「あれほど遠くからうって、当たるのですか?」
「ルキウスは腕が良いからな」
ノイバーの問いにルイトポルトが答えれば、ノイバーは更に目をキラキラとさせて、会場を眺めている。
「……あちらの御席には、傘も椅子もありません」
ノイバーが、ふと、上座の方を眺めていった。
末の子の言葉の通り、主催のピジョンブラットルビー伯爵家の席にも、そのほかルビー侯爵家、他伯爵家二家の席にも、椅子や傘はない。
レヒタールが、そちらを見ながら弟の疑問に答える。
「ルビーの方々は体が我々より丈夫なのだそうだ。故に、このような場では立ち見で試合を見るのが一般的だという」
こういう場での観覧は、基本的に、上位の貴族であればゆったりと椅子に座って観るのが一般的だ。
ブラックオパール伯爵家主催の狩猟祭などでも、参加者以外は天幕の中で椅子に座ってゆったりと過ごしている。
しかしルビーの血族ではそうではない。
椅子に座るのは体調不良者や体の弱い者だけ、という考えがあるのだという。
己が健康であることを示す為、男も女も長時間立って観覧する。それが出来るだけの体力が、男も女もあるという。
こうして直に目にすると、淑女までもが立っているのは違和感を感じる。
が、観覧席全体を見ると、傘を用意し、椅子に座しているのは殆どが赤くない髪色の持ち主のようだ。
「ルイトポルト!」
「! カールフリート殿!」
名を呼ばれ、振り返ると、そこにはルイトポルトの友人がいた。
カールフリートは貴族学院の制服とは違い、立派な騎士らしい服を着こんでいた。帯刀もしている。ほんのわずかに、ルイトポルト達の周囲に立っている護衛の騎士たちに緊張が走った。カールフリートが何かをすると警戒した訳ではないが、反射で剣の柄を握ってしまう者が出たのだ。
(やめろ、お前たち)
護衛としてルイトポルトの近くにいたトビアスが、他の者たちを視線で制する。反射で剣の柄を握ってしまっていた騎士たちも、何事もなかったかのように手を離した。
そんな騎士たちの緊張など気にせず、若者たちはワイワイと会った事を喜び合っていた。
「このような良き席を用意してくれてありがとう」
「呼んだのだから当然の事だ。ああ、過度な礼は不要だ」
後半の言葉は、立ち上がり、カールフリートに礼をしようとしていたインゴに向けられた言葉だった。
「気楽にしてほしい。確かにオレは本日の主催の息子であるが、同時にルイトポルトの友人でもあるのだから」
「恐縮です」
インゴは一礼をし、下がった。挨拶をすべき場ではあったが、当の本人が要らないというのだから、無理に挨拶をするべきではないだろうという判断であった。
カールフリートはルイトポルトと向き合う。
「本日は多くの名高い者が参加しているぞ」
「聞き及んでいるよ。確か、プロェルス・ビーフブラッドルビー子爵も参加しているとか」
「ハハハッ、流石プロェルス卿! 血族外にも名が轟いているようだな! あの方は本日の優勝候補さ。殆どの者が、彼が優勝する事に賭けている」
この手の大会にありがちな事で、誰が優勝するかでの賭け事が発生もしているようだ。ルイトポルトも参加するかと誘われたが、断った。レヒタールやノイバーも、主人に従った。
「だが腕のある者はプロェルス卿だけではない。事前にも伝えたがな。他にも数人、有名な者がいるぞ。彼らも過去、いくつかの弓術大会で優勝をしていたり、実践での高い名声を誇っている。……とはいえ、仕留めた獲物で言うのならば、ルキウス卿に敵う者はそうそういないだろうが」
ニヤリ。カールフリートが笑う。ルイトポルトも微笑んだ。
「……とはいえ、ルキウス卿はこの手の大会は初めてだろう? 場に呑まれないといいがな」
「嗚呼……そうだな。その一点は、トビアスたちも不安視していた。やはり、森や野で矢を射るのとは、違うものなのだろうか」
「違うだろうな。特に、剣術などと違い、弓術は己との闘いのみになるだろう? オレはあまり弓を積極的には使わないが、どれだけ平静を保てるかで、話は変わってくると聞く。実践ではうまくいくのに、大会では途端に実力を発揮できなくなるという者もいるらしいからな」
「ルキウスならきっと大丈夫だ」
カールフリートの言葉に、ルイトポルトは即座に言い切った。
「私は彼を信じている」
ルイトポルトの言葉に、カールフリートは満足げな顔をした。
◆
カールフリートが己の席へ戻っていってからしばらくして、ついに大会が始まった。
開会式の熱狂的なルビーの者たちの掛け声には、ブラックオパール伯爵家の一同が、度肝を抜かれていたが、周りの者たちが熱気を伴っているかのように盛り上がっていて、ルイトポルトたちまでなんだか気分が高揚した。
数回繰り返された宣誓が収まり、大会が本格的に開始される。
一人ひとり、人数が減るまでひたすら矢を射続ける。
画としては控えめだ。が、一射放たれるごとに会場に広がる声により、静かな時間を感じる暇はなかった。
ルイトポルトは、参加者の中に埋もれているルキウスを見たりしながら、他の者たちの実力にも目を配る。もし、まだどこにも仕えていない騎士で、目に留まる者がいれば、ブラックオパール伯爵家に誘う事も出来るので、そういう目線でルキウス以外にも目を配るよう、事前に言われていた。
――暫くして。
何巡目かはもう、熱心に数えている者以外が分からないぐらいに順番が回った頃、ルキウスの番がめぐって来た。
ルイトポルトは半ば身を乗り出しながら、己の侍従見習いを応援した。
「ルキウス……! ルキウス、頑張れ!」
流石に距離があったし、周りの声に呑まれて、ルイトポルトの声は届かなかっただろう。ルキウスはただひたすら、正面の的を見つめていた。
区切りが良い所まで、頑張って一日一話ぐらいのペースで更新する予定……です。




