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かくも世界は醜くて~魔導師学校の陰陽師~  作者: おおよそもやし
空空周りて行先なし
112/113

「……羽世!無事か!?」

「佐伯!?先に行ってろって……」

「弟分のピンチに駆けつけない兄貴がどこにいんだよ。」


 長剣に貫かれ無惨に崩れ去った石塔は、吹き飛ばされた勢いのままに坂道を転げて行った。窮地を救われたことに気が緩んで、五感が急速に元通りになっていく。詰まったような鼓膜が、ようやく近くの会話を拾い上げた。

 剣を投げた人物_____佐伯は地面に突き刺さった御佩刀(みはかせ)を両手で引き抜くと、平里の背中をぱしんと叩いた。平里はそこでようやく呼吸を再開できたようで、大きく息を吐き出していた。


「それで?アレ(・・)は何なんだよ。」

「ケルベロス……」

「けるべ……変な名前だな……望月の言う『トツクニ』のやつか?」

「あ、やっぱり知ってるんだ」


 平里への問いかけ方に思わずそう零すと、佐伯はこちらを見て少し嫌そうな顔をした。やっぱり平里のことで嫉妬してるのかな、僕もだけど_____


「……っわぁ!?何なに!?」

「返り血付けすぎだろ。かぶれるぞ。」

「今そんなこと気にしてる場合じゃないよね!?っていうか年上ぶんないでよ!平里の前だからって!」

「実際年上なんだからいーだろ。」

「……としうえ……」


 ……いや、前世含めたら僕の方が遥かに年上なんだけど?

 不満に思っている間にも、佐伯は固い袖口で僕の顔を無遠慮に拭う。べしんと払い除けて威嚇しても、岩壁に虚しく響くばかりで効果はなさそうだった。

 サヤの意識の感じられない今の主導権は僕だし、元々僕の人格で生きていた身体だ。とはいえ、サヤがいるならこれはサヤの身体なのだ。それを雑に扱うとか、必要のない傷を負わせるようなことはしたくない。

 ……けど、こうしてくだらないことを経たおかげで少し落ち着いた。どうしたって、脳に刻み込まれた恐怖ってものは冷静さを奪うみたいだ。

 本当は僕の方が年上だけれど、今回は譲ってあげよう。前世含めたら僕の方が年上だからね。大人だからね。


「……神原?」

「大人だからね。大人だから。もう昔の僕ではないんだよ、平里。」

「お前が良いならいいか……」

「うん。」


 普段の僕だったら怒っていたけれど、今回は違う。いくら僕だって、結果論とはいえ冷静さを取り戻させてくれた相手に突っかかったりはしない。

 人生……何周目かは忘れたけれど、名前だけで言うならまだ2週目だけれど。少なくとも、僕の方が今の佐伯よりも人生経験豊富なお兄さんなんだから。


「羽世、何の話……」

「佐伯。気にすんな。本当に。説明は終わってからするから。」

「……分かった。」


 僕と平里の主語のない会話を不思議に思ったのか、佐伯の怪訝な視線が僕らに降り注ぐ。佐伯からしたら以前に霊域で邂逅していたとはいえ、ほぼ初対面のはずの相手と弟分が以心伝心していることが怪しくてたまらないのだろう。もし、誰も知らないうちに接触していた……とかだったら、組織的には一大事だもの。

 それにしても、佐伯の話を遮る平里の声はなんだか語気が強いような気がする。なんでだろう。

 ……ともかく。今はあの獣を討伐するか、どうにかして望月穂稀から引き離さないと。

 先に進むにしろ、あの怪異の情報を得るにしろ、望月穂稀が肉塊のままではどうにもできないのだから。


「高梨。出てきなよ。怒らないから。久米さんも。」

「え……いつから分かって……」

「いくら坂道とはいえ、遮蔽物もないのにバレないわけがないでしょ。しかも下り坂だし。」

「うっ……」

「なんだ、態とじゃなかったのか。」

「久米上官……追い討ちかけないで下さい。」


 高梨がこんなことにも気付けないのは、経験の浅さからだろうか。それにしたって……みたいな部分はあるけれど、これでも上澄みらしいから仕方がない。

 こんな初歩的なことに気づくことすらできないほどに余裕がなかったんだろう、多分。きっと。そうだと思いたい。上官が分かっているなら問題は教育段階だと思いたい。本当に、そうであって欲しい。


「……ところで平里。けるうぇ……けるべ、ろす……」

「ケルベロス?……まさか思いついたのか?作戦。」

「うん、そう。……だけれど、それにはまず高梨の権能をどうにかしなきゃいけなくて。」

「俺ですか?」

「うん、そう……ねえ、平里。確認だけど、ケルベロスはずっと地下にいる(・・・・・・・・)んだよね?」

「基本はそうだが、一度だけ地上に……あ。そうか、見たことがないのか。」

「もしかして、そういう神話もあった?それなら好都合だね。」


 八咫烏、金烏、赤烏。色々な名前を持っていても、その根源はたったひとつだ。

 それを引き出せるのなら、光を知らないあの獣に大きな隙を作れるはず。神話でその記述があったのなら確実だ。


「トリカブトの起源譚でたしか……」

「あるの?ほんとに?」

「ああ。間違いない。」


 平里は記憶を手繰り寄せるように視線を惑わせる。早る気持ちを抑えて尋ねると、平里はにっと笑って頷いてくれた。


「……よかった!ありがとパパ〜!」

「蒸し返すな!」

「……ママ〜」

「やめろ」

「はぁい。あのお菓子、食べなきゃよかったね。」

「今更だろ。それに後で食べられるとも……」


 そこまで言って平里は言葉を切って、ばつの悪そうな顔をした。なんでだろう……あ、そっか。気を遣ってくれてるんだ、平里は。かつて帰れなかった僕らのために。

 ……それだけで、じゅうぶんだ。覚えて悼んでくれていたなら、それだけで僕はじゅうぶん救われる。

 たとえこの先会えなくなっても、あの木が根ざせなくても、平里とサヤが覚えて生きていてくれればそれでじゅうぶんなんだ。


「……よし!高梨!」

「は、はい!」

「高梨の力が必要なんだ。だから、その……」

「カンバラさん?」

「えっと、だから……あの……

……僕を信じてくれる?」


 長いこと口にすることのなかった言葉は喉の奥で錆び付いていて、上手く言えたかなんて気にする余裕もなかった。柄じゃないよね、こんな言葉。

 それでも高梨は笑わずに聞いて、そして頷いてくれた。その緊張した表情が僕の小さな幼馴染みにそっくりで、それが寂しくて、でも、同時に嬉しかった。

ウィキペディア_ケルベロス

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%83%AB%E3%83%99%E3%83%AD%E3%82%B9

トリカブト | 暦生活 https://www.543life.com/content/shun/post20250911.html?srsltid=AfmBOorR6kxFD4LmKF4f6Xj53Q6v4gblzDYk53AmesZ3AD0S_xFv0oYl

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