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イストワール国~その花の名を私は知らない~  作者: 天音蓮
第三章 事件編

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然るお方(5)

改稿しました。

 男の握る瓶が、牢の暗がりから伸びてきた手に引き抜かれた。


「飲んだらすぐに瓶をよこせ」


 空になった手を引っ込めて間もなく栓を抜く音が鳴り、男は房の外を気にするそぶりで顔を背けるとニタリと嗤った。


 その時、突如としてたった一つしかない壁の灯りが消えた。


 房内が暗闇に包まれた中、男は向き直りざまに自分めがけて飛んでくる光の帯を見る。

 避ける(いとま)もなくその光の帯に上半身を腕ごと巻きつかれると、すかさず飛んできた新たな光の帯に両脚の自由をも奪われる。


「なっ!」


 バランスを崩した男はなすすべもなく、身体を石床にしたたか打ちつけて倒れ伏した。



 カツン、と牢の中で靴音が響いた。



「遅いじゃないか。待ちくたびれたよ」


「……」


「だんまりなんて酷いな。オトモダチなのに。

 ──でもまあ、違うってわかるか。アイツとは仲良しみたいだし」


「どうして……」


 見えない牢の中を覗き込むように頭をもたげたまま、男はそれきり言葉を失った。



「どうして?

 それは、どうしてここにオトモダチが居ないのかってこと?

 それとも、どうしてここで魔術が使えるのかってこと?」


「……」


 牢の人物は押し黙る男にため息を洩らして「仕方ないな、答えてあげる」となおも気安い友人のような態度を続ける。


「まず一つ目。君に会いたくて、オトモダチから場所を譲ってもらった。

 そして二つ目だけど……。君だってよく知ってるよね?」


「……」


 また男から返答はなく、真っ暗な房内は静まり返った。


 とはいえ男が無言なのも無理はない。独房内で魔術を行使できる者は極めて少なく、例を挙げるなら獄舎の管理官や騎士団の上層部くらいしかいないのだ。



 暫しの沈黙のあと、男から「ギリッ」と奥歯を噛みしめる音が鳴った。


「……房を移したなんて引継ぎはなかった。っき、貴様がヤツを逃がしたんだ!」


「おやおや、そうきたか。往生際が悪いね。なら外の警備を呼べばいい。救援信号(シリウム)だけは許されているだろ?」


「拘束を解け!」


「ムリなの? おかしいな。だいぶ加減したのに……。では大サービスだ。

 ──シリウム」


 いかにも呆れたように語った牢の人物が呪文を口にした直後、真紅の発光体が牢の中から勢いよく飛び出した。

 石床で身を捩る男の上を瞬く間に通り過ぎ、独房の入口扉を突き抜けていった。



 すぐに解錠の音が二度鳴って、入口の扉が開いた。

 廊下の灯りを背景に、数人の影が房内に入ってくる。


「たっ、助けてくれ!」


 その影に向かって、男は芋虫のように這いながら叫んだ。


 だが、動く影は一つとしてない。


「……っ!」


 男は息を呑んで影を見上げたが、ついには項垂れた。



 キィ……────

 硬質な金属の擦れる音とともに、牢の格子扉が開いた。


「その者を中へ」


 牢から出てきた人物が命じるなり、指をパチンと鳴らす。

 房内が一瞬で昼間のように明るくなった。


「…………ヴァランタン、様……」


 瞠目した男は抗う気力も無くなったのか、されるがままに魔力封じの枷を嵌められ、光の帯が巻きついた上半身と脚を抱えられて牢の中へと運ばれた。



 ヴァランタンは瓶に栓をして光の帯を解除すると、部下たちによる男の装備品や所持品の没収と牢の施錠を見届けた。


「アルフレデリックを呼んできてくれ。ああ、ゆっくりでいいよ。なんならお茶を飲んでからで構わない」


 何かを察したらしい部下が足早に独房を出ていき、その姿をちらと見たヴァランタンは「残念」と肩を竦めた。格子向こうの男に冷然と笑む。


「あまり時間は無さそうだ。でも、借りは返さないとね。たくさんあるから返しきれるか心配だよ」


「何かのお間違いでは……。私如きではヴァランタン様にお会いする機会すらございません」


 両膝立ちになって慌てる男の眼前に、ヴァランタンは瓶を突きつけた。


「そう? なら、手始めに何でこんな物を渡したのか説明して」


「…………わ、渡すようにと脅されたのです」


 目を泳がせる男にヴァランタンは片眉を上げた。


「ふーん。誰から?」


「……」


「またダンマリか。

 ──そうだ! この酒を飲むといい。きっと口の滑りが良くなる」


 さもいいことを思いついたようにヴァランタンが軽快な音を立てて栓を抜くと、途端に男は「ひっ」と声を上げて後ろに膝行(いざ)った。

 枷の嵌まる両手を組み、怖れを滲ませた顔でヴァランタンを仰ぎ見た。


「どうかご容赦を……」


「あれ? 君がくれた酒を勧めただけなんだけど……。まあいいや。見当はついてたし。

 ──でも、これくらいで根を上げるなんてね。君はまだ、一滴の血も流してなければ傷の一つも負ってないじゃないか。私はね、せめてあの子が心や身体に負った痛みくらいは君に返したいと思ってるんだ。

 なに、心配はいらないよ。君を死なせたりはしないから」


 抜いたばかりの栓を戻し、冷ややかに男を見下ろすヴァランタンの唇が弧を描く。


「──では、」


「兄上!」


 背後で呼んだアルフレデリックに、ヴァランタンは振り返ることなく返す。


「早すぎるよ、アルフレデリック。これからがいいところなんだ」


「戯れが過ぎます。あとは私が」


「……わかった、わかった。もともと頼まれたのは監視だったからね」


 水色の髪をかきあげてヴァランタンはそう言うと、隣までやって来たアルフレデリックの差し出した手に持っていた瓶を預けた。


「ありがとう、兄上」


 ヴァランタンはアルフレデリックの肩にぽんと手を置き、独房を出ていった。



 牢格子を挟んでアルフレデリックは男を正面から見据えた。


「其方が恨みに思っているのは私だろう。狙うなら何故(なにゆえ)私を狙わぬ?」


「……」


 男はじっと枷を見つめて押し黙った。


「私には敵わぬからディアヌローズを狙ったのか?」


「……」


「申せ!」


 声高にアルフレデリックが言うと、男は醜く歪んだ顔を振り上げた。赤瞳が異様なほどに炯々(けいけい)としている。


「あの日、アイツが私の人生を滅茶苦茶にした!

 アイツは謝罪もさせず、私から挽回の機会を奪った!

 アイツが居なければ、私は側、」


「側近に取り立てられた、とでも言いたいのか? 逆恨みも(はなは)だしい! 今一度言う。

 先に申し渡したとおり、制止命令すら従えぬ其方は不要。

 理解できたか、ロンタール」


 口をつく恨み言を遮ってアルフレデリックが告げれば、さっとロンタールの顔色は変わった。


「たった、たった一度ではないですか!」


「そのたった一度が命取りになる。其方一人の命令違反で、全員が窮地に陥るのだ。私は部下の命に責任がある。予期できる危険を排除するのは当然であろう」


「……そんな……」


 ロンタールはその場に(くずお)れた。独り言のように語りだす。


「俺は、聖籍が欲しかった……。腹違いの兄弟はみんな聖籍に入ってる。……聖籍だけじゃない。剣術でも魔術でも、俺だけ、いつも俺だけが兄弟に及ばない。……どうしてですか。どうして俺だけが……。どうして!」


 呟きから始まったロンタールの声は拳を何度も何度も石床に叩きつけて話すうちに大きくなって、最後には絞り出すような低い声になっていた。


 肩で息をするロンタールに、アルフレデリックは侮蔑のこもった笑みを浮かべる。


「兄弟を羨むばかりで、己の研鑽や修練を怠ったのではないか? だが知ったところで今更だ。其方には重刑が科される」


「っ!」


 一瞬見開いた目からは見る見るうちに涙が溢れて、ロンタールは唸るように泣き出した。


「後ほど尋問する。死ねないようにしておくように」


 アルフレデリックはロンタールを睥睨して踵を返すと、部下に言い置いて独房を後にした。




 ◆◇◆




 翌日。

 報告のため、アルフレデリックはコンスタンティンの執務室を訪れた。


「ロンタールが差し入れた酒から毒が検出されました。

 その毒が、中央で二件目にあった拉致犯毒殺の容疑者が()()()()()()毒と同じであると判明。

 どちらにも、ブリュタルテ領固有の植物が使われています」


「つまり、()()()()()ということか?」


「はい。全く異なる成分とのこと。中央は真犯人捜しに血眼のようです」


「では、ロンタールは中央の毒殺事件には関与していないのだな?」


「はい。ディアヌローズの拉致依頼と、拉致実行犯バンの毒殺未遂。及び、雪月のレクタによる襲撃実行。以上三件です」


 襲撃事件については実行犯を既に一人捕縛していたものの、共犯者と契約魔術を交わしていたために詳細な供述を得られていなかった。この度ロンタールを捕えたことで契約相手がロンタールただ一人とわかり、ただちに契約解除を行ってふたりを再尋問。主犯がロンタールと断定できたのだ。


「パレードの馬車暴走に関与は?」


「中央では今のところ、その件を事故とも事件とも断定していません。当方としてはあくまで、ロンタールは拉致を依頼した、との事実だけで十分と考えています。

 仮に関与があったとして、生存する犯人はわが領に収監したただ一人。迷宮入りになったところで、犯人を皆殺しされた中央が我々を咎め立てなどできるはずもありません」


 中央で起きた事件に自領民が表立って関わっていたとなれば、ランメルト領が深刻な事態に陥ることは明らかだ。


 その観点からも、アルフレデリックがバンを連行してきた意義は大きい。結果としてロンタールによる中央でのバン毒殺を阻止できたのだから、まさに僥倖だったというほかない。


「対外的にはそれでよかろう。だがロンタールら三名の罪状は余すことなく詳らかにし、報告せよ。罪状が確定次第、刑を言い渡す」


「承知しました」



 事件解決のめどが立っても事後処理は山積している。

 コンスタンティンは小さく息をつくと、執務机から一枚の木札を手に取った。


「ロンタールの父親から聖籍返上の申し出があった。惜しい人材なだけに頭が痛いが、今着目したいのは第二夫人である母親の出身地だ。

 ブリュタルテ領。

 ──毒の出処かもしれん。というか、いっそこの事件に関与していれば都合がいいんだが、どう思う?」


「今はまだ何とも」


「ヴァランタンに調べさせるか。……ブリュタルテ領……。何かときな臭い領地だ」


 ブリュタルテ領が犯罪まがいの仕事を請け負うことは広く知られており、ランメルト領で起きた犯罪にもブリュタルテ領出身者の暗躍が少なくなかった。


 また婚姻においても黒いうわさが絶えず、その主な手口は媚薬である。現にランメルト領でもその事案が幾つかあり、ロンタールの父母の婚姻もその一つだった。


 強引な手口なだけにたいていは第二夫人以下におさまるが、話はそれだけで終わらない。上位夫人の突然死によって繰り上がる家が散見されるのだ。

 死因は毒であるらしいのだが、体内から毒物を検出できたことは一度もない。


 しかしロンタールから押収した毒の調査結果によっては、これまで突然死とされた事案を一気に解決できる可能性が出てきた。


「望まぬ夫人を離縁させるいい機会となるか……?」


 コンスタンティンは木札から目を離さないまま、顎を摩りながら言った。




「お呼びですか?」


 やって来たヴァランタンに、コンスタンティンはロンタールの母親と毒の出処に関する領地調査を命じた。


「では領地へ戻る前にディアヌローズの顔を見ておかないと。もうじきお茶の時間ですし、一緒に行きませんか?」


 三人は連れ立ってディアヌローズの部屋に向かった。






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