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イストワール国~その花の名を私は知らない~  作者: 天音蓮
第三章 事件編

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然るお方(4)

改稿しました。

 暫く待ってもウルラは身動ぎもせずに目を瞑ったままで、ディアヌローズは諦めの息を吐いた。いくら(あるじ)といえど、無理に訊き出したいわけではない。


「変なこと訊いたわ。ごめんなさい」


 束の間沈黙が落ち、ウルラは目を開けた。漆黒の双眸でディアヌローズを捉えること暫し。


『……護らねばならぬ、と聲が聴こえた。(われ)の内なる聲か、天啓かは知らぬ。──信じるも信じぬも、(なれ)の好きにせよ』


 言い終えるなりウルラはまた目を瞑ったが、ディアヌローズは満面の笑顔を向ける。


「もちろん信じるわ。ウルラ、教えてくれてありがとう」


「ではウルラよ」


 間髪入れず、アルフレデリックは呼びかけた。

 ウルラは何の反応も見せなかったが、気にすることなく先を続ける。


「ディアヌローズを護る意思があるならば、提案だ。ディアヌローズが洗礼を迎えるまでは魔石に戻らず、実体化したままで過ごさぬか」


 ウルラは片目だけ開けた。その目は睨んでいるかのような半眼である。


『吾に何の得がある?』


「このままではディアヌローズを失う。其方が言うところの、好ましい魔力を得られなくなるが、それでよいか?」


 ……えっ⁉


 当の本人を置き去りにして語られた内容に、ディアヌローズは目を大きくした。アルフレデリックを見れば向こうもこちらを見ていて、その冷冷たる視線にディアヌローズは息を呑んだ。


「私が気づかぬとでも思ったか。其方の寒気(さむけ)は、過度な魔力行使によるものだ。上手く誤魔化したつもりだろうが、身の内の痛みに耐えている。──違うか?」


「……」


 ディアヌローズは唇を引き結んだ。

 沈黙は肯定になるとわかってはいても、はぐらかす言葉さえ思いつけず、とうとう顔を俯けた。


 傍らでは瞠目したフォセットが両手で口を覆い、部屋のそこここにも同様の者たちがいる。


 アルフレデリックはウルラへと視線を戻した。


「返答は?」


『……受ける。──受けねば、汝は吾を滅する。相違あるまい?』


「さて、どうであろうな」


 アルフレデリックが口の片端を上げてにやりと笑むと、ウルラはぷいと顔を背けた。

 両翼を広げて飛び立ち、窓を突き抜けて部屋から一番近い高木へと舞い降りる。目を瞑ると春の陽に透ける初々しい緑の葉模様が白い身体に映って、ウルラは見事なほど庭に溶け込んだ。


 ウルラを見届け、アルフレデリックは俯くディアヌローズへと顔を向けた。


「これに懲りて、今後は魔力を動かしてはならぬ」


 アルフレデリックは以前よりも詳細に、魔力を動かした場合の身体への影響──特に洗礼前──について語った。


 未発達な魔力腺は繊細で、魔力が大きく動いたり乱れたりすると簡単に傷つく。主な原因は心の不安定さ。抑えきれない感情が魔力を乱し、勢いよく魔力腺を駆け巡って内壁を傷つけてしまう。傷ついた魔力腺は魔力が平常に流れるだけでも痛みを感じ、損傷が深いほど痛みも増す。断裂すれば最悪死に至るのだと、それはそれはイイ顔で言った。


 更に、ついでだと補足したのが魔力量の減少についてで、体内深部温度が低下していくだけでなく、枯渇ともなれば死ぬのだと、やはりイイ顔で言ったのだ。


 他にも幾つか語られたが、ディアヌローズには心当たりがあり過ぎた。とはいえ、どの局面においても魔力を動かす以外に乗り切れなかったという思いがある。


 大樹の燃え盛る炎をラヴァージュで消し止めたのはその最たるもので、子ども達の命を失うことなく、森への延焼も阻止できた。自分を炙り出すためにバンが大樹に火を放ったのだから、ディアヌローズが手を尽くすのは当然であり、皆を護りたい一心でやり遂げた。最善であったと思うし、やはり今も後悔はない。


「聴いてるか?」


 思考を遮るようにアルフレデリックの声がして、ディアヌローズは顔を上げた。銀を帯びた瞳に見据えられて、思わず身が竦んだ。


「……はい」


「其方が如何にして魔力籠めの方法を知ったか、それを問い(ただ)したいが、魔力腺の傷がますます深くなる故、今は置いておく。まずは身体を癒すことが先決だ。

 其方が魔力籠めした魔石の数と二度のラヴァージュほどであれば、かなりの日数(ひかず)は要するが魔力腺は治癒できる。──安心しなさい」


 最後の一言を告げた時、アルフレデリックの瞳は淡い金色に戻っていた。


 その瞳を見つめて、ディアヌローズは痛む両手を握りしめた。


 ……言えない……。


 レミの止血をしながら、助けたいとひたすらに(こいねが)った。治癒の呪文を知らず、結果、掌に何かが集まったと感じただけだった。

 けれど、あれから急激に痛みが増したのだから、きっと魔力を動かしたに違いない。

 もう治らない……。そんな気がする。とはいえ、所詮レミが庇ってくれなければバンに斬り殺されていただろう命。後悔なんて、ない。


 幾重にも巻かれた包帯に、ディアヌローズは目を落とした。


 ……でも、一つだけ……。


 知らないままでいいのか。知るべきではないのか。ディアヌローズは自らに問いかける。己の言動、行動、存在に、憤りを感じている人がいる。疎ましく思われるのは仕方ないとしても、謝罪すべきではないのか。『()るお方』に。そしてできることなら、理由を教えてほしい。全く身に覚えがないというのが、何とも情けなくて嫌になる。


 心を決め、ディアヌローズは貝紫の瞳でまっすぐアルフレデリックを見つめた。


「アルフレデリック様。わたくしにご立腹な方がいらっしゃるようなのですが、ご存知ありませんか? 赦していただけるとは思っておりませんが、謝罪の機会をいただきたいのです」


「……わかるように説明しなさい」


 訝し気にアルフレデリックは眉を顰めた。


 一方、ディアヌローズは逆に問われて狼狽えた。思いばかりが先に立って、説明が必要なんてことは頭からすっぽり抜けていたのだ。この数日間ディアヌローズの頭を占めていたのは、身近な人たちの中に『然るお方』がいることへの信じ難い気持ちばかりだった。


 客観的な説明の言葉が一つも浮かばないまま、口を開けては閉めるを繰り返すディアヌローズを、アルフレデリックは(おとがい)を摩りながら眺め、やがてその手を止めた。


「──その話を其方に吹き込んだのは誰だ?」


 バンから聞いた話をぽつりぽつりとディアヌローズは口にした。話すほどに震える心と身体を叱咤して何とか伝えきると、アルフレデリックは当然の如く聴取で話さなかったことを咎めた。


「あの者を尋問したが、『然るお方』なる者の話は出なかった」


「……嘘は言っておりません」


 泣くのを堪えて言ったまではよかったが、ディアヌローズの目の縁にはみるみるうちに涙が溜まった。溢れた涙が頬を伝い、包帯に落ちては消えていく。


「嘘とは思ってない。──言っておくが、その『然るお方』とやらは我らの中には居らぬ。我らは其方の秘密を守り、其方を害さないと杖に誓いを立てている」


 要らぬ心配をしたものだ、と呆れたようにアルフレデリックは嘆息した。


 ディアヌローズは涙に濡れる瞳でアルフレデリックを見つめた。

 杖に誓いを立てる意味はわからないけれど、アルフレデリックの溜め息一つで、この数日間の懊悩があっさりと吹き飛ばされた心持ちがした。


 あり得ないと思ってはいても、確信できなかった言葉。その一番欲しかった言葉が、(こだま)となってディアヌローズの心に沁みこんでいく。



 とめどなく涙を零すディアヌローズの頭に、ぽふりと手が置かれた。


「我らが信じられなかったのか?」


 手が離れると同時に降ってきたアルフレデリックの言葉に、ディアヌローズは顔を振り上げた。勢いのまま、白金の髪を揺らして(かぶり)を振った。


「……いいえ。ただ、わたくしをご存じの方は限られております。ですから苦しくて。あり得ないと、苦しくて……。ご立腹の理由もわからず、ただただ怖かったのです」


「もう怯えるのはよしなさい。その者に、其方が謝罪する必要もない。我らは其方を取り返した。これより反撃に転じる」


 薄く整った唇の両端を引き上げて、アルフレデリックは不敵に笑んだ。


 その表情を見て、ディアヌローズも事件に向き合う気になった。皆の中に然るお方が居ないとわかった今なら、冷静に考えられる。


 バンは『然るお方』の指示で、自分を(さら)う機会を窺っていた。

 もしかすると、馬車の暴走は仕組まれていたのではないか。衆人環視の中で実行するとなれば、かなりの高リスクだろう。となれば、花まつり関係者にバンの仲間がいたのかもしれない。ただの誘拐組織ではなく、かなり大きな犯罪組織とも考えられる。


 拐われていたのも商会の子どもから神の家の子どもまでいて、自分も含めて単に身代金目的というわけではなさそうだ。人身売買という線もあり得る。むろん、無差別という線も捨てきれないが。


 ともあれアルフレデリックの様子からして、犯人が捕まるのは時間の問題だろう。

 どうかこの先、被害に遭う人がいなくなりますように──。そう願わずにはいられない。


 今頃は保護された子ども達みんな、それぞれの居場所で家族に甘えているだろうか。

 神の家で暮らすレミとエマはどうしているだろう。何より、かなり出血したレミが心配だ。充分な栄養は摂れているだろうか。直ぐにでも差し入れを持って会いにいきたいけれど、叶いそうになくて残念でならない。




 犯人捜査に向かうであろうアルフレデリックを長椅子から見送り、側仕えたちによって整えられた寝台にディアヌローズが戻って間もなく、アンベールとクロティルドがやって来た。


 ディアヌローズがふたりの顔を見るなり謝罪すると、向こうからも謝罪された。

 過失のないふたりに謝罪は不要と伝えたのだが、こちらの謝罪を受け入れてもらう条件がふたりのそれを受け入れることと言われて、受け入れるほかなくなってしまった。本当にふたりには謝っても謝りきれない。


 捜索に尽力してくれた感謝も伝えることができて、これで漸くこの数日間の重荷を下ろすことができた。


 そう思ったディアヌローズだが、直に考えの至らなさを目の当たりにすることとなる。




 空が黄金色に染まる頃、ヴァランタンが憔悴しきった姿で訪れた。

 寝台の端に腰を下ろすと、ディアヌローズの頬にそっと右手で触れた。


「ごめんよ。私が急かしたばかりに、君をこんな目に遭わせてしまったんだ」


 そう言って、ヴァランタンはやや顔を俯けた。


 肩口で切りそろえた髪が揺れ、顔に翳ができるまでのほんの一瞬、垣間見えた潤いのある翠瞳にディアヌローズは愕然となった。

 ヴァランタンはパレードに間に合うようにと送り出してくれただけ。まさか、こんなに責任を感じていたとは思いも寄らなかった。己の軽率な行いによって、ヴァランタンがいかに苦しんだかを思い知って胸が痛い。


「違います。わたくしが我儘さえ言わなければ、拐われたりしなかったのです。悪いのはわたくしです。……心配をおかけしてごめんなさい」


「……君は花まつりを楽しもうとしただけじゃないか。間違えてはいけないよ。君は悪くない。悪いのは犯人だ。──君に誓おう。必ず、奴らを全員捕らえる」


 朗報を待っていてくれ、とヴァランタンは帰っていった。




 ◆◇◆




 ランメルト領事区域の獄舎には独房しかない。仲間同士で口裏合わせや逃走計画を立てさせないためである。


 独房内部は灰色の石造りで、部屋の横半分を金属の格子で仕切り、奥が捕縛者を収容する牢になっている。窓は無い。強いてあげるなら、扉の小さな覗き窓だ。


 何の変哲もない独房のようだが、四方には対物理攻撃と魔術無効化──登録者は除く──の魔方陣が施されており、扉と格子の入口には金属錠と魔術錠の二重錠となっている。


 収容者には枷を嵌める。特に、魔力持ちには魔力封じの枷を使用する。



 本事件で収監されている犯罪者は、四人。ディアヌローズを拉致したバンと、森でアルクトスを(けしか)けたとされる容疑者三人だ。


 中央に収監した拉致犯が全員殺害されたことを受け、ランメルト領事区域の獄舎は警備を強化している。独房ごとに扉の内と外で警備がつき、獄舎入口の警備も増員している。


 事件の全容解明とランメルト領の威信を守るため、収容者たちを殺害されるわけにはいかないのである。




 深夜、警備の交代時刻────


 独房が並ぶ獄舎の石廊を、数人の靴音が響き渡る。


 手前の独房から順に警備の交代が行われ、最後に一番奥の独房で二人が立ち止まった。

 覗き窓を開けて異常がないかを確認し、扉の二重錠をあける。

 赤銅髪の男が入れ替わりで扉の内に入り、もう一人が扉を施錠してその前に立つと、前任者は揃って獄舎を後にした。



 房内はざらついた石壁の窪みに小さな灯りが一つあるだけでかなり薄暗い。

 扉を背にした赤銅髪の男は目を慣らすようにその場で佇んだ。


 やがて目が慣れたらしく、牢に向かって歩き出した。

 靴音とともに、男の影も凸凹の石床を移動していく。


 男は牢の前で止まった。

 中を覗き込むと、いきなり片手を格子の中に突っ込んだ。


「酒だ」


 囁く声が、静まり返った房内にことさら明瞭に響いた。


 男は急かすように、握っている小ぶりの瓶の口を揺らした。


 暗い牢の奥から、人の動く気配がした。






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