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イストワール国~その花の名を私は知らない~  作者: 天音蓮
第三章 事件編

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然るお方(2)

改稿しました。

 コンスタンティンはすぐさま表情を引き締めて、アルフレデリックから手渡された木札に目を通した。


「ただちに情報収集を。我が領区の牢も狙われるやもしれぬ。警備を強化せよ。収監した捕縛者らを殺させるな」


 抑揚を押さえた張りのある声が、部屋の隅々にまで響き渡った。


 アルフレデリックをはじめ、皆が一斉に散っていく。


 残ったコンスタンティンは暖炉前の椅子に移ると、膝上で手を組み、揺らぐ炎を身動ぎもせずに見つめた。


 時折り爆ぜる、薪の乾いた音だけが室内に響いた。


 コトリ、との微かな音に顔を向けると、フォセットが盆を手に立っていた。


「どうぞ」


 勧められるまま、コンスタンティンは小卓に置かれたティーカップを手に取った。ハーブティーの爽やかな香りを一頻り愉しみ、つと手が止まる。口をつけないまま、その手を下ろした。


「フォセット、……その、ディアヌローズについての報告だが……」


 言い淀むコンスタンティンに、フォセットは柔らかな笑みを向けた。


「大丈夫ですわ。清いままでしてよ」


「……そうか……」


「わたくしも同じ思いでしたの。……幼くとも、ままある話に変わりはございませんから」


「──あのような哀しみは、もう……」


 見つめる薪の火が潤いを増した緑柱石の瞳で煌めき、コンスタンティンは感情を呑み込むかのようにお茶を口にした。


 その後ろでフォセットは黙したまま、同じように薪の火を見つめ続けた。




 ◆◇◆




 中央での情報収集を済ませたアルフレデリックは、半鐘ほどでコンスタンティンの待つ執務室へと戻ってきた。


 収監した拉致犯全員が殺害されたことで、中央の牢では厳戒態勢が敷かれていた。情報を得るのは困難かと思われたが、捕縛に携わっていたことが功を奏して、殺害現場の確認と、居合わせたディプリモンからも状況を聞き取ることができた。


 とは言っても、二度の毒殺騒ぎで現場は混乱を極めており、得られた情報はさして多くない。

 まず、城下捜索によって投獄した拉致犯が一人、毒殺された。その犯人は不明。警備の交替時を狙われたらしい。

 その後、警備を強したにも拘わらず、森のアジトから連行した拉致犯を投獄してまもなく、牢内の拉致犯全員が毒殺されたという。


「──犯人はその場で捕らえられた、とのことです」


 アルフレデリックの報告に、コンスタンティンは目を丸くした。


「何とも間抜けな犯人だな」


「ただ、犯行を否認しているとか。事に及ぶ前に死んでいた、と主張しているそうです」


「まあ、言い逃れとされるだろうが……。これだけではわからんな」


「ええ。あまりにもお粗末すぎます」


「どこぞの者だ?」


「ブリュタルテ領です」


 コンスタンティンは目を細めて、執務机をコツコツと人差し指で叩いた。これまで受けた報告の中に、ディアヌローズの監禁されていた商会と宿がブリュタルテ領所属である、との情報があった。


「まあ、口封じと取られるだろうな。だが、お粗末な言い分だからこそ真実味がある、とも言える」


「はい。私も真犯人は別にいると考えています。おそらく、一件目、二件目とも犯人は別ではないかと。警備が強化されている最中(さなか)、重ねて危険を冒すとは思えませんから」


「そうだな。仮に二件目がその者の犯行だとして、二件ともというのは無理があるとしか思えん。余程の愚か者でない限り、二度目は慎重になるものだ。確認だが、一件目が自害の可能性は?」


「ないようです。毒殺であると断言していましたので。かといって、その者の犯行とする確たる証拠もないらしく、中央は躍起になっているようでした」


 中央の思惑はさておき、事件の全容を知るためには、何としてもランメルト領区に収監した犯人から供述を引き出す必要がある。


「この話は私からヴァランタンに伝えておく。其方は、例の革袋とアルクトスの調査を最優先で進めてくれ」


「はい」


 アルフレデリックが退出していき、コンスタンティンは一つ息をついて窓を見遣った。輝く朝陽が不眠不休の身体には眩し過ぎて、思わずを目を細めたのだった。






 昼過ぎ。

 コンスタンティンの許に、思いつめた表情でヴァランタンがやって来た。現在ヴァランタンはアルクトスを(けしか)けたとされる容疑者三人の取り調べを担っており、その進捗が芳しくないことはコンスタンティンの耳にも届いていた。


「許可をいただきだいのです」


「何の許可だ?」


「……『剔抉(てっけつ)の魔術』行使の許可を」


 剔抉の魔術、とは相手の記憶を視る魔術だ。

 通常、供述を強制的に引き出す際には自白剤を使う。しかし、自白剤は訓練された者には効かない場合も、偽りを述べることもある。また、契約魔術で縛られている場合、自白しようとした瞬間に契約魔術が発動し、大抵の場合は死亡する。よって、自白剤の使用は慎重にならざるを得ないのだ。

 その点、剔抉の魔術は自白を強いないので、契約魔術は発動しない。得られる情報も多く、信用度も高い。但し禁術に近く、行使には許可が必要である。相手の精神に深く干渉するため、術者の精神が戻ってこられない場合があるからだ。よって、最終手段とされている。


 コンスタンティンは自身と同じ色をしたヴァランタンの緑柱石の瞳を見つめた。


「許可できぬ。尋問は始まったばかりであろう。一体、何を焦っておる」


「証拠の品はアルクトスに使われたと(おぼ)しき枷のみ。──中央の牢では皆殺害されたと聞きました」


 個々に尋問した三人は、当初こそ犯行を認めていたものの、今になってたまたま居合わせただけだと主張し始めた。枷については、魔獣狩りのために持っていたとも。決定的な証拠は得られておらず、このままでは放免しなければならなくなる。


 ランメルト領において拷問は禁じられており、手っ取り早く、且つ、確証を得る方法がこの魔術なのだった。


 執務机を挟んで、ふたりの間に沈黙が落ちた。



 不意に、来訪を告げる小鐘の音が響いた。


 姿を見せたのはアルフレデリックで、足早にヴァランタンの隣までやって来ると、不穏な空気に眉を(ひそ)めた。


 しかし、コンスタンティンは何事もなかったかのような顔で口を開く。


「どうした?」


「……アルクトスと革袋の報告に」


 調査結果は、予想とほぼ差異は無かった。大樹の幹に射られた革袋の中身は魔石で、アルクトスを引き寄せる効果と、アルクトスの爪がその魔石に届いた瞬間、アルクトスの手背に刻まれた起爆の魔方陣によって爆発する仕組みになっていた。


「爆発の威力は然程ではありませんが、幹に大穴は開いたと思われます。そして当初の推測通り、隻眼のアルクトスの致死毒が爆散、揮発します」


「危なかったな。其方が倒さなければ、あの場にいた全員の命はなかったわけだ。──つまり、連れ去りが目的ではなく、殺害が目的であったと?」


「はい。それは間違いないかと。現時点において、狙われたのは大樹の中に居た誰か、としか言えません」


「──彼の領地の嫡男か?」


「可能性は高いでしょう。ですが、断定はできません。大樹の中にディアヌローズが居るものとした犯行とも考えられます。また、他の子らについての情報も今のところありませんので」


 すると突然、黙って話を聞いていたヴァランタンが、ハッとした顔で「なあ」と隣のアルフレデリックに話しかけた。


「どうして、あの三人はあの場に居続けたと思う?」


 アルクトスを(はな)ってしまえば、あとは何をせずともアルクトスは勝手に暴れる。居続ける必要はない。敢えて残る理由があるはずだと、ヴァランタンは続けた。


 頤を親指で摩りながら考えるアルフレデリックを、ヴァランタンは答え合わせを待つ子どものような目で見つめた。


 ややあって、アルフレデリックの手が止まった。


「成果の確認、では?」


 ああ、とヴァランタンは前のめりになった。


「だが確認に行けば、致死毒が蔓延している。命の保証は無い」


「ですが、知らなければ──」


「そうだ。確認に行く。そして、致死毒で死ぬ。ずっと不思議だった……」


 ヴァランタンは、アルフレデリックの言葉に被せるようにして話を引き取った。


 捕らえた三人が、あの隻眼のアルクトスを捕獲できるとはどうしても思えなかった。しかも、たった一人の魔力持ちは保持魔力量も僅かで、起爆の魔方陣を刻むなんて到底無理だ。間違いなく、魔方陣を刻んだ者は他にいる。彼らは、口封じされる者たちだ。


 ヴァランタンは一気に話すと、アルフレデリックからコンスタンティンへと向き直った。


「彼らは口封じされるとことを知りません。そこを攻めてみます」


 言い終えるなり、ヴァランタンは踵を返した。

 その背をアルフレデリックは呆気にとられたように見送る。


 扉がバタンと閉まると、コンスタンティンは満足そうに微笑んだ。






 夕方。

 コンスタンティンがミゼリコルドと話していると、小鐘と同時に執務室の扉が勢いよく開いた。

 ヴァランタンが足取りも軽く入ってくる。


「礼儀をどこに置いてきた? 扉が開けられるのを待たぬか」


「以後気を付けます」


 悪びれもせず、ヴァランタンは胸に手を当てて簡易な礼を執った。


 コンスタンティンはやれやれと言わんばかりに嘆息する。


「報告があるのだろう? 聞こう」


 膝上で手を組み、コンスタンティンが聞く体勢を整えると、ヴァランタンは軽く咳払いした。


「隻眼のアルクトスについて教えたら、彼らは震え上がって供述を始めましたよ。やはり、成果の確認をするよう指示されていたそうです。契約魔術を結んでいなかったのは幸いでした」


 魔力持ちがアルクトスの枷を解除する役割で、残り二人は傭兵とのこと。

 予想通り、魔方陣は第三者によるものだった。その者は魔方陣を施すと、彼らに革袋と枷解除の魔石を渡して消えたという。爆発音が聞こえたら現場を確認し、生き残りがいたら始末するよう指示していた。

 彼らの口封じが失敗するとは思いもしなかったに違いない。


「前報酬として金を受け取り、成功報酬は働き口。しかも領城だそうです。アブナイ仕事だとわかっていながらも飛びついてしまった、と肩を落としていましたよ。莫迦な奴らです」


 そう言って、ヴァランタンは呆れたように首を振った。


「領城とは?」


「ソルジェールアローです。ブリュタルテかと思っていたので意外でした」


「その三人もソルジェールアローか?」


「はい」


 コンスタンティンはちらりとミゼリコルドを見た。


「……そうか」


「何か?」


「いや。ご苦労だった。もう一人の尋問に取りかかってくれ」


「……。その者はアルフレデリックが尋問するそうです。引き続き監視は頼まれていますが」


 ヴァランタンが退室していくと、コンスタンティンはミゼリコルドに秘話石を渡した。


『ソルジェールアロー領の派閥争いを耳にしたことは?』


『第三夫人の子が優秀だとか』


『ひょっとすると、狙われたのはその子ではないだろうか』


『確かに、花まつり見物をするなら領地は避けるやもしれぬな』


『それこそディアヌローズ同様、馬車の暴走に乗じて拉致されたとも考えられる』


『十分あり得るだろうて。真ならば何とも不憫でならぬな』


『ああ』


 事件の解明に手心を加える気などコンスタンティンにはないが、真実他領の事件となれば深入りはできない。当方に被害が無かった訳ではないが、穏便に済ませる他ないだろう。






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