表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イストワール国~その花の名を私は知らない~  作者: 天音蓮
第三章 事件編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

91/146

然るお方(1)

加筆修正しました。

 明け暗れ刻(あけぐれどき)。アルフレデリックはディアヌローズを腕に(いだ)き、青竜を駆って一路領事棟を目指している。


 現在地は城下上空。眼下の街並みは仄暗く、水底に沈んだようにひっそりとしている。とはいえ、そろそろ早い者は起き出す頃合いである。ディアヌローズの状態は言うまでもなく、捕縛者やアルクトスを衆目に晒さないためにも、一刻も早くランメルト領事区域に着かなければならない。


 青竜の速度を上げると、緩く編まれた長い髪が大きく靡くとともに、ディアヌローズを(くる)んでいるマントが(ほど)けた。その隙間から意識を失ったディアヌローズの顔が覗いて、急ぎ風があたらないようマントを引き上げて(くる)み直す。(エアリューリス)まだ浅き芽月の未明は冷え込みが厳しく、受ける風は肌を刺すように痛い。



 聖堂上空を通過後、傾斜に合わせてやや高度を上げる。

 ほどなくして、領事棟のランメルト領事区域に入った。


 目的の庭上空で、ディアヌローズを抱いたまま、風の精霊ブラスクに命じて青竜から地上へと降りた。


 待機していた部下に捕縛者を引き渡し、ランメルト領事区域にある牢への収監と監視を指示。アルクトスについてはこの場で不審な点、術の痕跡等を調査するよう申しつけ、後ほどアルフレデリック自身も調べる旨を言い置いた。


 青竜とブラスクを腕輪に戻して、掃き出し窓からディアヌローズの部屋に入ると、出迎えたコンスタンティン達の目が、一斉にマントの塊へと向いた。


 誰一人として声を発しないまま、コンスタンティン達は道をあけて後に続き、アルフレデリックが塊を寝台に横たえてマントを開くと、露わになったディアヌローズの姿に、息を呑む音がさざ波のように伝播した。


「これほどとは……」


 それきりコンスタンティンは言葉を失った。


「爛れは血によるものです。ディアヌローズが言うには、自分を庇って斬られた者の止血をしたと。報告の前に──フォセット、手当の前に清めてくれ。状態を知らせて欲しい」


「……承知いたしました」


 悲痛な面持ちで、フォセットはディアヌローズを見つめた。胸許で握り合わせた両の手は、関節が白く浮き立っている。


 アルフレデリックが治癒の光を解除しても、ディアヌローズは目を開けなかった。浅く忙しない口呼吸。薄紅色の可憐な唇は荒れ、熱で汗ばんだ額には白金の髪が張り付いている。森では気丈に振る舞っていたが、身体はとうに限界だったのだろう。


 フォセットら側仕えにディアヌローズを任せて、アルフレデリック、コンスタンティン、ミゼリコルド、ヴァランタンの四人は応接卓へと移った。



 帳の向こうから側仕えたちの悲痛な声が洩れる中、コンスタンティンが緑柱石の瞳をアルフレデリックに向ける。


「報告を」


 森に到着してからの詳細をアルフレデリックは語った。


「収監した中に、命を狙った者はいるのか?」


「はい。私がアズル(青竜)で連行した男です。おそらくフロラント商会の見習いが目撃した、拉致の実行犯でしょう」


 コンスタンティンは腕を組んだ。


「殺害が目的であれば、拉致直後に実行しているだろう。何故(なにゆえ)いまさら事に及んだと思う?」


 その点はアルフレデリックも不可解だった。幾つか仮説はあるものの、どれも決め手に欠けるのだ。


 四人が考え込んでいると、フォセットがトレーを手にやって来た。


「お話し中に失礼いたします。所持品をお持ちしました」


 応接卓に置かれたトレーには、細々した物が載っている。錆びた釘、ちびた消し炭。砕けた星の欠片。銀の髪留めと測位石のチャーム。金鎖とマノワの小鐘。耳飾りと腕環。


 その中の耳飾りをアルフレデリックは手に取った。左右ともに石が無くなっている。ディアヌローズの頸を絞めた男の近くには、ナイフが落ちていた──。


「これが答えかもしれません。おそらく、ディアヌローズはナイフを向けられて死を意識した」


「──守護石が発動したわけか……」


「男はナイフを弾き飛ばされ、ディアヌローズの頸を絞めた」


 男は思いも寄らなかったに違いない。幼子に反撃されて、さぞかし逆上したことだろう。


「赦さない」


 ヴァランタンの口から、ギリッと奥歯の軋む音が漏れた。


 アルフレデリックはちらと隣のヴァランタンを見て、平坦な声で続ける。


「いまだ推測の域を出ませんが。少なくとも、気を失わせるつもりだったのでしょう」


 真実は、ディアヌローズが目覚めなければわからない。この件は一旦保留とし、再び四人の目がトレーに向いた。


 ミゼリコルドが訝しそうに白銀の眉を寄せて、腕環を取り上げ光に透かし見た。


「いつの間に、ディアヌローズは随獣(ずいじゅう)を得たのだね?」


 腕環は順に手渡され、最後にアルフレデリックに回ってきた。隋獣が宿る魔石の光を確認し、嘆息する。


「ディアヌローズには後ほど説明するよう言ってありますが、梟でした。森で契約したものと思われます。契約の何たるかも知らず、無謀この上ない」


「梟か……。闇の属性が強く、狡猾な面がある。おおかた魔力欲しさだろうが、ディアヌローズが安易に契約するとも思えぬ。窮地の時にでも持ち掛けたのではなかろうか」


 契約の経緯(いきさつ)はさておき、新たなヴァンテリスの群れを報せ、その上、足止めまでしたのだ。助けられたのは紛れもない事実であり、隋獣としての役割は十分果たしている。


 とはいえ、成人でも隋獣との契約には細心の注意を払うもの。未成年の契約には成人の同席が必須。ましてやディアヌローズは洗礼前である。ディアヌローズが回復次第、今後についてを話し合わなければならない。


 アルフレデリックがトレーに腕環を戻すと、今度はコンスタンティンが砕けた星の欠片を摘まみ上げた。


「魔力籠めに失敗した残骸か」


「幾つ魔力を籠めたのか……。魔力腺の損傷具合が気になります」


 そう言って、アルフレデリックは砕かれた星の欠片をザラリと撫でた。これらは魔力を動かした証。その証を前にしても尚、洗礼前の──しかも、魔力の籠め方を知らない──子どもが為したとは俄かには信じ難い量である。


 そればかりか、ディアヌローズはラヴァージュをも発動させた。魔力を動かしてはならない理由をディアヌローズには教え、本人も理解を示していた。にも拘らず、二度も発動させたのだ。二度目に関しては火を消すためだと、まだ理解できる。しかし、一度目は? 居場所を報せようとしたのか。それとも、助けを待てずに──もしくは、助けが来るとは信じられずに──自力で逃げようとしたのか……。何れにせよ、無謀で愚かな行いであるとしか言いようがない。


 アルフレデリックが考えに沈んでいると、再びフォセットがやって来た。


「清め終わりました」


「怪我の状態は?」


 コンスタンティンの問いに、フォセットは束の間目を伏せ、口を開いた。


「爛れは、手が最も重く、頸、額の順ですわ。強く掴まれたと思われる痣が右上腕。それから──」


 細かく語られるディアヌローズの状態に、四人の眉根が寄っていく。


 聞き終える頃には、顔を俯けたヴァランタンの両拳が膝上で震えていた。


「私の所為だ。早く行くように言った、私の……。私が、ディアヌローズをこんな惨い目に遭わせてしまったんだ……」


 後悔を腹の底から絞り出して、ヴァランタンは拳を膝に打ちつけた。


「あの時……、わたくしも、アルフレデリック様をお待ちするよう申し上げるべきでしたわ」


 フォセットの青緑色の目から、涙が止めどなく流れた。


 コンスタンティンはそんなふたりに、己を責める心情は理解するが、と前置きする。


「後悔は不毛である。今、為すべきことをせよ」


 フォセットが下がると、コンスタンティンは俯いたままのヴァランタンに言葉を重ねる。


「感情に流されては先を見誤る。気をつけなさい」


「……そう、ですね」


 ヴァランタンはきつく目を瞑って大きく呼吸した。目を開けた時、父譲りの緑柱石の瞳には強い光があった。


「捕縛者の聴取に立ち会ってきます」


 腰を浮かせたヴァランタンに、アルフレデリックが声をかける。


「兄上、あの者の動きはありましたか?」


「いや、表立った動きは無かった」


「……。もう暫く監視をお願いします」


「わかった」


 ヴァランタンは部屋を出ていき、入れ替わるようにして、アルクトスの調査を任せているカドリックがやって来た。


「アルクトスには魔方陣が刻印されていると思われます。ですが隠蔽が強固なため、我々では手に負えません」


「魔方陣!?」


 アルフレデリックは暫し頤を親指で摩って考えると、腰の物入れから革袋を取り出した。


「それは?」


 訊ねたコンスタンティンの前に、アルフレデリックは革袋を置いた。


「消えた大樹の跡地で見つけました。矢に括りつけてあったので、大樹に刺さっていたのでしょう」


 でなければ、広場を清めた(ラヴァージュ)際に流されてしまっただろう。しかも、発見した矢は木製だった。魔獣討伐時に使用した矢は魔力で編み出している。第三者が射たのは確実だ。


「アルクトスは大樹以外には目もくれなかった、と言っていたな」


「はい。おそらく、これを狙っていたのではないかと。早急に調べておきます」


「ああ。判明次第、報告を」


 コンスタンティンは目頭を揉んで、小さく息をついた。その音が、殊のほか辺りに響いた。


 ディアヌローズが拉致されてから三日、皆が一丸となって力を尽くしてきた。ただひたすらに無事を願って。しかし取り戻すことはできたものの、手放しで喜ぶまでには至らなかった。誰もが、ひどく疲弊していた。



 窓の外をミゼリコルドが見遣り、つられてコンスタンティンとアルフレデリックも外を見た。空は薄藍に珊瑚色が滲み、白々と明けようとしていた。


「其方はアルクトスの処へ行きなさい。ディアヌローズは私が引き受けよう」


 ミゼリコルドはそう言って席を立ち、アルフレデリックはカドリックと庭に向かった。




 ◆◇◆




 昇る日が駆け足で白く変えつつある薄藍の空を見上げて、アルフレデリックは歩調を速めた。


 件のアルクトスはうつ伏せで置かれていた。(ひぐま)によく似た(むくろ)は脳天が抉れ、半眼の乾き始めた双眸は虚ろである。全身を覆う剛毛は灰茶、牙も羆のそれと変わらない。両腕は万歳のように伸ばされて、致死毒の爪を持つ手は揃えられている。


「魔方陣の痕跡はどこだ?」


「左右の手背です」


 アルクトスの手背の前に、アルフレデリックは立った。毛むくじゃらな手背に自身の両掌を翳して、淡い金瞳を伏せる。


 一呼吸置き、薄く整った唇で隠蔽解除の言葉を紡ぐ。


「眩光にて放つ輝き 光に滅し

 暗黒に拡ぐ影 闇に沁む

 業焔にて揺らぐ灯 炎に呑まるる

 真実は眠る (とざ)されし扉の裡にて」


 風が、アルフレデリックの周囲に巻き起こった。仄かな蒼銀の長い髪が風に舞う。


(そら)を彷徨いし翅 舞い散る鱗粉

 さやぐ風に溶くる吐息 微かなる残響

 水面に落つる雫 波紋を拡ぐ」


 アルクトスの手背から、光が徐々に骸全体を覆っていく。


「我 深き霧に潜む残滓を辿る

 求むるは (とざ)されし(まこと)

 壅蔽(ようへい)の扉を開きて 顕現せよ」


 アルフレデリックはアルクトスを見据えた。確固たる意志を、詠唱締めくくりの(発動の鍵となる)言葉にのせる。


「──アリシャ」


 刹那。

 アルクトスを覆った光がカッと眩く輝き、消えた。

 ただ唯一、両の手背にだけ、仄明るい光が残っている。


「顕れたな」


 光が模る魔方陣をアルフレデリックは凝視し、その隣でカドリックが慎重に書き写していく。


 すると、突然。

 これは……と、アルフレデリックは声を落とした。


 それきり口を閉ざして暫し考え込み、踵を返す。難しい顔のまま歩き、部屋に入る直前に足を止め、骸を保存しておくよう部下に命じた。




 ◆◇◆




 硬い表情で腰掛けたアルフレデリックに、コンスタンティンは怪訝な目を向けた。


「どうであった?」


「確かに、魔方陣が刻まれていました」


「で?」


「──革袋の中身を鑑定していないので、確定はしていませんが……」


「構わぬ」


「起爆の魔方陣です」


 コンスタンティンは目を見開いて、寸の間言葉を失くした。


「……だが、アルクトスが爆散したところで、大した被害にはならんだろう」


「革袋の内容物と、アルクトスの体内に何かしら仕込まれていたとなれば、話は違ってきます」


 爆散で、単に致死毒が撒き散らされただけなら、被害は限定的だ。だが仮に、致死毒が揮発したとしたら、生存は広範囲で望めないだろう。 


「そうだな……。誰を狙ったと考える?」


「あの時、あの場にいたのはアンベールとジェラルド。()の領地、ガリュシオン領の者たち。大樹の中に退避した子どもら。そして確定している事実は、アルクトスが狙ったのは大樹であること」


「大樹の中に退避した子ども、ということか?」


「最も可能性が高いかと。今は子らの情報がほぼ無く、誰を狙ったかまでは絞れません。それでも敢えて挙げるのであれば、現段階では例の嫡男だと考えるのが妥当でしょう。ですがあの状況下で、特定の人物を的確に狙うのは無理です。多くの者が巻き添えとなるのは間違いありません」


「ディアヌローズだと思うか?」


「何とも。ディアヌローズは私と空にいました。それを知っていたとするなら、ヴァンテリスを(けしか)けたと考えるべきです」


 コツリと、コンスタンティンは指先でひじ掛けを叩いた。


「わからんな。犯人が複数いて、それぞれ狙う者が違うとも考えられる」


「ええ。先ずは、アルクトスを嗾けた者たちの口を割らせます」


「そうしてくれ」


 コンスタンティンは深く背もたれに身を預けた。



 入室の小鐘が鳴り、許可する。

 木札を手に、アントナンがやって来た。


「アルフレデリック様、ディプリモン様からです」


 渡された木札に素早く目を通すと、アルフレデリックは険しい表情でコンスタンティンを見た。


「中央に収監した拉致犯が、全員殺害されたそうです」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ