救出(1)
捜索(2)の続き。
アルフレデリック達の話です。
加筆修正しました。
「明朝まで待機だ」
皆の目が集まる中、コンスタンティンは低めた声で、殊更ゆっくりとアルフレデリックに命じた。
このような話し方を父がする時は、意に染まないことなのだとアルフレデリックは知っている。
かといって素直に承服できるかは別の話で、アルフレデリックは目を瞑って一拍置き、平坦な声で訊ねる。
「──何故ですか?」
「彼の領地から申し入れがあった。託けを届ける願いは叶えた。故に、あちらも願いを叶えさせろと。ほら、あっただろう、あの領地には。実力を示さねば洗礼できん慣例が」
まったくもってくだらんがな、とコンスタンティンは苦々しく顔を歪めた。
「面倒な。自領でやればいいものを」
「ああ。──説得した。だが、頑として首を縦に振らん。こちらとしても、極力ディアヌローズについては伏せておきたい。受け入れるしかなかろう。あちらは、夜明けまでに犯人を捕縛する予定、だそうだ」
拉致されたなど外聞が悪すぎる。ディアヌローズの将来を思えば仕方のない対応だ。
アルフレデリックも十分理解はしている。
「ですが、ディアヌローズはもう限界の筈です」
「わかっておる。だが、あちらは此度、嫡男の洗礼準備だ。気合の入れようが凄まじい。『忙しい中、慈悲の心で門に届けてやった』と、恩着せがましいことこの上なかった」
挙句に『魔力も持たぬ破落戸相手にムキになるな』と鼻で笑われたのだ、とコンスタンティンは憤慨した。
「愚かな。お守りは配されているんでしょうね」
「ああ。万全だと豪語しておった。だが、当てになるとも思えん。危機に瀕する場合には干渉を認める、との言質を取ってきた」
「もとより当然の話です」
「とにかく、脳筋ばかりで話が通じん。毎度のことながらウンザリだ」
二人は揃って顳顬を押さえ、盛大に嘆息した。
だからといって、アルフレデリックには捕縛できる保証もない子どもをあてにする気などさらさら無い。
「一先ず、ディアヌローズには明朝に救出すると伝えます。おとなしくしているように言っておかなければ。あれは、何かと思いがけないことをする」
これまで、数々の手掛かりを残してきたディアヌローズのこと。居所のわかった今、犯人を刺激するような行為をさせるわけにはいかない。
アルフレデリックは風の精霊ブラスクを呼び出した。
「ディアヌローズに伝えよ。『夜が明けたら犯人を捕縛する。其方はブラスクが守る。おとなしく待っていなさい』と」
そう言って、ブラスクに測位石のチャームを渡し『付けておくように』との託けも言い添えて送り出した。
アルフレデリックはコンスタンティンに向き直る。
「ディアヌローズの見守りはどうしますか? 風を伴うブラスクでは、あの場に居続けるのは難しいでしょう」
犯人に精霊と気づかれるとは思えないが、警戒されて別のアジトに移動されても面倒だ。
そうだな……、とコンスタンティンは腕を組んだ。
「姿を消せて、連絡が取れる者か……」
すると────
「ディアヌローズは星の欠片を持ってるかい?」
執務机の上にマノワが現れて、唐突にアルフレデリックに問うた。
「おそらく」
どのような意図で、ディアヌローズが星の欠片を持参したのかはわからない。だが、地下室で回収した一つだけだとはアルフレデリックには思えなかった。
「以前、あたしがディアヌローズから贈られた星の欠片と、ディアヌローズの手許にある星の欠片とで、縁は繋がる。森の中のアジトとやらに、あたしら屋敷精霊はその縁を辿って移動できるし、連絡も取れる。
まずは試してみるさ。少しばかり待っててくれ」
言うなり、マノワは消えた。
暫くしすると、マノワが戻ってきた。
「上手くいった。プトーって若い奴を向かわせる。何かあったら報せるよ」
それだけ言って、マノワは再び消えた。
間を置かず、アルフレデリックの周りで風が巻き起こった。緩く一纏めにした淡い蒼銀の髪がふわりと揺れて、すぐにブラスクが姿を見せた。
「託けを預かった。『わたくし一人だけ守られるわけには参りません。捕縛の間はおとなしくしておりますので、心配なさらないでくださいませ』 以上」
意味を計りかねて、アルフレデリックは眉根を寄せた。
「ブラスク、何があった?」
「『拉致された子が大勢いる。みんなを守れるか』と問われた。我に下された命は、ディアヌローズを守れ、のみ。よって『他は知らぬ』と返答した」
「拉致された子らは同じ部屋にいるのだろう?」
ブラスクが肯定する。
アルフレデリックにとって、守るべきはディアヌローズだ。同じ場にいる子らも、ついでではあるが守ることになる。同列ではなく、優先順位があるのは当然のこと。
「ブラスク、『我儘は聞かぬ』と伝えよ」
ブラスクが新たな託けを携えて姿を消すと、コンスタンティンは眉を下げて口を開いた。
「なあ、アルフレデリック。せめて、守るつもりだ、くらいは言ってやったらどうだい? それだけで、ディアヌローズは承知もすれば、安心もすると思うがね」
「必要を感じません」
にべもないアルフレデリックに、コンスタンティンは肩を竦めた。
やがて。ブラスクが戻ってきた。
「『承知いたしました』 以上」
「ご苦労。──まったく手間がかかる」
不機嫌だと言わんばかりに眉間の皺を深くするアルフレデリックに、コンスタンティンは疲れたように頭を振った。
◆◇◆
夜更け。
平時にはとうに無人となっている執務室だが、今夜は男たちが応接卓を囲んでいる。
コンスタンティンは腕を組んで目を瞑り、アルフレデリックは両手の指先を合わせて虚空を見据え、ヴァランタンはやたらと足を組み替えている。
三人が揃うなど珍しく、そんな晩には酒を酌み交わしているものなのだが、さすがに今夜は卓子に置かれているのはお茶で、そのどれもが手付かずのまま冷たくなっていた。
暖炉では炎が赤々と燃え、時折り、薪の爆ぜる音がひっそりと静まりかえった部屋に響いている。エアリューリスになったとはいえ、夜にはまだ暖炉の火は欠かせない。
側近たちの中には、書類の字面をひたすら追う者や、窓に鼻を付けんばかりにして月明かりに浮かぶ庭を窺っている者もいる。
皆それぞれに焦燥感をやり過ごしていたが、誰一人とし口を開く者はいなかった。
その静けさが、突如。
「緊急事態だ」と、屋敷精霊マノワによって破られた。
皆の目が一斉に、応接卓上に現れたマノワに向いた。
まず始めに「すまない」と、マノワは謝罪の言葉を口にした。どうやら、プトーの報告が遅れたらしい。
「ディアヌローズ達はアジトから既に脱出した。もう今頃は、森の中をかなり進んでいるだろう」
ガタッ、とヴァランタンが勢いよく立ち上がり、すかさず「座れ」とコンスタンティンが窘めた。
マノワは気にすることなく、これまでの経緯について語る。
商会街や宿街の取り締まりが広範囲にわたって厳しくなり、拉致犯が森の中のアジトに集まったこと。
そのアジトで、拉致犯たちが話していた内容として────
子どもの中に、まずい子どもが紛れ込んでいた。
夜明けになったら、子どもを全員始末する。
但し、地下室に閉じ込めていた子どもは納品する。
子ども達の動きとして────
ディアヌローズに頼まれて、プトーが脱出用の扉を作った。
ディアヌローズが、森の精霊エリィオンと会っていた。
ディアヌローズが『ひかり茸を辿って』と、レミという男児に頼んでいた。
男児二人が『安全な所へ避難したら、捕まえに戻る』と、ディアヌローズに話していた。
一通り聞いて、コンスタンティンがマノワに尋ねる。
「精霊エリィオンがディアヌローズの前に現れたのは、マノワ殿のお力添えだろうか?」
「いや。あたしじゃない。心当たりはあるが、あたしの口からは言えない」
「──ではその方に、感謝します、とお伝えいただきたい」
ちらりと、マノワは部屋の隅を見遣り「──いいだろう」と請け合った。
それから、ひどく言い辛そうに続ける。
「あともう一つ……。プトーはこれを持ってきた」
薄汚れた小袋を卓子に置いた。
「検めてもよろしいか?」
アルフレデリックの申し出に、マノワは黙って肯いた。
袋の汚れは殆ど煤によるもので、擦れてはいるが辛うじて文字だとわかった。
「……『わたし』 ……『願う』 ──何のことでしょう?」
「脱出用の扉のことだ。プトーは一度断ったらしい。だが『犯人の気が変わったら、すぐに殺されるかもしれない』と懇願されて、断りきれなかったと言ってたよ。ディアヌローズは自分が頼んだ証として、これを書いたそうだ」
袋の中に硬い感触があって、アルフレデリックは中身を掌に出した。
星の欠片が二つ。しかも、魔力が籠めてある。
「これは……。ディアヌローズの魔力、ですね」
「そうだ。一つはあたし宛。もう一つは、あたしとプトーを仲介した仲間宛てだと。まったく律儀な娘だよ」
それから……と、マノワは絞り出すように言った。
「袋の内側にも書いてある。見てくれ」
アルフレデリックは袋を裏返した。
「『ありがとう』ですか……」
「そうだ。……普段のあの子なら、心配かけたと、まずは謝罪の言葉を書くだろう。なのに、……ありがとうと書いたんだ」
「ここで書くのか……。それを……」
マノワは眉を下げて力なく言い、呟いたコンスタンティンは天井を仰いだ。
「みんな、やめてください。私はもう一度、この耳でその言葉を聞きますよ。必ず。
助かるために森へ逃げたんだ。……そうだろう?」
「……」
願うようにヴァランタンから同意を求められて、アルフレデリックは黙り込んだ。
机裏にあった託け、魔術の行使。血痕。
そして、心を揺らすたびに熱を出していたディアヌローズにとって、今回の出来事はこれまでの比ではない。動ける状態ではない筈。寧ろ、動けているのが不思議なほどだ。
それらを併せて考えてみれば、覚悟の挨拶であるのだろうとアルフレデリックは思う。ディアヌローズは聡い。助かる可能性は低いとみているのだ。
沈黙が落ちた。
「──マノワ殿、感謝する。我々だけでは知り得なかった情報だ」
沈黙を破ってコンスタンティンが謝辞を述べると、束の間マノワは目を瞑った。
「いや。……遅れてすまなかった」
そう言って、マノワは姿を消した。
マノワの消えた卓子から正面の息子たちへと視線を移したコンスタンティンは、ひじ掛けに両肘をつくと手を組んだ。
「さて。どうやら、ディアヌローズは何処ぞに納品されるらしい」
「ええ。やはり計画されていたのでしょう。
──兄上」
アルフレデリックが隣のヴァランタンに視線で問うと、ヴァランタンは父譲りである緑柱石の瞳を伏せて首を横に振った。
「……今のところ、目立った動きはない」
「そうですか……。一つ気になることが。
我々は屋敷精霊たちの情報を基に、狙いを定めて捜索していました。商会街でも、宿街でも、広範囲の捜索などしていません。
我々の他にも、動いている者がいるとみるべきです」
アルフレデリックの推察に、コンスタンティンは顎先を摩って口を開く。
「彼の領地に、捜索を必要とする理由はないと思うが……。そもそも『まずい子ども』とは誰を指す? ディアヌローズか? 彼の領地の子らか? それとも、他に?」
ディアヌローズではないだろう。納品先が決まっているのだから、訳アリだと認識済みの筈だ。
彼の領地の子、という線もありえない。常に守役が居場所を把握しているのだ。広範囲の捜索をする意味がない。
残るは、他の要因だが──。
「──今のところは何とも……。情報が不足しています」
「拉致犯を捕まえるしかないな」
ヴァランタンが言った。
暖炉の薪が爆ぜ、アルフレデリックは暖炉を見遣って「ええ」と肯く。コンスタンティンに視線を向けた。
「先ずは何を置いても、ディアヌローズです。夜の森は冷え、魔獣の活動も活発。しかも、魔石に魔力を満たし、地下室では魔術を行使しています」
なぜ魔石に魔力を籠められたのかは気になるが、今重要なのはそこではない。重要なのは、ディアヌローズが魔力を動かしたという事実だ。把握しているだけで、魔石三つ。これだけとは思えない。幼い身体には負荷が大きく、未成熟の魔力腺が損傷しているに違いない。早く保護しなければ手遅れになってしまう。
「──父上。森で待機する許可をお願いします」
今すぐにでも救出したいアルフレデリックにとって、彼の領地に対する精一杯の譲歩だ。固く握りしめた拳の関節が、白く浮きあがった。
コンスタンティンは緑柱石の瞳で、アルフレデリックの銀にも見える淡い金瞳をひたと見つめた。




