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イストワール国~その花の名を私は知らない~  作者: 天音蓮
第三章 事件編

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夜の森(2)

加筆修正しました。

 あった……。樹の根元で幻想的に光る茸を見つめて、ディアヌローズは心の中で呟いた。間違いようもない。これが(しるべ)となるひかり茸だ。

 レミが先導する列の先には緑色の幽かな光が点々と奥へと続き、森の精霊エリィオンが行く道を示してくれている。


 ディアヌローズは心の底からよかったと思った。無論エリィオンの言葉を疑ってではない。レミに頼んだことで生まれた彼に押し付けてしまったという罪悪感と、ひかり茸を見つけられなければ彼を嘘つきにしてしまうとのプレッシャーによるものだ。



 森特有のしっとりとした空気の中、最初のひかり茸を横目に一歩一歩ふかふかの土を踏みしめて歩く。いざという時に走って逃げるのは大変そうだけれど、その代わり男たちが追ってきたとしても足跡を辿るのは難しいだろう。ドゥドゥの言ったとおりだった。


 人の気配を察したのか、虫の音や獣の声は遠い。

 身近に聞こえるのは、衣擦れの音、やや早い息づかい。踏まれて折れる枝の音。

 みんなただ黙々と歩いている。ディアヌローズもひたすら足元だけを見て歩いた。


 不意に、遠くの虫の音が止んだ。

 グエンが素早くディアヌローズの隣から背に回って後方を警戒する。


 遠く後方から、低い唸り声が聞こえてきた。


「ナディ、ゆっくり前へ進むんだ。決して走っちゃダメだよ」

「わかった」


 言いつけどおりにゆっくり歩きながら、ディアヌローズは隠しの中で魔石を握った。いよいよとなればラバージュで加勢する心づもりで後ろを振り返る。すると。


 グエンから光る物体が飛んでいった。


 直後に、甲高い獣の声が響く。


 何事もなかったようにグエンが追いついてきた。


「ありがとう。怪我してない?」

「してないよ。追い払っただけさ。下手に傷つけると血の匂いでもっと集まってくるからね」


 魔石を飛ばしたのだとグエンは言い、持っていたパチンコに似た道具をディアヌローズに見せた。得意気な表情は年相応で、とても獣を追い払った同じ人物とは思えない。


 その後も何度か獣の気配はあったけれど、その度に先頭のドゥドゥと最後尾のグエンが追い払った。

 走り出す子が一人もいなかったのは事前に言い聞かせていたそうで、ディアヌローズだけ伝え忘れたらしい。たぶん、除けた枝や足跡をどうするかでバタバタさせたせいだろう。



 沼は想定よりも遠く、ディアヌローズは息が上がってみんなから遅れ始めた。歩みを合わせてくれているグエンに悪いと思いながらも、ふかふかの土は歩き難くてどうにも足が上がらない。



 やっと木立を抜け、沼が現れた。

 水面には満月を一日だけ過ぎた月が映り、その姿を波紋が微かに揺らがせている。


 畔では、先に着いた子ども達が靴の濡れるのも構わずに夢中で水を飲んでいた。荷馬車に乗せられてから今の今まで、食事どころか水すら与えられていなかったのだから当然だろう。

 願いどおりに、飲める水場を用意してくれたエリィオンには感謝しかない。



 息を整えながらディアヌローズが子ども達の様子を眺めていると、ドゥドゥが袖で口を拭いながらやって来た。


「ナディは飲まないの?」

「沸かさないと飲めないの。わたしのことは気にしないで」


 喉は乾いているけれど、生水を飲んでこれ以上体調を崩すのが怖い。ディアヌローズは大丈夫と笑んでみせた。


「待ってて」

 言うなりドゥドゥは茂みに入っていった。


 止める間もなくドゥドゥが消えた茂みを、ディアヌローズは凝視する。

 気を揉むこと暫し。ドゥドゥは同じ場所から出てきた。


「キトルスを見つけた。食べて」


 差し出されたのは蜜柑(みかん)によく似た果物だ。

 ディアヌローズは懐かしさから、遠慮もせずにありがとうと受け取った。

 ぷすり、と薄い果皮に親指の爪を立てる。柑橘の爽やかな香りとともに汁が飛び散った。


「痛っ!」


 左薬指に痛みが走って、思わず顔が歪んだ。玻璃(ガラス)で切った指先が血で爛れているのを忘れていた。


「どうしたの?」

「ちょっと傷がしみたの」


 心配するドゥドゥに指を見せて苦笑する。


「爛れてるじゃないか。痛いに決まってるよ。かして、僕が剥く」

「ありがとう。──わたしね、血で爛れるの」

「もしかして、額の爛れはその指で触っちゃった?」


 キトルスをドゥドゥに渡していると、水を飲み終えたグエンが話に参加してきた。


「ええ。血が出てるなんて思わなくて、ついうっかり触っちゃったの」


 あの時は溺れまいと必死だったから、玻璃で切っていたなんて気づかなかった。

 思い返せば、僅か一日の間にその地下室から宿屋を経て森のアジトに移され、今はアジトを脱出して沼の畔にいる。何と目まぐるしいことか。



 隣では、ドゥドゥが手際よくキトルスを剥く度に爽やかな柑橘の香りが迸っている。

 ディアヌローズは抑えがたい渇きで喉がごくりと鳴った。恥ずかしさに顔を俯ける。子どもでよかった……。


 俯いたままのディアヌローズにキトルスが一房差し出されて、顔を上げるとドゥドゥがどうぞと微笑んだ。


「……あ、ありがとう」


 受け取ったキトルスを口に入れる。すっばいけれど瑞々(みずみず)しくて、泣きたくなるくらいに美味しい。もう一房貰うとすぐに頬張った。


 キトルスの香りにつられて、子ども達が集まってきた。

 ドゥドゥもグエンも困ったように眉を下げる脇で、ディアヌローズはドゥドゥからキトルスを受け取っては子ども達に分けていく。足りなくなるとグエンがもう一つ剥いて、同じように渡してくれた。


 たった一房ずつでも、誰もが笑みをこぼして味わっている。初めて目にする表情だった。


 集まっていた子ども達にいき渡り、漏れがないか見回すと、遠巻きにこちらを見ている女の子を見つけた。隣にはレミがいる。おいでと手招きした。


「まだよね?」

「……いいの? 水を飲めないんでしょ?」

「わたしはもう食べたから大丈夫よ。美味しいからあなたも食べて。ドゥドゥが採ってきてくれたの」


 女の子は前に神の家でディアヌローズに水を持ってきてくれた子だ。その時のことを憶えていたのだろうか。それともドゥドゥとの会話を聞いていたのだろうか。女の子はキトルスをディアヌローズから遠慮がちに受け取ると、はにかんで笑った。


 あとキトルスを食べていないのはレミとドゥドゥ、グエンだけ。なのに三人とも口を揃えていらないと言う。

 その気持ちだけでディアヌローズには十分だった。言うまでもなく、みんなが見ているからと固辞する三人にもしっかり食べてもらった。



「ナディ、口を開けて」

「えっ!?」


 ドゥドゥにいきなり言われて、ディアヌローズは問い返した。

 途端、その口にキトルスを押し込まれる。目を白黒させながら咀嚼して飲み込んだ。


「っ何するのドゥ……ッ」


 また押し込まれた。


「酷いわ、ドゥドゥ」

「そうでもしないと食べないだろ。水を飲めないナディのために採ってきたんだ」

「……ありがとう。みんなと食べたから一段と美味しかったわ」

「そうだね。美味しかった」

「グエン、お前……」


 拗ねたように口をとがらせていたドゥドゥも、最後には仕方なさそうに肩を竦めた。



「そろそろ行きましょう」


 レミの一言で、また二列になって歩いていく。

 歩き始めて間もなく、最後尾のディアヌローズの処に先頭のレミがやって来た。反対隣りを歩くグエンに聞こえないよう、耳許で囁く。


「最後のひかり茸まで来ました。どうすればいいですか?」

「ごめんなさい。伝えてなかったわ」


 これ以上レミに頼ってはいけない。あとは自分でやるからと感謝を伝えて、ディアヌローズはその場所に急いだ。



 終点は、森の中にできた空き地だった。

 月が照らす苔むした太い倒木に、最後のひかり茸はあった。


 ディアヌローズはキョロキョロしている子ども達に語りかける。


「みんな集まって。何があっても動いてはダメよ。じっとしていてね」


 唐突に仕切り始めたディアヌローズに、ドゥドゥとグエンは物言いたげな目を向けた。

 だが、ディアヌローズはそれを無視して有無を言わさぬ指示をする。


「ドゥドゥ、グエン。レミも。わたしと一緒にみんなの前に立って」


 レミが何も言わずに動き出したことでドゥドゥとグエンも従い、四人で子ども達の外周に等間隔で立った。

 ドゥとグエンの表情は依然怪訝なままだが、ディアヌローズとしても具体的に何が起こるかまではわかっていない。森の精霊エリィオンはどのように『砦を築く』のか。倒木の傍らで息を詰めた。



 すると突然──

 ひかり茸の放つ緑色の光が明るさを増した。ひかり茸を中心に、少しずつ倒木を覆っていく。


 幻想的な光で倒木全体を包み込むと、蛍にも似た光が一粒、ふわりと飛んだ。

 その後を追うようにして、光が一粒、また一粒と、絶え間なく立ち昇っては緑の光跡を描きながら空中を乱舞する。


 夢のような光景を、ディアヌローズはじめ、みんなが魅入られたようにぽかんと見上げた。


 最後の光の粒が飛んでいくと、倒木を包んでいた光はみるみるうちに薄れて、光の消滅とともに倒木も消え去った。


 それを合図としたかのように、空中を舞っていた光の粒はディアヌローズの足元めがけて一斉(いっせい)に下降した。

 ディアヌローズ達四人の外周を数度廻って、上昇に転じる。


 同時に、光の粒が巡った地面からは若芽が顔を出した。

 上昇する光の粒に呼応して双葉から若木へと成長を続け、さらに天を目指して幹を太くしていく。

 とうとう、(うろ)にディアヌローズ達を抱える、大樹になった。



 我に返ったディアヌローズが周囲を見渡すと、白っぽい半透明の内壁からは森の様子がよく見えた。

 摩訶不思議な現象が起こったとは思えないほど、森は夜の静寂(しじま)に染まっている。

 天を仰げば洞を通して見る月は一際大きく、緑を帯びた皓々(こうこう)たる月明かりはどこまでも穏やかで優しい。


 もう安全なのだと、そう思えた。


 内壁に月明かりが反射しているのだろうか。洞の中は月光よりも明るくて、恐怖に晒されてきた身としてはその明るさがありがたい。

 子ども達も同じなのか、いまだに目を大きくはしていても、怯えている子は一人もいない。


 ディアヌローズは胸に両手をあてて目を瞑る。ありがとう──。エリィオンに深く深く感謝した。



「ナディ」


 ドゥドゥに呼びかけられて、ディアヌローズは目を開けた。隣にはグエンもいる。

 下ろした両手を強く握り、真剣な面持ちのふたりに向いた。






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