アジトへ
表現の修正をしました。
荷馬車はバンの指示通りに急ぐことなく進み、揺れに合わせて幌の入口からは光が射し込んでいる。
その光をディアヌローズは入口いっぱいに積み込まれた花越しに眺めた。入口の幌は荷台に留められていないようだが、たとえ大きく捲れ上がったとしても、花の奥にいる自分たちに気づく者はいないだろう。
華やぐ花とは対照的に子ども達は怯えきっていて、一見したところその殆どは同じような年頃にみえる。中には大きな子もいるが、バンによれば領民登録すると領地を越えられないそうなので、おそらく全員が洗礼前なのだろう。
端から人数を数えてはたと気づく。
十人? 自分を入れたら十一人。バンの仲間は十人と言っていたはず……。バンの慌てぶりから察するに、不測の事態で自分が加わったからではないだろうか。
十人の内、泣き腫らした目の子が六人、そのまた半分は今も声を押し殺して泣いている。
誰にということもなく、ディアヌローズは子どもたちに話しかけてみる。
「あなたたちもあの男に拐われたの?」
「ああ。花まつり見物していて拐われたんだ」
答えたのはディアヌローズより大きく、中でも一番しっかりしていそうな男の子だ。彼は、事も無げに言って肩を竦めた。
「わたしも同じよ」
「えっ!? 君、女の子なの?」
目を丸くした彼の視線が、ディアヌローズの頭から足先へと下りてくる。
子どもといえど不躾な視線に、ディアヌローズはいたたまれずに下を向いた。目に入ってきたのは、レースが裂け、あちこちにかぎ裂きのある自分の服だ。袋に詰め込まれて運ばれ、投げ飛ばされもしたのだから当然といえば当然だろう。
無意識に手をやった頭はぼさぼさで、咄嗟に撫でつける。髪を掴まれたり、自ら水を呼んで溺れもしたのだから仕方ない。
恥ずかしさを誤魔化すようにディアヌローズは「そうよ」と平静を装う。
「男の子の恰好をしないと花まつりには連れて行かない、って言われたの」
ふーん……と怪訝な様子の彼に、動きやすくてよかったとディアヌローズが言えば、彼は小さく噴き出した。
お転婆認定されたかもしれないが、これからを考えれば冷静な人がいるのはありがたい。
ふたりで花をかき分け、花桶の間を抜けて荷台の入口まで行った。
幌を少し開いて外を眺める。
軒を連ねている間口の狭い建物はみな薄汚れ、一枚きりの扉は板張りだ。
路上では、昼間だというのに酒の回し飲みをしていたり、取っ組み合いの喧嘩をしている者、かと思えば追われて必死に逃げる者までいる。
「アジトってどこにあるのかしら……。逃げないと」
「森の中って言ってたよ。君、逃げる方法があるの?」
「飛び降りるしかないと思う。でも……。助けを呼ばないと全員は無理ね」
飛び降りるのはディアヌローズだってかなりの勇気が必要だ。怯えている子ができるとは思えないし、怪我を覚悟の上なのだから強要できるものでもない。
とはいえ、アジトまで連れて行かれたら逃げるのはもっと難しくなる。バンは街を抜けたら速度を上げると言っていたし、飛び降りるなら今しかない。だけど……。
ディアヌローズが眉を顰めると、彼が口を開いた。
「助けを呼ぶって、その辺の大人に? 仲間かもしれないよ。見るからに治安が悪そうだ」
「そうね。……でも、パレードのあった大通りに向かえば治安は良くなっていくわ」
大通りから監禁場所までを馬車から見ていたのだと、ディアヌローズは彼に話した。
「君って凄いね。大抵は怯えたり泣いたりで忙しいのに」
彼は泣く子のいる花向こうへと視線を向けた。
ディアヌローズは目を伏せる。
「……そんなことない。わたしも泣いてしまったもの。でも、諦めたくない。謝らないといけない人がいるの」
謝罪の言葉を監禁された地下室の机裏に書き残してきた。けれど、それをアルフレデリック達に見つけてもらえる保証はない。叶うなら、自分の口で謝りたい。それに──。他領に納品なんかされるものか。
「わたしの行く道をバンなんかに決められたくないの。わたしの道は、わたしが決めるわ」
ディアヌローズは彼の金蜜色の瞳を真っ直ぐ見つめた。
束の間沈黙した彼は、愉快そうに口角を上げた。
「僕、君が気に入ったよ。で、どこで助けを呼ぶの?」
「あ、ありがとう。あの、……ここは宿街なの。大通りまで戻れば礼拝門が近いわ」
礼拝門はその名のとおり、城下壁に設けられた礼拝に向かうための門だ。各領地からやって来た礼拝者が宿泊先から訪い易いよう、宿街から中央聖堂に最も近い位置にある。
これまで荷馬車は一度も曲がっておらず、進行方向を逆に向かえば大通りに出られるはずだ。仮に礼拝門に門番がいなくても、城下壁を右伝いに進み、噴水広場を越えてさらに伝っていけば城下門がある。そこには必ず門番がいる。だから。
「助けを呼べるわ」
「詳しいんだね。君、行ける?」
「行ける。でも……。わたしはバンに目をつけられてるの。いないと直ぐにバレると思う」
言い出したからには自分がやるべきだと重々わかっている。でもバレた時、残したみんなが無事で済むとは思えない。バンは暴力を振るうことに迷いがなく、それをディアヌローズは身をもって知っている。ぎゅっと拳を握った。
「……なるほど。なら僕が行くよ」
まるで近所にお遣いにでも行くような気安さで彼は請け負った。楽しんでいるようにさえ見える。
ディアヌローズとしても彼にやってもらうほかないのだが、堪らずに尋ねる。
「いいの?」
「誰かが行かないと助けを呼べないだろ?
そうだ、名乗ってなかったな。僕はドゥドゥ。君は?」
「わたしは、……ナディ、よ」
何となく本名でない方がいい気がして、人形の名を借りた。とは言えディアヌローズも仮の名だ。
よろしく、と今さらながらの挨拶を交わす。
「あ、あの……。ドゥドゥ、お願いがあるの。門番に届け物を頼んでくれないかしら」
「いいよ」
気安く引き受けてくれたドゥドゥに、少し待っていてねとディアヌローズは隠しに手を入れる。
ハンカチと消し炭を取り出して、荷台の床板で消し炭の先端を尖らせた。ハンカチに『森 アジト 花辿る ランメルト アルフ』と、重要な単語を書く。
揺れる荷台で書いた字はガタガタで、ところどころ掠れてもいるが読めないこともない。アルフレデリックの名に至っては途中までしか書けなかった。でも、たぶんわかってもらえる、と思う。
ディアヌローズはハンカチを畳んでドゥドゥに差し出す。
「これをランメルト領事区域のアルフレデリック様に届けてと、門番に託けてほしいの」
「……わかった」
ドゥドゥは興味深そうな顔をディアヌローズに向けた。
「ナディはその人と知り合いなの?」
「助けてもらったことがあるのよ」
「……そっか」
受け取ったハンカチをドゥドゥはもう半分に折り畳んで隠しに入れた。
ディアヌローズは納得してくれたらしいドゥドゥにほっとする。嘘は言っていない。この状況で今更と思わなくもないが、アルフレデリックにはこれ以上迷惑が掛からないようにしたかった。
再び、ドゥドゥは幌を僅かに開いた。外を窺うその視線は鋭い。
きっとドゥドゥなら助けを呼んでくれる、ディアヌローズはそんな確信めいた予感がした。張り詰めていた気が緩んで一気に身体が重くなった。
不意に、ガタンと荷台が大きく揺れた。
大きくバランスを崩したディアヌローズをドゥドゥが抱え込むように支えた。
「すごい熱じゃないか!」
「大丈夫。寝不足なの。眠ればすぐに下がるわ」
「……。僕はもう行かないとだけど、ちょっと待ってて」
心配そうに眉根を寄せたドゥドゥが、くるりとディアヌローズに背を向けた。短髪と思っていた彼の項には、長い一房の髪が結わえてある。まるで尾長の羽みたいだ。
少しすると、ドゥドゥは彼と同じ背丈の男の子を連れてきた。瞳は琥珀色、おかっぱ頭はドゥドゥと同じ鳶色だ。
ドゥドゥはその子の肩に手を置いた。
「彼はグエン。彼を頼ってくれ」
「やあ、ナディ。話はドゥドゥから聞いた」
「ドゥドゥ、ありがとう。
よろしくね、グエン。わたしはナディよ」
どうやらグエンもドゥドゥ同様に肝が据わっているようだ。
これからやるべき事があるディアヌローズにとって、頼れる人がいるのはとても助かる。
「グエン、さっそく頼ってもいい? 花を馬車の外に落として道標にしたいの」
グエンはドゥドゥをちらりと見て笑んだ。
「いい考えだね」
ディアヌローズとグエンが桶の花を間引くように摘み始めると、ドゥドゥは着ている上着の裾を持ち上げてフードのように頭からすっぽり被った。
「じゃあ、行ってくる」
言うなり、ドゥドゥは躊躇うことなく荷台の端を軽く蹴った。宙で弧を描いた身体は石畳に着地すると、受け身をとって道の端にゴロゴロ転がった。
走り去る荷台のディアヌローズとグエンに向かってドゥドゥは手を上げた。
どんどん小さくなるドゥドゥの無事を見届けると、ディアヌローズの意識はそこで途絶えた。
◆◇◆
「ぅ……ぃゃ……」
ディアヌローズは誰かに揺り起こされて、重い瞼を上げた。二度三度と緩慢に瞬く。
「大丈夫? ずいぶん魘されてた」
心配そうに見下ろす琥珀色の瞳をディアヌローズは見つめた。誰だろう……。ぼんやりとした頭で考える。
だんだん頭がはっきりしてきて、拉致犯のアジトに向かう荷馬車の中だと思い出した。
荷馬車は車輪の音も荷台の揺れも激しくなっていた。
「……グエン。ごめんなさい。わたし、眠ってしまったのね。代わるわ。グエンは休んで」
「まだ熱が高いから無理しなくていいよ。僕を頼るようにって、ドゥドゥも言ってただろ?」
ディアヌローズの額にグエンの手がのった。冷たくて気持ちいい。花の香りが濃くなったのは、たぶん直前まで花を道標にしてくれていたからだろう。
「ありがとう。森の中に入ったみたいね」
「うん。ヤツら、街を出た途端に速度を上げたんだ。けっこう森の奥まで来たと思う」
「ドゥドゥは門に着いたかしら……」
「大丈夫。必ず助けを呼んでくるよ」
自信たっぷりなグエンの声は本当に確信があるようだ。
「そうね。わたしもそう思う。……わたしね、一人だけで地下室に監禁されてたの。だからグエン達に会えて心強いわ」
「心細い思いをしたんだね」
「少しだけ。……ううん、とてもね」
グエンの前では強がらなくてもいい、それが嬉しい。この状況で彼らに出会えたのは幸運だ。
「ドゥドゥと仲がいいのね。二人で花まつり見物に来てたの?」
「ああ。大人たちには内緒でね」
そう言ってグエンは片目を瞑ってみせた。
思わず「まぁ」とディアヌローズの口から漏れる。
「今頃は大騒ぎね」
「帰ったら、大目玉だ」
「わたしもよ」
ディアヌローズはグエンと顔を見合わせて、ふふっと笑った。お祭りで浮かれるのは自分だけではないようだ。それとも、笑わせるために言ってくれたのだろうか。
外を見たグエンが表情を引き締めた。
「速度が落ちてきた。そろそろ着くのかも。奥へ行こう」
グエンの差し出した手に掴まって、ディアヌローズは身体を起こそうとする。
「痛っ!」
痺れるような全身の痛みに身体を丸めた。
「ご、ごめん」
「……ち、違う。グエンのせいじゃない」
動揺するグエンに笑んでみせ、痛みを堪えてディアヌローズは自力で立ち上がる。ビリビリともミリミリともつかない痺れは打ち身とは違う体内の痛みで、星の欠片を光らせた時と同じ痛み。いや、それ以上だ。
でも、そんなことをグエンには言えない。だから、負けず劣らず痛かった理由を口にする。
「──バンを、灰色の髪の男を怒らせたら、投げ飛ばされちゃったの」
「アイツか。後で仕返ししてやる!」
「やめて! グエンが酷い目に遭うのは嫌だわ」
「心配しないで、ナディ。安全に仕返しする方法があるんだ」
そう言って、グエンは悪い笑みを浮かべた。
驚いた。ディアヌローズはグエンを見つめる。一見おとなしそうと思ったが、グエンは想像していたよりも正義感が強く熱い性格のようだ。この状況にあっても冷静なだけに、ただの怖いもの知らずの言動とは思えない。行動力もあるとなれば本当に仕返ししそうな気がする。
むしろ心配するのはバンの方だろうか……。一瞬過った考えをディアヌローズはすぐさま棄てた。グエンが無事ならそれでいい。バンなんてどうでもいい。
「無理だけはしないでね」
「約束するよ。そろそろ奥へ戻らないと。ゆっくりなら動ける?」
「ええ」
ディアヌローズの手をグエンが取って先に立ち、ふたりで花桶の間を抜けていく。
繋いだグレンの手が頼もしい。もう一人だけで頑張らなくていいことが何よりも有難かった。
荷台の奥に戻ると、蒼白い顔の子ども達が身を寄せ合って震えていた。
荷馬車の速度は徐々に落ち、間もなくして、止まった。




