花まつり見物の許可
サブタイトルを【花まつりへの許可】から【花まつり見物の許可】に変更しました。
表現を修正しました。
季節は春、エアリューリスに変わった。
エアリューリスの最初の月である芽月には、花まつりがある。
各領地でも花まつりはあるけれど、中立領プリエテールの花まつりは花の女神フェルヴェリーラの地だけあって一際美しいと評判だ。
聖堂前では花まつりの数日前から、神々の花絵が神官や巫女たちの手によって描かれていく。
当日は、領地内のいたるところが花で飾り立てられる。花で彩られた馬車は花を撒きながら城下街の目抜き通りをパレードし、噴水広場では民衆がこぞってダンスを楽しむ。
人々は老いも若きも、女性は花冠を載せ、男性はブートニエールをつけて花まつりを過ごす。
その花冠やブートニエールの花の色には意味があり、既婚者は黄色、婚約している者は赤、独身者は白と決まっている。さらに、夫婦と婚約者同士は対の花をつけ、未成年の女性は手首にポワニェージュという花飾りもつける。
花まつりで求婚する男性は、想い人の前で片膝をつき、青い花のブーケを捧げて愛を問う。求婚を受け入れる女性はブーケと自身の花冠からブートニエールを作り、男性に承諾の印として返す。
ただ、今ではこの求婚は平民の中でのみ行われているといっていい。貴族は未成年のうちに婚約を済ませる者が殆どで、花まつりで求婚する者は皆無といえるからだ。
そんな花まつりの話を、ディアヌローズは一緒に刺繡をしていた側仕えたちから聞いた。
不意に、マリレーヌが刺繍の手を止める。
「昨年の花まつりで求婚を目にしましたの。ダンスが終わると、突然男性が膝をついたのですわ」
マリレーヌはうっとりと宙を見つめた。
いつもは冷静なベアトリスも青紫色の目を輝かせる。
「それでどうなったの?」
「もちろんブートニエールを貰ったわ。居合わせた人たちみんなで祝福したのよ」
ディアヌローズの頭の中は求婚の想像でいっぱいに膨らんだ。
「素敵ね」
まぁ、とフォセットは微笑ましそうな目をディアヌローズに向けた。
「おませさんですこと」
「だって憧れるわ」
ディアヌローズは奏としてなら成人しているのだ。思い起こせば、修了試験のあの日に甘やかな恋をしたいと願った夢見がちな二十一歳なのである。
できれば、求婚を自らの目で見てみたい。もちろん花絵やパレードだって。
花まつり見物に行きたいと、誰にお願いすればいいだろう。一番叶えてくれそうな人はコンスタンティンだけど、いつ会えるかはわからない。確実に会える人は──。
数日後。
ディアヌローズはヴィオリナの課題を弾き終えて、アルフレデリックの判定を待っていた。
「合格だ」
アルフレデリックが次の課題をディアヌローズの前に置いた。
いつもは渋るディアヌローズだが、きょうばかりは笑みを絶やさないよう心がける。
「アルフレデリック様。近々、花まつりがあるそうですね」
「それがどうした?」
アルフレデリックは、すぅと訝し気に目を細めた。
途端にディアヌローズの笑みは萎んだ。躊躇いがちにアルフレデリックを見上げる。
「……花まつりに行きたいのです」
「却下だ」
アルフレデリックはにべもない態度で言った。魔獣を嗾けた犯人は未だに捕まっていなかった。
「どうしてですか? 星まつりと天界送りは連れて行っていただけました」
「花まつりには大勢の見物客が押し寄せる。其方などすぐに迷子だ」
「手を繋いでいただきます。決してみなさんから離れません」
食い下がるディアヌローズに、アルフレデリックは眉間に深い皺を刻んだ。
「人攫いもいるのだ。許可できぬ。
この話は終いだ」
ディアヌローズに向けられたアルフレデリックの瞳は、淡い金ではなく冷たい銀を帯びていた。
絶対無理なんだ……──。ディアヌローズの瞼の縁にはみるみるうちに涙が溜まって、ほろりと頬を滑り落ちた。泣くなんて子どもっぽい真似はしたくないのに、どうにも我慢できなかった。
気を利かせた側仕え達によってお茶が淹れられて、ふたりは無言で向かい合う。
沈黙の落ちる中、突然コンスタンティンがやって来た。
「辛気臭いな」
どかりとアルフレデリックの隣に腰を下ろした。
アルフレデリックは肩を竦める。
「花まつり見物を却下されて拗ねているのでしょう」
「許可してやればよかろう」
信じられないと言わんばかりに、アルフレデリックはコンスタンティンを見た。
「見物客であふれかえっているのです。危険極まりない」
「まるで父親だな」
アルフレデリックは眉を顰めた。
「ご冗談を。許可できない理由は父上もご存知でしょう」
「ならばアルフレデリック、其方が連れて行けばよい」
「私が?
白い花をつけて、わざわざ浮ついた独身男に見られろと仰るのですか」
睨むアルフレデリックを気にもせずに、コンスタンティンは楽しそうに口端を上げた。
「独身に見られるのが嫌なら、エレオノールに頼むかい?
二人で黄色の花をつけてディアヌローズを連れて行くといい。きっと家族に見える」
「鬱陶しい噂の的になるではないですか。エレオノールだって迷惑でしょう」
「そのまま求婚すればいい」
「私にその気はありません」
ますますアルフレデリックは眉間の皺を深めた。
「エレオノールの父君も娘を手放す気はないらしいがね。縁談を片っ端から断っているそうだ」
やれやれ、とコンスタンティンは嘆息して続ける。
「では、其方がディアヌローズを連れて行く、でいいんだね」
「何故そうなるのです? 私でなくてもいいでしょう」
「私も、ミゼリコルドも、無理だと知っている筈だ。
であれば、其方しかおらぬ」
「花まつり当日は、私も仕事が山積みですが?」
「ヴァランタンに任せるさ」
アルフレデリックはきつく目を瞑って長い息をはきだした。
「……引き受ければいいのでしょう。
但し、ディアヌローズには男の恰好をさせます。譲歩はできません」
「花冠を載せたディアヌローズを見たくないのかい?
ポワニェージュをつけた姿はさぞ愛らしいだろうに」
「見たいのは父上でしょう」
コンスタンティンは困ったように笑んでディアヌローズに向いた。
「ディアヌローズ、男の子に変装してでも行きたいかい?」
「構いません。わたくしは木箱に入ってでも行きたいのです」
前のめりでディアヌローズは返事した。服装なんてどうでもいい。花まつりにさえ行ければいい。祈りの日の中央聖堂に行った時みたいに、木箱に入れられての移動だって受け入れる覚悟である。
「木箱?」
コンスタンティンが興味を示すと、アルフレデリックは目に角を立てた。
「ディアヌローズ、余計なことは言うな」
「ひゃい」
慌ててディアヌローズは口を閉じた。連れて行ってもらえなくなっては一大事である。
「……まあ、いい。では、決まりだ。
フォセット、準備を頼む」
コンスタンティンから許可が出たディアヌローズは満面の笑顔になった。胸の前で手を組む。
「ありがとう存じます! 求婚を見るのが楽しみです!」
みるみるうちにアルフレデリックの表情は険しくなった。
「そんなものを見たくて強請ったのか。やはり却下だ」
ギロリと睨まれたディアヌローズは首を竦めた。
コンスタンティンは苦笑する。
「まあまあ、アルフレデリック。可愛いらしい願いじゃないか。連れて行ってやりなさい」
ディアヌローズは胸を撫で下ろして、花まつりを指折り数えて待ちわびた。
◆*・・・・・*◇*・・・・・*◆
花まつり前日。
ディアヌローズのもとにアルフレデリックがやって来た。
出迎えたディアヌローズの前に、アルフレデリックの後ろから見知らぬ男性が顔を出した。人好きのする笑みを浮かべている。
「やぁ、ディアヌローズ。会いたかった」
その人は片膝をつくと、ディアヌローズの両手を取った。
ディアヌローズはピシリと固まった。目を丸くする。
誰? ────




