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イストワール国~その花の名を私は知らない~  作者: 天音蓮
第三章 事件編

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奏の衣装の秘密

表現の修正をしました。

 天界送りの帰路はアルフレデリックによる強制的なお昼寝効果か、ディアヌローズは眠り落ちずに領事棟の自室に着くことができた。

 側仕えたちは湯浴みの用意をして待っていてくれた。

 着ぶくれのディアヌローズは寒い思いをしなかったけれど、お湯につかれば心までもが温かくなった。みんなの心遣いが嬉しくて。




 翌朝。

 課題を済ませたディアヌローズは、ヴィオリナできょう二度目のカノンを弾いていた。

 傍らの止まり木では、ビジュが時折り聴き入るみたいに小首を傾げている。今ではすっかりディアヌローズに慣れて、窓を閉めている時には籠の外の止まり木で過ごすようになっていた。


 三度目のカノンを弾き終えて、ディアヌローズはヴィオリナを肩から下ろした。


「おはよう、ディアヌローズ。体調が良さそうでよかった。

 その曲が好きなのかね?」


 そう尋ねたのはミゼリコルドだ。

 来訪に気づかなかったディアヌローズは慌ててミゼリコルドの下に行く。


「おはようございます、ミゼリコルド様。昨夜(ゆうべ)はありがとう存じました。とても愉しかったです」

「私もだ。いつもレアリーヴの前で同じ曲を弾いているのだな」

「レアリーヴ……、ビジュのことですか?」

「其方はビジュと名付けたのか。その瑠璃色の鳥はレアリーヴという。人には慣れぬ鳥なのだが、ビジュは違うようだな」


 ビジュに目を向けたミゼリコルドにつられて、ディアヌローズもビジュを見た。


 人慣れしたのはたぶん、アルフレデリックが幼鳥のうちに保護したからだろう。ずぶ濡れのビジュを保護しようとしたディアヌローズに、アルフレデリックは手を出すなと止めた。野に生きるものの生死は自然の理であり、手を差し伸べれば野には戻れないと言って。

 生涯の面倒を見られるのかとアルフレデリックに問われ、《奏の世界》に還ることを目指していたディアヌローズは諦めるしかなかった。


 その後、みんなを騙していたと告白したディアヌローズに、アルフレデリックはビジュを世話することを罰として科した。闇に溶けようとしたディアヌローズの、明日を生きる糧となるように。再び闇に戻らせないために。


 なぜアルフレデリックはビジュを保護したのか。いつか訊ねてみたいとディアヌローズは思っている。たぶん、教えてはもらえないだろうけれど。


 ほんの束の間ディアヌローズは目を閉じて、ミゼリコルドに向いた。


「はい。籠の出入りを自由にしたら、止まり木で過ごすようになりました。

 先ほどの曲を、いつかビジュと一緒に奏でられたらいいなと思っているのです」

「では私も楽しみにしていよう」


 ミゼリコルドは青い目を細めて笑んだ。


 ディアヌローズがヴィオリナを片付けていると、ミゼリコルドは飾り棚にある玻璃の(ガラス)ドームを見始めた。ドームの中では共に転移してきた薔薇が変わらぬ瑞々しさを保ったまま宙に浮き、光の粒を受けて緩やかに回転している。


「これはアルフレデリックが?」

「はい。わたくしが髪に挿していた花をそのようにしてくださったのです」

「魔力が満ち、朽ちる心配は無さそうだ」


 フォセットがお茶を淹れる手を止める。

「アルフレデリック様が定期的に魔力を籠めていらっしゃいますわ」


「魔力?」


 ディアヌローズがこてりと首を傾げると、ミゼリコルドはドームの先端についている石を指さした。


「アルフレデリックがこの石に触れているところを見たことはあるかな?」


 ディアヌローズはミゼリコルドの隣で、顎先に指をあてる。

 そういえば……──。

「時々ご覧になっていらっしゃいました。背に隠れて手許までは見えませんでしたが」


「そうか。簡単に説明するとこれは魔石なのだ。中の花は、魔石に籠められた魔力によって保たれているのだよ」

「どうしましょう……。

 アルフレデリック様がそのようなご負担をされているとは存じませんでした」

「さして負担ではあるまいよ。気にせずともよい」

「わたくしにも魔力があったらできるようになりますか?」

「ああ、できるとも。

 だが加減が難しい故、すぐには無理であろうな。慎重に注がねば、あっという間に魔石も花も粉々になる。失いたくなくば決して試してはならぬ。よいな」

「──はい」


 アルフレデリックの注意の仕方によく似ている。ディアヌローズは思わず心の中でくすりと笑った。




 ◆*・・・・・*◇*・・・・・*◆




 天界送りから週が二巡りした。

 雪よりも雨が日毎に増えて、月の名も雨月変わった。


 きょうのお茶の時間をディアヌローズはエレオノールと過ごす約束をしている。

 前回は途中でエレオノールに発熱がバレてお開きなってしまったので、体調管理には十分に気を付けて過ごしてきた。おかげで体調はすこぶるいい。


 ナディとお揃いの衣装で長椅子に並んだディアヌローズはそわそわと扉ばかりを気にしていて、その様子を側仕えたちは微笑ましそうな顔で眺めている。



 お茶の時間を知らせる鐘が鳴って間もなく、待望のエレオノールが訪れた。

 ディアヌローズは満面の笑顔で出迎える。


「ごきげんよう。エレオノール姉さま」

「ごきげんよう、ディアヌローズ。とても元気そうね」

「頑張りました」


 胸を張るディアヌローズに、エレオノールは微笑んだ。


「ふふっ。たくさんお話できるわね。

 きょうは見せたい物があるのよ。こちらへ来るほんの少し前に届いたの」


 よほど見せたいのか、エレオノールはお茶を淹れる手を止めさせた。

 持参した木箱を彼女の側仕えであるシュザンヌが応接卓に置いた。


 木箱が開けられる。中には────

 真珠のごとき光沢の白布があった。


「こちらは?」

「あなたの洗礼衣装の布地よ。漸く織り上がってきたの」

「とても奇麗ですね、姉さま」

「肌触りもいいのよ。触ってみて」


 ディアヌローズは遠慮がちに触れた。


「しなやかで、さらりとしているのに……温かいですね」

「あなたの洗礼式があるエアリューリス()はまだ肌寒い日が多いから、この布地がいいと思ったの。

 ……気に入ってくれるかしら?」


 心許なさそうにエレオノールは杏色の瞳をディアヌローズに向けた。

 はにかみんだ笑みをディアヌローズは浮かべる。


「はい、とても。

 ありがとう存じます、姉さま」

「よかった。

 どうしてもこの布地にしたくて、あなたに出会ってすぐに注文したのよ」

「出会ってすぐ……」


 出会ったのは転移した直後のこと。

 そんなに早くから情を向けてくれていたなんて──。ディアヌローズは心苦しくも嬉しくて堪らない。ランメルトに移るようコンスタンティンには言われたけれど、領事棟に居たいと願って本当によかった。



意匠(デザイン)を早々に決めて仕立てさせないとね」

「今から仕立てるのですか?

 洗礼までにはもっと大きくなると思いますけれど……」


 洗礼は七歳になる年の花月。あと一年と三カ月もある。ディアヌローズは眉を寄せた。


「心配しなくても大丈夫よ。この布地は、魔術礼装用に織らせた特別な布ですもの」

「魔術、礼装?」 

「ええ。大人から子どもの大きさくらいであれば、身体に合うように変化するの。あなたが保護された時に着ていた衣装も魔術礼装よ。

 気づかなかった?」


 ディアヌローズは目を瞬く。


「……はい」

「出会った時よりも背は伸びているでしょうから、試しにあの衣装を着てごらんなさいな」


 すぐにディアヌローズが転移してきた時の衣装が用意された。

 まずは身体にあててみる。やはり袖丈は短く、肩のあたりがきつそうだ。スカート丈は膝が見える。


 確認が済むと、衝立の奥に連れて行かれた。

 すかさず転移した時の衣装を着せ付けられる。ぴったりの袖丈。背中の隠しボタンを全部留めてもきつくなく、スカートは膝が隠れた。揃いの靴も履いてみれば足にぴったりだ。不思議で仕方ない。


 着替えを済ませてエレオノールに見せると、満足そうに頷いた。


「ね、身体に合ったでしょう」

「はい……」


「魔術礼装の特に白い衣装はね、特別な日に纏うものなのよ。

 本来なら今着ている衣装で洗礼式をすべきなのでしょうけれど、あなたの身元を知る大切な手掛かりですもの。万が一傷めてしまっては大変だわ。だから、これから仕立てる衣装で我慢してね」


 エレオノールの気遣いがディアヌローズの心に沁みていく。

 だからこそ、ディアヌローズは自分がシェリールであると打ち明けられないことを申し訳なく思う。例え、呪詛を知られて心配をかけたくないからこその秘密だとしても。エレオノールが未だに自分の身元を気にかけてくれていることへの罪悪感が拭えない。だから。

 ごめんなさい──。胸の内で謝った。


「──我慢などしておりません。仕立ててくださる衣装が楽しみです。姉さまはいつも、わたくしの為にと考えてくださいますもの」

「では、あなたに一番似合う意匠を考えなくてはね」


 エレオノールは嬉しそうに笑った。




 ◆*・・・・・*◇*・・・・・*◆




 夕食前に降り始めた雨は止む気配のないまま、いつの間にか雪混じりに変わった。ぱたぱたと窓の玻璃(ガラス)にぶつかっては滑り落ちていく。音までもが寒々しくて、昼間の温かさが嘘みたいである。


 ディアヌローズは寝台の中で考える。

 思いがけず、転移してきた時の衣装が、子どもになった体形に合っていた理由を知った。

 残った疑問はあと一つ。貝紫色から白い虹色へと変わったのは何故なのか。

 白が特別な色だから?

 おそらく、元の色が貝紫だった理由もあるのだろう。


 知りたい。けれど、怖いとも思う。

 諦めきれない《奏の世界》。

 なのに、一つ何かがわかるたびに《奏の世界》は遠ざかっていく。

 知らないままではいられない。そう理解はしていても、心が締めつけられて切なくなる。


 奥歯を噛みしめて、こみ上げるものを遣り過ごした。


 何はともあれ、あの衣装は特別な日のために用意された魔術礼装。

 その布地を用意したのは、祖母。

 意匠を考えたのは奏だった自分で、祖母が縫製に出した。

 縫い上がった衣装に、課題として月詠(つくよみ)家伝承の刺繍を施したのは奏だった自分。


 やはり、祖母はイストワールを知っていた。

 シェリールのことも知っていた可能性が大きいだろう。


 自分の、シェリールの秘密を知った時に、自らが口にした言葉を思い出す。

『お祖母(ばあ)さまは、神様が()()()()()


 同時に、マノワとの約束が頭の中で(こだま)する。

『この希望に縋り過ぎてはいけないよ。必ず、心に折り合いをつけると約束しておくれ』

 甦った、頬に触れたマノワの小さくて皺だらけの掌の温もり。


 そこに手を重ねた。

 マノワとの約束は必ず守る。


 イストワールのシェリール。それが真実。


 でも、祖母と暮らした日々を否定したくない。

 《奏の世界》は確かに在って、《月詠奏》も《祖母》も存在した。


 大切な思い出は心の中にある。


 ねえ、マノワ。

 それくらいなら、……想っていても、いいでしょう?






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