語られたシェリールの秘密(3)
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コンスタンティンは今まさに呪詛の文字が現れたかのように、天井近くの虚空を睨んだ。
「あれは祝いも半ばになり、和やかに歓談している時だった。突如、黒い光が広間の天井近くの空間に現れたのだ。ほんの小さなシミのような黒い光は、水に落としたインクのように広がって徐々に集まり、そして言葉を形作った」
険しい表情のまま一呼吸置いて、コンスタンティンはアルフレデリックに緑柱石の瞳をひたと向けた。
「『汝らが子 人となりし日に 人としての生を終える』──呪詛の言葉だ」
「……」
無言で眉間に深い皺を刻むアルフレデリックに、コンスタンティンは付け加える。
「決してディアヌローズに知られるわけにも悟られるわけにはいかぬ。故に、ディアヌローズを世話する者たちにも教えられぬのだ」
「おふたりをはじめとする参列者に威力を弱められても、呪詛は発動するとお考えですか?」
ディアヌローズの洗礼式での呪詛について、アルフレデリックはあらかじめコンスタンティンから明かされていたが、発動しない可能性が大きいのではないかとの考えを持っていた。イストワールでも有数の魔力量と技能を併せ持つコンスタンティンとミゼリコルドが弱体化させたのだ。そうそう発動させる余力が残っているとは思えなかった。
しかし、コンスタンティンは厳しい表情を崩さない。
「呪詛を弱体化されたことを知らぬのか、知ってなお呪詛の発動に絶対的な自信があるのかはわからぬ。あの日以降、術者が存在を示すようなことは無かった。だが、呪詛が発動しないという確信がない以上、万全の備えをせねばならぬのだ」
ミゼリコルドもコンスタンティンに続く。
「術者の自信はさておき、あの呪詛の言葉は五歳の祝いの日から洗礼の日までという長い苦しみを与えるものだ。本来であれば子の成長を喜びで満たすはずの日々を、怯えて過ごさなければならない冷酷さがある」
イストワールにおいて洗礼前は人ではなく、洗礼を待たずに亡くなる子も少なくない。
掌中の珠のように育み、漸く人と認められる洗礼の日に死を与えるなど、この上なき残虐さであると、ミゼリコルドは淡々とした口調の中に憤りを滲ませたのだった。
アルフレデリックは広げた両手の指先を合わせて、人差し指を鼻の頭につけた。考え事をする時の癖である。
もしもふたりに、未だ秘匿している事柄、慎重にならざるを得ない理由があるとしたら。慎重を期し、呪詛が発動することを前提に解呪を目指すべきだろう。
「祝いの日を術者は知っていました。であれば、父上たちが参加されるのも承知のはず。呪詛を確実なものにするため、手段をいくつか講じていたとも考えられます。術者が以降姿を現さないのも、『呪詛を発動する自信がある』と取れなくもありませんね」
ひじ掛けを指先でコツコツと叩いて、コンスタンティンは「ああ」と口にした。
「我々は負けるわけにはいかぬ。解呪のため、なんとしても洗礼式までに術者を捕えたい。捕らえねばならぬ。──今回の件は、術者が起こした可能性は極めて低いだろう。だが、妖石から術者に辿り着けぬものかと期待しているのだ」
更にコンスタンティンは洗礼式で呪詛が発動する件だけでなく、真実を決して漏らさないこと、ディアヌローズに悟られないように細心の注意を払うことをアルフレデリックに念押しした。
そして最後にアルフレデリックを見据えて、もう一つ。
「ディアヌローズの傍にいてやると、私と交わした約束を守ってほしい」
「……承知しています」
やや目を伏せたアルフレデリックに、ミゼリコルドは気遣う眼差しを向けた。
「アルフレデリックの負担が一番大きかろう。助けが必要になったらいつでも言いなさい」
ミゼリコルドにアルフレデリックが礼を執ると、三人は席を立ってディアヌローズの部屋に向かった。
◆*・・・・・*◇*・・・・・*◆
アルフレデリック達がディアヌローズの部屋に戻ると、庭の血痕は雪もろとも消えていた。
黒く湿った土肌が広がり、枝や茂みに積もった雪も、ディアヌローズが雪に残した人型も無い。傾いだ木や引き抜かれた低木は植え直され、散らばった枝も片付けられている。だが折れてしまった木々は無残なままで、暴力的な何かが起こったことを推し量るのは容易い。
レクタについては、人目につかない処にまとめたとの報告をアンベールから受けた。
「何らかの手掛かりを得られるやもしれぬ。私がレクタを石に変えてみよう」
そう言ってミゼリコルドは庭へ出ていき、コンスタンティンとアルフレデリックはディアヌローズの寝台に向かった。
ディアヌローズの傍らでは、フォセットが不安そうな表情で胸元に手を寄せていた。
「ずっと涙を零されて、呼びかけても目を覚まされないのです。またあの時のようにお目覚めにならないのでしょうか……」
コンスタンティンとアルフレデリックは顔を見合わせた。
「ディアヌローズ、起きなさい」
アルフレデリックはディアヌローズの肩を揺すった。だが、何度か繰り返してもディアヌローズに起きる気配はない。コンスタンティンは思案顔で顎先に手をあてて、アルフレデリックに問う。
「いざとなれば記憶を封じればよいが、目覚めないのは困るな。以前はどれくらい眠っていたんだい?」
「およそ週一巡りでした」
「そんなにか。……思ったよりも深刻だな」
眉を顰めるコンスタンティンを前に、アルフレデリックは後悔を滲ませる。
「やはり眠らせるべきではありませんでした」
「あの場で記憶を封じるのは無理だった。致し方あるまい。私は幾つか確認を済ませ、領地に戻らねばならない。何かあれば連絡をくれ」
アルフレデリックの肩に重々しく触れて、コンスタンティンは帰っていった。
暫くすると、庭からミゼリコルドが戻ってきた。
「これをご覧」
応接卓に、ミゼリコルドは五つの石を並べた。レクタの石である。
そのレクタの石を、アルフレデリックは順に翳して調べていった。
「やはり妖石を食らっただけあって、すべてに濁りがあります。しかも、どれもが同種の妖力に影響されている色調です。先に回収した妖石とも比較する必要はありますが、おそらく同じでしょう」
「左様。妖石に変えられた時期も同じ頃であろう。やはり、妖魔が頻出するような傾きかけた領があるやも知れぬな」
アルフレデリックは首肯した。妖魔が闇に潜み、滅多に姿を現さないのは周知の事実である。
ミゼリコルドは五つあるレクタの石から三つを袋に入れて口を閉じ、残り二つの内の一つをアルフレデリックの前に置いた。
「其方が保管しておきなさい。一つは私が保管する。袋に収めたレクタの石は、私からコンスタンティンに渡しておく」
袋とレクタの石をしまったミゼリコルドは、ディアヌローズのいる寝台に目をやった。
「ディアヌローズは?」
「呼びかけましたが目覚めません」
ミゼリコルドは白銀の眉を寄せた。
「私はひとまずコンスタンティンにレクタの石を渡してくるが、其方は?」
「私は急ぎの仕事を片付けてまいります」
ディアヌローズの傍らで付き添うフォセットに後を頼み、アルフレデリックとミゼリコルドは部屋を出た。




