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イストワール国~その花の名を私は知らない~  作者: 天音蓮
第三章 事件編

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語られたシェリールの秘密

サブタイトルを【語られたシェリールの秘密】に変更しました。

表現の修正をしました。

 寝台の端に腰を下ろしたコンスタンティンはディアヌローズの両手を包み、緑柱石の瞳を向けた。


「さて、ディアヌローズ。もうすぐ皆が集まる。その前に、君に訊いておきたいんだ。

 君は、《シェリール》のことを知りたいかい?

 君にとっては相当辛い話になる。話す気は無かったのだがね、君が少しとはいえ思い出したようだから、知りたいのなら教えようと決めたんだ」



 ディアヌローズはコンスタンティンの手を見つめた。

 知るのが怖い──。けれど、知りたくないわけではない。知りたい気持ちに蓋をしても、やがてその気持ちは膨れ上がって蓋が弾け飛ぶ。だから、知らなければきっと後悔する。


 決意をもって、ディアヌローズはコンスタンティンを真っ直ぐ見た。


「教えてくださいませ。知ることを怖れて、後悔したくはありません。たとえ悩み苦しんだとしても、真実を知りたいと存じます」


 束の間、ふたりは視線を合わせたまま沈黙した。


「いいだろう。だが、君が耐えられないと判断したら、《シェリール》の記憶は消す。そのつもりでいるように」


 コンスタンティンの言葉にディアヌローズは重々しく頷いた。


 アルフレデリックはふたりの傍らで、その一部始終を見つめていた。





 ◆*・・・・・*◇*・・・・・*◆




 暖炉前の長椅子にディアヌローズは移されて、隣にはアルフレデリックがついた。ミゼリコルドは一人掛けの椅子にいる。


 ディアヌローズに関わる者たちがコンスタンティンの前に集まると、全員を覆う遮音の魔術が展開された。

 コンスタンティンはみんなの前で椅子から立ち上がった。


「よく集まってくれた。レクタに襲われた話はすでに耳にしているであろう。犯人につながる手掛かりはいまだ見つかっておらぬ。今後の調査に先立ち、皆に話しておかねばならないことがある。

 まずその前に、皆は誓約を交わしているとアルフレデリックより聞き及んでいる。これよりする話は誓約に関わる内容である。心するように」


 隅々まで通る声で告げたコンスタンティンはみんなを見渡し、最後にディアヌローズに顔を向けた。


「ディアヌローズ、よいか?」


 コンスタンティンの眼差しは厳しく、いつもの柔らかな雰囲気は一切無い。

 覚悟を決めていたディアヌローズだったが、思わずごくりと固唾を吞んだ。


「──はい」


 神妙にディアヌローズが返すと、コンスタンティンは腰を下ろした。

 みんなの目がコンスタンティンに集まり、空気が張り詰めた。



「この騒動で、ディアヌローズの記憶が僅かではあるが戻った」


 さざ波のような騒めきが起こり、すぐに収まった。


「今後を考慮し、皆にも話しておく。

 ──ディアヌローズの本当の名は《シェリール》。私の友人の子である。

 本人は今までどおり、《ディアヌローズ》と呼ばれることを希望している」


 コンスタンティンはディアヌローズに目で確認を求め、ディアヌローズは大きく頷いた。



「これから語る話はごく少数しか知らぬ。シェリールの、今はあえて《シェリール》と呼ぶが、シェリールの五歳の祝いの日に起こったことである。

 ──その日はシェリールの父である友人の屋敷に、私とミゼリコルドをはじめ数名が集っていた。


 和やかに歓談する中、突如として呪詛の黒い光が現れた。黒い光は意志を持っているかのようにシェリールへと伸び、対抗する我々は為しうる限りを尽くした。

 だが、おそらく呪詛は高魔力の贄で練られていたのだろう。我々は勢いを削ぐだけで精一杯だった。とうとう呪詛の黒い光は、手を伸ばせば届きそうな距離にまでシェリールに迫った──」



 コンスタンティンの口から語られるこの話の先を、ディアヌローズはよく知っている。奏の時に毎夜見てきた悪夢。粘つくような禍々しい黒い光を思い出し、身体の芯が震えた。わななく唇を止めようと奥歯を噛みしめた。


 アルフレデリックはコンスタンティンに目配せした。


「止めるか?」


 問われたディアヌローズは膝に置いた両手を握りしめ、唇を引き結んで大きく(かぶり)を振った。一度(ひとたび)声を出したら、泣いてしまいそうだった。


 コンスタンティンは話を再開する。


「──寸前でシェリールの母が呪詛の黒い光とシェリールの間に滑り込み、娘を庇った。結果、シェリールの母は呪詛の大半を受け、シェリールも僅かではあるが呪詛を受けた」



 つぅと、涙がディアヌローズの頬を伝った。

 あの女性(ひと)は、やっぱり母さま──。直感は正しかった。はらはらと涙が頬を伝うごとに、夢の中で頽れていった女性の眼差しと涙が思い出された。わが身を顧みずに助けてくれた、同じ貝紫の瞳をもつ母。


 涙を零しながらも、ディアヌローズはコンスタンティンから目を逸らさずに、話に耳を傾ける。



「不幸中の幸いと言うべきか、その日は五歳の祝いの日。加護を授かる前だった。

 我々はシェリールの呪詛を祓ってくれるよう、神々に祈った。しかし、神々は呪詛を祓うのは人の行いに干渉することであり、加護ではないと仰せになった。

 だが娘のために身を挺した母への慈悲として、『時満ちれば戻す』とシェリールを保護されたのだ。──そして時が満ち、シェリールは戻ってきた」


 そう言って、コンスタンティンはディアヌローズに向いた。



 呪詛を受けた? ──

 そんな記憶も、不調も、ディアヌローズには無い。涙を手で拭い、訝し気に眉を寄せた。


「わたくしに、呪詛を受けた記憶はありません」

「呪詛の術者は判明しなかった。

 我らでも祓えなかった呪詛だ。混乱を避けるため、この件に関する記憶を私とミゼリコルドを含む数名の者を除き、神に願って封じていただいた」


 微かな期待が、ディアヌローズの胸に芽生えた。記憶が封じられているのであれば、もしかしたら──。


「……わたくしの、家族は?」

「残念ながら君の家は絶えた。君が成人したら家を再興する。両親の名が知りたければ後ほど教えよう」


 無情な宣告が、淡々とコンスタンティンから告げられた。


 たしかに、母はディアヌローズの目前で動かなくなった。父も、やはり呪詛に倒れたのだろうか。でもまずは、何を置いても知りたいことがある。


「ですが、わたくしは祖母に育てられました」

「言っただろう、ディアヌローズ。君は神に保護されたのだ。

 保護された以降のことは神の領分で、我々にはわからないのだよ」



 瞬間、ディアヌローズの頭は真っ白になった。コンスタンティンは何を言っているのだろう。『わからない』、という言葉だけが頭の中で(こだま)した。

 神が保護したのなら、神は、《奏の世界》を、祖母を、知っていることになる。

 神に任命された領主なら、神から聞いているのではないのか。

 『わからない』なんて信じられない。

 祖母は存在する。

 二十一歳の誕生日まで《奏の世界》で共に過ごした、たった一人の家族。

 祖母と再会することを願って、きょうまでイストワールで生きてきた。

 なのに──。



「お祖母(ばあ)さまにもう会えないなんて……。嫌、……いや、イヤッ!」


 ディアヌローズは両耳を手で塞ぎ、激しく頭を振って拒絶を示した。

 その手をアルフレデリックは鷲掴む。


「落ち着きなさい、ディアヌローズ。今、其方を眠らせるわけにはいかないのだ」

「イヤッ! お祖母さま!」


 両手をアルフレデリックに掴まれたまま、泣きながらディアヌローズは頭を振った。

 アルフレデリックは逡巡する。失意に沈むディアヌローズを眠らせた場合、以前のように目覚めない可能性があった。


「やむを得ぬ」


 アルフレデリックはディアヌローズを眠らせた。

 くたりと力の抜けたディアヌローズをアルフレデリックは遮音の膜を抜けて寝台に運び、横たえた。


 ディアヌローズを見つめたまま、アルフレデリックはミゼリコルドとやって来たコンスタンティンに問う。


「これでいいのですか? それとも記憶を封じるのですか?」

「記憶は封じぬ。封じたところで、思い出せばまた繰り返すだけだからな。 

 絆されたか? 大事の前の小事。其方はこのままディアヌローズについていてくれ。皆には続きを話す。これよりする話はディアヌローズに聞かれるわけにはいかぬから丁度いい」


 踵を返すコンスタンティンを横目に、ミゼリコルドが口を開いた。


「其方がおらねば側近も困るだろう。私がディアヌローズについている。

 行きなさい、アルフレデリック」


 アルフレデリックはミゼリコルドに礼を執って、寝台を後にした。






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