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イストワール国~その花の名を私は知らない~  作者: 天音蓮
第三章 事件編

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アルフレデリックへの依頼

表現を修正しました。

 別室に移ったコンスタンティンとアルフレデリックは、暖炉前の椅子に並んで腰掛け、人払いをして遮音の魔術を展開した。


 揺らぐ炎をふたりで見るともなしに眺め、暫くの沈黙ののち、コンスタンティンは口を開いた。


「其方には真実を話しておく。

 知っているのはミゼリコルドを含め、僅かしかおらぬ」


 そう前置きして、コンスタンティンはシェリールについて語っていく。


「────ということだ。諦めかけていたシェリールを迎えられた。その上、すでに其方には心を開いている。宿願を果たすため、このままシェリールを支えて欲しい。

 アルフレデリック、其方なら、其方だからこそ、わかるだろう?」


 アルフレデリックは両膝に肘をついて、組んだ手を凝視した。

「……たとえ理解したとしても、私には無理です」


 目を伏せるアルフレデリックをコンスタンティンは一瞥し、炎を凝視した。


「そうか──。

 できぬのなら手を引き、口も出さず、今後は一切関わらないでくれ。チャンスは一度きり。失敗するわけにはいかぬのだ。今までシェリールを守ってくれたこと、感謝する。数日のうちにシェリールをランメルトに移す。エレオノールに伝えておくように。──これで話は終わりだ」


 すかさずコンスタンティンは立ち上がった。


「待ってください……」


 振り仰いだアルフレデリックに、コンスタンティンは目を合わせ、嘆息した。


「待つ余裕は無いのだ、アルフレデリック。

 早急に、其方の代わりを立てねばならぬ。一年の半分以上を共にいた其方の代わりを、な。信を得るのは時がかかるのだと、其方は誰よりも知っているはずだ」


「……私に、他人(ひと)の心は……わかりません。己のことで、手一杯です」


 コンスタンティンはアルフレデリックの肩に手を置いて、困ったように笑んだ。眼差しには、息子を慮る心が滲んでいる。


「他人の心を知っている者などいないさ。『知っている』などと豪語する者がいたら、その者は己のことすら、何一つ知らないのだ。

 ──隣に居るだけでいいんだ、アルフレデリック。寄り添うだけで。言葉すら要らない。

 それでも無理かい?」


 束の間ふたりは目を合わせ、アルフレデリックは組んだ手に額をのせた。微かに蒼をおびた銀髪が、炎の色で揺らめいた。


 沈黙の中に、パチパチと薪の爆ぜる音だけがあった。


 アルフレデリックは顔を上げる。


「……考えさせてください」

「鐘ひとつ分だけの猶予を与える。──戻るぞ」




 ◆*・・・・・*◇*・・・・・*◆




 寝台の中、ディアヌローズはまた明晰夢を見ていた。

 今の夢は《奏の世界》。月詠家の聖堂、祈りの間に立っている。


 その聖堂に、祖母が入ってきた。

 一日たりとも思い出さない日は無かった、祖母の姿。

 懐かしくて、声をかけるよりも先に駆け出した。

 息を弾ませ、祖母の前に立った。


「会いたかったわ。お祖母(ばあ)さま」

『どちらのお嬢さんかしら?』


 愛想笑いの祖母から他人を見るような眼を向けられて、半歩後退った。


「冗談はやめて、お祖母さま。……奏よ。わたしを忘れたの?」

『わたくしの孫は二十一歳なの。あなたのように子どもではないし、髪が金色でもないのよ』

「……何を言っ……!?」


 思わず口を覆って俯いた。そんな──。

 幼い声。近い地面。

 滑り落ちてきた髪色は、白金だった。


 言葉を失くして立ちつくしていると、祖母は屈んで、白金の髪を背へと撫で梳いた。


『あなたのお名前は?』

「わたしの名……」






「ディアヌローズ」


 歳を重ねた男性の声が、ディアヌローズの耳に届いた。


 ──名を呼ばれてる……。

 でも……、それは本当の名じゃない。

 わたしの名は、《奏》。

 ……あれ? 本当にそう?




「お嬢さま」


 今度は、女性の声。


 ──そうよ、《奏》でもない。

 お祖母さまは、わたしが『奏』と名乗ってもわからなかった。

 『どちらのお嬢さんかしら?』って……。

 なら、わたしは、誰?




「シェリール!」


 張りのある男性の声がした。


 ──そうだ。もう一つ名があった。

 呼んでもらったの。『シェリール』と。

 でも、呼んでくれた女性(ひと)は目の前で(くずお)れて、そして、動かなくなった……。 

 あの女性は、(かあ)さま。きっと、そう。

 夢の中でしか会えない人……。




「戻ってきなさい、ディアヌローズ!」


 低音の響く声。前に、何度も聞いた。


 それは闇に溶け込もうとしていた時のこと。

 幾度も呼び掛けられた、声。

 羨んだ、呼び声。

 ──この声が呼ぶのだから、わたしの名は《ディアヌローズ》。




 睫毛を震わせて、ディアヌローズは目を開けた。

 間近に、アルフレデリックのしかつめらしい顔があった。


「……どうか、されましたか?」

「どうか、も何も……。酷く魘されて、起こしても目を覚まさなかったのだ」


 額に汗をにじませ、ディアヌローズは笑んでみせる。たぶん、また闇に溶けようとしたと思われたのだ。


「ご心配をおかけしました。夢を見ていました。懐かしい聖堂で祖母に会えたのですけれど、わたくしだとわかってもらえなくて……。

 そうしたら、『戻ってきなさい』と、声が……」


「──そうか」



 アルフレデリックの背後から、コンスタンティンが身を乗り出した。


「ミゼリコルドもフォセットも、私だって声を掛けたんだよ。

 目覚めてよかった、ディアヌローズ。それとも、『シェリール』と呼んだ方がいいかい?」


「いいえ」と、ディアヌローズは即答した。

「今までどおりに、《ディアヌローズ》でお願いいたします。『ディアヌローズ』と呼ばれて、わたくしは夢から抜け出せました」


 コンスタンティンはミゼリコルドと目を合わせ、苦笑を漏らす。


「『ディアヌローズ』と、ミゼリコルドも呼んだのだがね」


 申し訳なさそうにディアヌローズは眉尻を下げる。


「申し訳ございません。おそらく以前、アルフレデリック様に何度も呼び掛けていただいたことがあったからです」

「ほう。その話は後でじっくりとアルフレデリックから聞くとしよう」



 片眉を上げたコンスタンティンは、にやりと意味ありげに口角を上げてアルフレデリックを見た。

 アルフレデリックは目を瞑り、潜めるように息を吐き出した。


「父上、こちらへ」


 ふたりは暖炉に向いて並び、アルフレデリックは長い瞬きののち口を開いた。


「──先ほどのご依頼、傍にいるだけでいいのでしたら、……承りました」

「ああ十分だ、アルフレデリック。頼りにしている。

 皆に話をせねばならぬ。ディアヌローズに関わる者を全員集めてくれ。

 その者たちは、誓約済みなのだろう?」


「はい」と返すアルフレデリックの肩に、ぽんとコンスタンティンは手を置いた。


「大いに結構」






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