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イストワール国~その花の名を私は知らない~  作者: 天音蓮
第三章 事件編

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星の欠片

表現の修正をしました。

 今、ディアヌローズは眠ったふりをしている。すぐ傍には、アルフレデリックとコンスタンティン、フォセットがいる()()()。だがそれだけで、今起きるべきではないことは十分理解できた。アルフレデリックはオカンムリである。



「だから言ったでしょう」

「其方が父親になりたいのかい? アルフレデリック」

「何故そうなるのです?」

「娘の心配をする父親にしか見えないからさ」

「熱を出せば、私が呼ばれるのですから当然です」

「おふたりともいい加減になさいませ。口喧嘩をなさるなら応接卓(あちら)でどうぞ。

 お嬢さまが目を覚ましてしまわれますわ」



 直ぐに三人の足音が遠ざかっていき、ディアヌローズは狸寝入りがばれずに済んで胸をなで下ろした。

 昨夜は星まつりから戻る途中で寝落ちして、目が覚めたら寝台の中だった。おまけにアルフレデリックの治癒魔術の真っ最中で、額にはアルフレデリックの手がのっていた。


 原因は分かってる。寝不足だ。星まつりに行ける嬉しさのあまり、お昼寝をろくすっぽしなかった。でも熱を出した自覚は無くて、具合も悪くない。とはいえ治癒魔術の最中に目が覚めたのだから、きっと熱を出したのだろう。でも悔いはない。


 しかし昨夜アルフレデリックに念押しされた手前、非常にまずい事態なのは確か。お昼寝の足りていなかったことがバレたら、こっぴどく叱られるに決まってる。だから目が覚めていると知られてはならない。アルフレデリックには申し訳ないけれど、何としてもアルフレデリックが帰るまでは狸寝入りを押し通したい。




 チリンと、小鐘(ベル)がエレオノールの来訪を告げた。

 エレオノールはコンスタンティンと親し気に挨拶を交わし、アルフレデリックとも挨拶を済ませるとディアヌローズのいる寝台までやってきた。


 エレオノールの嫋やかな手が、ディアヌローズの頬にやわらかく触れた。

 やはり熱はあるようでひんやりと心地よく、思わずディアヌローズはエレオノールの手に擦り寄った。久しぶりの来訪だったことも嬉しくて、ついうっかりにやけてしまった。



「目が覚めたの? ディアヌローズ」


 しまった! ──

 ディアヌローズは胸の内で舌打ちした。

 恐る恐る開けた目に、睨め付けるアルフレデリックの姿が割り込んできた。応接卓に行ったはずなのに──。


「星まつりに備えて、昼寝をしたのではなかったか?」


 分かりきったことを訊いてくるなんて──。アルフレデリックは本当にイイ性格をしている。自分のことを棚に上げたディアヌローズも言えた義理ではないけれど。


「……お昼寝は……しました。……ただ……」

「ただ?」


 ディアヌローズは貝紫の目を泳がせて、上掛けを掴むと口許まで引き寄せた。

「なかなか眠れなかった、だけです」


 アルフレデリックは眉間の皺を深めた。淡い金瞳はほのかに銀が濃くなっている。

「それは昼寝をしたとは言えないだろう」


 首を竦めたディアヌローズは上掛けに鼻まで潜った。

「でも……眠りましたもの」


「もういいじゃないの、アルフレデリック。

 熱を出して罰は受けているわよ。許してあげて」

「おかげで私は手間を掛けさせられた」


 エレオノールのいるうちに謝っておこうと決心して、ディアヌローズは上掛けから顔を出し、不満げなアルフレデリックを見上げた。

「お手間をおかけして申し訳ございません」


「ほら、アルフレデリック」

 エレオノールに促されたアルフレデリックは、渋々「以後、気を付けるように」と言った。



 すかさずディアヌローズは両手をパチンと合わせる。

「そうだ、お土産があるのです。

 きのう星の欠片を持ち帰ったのですよ。お預けしてあるのですけれど……」


「父上、まさか洗礼前の子供に、何もさせていませんよね」

 厳しい視線を向けるアルフレデリックに、コンスタンティンは両掌を上向け肩を竦めてみせた。

「大したことはさせていない。袋を持たせただけだ」


「見せてください。まさか、見せられないとは仰らないでしょう?」

「ああ、構わぬ。私も結果は見てないんだ」



 アルフレデリックが応接卓に行くと、コンスタンティンは昨夜の袋の口紐を緩めて、応接卓に中身をバラバラと出していった。

 途端に、その場にいたコンスタンティンを除く大人たちは押し黙った。


 寝台からその様子を眺めるディアヌローズはそわそわと落ち着きがなく、傍らのエレオノールの苦笑を誘った。


 とうとう我慢しきれなくなって、ディアヌローズは口を開く。

「わたくしにも見せてくださいませ」


「いいとも、ディアヌローズ」

 コンスタンティンが中身の残った袋をディアヌローズの処に持ってきた。


 ディアヌローズは半身を起こした。

 大人たちが言葉を失うのだ。さぞかし輝いているに違いない──。ディアヌローズは期待をこめて袋を逆さにし、中身をざっと上掛けに広げた。


 ところが────

 星の欠片に、昨夜のような輝きは無い。ディアヌローズはしゅんと肩を落とした。期待が大きかっただけに落胆は大きい。


昨夜(ゆうべ)のように輝いていません……。

 わたくし、何か失敗してしまいましたか?

 みなさんにお見せするのを愉しみにしておりましたのに……」


 ディアヌローズの白金の頭に、コンスタンティンはポンポンと優しく触れた。


「何も失敗などしていない。(むし)ろ大成功だ。これ以上は無いくらいにね。何もせずに持ち帰っていたなら、砂に。失敗していたら、ただの石ころになっていたんだよ。

 これをごらん。石ころに見えるかい?」



 ディアヌローズは大きめの星の欠片を手に取った。光に(かざ)すと、それは虹色ともいえるアースカラー。翠であったり黄、赤、青、そしてさまざまな中間色。まさに大地の色を全て閉じ込めたような石だった。


 でも、とディアヌローズはなおも情けなく眉尻を下げた。

「光に翳せばきれいですけれど、やはり星のような輝きではありません……」


「光らせるのは、もう少し君が大きくならないとね」


 大きくなったら? ──昨夜のように輝かせる方法があるなら、是非とも教えてもらいたい。ディアヌローズがコンスタンティンに尋ねようと顔を上げると、フォセットが固い顔でやって来た。

 厳しい青緑色の瞳をコンスタンティンに向けた。


「コンスタンティン様。

 お嬢さまに無理はさせないでください、と申し上げたはずですわ。

 今後、お嬢さまに気にいられようとなさる行為は禁止です」


「……わかった」


 ご満悦だったコンスタンティンの表情が一転、ひどく気まずそうになった。

 その脇でフォセットは嘆息している。


「わたくしがお昼寝をきちんとしなかったばかりに、ご迷惑をお掛けしました」

「いや。私も無理をさせたのかもしれない。悪かったね」

 ディアヌローズとコンスタンティンは揃って萎れた。


「お茶をお淹れしますわ。どうぞ応接卓へ──」

「待ってくださいませ」

 勧めるフォセットをディアヌローズは遮った。


 星の欠片はみんなへのお土産にしたいと昨夜から考えていた。この状態で成功というのなら、是非ともみんなに渡したい。

 ディアヌローズはコンスタンティンやエレオノール、アルフレデリック、昨夜付き添ってくれた人たちや日頃お世話になっているみんなに受け取ってもらった。

 あとで、マノワとテチュ、城下街に行く機会があったらクロエやオジェのお土産にもするつもりだ。



 みんなはお茶を一通り楽しむと、順にディアヌローズに別れを告げて帰っていった。


 一番最後はアルフレデリックだ。

「夜中に熱が上がったと呼び出されるのは御免だ」


 強制的にディアヌローズは眠らされた。ひどい──。




 ◆*・・・・・*◇*・・・・・*◆




 早々に眠らされたディアヌローズは夜中に目を覚ました。(とばり)は閉められている。枕の下に入れておいた星の欠片の袋を音を立てないよう慎重に手で探り出し、中から二粒取り出すと、頭の中でマノワとテチュに呼び掛けた。


 ──こんばんは。マノワ。


 ──こんばんは。ディアヌローズ。

 熱を出したのかい?


 ──ええ。星まつりに備えて昼寝したんだけど、嬉し過ぎて眠れなかったの。

 それでね、寝不足で熱が出ちゃった。


 てへっ、とディアヌローズは舌を出した。

 マノワは苦笑する。


 ──まったく、しょうのない子だね。


 ──でも、楽しかったわ。だから熱が出たくらい、へっちゃらよ


 ──あんまり心配をかけるもんじゃあないよ。


 マノワの言うとおりだ。コンスタンティンはとばっちりでフォセットに叱られた。さすがにディアヌローズも悪い事をしたと反省してる。


 ──わたしもそう思う。気を付けるわ。


 ──大して気をつけるようには聞こえないがね。

 あたしゃ、あんたの周りの人間に同情するよ。


 ゆるく(かぶり)を振ったマノワは、「はぁ」と溜息した。


 ──本当に気を付けるわ。

 マノワにお土産があるの。受け取ってくれたら嬉しい。


 ディアヌローズがマノワの前に星の欠片を置くと、マノワは昼間の大人たちと同じように押し黙った。


 ──どう? 星の欠片なの。

 昨夜(ゆうべ)みたいに輝いたままならよかったけど、袋から出したらこんなで……。

 でも光に翳すと、少しはきれいに見えるのよ。


 マノワの反応が気になって、ディアヌローズはマノワを窺った。

 けれどマノワは相変わらず黙ったままで、ディアヌローズはすっかり自信が無くなった。もしかしたら、大人たちはがっかりさせないでくれたのかもしれない。


 ──……やっぱり、駄目かしら。

 そうよね……ごめんなさい。今度はもっと素敵なお土産を探してくるわ。


 すると唐突に、マノワは皺でたるんだ目を大きくした。


 ──ちがうよ。ディアヌローズ。驚いたんだ。

 星の欠片だなんて、本当にあたしが貰ってもいいのかい?


 ──もちろんよ。無理してない?

 嫌なら断ってくれて構わないのよ。


 ──無理なもんか。心の底から嬉しいとも。

 ありがとう、ディアヌローズ。


 ──良かった。やっぱり熱を出しても行く価値はあったわね。


 ほっとするディアヌローズを見て、マノワは困ったように笑んだ。


 ──それとこれとは話が別だ。あんまり無茶はしないでおくれ。


 ──はい。


 心配してもらえることがディアヌローズには何とも擽ったい。


 ──熱が上がったら大変だ。もう、お(やす)み。


 ──ええ。

 テチュにも声を掛けたんだけど、顔を見せてはもらえないみたい。

 仕方ないから、テチュの分は枕の脇へ置いておくわ。持っていってくれるといいけど……。


 ──大丈夫だ。

 いい夢を。ディアヌローズ。


 ──お(やす)みなさい。マノワ。




 翌朝。

 ディアヌローズが目を覚ますと、星の欠片は無くなっていた。目印に髪を一本丸めた中へ置いておいたので、転がったのではないだろう。さすがに髪ごと転がってはいかないと思う。






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