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イストワール国~その花の名を私は知らない~  作者: 天音蓮
第三章 事件編

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星まつりの夜に(後編)

表現の修正をしました。

 淡く黄色い結界の光膜がどんどん迫ってくる。

 ディアヌローズはお腹に回されたコンスタンティンの腕にしがみついて、ぎゅっと目を瞑った。


「結界を抜けたよ」


 何の衝撃もないまま、ディアヌローズはコンスタンティンの声で目を開けた。

 同時に流れ星がディアヌローズめがけて飛んできて、また目を瞑って身を竦ませた。


「防御しているから大丈夫だ」


 目を開けた先で、流れ星がグリフォンを覆う防御膜にあたっては眩い光を弾けさせている。手の届きそうな距離で見るその様は、結界で見られたものよりもなお一層煌びやかだ。


 眼下では、暗闇の街に流れ星が光の尾を曳きながら落下し、石畳で石の水切りのように軌道を光らせながら、やがて光を失ってゆく。

 その暗闇の街にあって、ひときわ輝いている処があった。


「円く輝いている処があります」

「あれは城下街にある噴水だ。水の中に落ちた星の欠片は、暫くあんな風に輝いているんだよ」


「城下には結界を張らないのですか?」

「流れ星で被害は起こらない。皆、今夜が星まつりと知っているしね。

 さあ、これから海へ向かうよ」



 グリフォンは大きく羽ばたいて高度を上げ、前方で激しく流れ星を弾けさせながらぐんぐん上昇していった。不思議とグリフォンを覆う防御膜の中に、身を切るような冷たい風はない。


 やがてグリフォンは速度を落として水平に飛び、かなり進んだところで空中停止した。



「下を見てごらん。海だ」


 海には、頭上の星空をそのまま移したかのように無数の光があった。けれど波間で揺らぐ星の欠片の方が、天上の星空よりもことさら美しく煌めいて華やかだ。


 視界の片端には光の長い線が伸びていて、おそらく波打ち際であろう漆黒の砂浜に、打ち上げられた星の欠片が寄せる波に煌めきながら揺れていた。



「あれは波打ち際ですか?」

「星の欠片が浜に打ち上げられているんだ。近くで見てみるかい?」

「よろしいのですか?」

「ああ、もちろんだ。しっかり掴まっていなさい」



 グリフォンは頭を下げて下降を始めた。浜が近づくにつれて、波音と潮の匂いが強くなってゆく。星の落ちる真っ暗な砂浜に、グリフォンは音もなく降り立ち、翼を畳んで伏せた。


 コンスタンティンからディアヌローズは抱え降ろされて、僅か数歩で砂に足を取られてたたらを踏んだ。もこもこブーツは砂浜では歩きにくい。


「歩けるかい?」

「だ、大丈夫です」

「暗いから手を繋ごう」


 海から吹くしっとりした風を受けながら、手を繋いで波打ち際を目指した。潮騒が耳に優しい。

 コンスタンティンはディアヌローズを急かしたりせずに、ディアヌローズの歩みに合わせてくれている。それが何とも擽ったい。繋がれた手は手袋越しにも温かくて、安心できて、守られていると思えた。

 コンスタンティンを貝紫の瞳で見上げる。お父さま──。胸の内で呟いた。



「どうした?」

「な、何でもありません」


 口に出してはいないのに──。ディアヌローズはいたたまれずに俯いた。


 不意に、星の欠片が数歩先に降ってきた。

 気付けば防御膜は頭上だけに大きく展開されていて、正面には明瞭な視界が広がっている。


 光の尾を曳きながら、砂上に着地してすぐに光を失う星の欠片はさながら光の草のようだ。砂浜全体を見渡せば、闇に広がる光の草原に見える。


 しだいに足下の砂は固くしまり、間近になった波打ち際では寄せては返す波が漆黒の闇の中で淡い光を放っている。



 コンスタンティンは前屈みになって、足元にある星の欠片を拾い上げた。


「星の欠片を拾っていくかい?」

「よろしいのですか?」

「あすになれば砂になるが、袋に入れれば美しいまま持ち帰れる」


 手にした光を失っている星の欠片を放ると、コンスタンティンは腰の物入れから袋を取り出した。

「海で掬わないといけないんだが、君が波に攫われては大変だからね。少し待っておいで」


 コンスタンティンは側近の一人に命じ、その人は波打ち際に行くとすぐに戻ってきた。海水の滴る両掌には淡く光る星の欠片が山盛りで、それを袋の中にざらざらと入れた。



「ディアヌローズ、両手を出しなさい。少しの間、寒いけれど我慢するんだよ」


 両手を差し出したディアヌローズの手袋をコンスタンティンは脱がし、星の欠片が入っている袋をディアヌローズの両掌に載せた。海水で湿った袋には、精緻な刺繍が施されている。


「『いい』と言うまで、そのままでいなさい」


 ディアヌローズが言われたとおりにじっとしていると、だんだん両掌がむずむずしてきた。


「両掌がこそばゆいです……」

「まだだよ。持って帰りたいだろう?」


 顔を顰めて我慢するディアヌローズの目の前で、いきなり袋の刺繍が輝き出した。間髪置かずに袋は光に包まれ、瞬時に光は収まった。まるで何事もなかったかのように。


「もういいよ。よく頑張ったね」

 コンスタンティンは唖然とするディアヌローズの頭を撫でて、袋を腰の物入れにしまった。


 手袋をディアヌローズがはめていると、俄かに沖の方が騒がしくなってきた。



「始まったようだ。

 ではディアヌローズ、また上から見物するとしよう」


 言うなりコンスタンティンはディアヌローズを抱き上げ、大股でグリフォンの処まで戻ると、瞬く間に上空へ飛んだ。



 海上では激しい光の飛沫(しぶき)が上がっていて、どうやらいくつもの黒い物体が、光の集合体に突っ込んでいるようだ。


「大きな生き物が、小さな生き物を襲っているのではありませんか?」

「そのとおりだ。星の欠片に群がった小さな魔魚を、大きな魔魚が捕食してる。だがもう暫くすると、その大きな魔魚を狙って、こんどは魔獣がやってくる」


「星の欠片を?」

「魔力を持っている生物は、魔力を帯びた星の欠片が好物なんだ。

 あそこをごらん。魔獣が近づいてる」


 コンスタンティンが示した先にはたくさんの魔魚が集まっているらしく、暗闇で大きな光の波しぶきが上がっている。

 まもなく、今までとは比べ物ならない黒く大きな塊が、その魔魚たちの群れへと突っ込んでいった。魔獣らしい。光の飛沫は何倍も広がり、魔獣の大きな黒い塊は縦横無尽に魔魚の群体を切り裂いていく。



 すると突如、上空から魔獣に向けて、かなりの速度で一直線に光が伸びてきた。まるで光の矢のようである。光矢が魔獣に到達した途端、凄まじい咆哮が海上に響き渡った。


 ビリビリと空気が振動する叫びに、ディアヌローズは帽子の上から耳を押さえた。


 猛り狂った魔獣は光矢を引きちぎらんばかりに暴れたが、光矢が千切れることはなかった。やがて力尽きたのか、暗闇に発光する星の欠片を滴らせながら、魔獣は徐々に上空へと引き上げられていった。



「何が起きたのでしょう……」

「上をごらん。アルフレデリックだ」



 魔獣の上空に、竜に乗るアルフレデリックが見えた。コンスタンティンと同じく、頭上に防御の光膜を展開している。手には弓と、魔獣に繋がっている光矢がある。


 引き上げられた魔獣は、最後には竜に鷲掴みされた。防御の光膜に照らし出された魔獣の姿はセイウチに似ており、大きな牙を持っている。



 再びアルフレデリックは竜の上で矢を(つが)え、弦を引き絞った。流星を背景に防御膜の淡い光に浮かび上がるその姿は、さながら神話の一場面みたいだ。

 狙いを定めたアルフレデリックは光の矢を放ち、獲物に見事命中させた。引き上げられた獲物は巨大な丸い発光体で、ドラゴンのもう片足に掴まれた。



「こんどの魔獣は光っていますね」

「身体が透明だから、飲み込んだ星の欠片が透けて見えるんだよ。そろそろ戻るとしよう」


 コンスタンティンが側近たちに合図を送っていると、アルフレデリックがやって来た。


「ディアヌローズ。なぜ其方がいる?」


 底冷えするようなアルフレデリックの声に、ディアヌローズは言葉が出ない。


「わたしが誘ったんだ。昼寝したから心配いらない」


 コンスタンティンの言葉にディアヌローズがこくこく頷くと、アルフレデリックは片眉を上げて薄く笑んだ。


「寝不足で熱が出たなどと、呼び出される心配が無くて安心した」


 ディアヌローズは唇を笑みの形に持ち上げた。背中には冷や汗が滲んでいる気がする。嬉しさのあまり大して眠れなかったとは決して言うまい──。固く心に誓った。



「頼んだ魔獣も獲れたことだし、我々は戻るよ。ご苦労だった、アルフレデリック」

「アルフレデリック様。お先に失礼いたします」

 ディアヌローズもコンスタンティンに便乗して別れの挨拶をした。


 コンスタンティンは防御の光膜をグリフォン全体に包み直し、陸地に向けて出発した。


 風のない防御膜の中、ふわふわの羽毛はディアヌローズの眠気を誘い、コンスタンティンの腕を抱き込むようにして眠り落ちた。

 途中で声を掛けられた気はしたけれど、瞼を持ち上げることはできなかった。






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