星まつりの夜に(前編)
表現を修正しました。
季節は、あっという間に秋から冬に変わった。樹々はすっかり葉を落とし、弱くなった光が枝の隙間から地面に薄い影を作っている。
コンスタンティンに庇護されてから、ディアヌローズの環境は大きく変わった。部屋のしつらえは女の子らしく整えられ、教育も始められた。貴族子女の教育は洗礼を終えてから行うのが一般的なので、異例の早さである。とはいってもとうに基本文字の読み書きはできたので、歴史と初等数学が加わった形だ。
音楽については既にヴィオリナが弾けるからと、携帯型のクラヴィエールが持ち込まれた。横幅はディアヌローズが両腕を広げたほどの箱型鍵盤楽器で、子どものディアヌローズに合わせた特別仕様らしい。あとはおまけとして、リュリというハープ型の竪琴。将来、楽師になれるようにとの配慮だろうか。
なので、ディアヌローズは朝から課題をこなすのに忙しい。以前のように、のんびりと食後のお茶を味わう余裕は無くなってしまった。
ヴィオリナを復習い、次はクラヴィエールの練習というところでコンスタンティンがやって来た。初めて訪れて以来、しばしば顔を出すようになっている。
また仕事から逃げてきたのだろうか──。できれば邪魔をしないでほしい。誰あろう、課題を増やしたのはコンスタンティンだ。気付かれないように、ディアヌローズはそっと小さく息をついた。
「おはようございます。コンスタンティン様」
「間違えているよ、ディアヌローズ。『お父さま』だ」
このやり取りも何度目か。ディアヌローズは笑みを貼り付けた。恥ずかしいから、早く飽きてほしい。
「……失礼いたしました。お父さま」
「おはよう、ディアヌローズ」
満足そうに頷くコンスタンティンを見ながら、ディアヌローズはクラヴィエールに手をのせる。できれば仕事に戻ってほしい──。
「お仕事はよろしいのですか?」
コンスタンティンはムダに人を惹き付ける笑みを浮かべた。
「わたしは閑職でね、おかげで君に会いに来れる。
ところで、きょうが『星まつり』なのは知っているかい?」
きょとりと、ディアヌローズは小首を傾げた。
「星まつり、ですか?」
「今夜は新月でね。年に一度だけ星が流れるんだ」
星が流れる──。なんて素敵。ディアヌローズはうっとりと流星群を思い浮かべた。
コンスタンティンはにんまり口角を上げる。
「見てみたいだろう?」
「……夜は外に出られませんもの……」
しょんぼりとディアヌローズは肩を落とした。
「一緒に見ようと思って誘いに来たんだ」
「えっ」
貝紫の瞳を輝かせたディアヌローズを横目に、傍らのフォセットはすかさずコンスタンティンに向いた。
「お嬢さまはまだ洗礼前でしてよ。夜更かしはなりません」
「昼寝すればいい。
其方だって、年に一度の星まつりを見せてやりたいと思うだろう?」
「お言葉ですが、昼からは初等数学の教師がお見えになりますわ。刺繍の練習もございますし……」
フォセットの言葉は勢いを幾分か失った。
「初等数学は教えればすぐに理解するそうじゃないか。教師には私から言っておくよ。刺繍はきょうだけ休んでも構わんだろう?」
「……仕方ございませんわね」
肩を大きく上下させて、フォセットは嘆息した。
緑柱石の目を細めて、コンスタンティンはディアヌローズに向いた。
「では昼寝をしておくように。夜になったら迎えに来るからね」
「はい」と、元気よくディアヌローズは返した。
にまにまが止められない。アウレルーメルの満月を見れなかっただけに、嬉しさもひとしおだ。
コンスタンティンはどかりと椅子に腰掛けて、フォセットにお茶を強請っている。
クラヴィエールの蓋をディアヌローズは開けた。これから弾く曲はコンスタンティンに捧げようと決め、練習を始めた。
星まつりへの熱い期待のまま、きらきら星変奏曲を弾いてしまったのはご愛敬だ。
◆*・・・・・*◇*・・・・・*◆
お茶の時間にはよく眠れるようにとはちみつ湯が出され、飲み終えたディアヌローズは早々に寝台に入った。エイレヴェールの霜月とはいえ外はまだ明るく、ベアトリスは帳をぴったり閉じていった。
とはいえすぐに眠くなるはずもなく、ましてや星まつりが愉しみなこともあって、ディアヌローズは全く眠れる気がしない。薄暗い天蓋の中で、ごろごろ寝返りを繰り返した。
「起きてくださいませ」
ベアトリスに肩を揺すられて、ディアヌローズは目を覚ました。大きな欠伸をして目を擦る。開けられた帳から窓の外を見れば、日はすっかり落ちていた。
いつのまにか眠り落ちていたのはよかったものの、眠い──。ぼんやりした頭のまま早めの夕食を済ませて、外出の支度を始めた。イストワールで初のズボンに驚いていたら、その上からフレアスカートも着せつけられて二度驚いた。おかげで目が覚めたけれど。
支度を終えて、長椅子でコンスタンティンを待つ。外は新月の夜だけに真っ暗で、部屋灯りの向こうは草木までもが闇に溶けたようで怖いくらいだ。
小鐘が鳴り、コンスタンティンが迎えに来た。しっかり外套を着ている。
ディアヌローズも外套を着て帽子を被った。全身もこもこのせいか歩き難く、もたつきながらコンスタンティンの後ろについていくと、窓から庭に出た。
「庭から星を見るのですか?」
気落ちした声で、ディアヌローズは尋ねた。
「ここから出発するだけだよ。見ていてごらん」
言うなり、コンスタンティンの手許から光が迸った。
光は渦を巻いてどんどん大きくなり、渦がおさまると一転、収縮しながら何かの形をとり始めた。
瞬きも忘れて見入るディアヌローズの眼前に────
頭は鷲で、身体は翼をもったライオンのような大きい獣が現れた。
獣はコンスタンティンの合図で伏せると、頭を下げた。
呆気にとられるディアヌローズをコンスタンティンはほわりと抱き上げ、獣の首もとの羽毛へと下ろして、自身もディアヌローズの後ろに跨った。
「外は寒いから、騎獣はグリフォンにしたんだ。
羽毛で温かいだろう?」
コンスタンティンは自慢げだが、目を丸くしたディアヌローズは頷くだけで精一杯だ。
「くれぐれもお嬢さまに無理はさせないでくださいませ」
フォセットはコンスタンティンに願い、それからディアヌローズを見て心配そうに眉を寄せた。
「行ってくる」
コンスタンティンが手綱で合図を送ると、グリフォンは勢いよく地面を蹴って、助走もなしにバサリと飛び立った。
騎獣に乗ったコンスタンティンの側近たちも、一斉に飛び上がっていく。
我に返ったディアヌローズは下にいるフォセットたちに、
「行ってきます」と、慌てて手を振った。
もう一度グリフォンが羽ばたくと、フォセットたちは瞬く間に小さくなった。
「しっかり掴まっているんだよ」
お腹に回されているコンスタンティンの腕をディアヌローズが抱えるように掴むと、グリフォンは速度を上げた。風を切って飛ぶグリフォンの背で、受ける風は身を切るように冷たいはずなのに、今のディアヌローズにはむしろ爽快だ。
やがて前方に、淡い光を放ちながら揺らめく、薄黄色い膜の広がりが見えた。
ディアヌローズは身体を捻ってコンスタンティンを見上げる。
「あの光る膜は何ですか?」風に負けない大きな声で尋ねた。
「結界だ。飛行は原則禁止なんだが、星まつりだけは例外でね。その代わりに、こうして結界を張るんだよ」
「何のためにですか?」
「君のいる領事棟は山の中腹にあって、麓にあるのが中央聖堂と中央聖堂院。領事棟の上には領城がある。だから護りの結界を張るんだよ。
下を見てごらん。灯りの見える処が聖堂だ」
ディアヌローズはこわごわ下を覗いた。闇の中に、灯りでぼんやりと浮かび上がる大きな建物が見える。円く縁どられて見えるのは、おそらく大天蓋だ。
「上をごらん。星が流れ始めた」
慌ててディアヌローズは天を振り仰いだ。
淡く揺らぐ結界のあちらこちらで、衝突した流れ星が線香花火のように眩い光を弾けさせている。儚く消えゆく細い光が、淡い光膜に微かな軌跡を描いていた。
「……きれい……」
我知らずディアヌローズは言葉を落として、瞬きすら惜しんでその光景を見つめた。
「ラームス」
コンスタンティンの声にディアヌローズが振り向けば、コンスタンティンの手には杖がある。
再びコンスタンティンが何かしらを囁くと、淡い光の膜がグリフォンを包んだ。
「さあ、結界の外へ出るよ」




