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イストワール国~その花の名を私は知らない~  作者: 天音蓮
第三章 事件編

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星まつりの夜に(前編)

表現を修正しました。

 季節は、あっという間に(アウレルーメル)から(エイレヴェール)に変わった。樹々はすっかり葉を落とし、弱くなった光が枝の隙間から地面に薄い影を作っている。


 コンスタンティンに庇護されてから、ディアヌローズの環境は大きく変わった。部屋のしつらえは女の子らしく整えられ、教育も始められた。貴族子女の教育は洗礼を終えてから行うのが一般的なので、異例の早さである。とはいってもとうに基本文字の読み書きはできたので、歴史と初等数学が加わった形だ。


 音楽については既にヴィオリナが弾けるからと、携帯型のクラヴィエールが持ち込まれた。横幅はディアヌローズが両腕を広げたほどの箱型鍵盤楽器で、子どものディアヌローズに合わせた特別仕様らしい。あとはおまけとして、リュリというハープ型の竪琴。将来、楽師になれるようにとの配慮だろうか。


 なので、ディアヌローズは朝から課題をこなすのに忙しい。以前のように、のんびりと食後のお茶を味わう余裕は無くなってしまった。



 ヴィオリナを復習(さら)い、次はクラヴィエールの練習というところでコンスタンティンがやって来た。初めて訪れて以来、しばしば顔を出すようになっている。

 また仕事から逃げてきたのだろうか──。できれば邪魔をしないでほしい。誰あろう、課題を増やしたのはコンスタンティンだ。気付かれないように、ディアヌローズはそっと小さく息をついた。



「おはようございます。コンスタンティン様」

「間違えているよ、ディアヌローズ。『お父さま』だ」


 このやり取りも何度目か。ディアヌローズは笑みを貼り付けた。恥ずかしいから、早く飽きてほしい。


「……失礼いたしました。お父さま」

「おはよう、ディアヌローズ」


 満足そうに頷くコンスタンティンを見ながら、ディアヌローズはクラヴィエールに手をのせる。できれば仕事に戻ってほしい──。


「お仕事はよろしいのですか?」


 コンスタンティンはムダに人を惹き付ける笑みを浮かべた。

「わたしは閑職でね、おかげで君に会いに来れる。

 ところで、きょうが『星まつり』なのは知っているかい?」


 きょとりと、ディアヌローズは小首を傾げた。

「星まつり、ですか?」


「今夜は新月でね。年に一度だけ星が流れるんだ」


 星が流れる──。なんて素敵。ディアヌローズはうっとりと流星群を思い浮かべた。


 コンスタンティンはにんまり口角を上げる。

「見てみたいだろう?」


「……夜は外に出られませんもの……」

 しょんぼりとディアヌローズは肩を落とした。


「一緒に見ようと思って誘いに来たんだ」

「えっ」


 貝紫の瞳を輝かせたディアヌローズを横目に、傍らのフォセットはすかさずコンスタンティンに向いた。


「お嬢さまはまだ洗礼前でしてよ。夜更かしはなりません」

「昼寝すればいい。

 其方だって、年に一度の星まつりを見せてやりたいと思うだろう?」


「お言葉ですが、昼からは初等数学の教師がお見えになりますわ。刺繍の練習もございますし……」

 フォセットの言葉は勢いを幾分か失った。


「初等数学は教えればすぐに理解するそうじゃないか。教師には私から言っておくよ。刺繍はきょうだけ休んでも構わんだろう?」


「……仕方ございませんわね」

 肩を大きく上下させて、フォセットは嘆息した。


 緑柱石の目を細めて、コンスタンティンはディアヌローズに向いた。

「では昼寝をしておくように。夜になったら迎えに来るからね」


「はい」と、元気よくディアヌローズは返した。

 にまにまが止められない。アウレルーメルの満月を見れなかっただけに、嬉しさもひとしおだ。


 コンスタンティンはどかりと椅子に腰掛けて、フォセットにお茶を強請っている。


 クラヴィエールの蓋をディアヌローズは開けた。これから弾く曲はコンスタンティンに捧げようと決め、練習を始めた。

 星まつりへの熱い期待のまま、きらきら星変奏曲を弾いてしまったのはご愛敬だ。




 ◆*・・・・・*◇*・・・・・*◆




 お茶の時間にはよく眠れるようにとはちみつ(ミエル)湯が出され、飲み終えたディアヌローズは早々に寝台に入った。エイレヴェールの霜月とはいえ外はまだ明るく、ベアトリスは(とばり)をぴったり閉じていった。

 とはいえすぐに眠くなるはずもなく、ましてや星まつりが愉しみなこともあって、ディアヌローズは全く眠れる気がしない。薄暗い天蓋の中で、ごろごろ寝返りを繰り返した。




「起きてくださいませ」


 ベアトリスに肩を揺すられて、ディアヌローズは目を覚ました。大きな欠伸をして目を擦る。開けられた帳から窓の外を見れば、日はすっかり落ちていた。


 いつのまにか眠り落ちていたのはよかったものの、眠い──。ぼんやりした頭のまま早めの夕食を済ませて、外出の支度を始めた。イストワールで初のズボンに驚いていたら、その上からフレアスカートも着せつけられて二度驚いた。おかげで目が覚めたけれど。


 支度を終えて、長椅子でコンスタンティンを待つ。外は新月の夜だけに真っ暗で、部屋灯りの向こうは草木までもが闇に溶けたようで怖いくらいだ。



 小鐘(ベル)が鳴り、コンスタンティンが迎えに来た。しっかり外套を着ている。

 ディアヌローズも外套を着て帽子を被った。全身もこもこのせいか歩き難く、もたつきながらコンスタンティンの後ろについていくと、窓から庭に出た。


「庭から星を見るのですか?」

 気落ちした声で、ディアヌローズは尋ねた。


「ここから出発するだけだよ。見ていてごらん」


 言うなり、コンスタンティンの手許から光が迸った。

 光は渦を巻いてどんどん大きくなり、渦がおさまると一転、収縮しながら何かの形をとり始めた。


 瞬きも忘れて見入るディアヌローズの眼前に────

 頭は鷲で、身体は翼をもったライオンのような大きい獣が現れた。


 獣はコンスタンティンの合図で伏せると、頭を下げた。

 呆気にとられるディアヌローズをコンスタンティンはほわりと抱き上げ、獣の首もとの羽毛へと下ろして、自身もディアヌローズの後ろに跨った。



「外は寒いから、騎獣はグリフォンにしたんだ。

 羽毛で温かいだろう?」


 コンスタンティンは自慢げだが、目を丸くしたディアヌローズは頷くだけで精一杯だ。



「くれぐれもお嬢さまに無理はさせないでくださいませ」

 フォセットはコンスタンティンに願い、それからディアヌローズを見て心配そうに眉を寄せた。


「行ってくる」


 コンスタンティンが手綱で合図を送ると、グリフォンは勢いよく地面を蹴って、助走もなしにバサリと飛び立った。

 騎獣に乗ったコンスタンティンの側近たちも、一斉に飛び上がっていく。


 我に返ったディアヌローズは下にいるフォセットたちに、

「行ってきます」と、慌てて手を振った。


 もう一度グリフォンが羽ばたくと、フォセットたちは瞬く間に小さくなった。


「しっかり掴まっているんだよ」


 お腹に回されているコンスタンティンの腕をディアヌローズが抱えるように掴むと、グリフォンは速度を上げた。風を切って飛ぶグリフォンの背で、受ける風は身を切るように冷たいはずなのに、今のディアヌローズにはむしろ爽快だ。



 やがて前方に、淡い光を放ちながら揺らめく、薄黄色い膜の広がりが見えた。


 ディアヌローズは身体を捻ってコンスタンティンを見上げる。

「あの光る膜は何ですか?」風に負けない大きな声で尋ねた。


「結界だ。飛行は原則禁止なんだが、星まつりだけは例外でね。その代わりに、こうして結界を張るんだよ」


「何のためにですか?」


「君のいる領事棟は山の中腹にあって、麓にあるのが中央聖堂と中央聖堂院。領事棟の上には領城がある。だから護りの結界を張るんだよ。

 下を見てごらん。灯りの見える処が聖堂だ」


 ディアヌローズはこわごわ下を覗いた。闇の中に、灯りでぼんやりと浮かび上がる大きな建物が見える。円く縁どられて見えるのは、おそらく大天蓋だ。



「上をごらん。星が流れ始めた」


 慌ててディアヌローズは天を振り仰いだ。


 淡く揺らぐ結界のあちらこちらで、衝突した流れ星が線香花火のように眩い光を弾けさせている。儚く消えゆく細い光が、淡い光膜に微かな軌跡を描いていた。



「……きれい……」

 我知らずディアヌローズは言葉を落として、瞬きすら惜しんでその光景を見つめた。



「ラームス」


 コンスタンティンの声にディアヌローズが振り向けば、コンスタンティンの手には杖がある。

 再びコンスタンティンが何かしらを囁くと、淡い光の膜がグリフォンを包んだ。


「さあ、結界の外へ出るよ」






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