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イストワール国~その花の名を私は知らない~  作者: 天音蓮
第三章 事件編

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グロゼイユの茂みで

表現の修正をしました。

 レオナールは、ディアヌローズを素早くグロゼイユの茂みの陰に屈ませた。小声で何かを呟く。

 瞬時に杖が手品のごとく右手に現れ、揺れる茂みに向けて警戒態勢をとった。


 ディアヌローズはグロゼイユの陰から、息を潜めてその様子を窺った。


 すると────

 揺れる茂みから、手がずぼっと突き出てきた。


 一歩レオナールは前に踏み出し、ディアヌローズの緊張も一気に高まった。


 突き出された手によって茂みは大きく割り開かれ、そこから背の高い男の人が現れた。



「……ドミヌ……」

 気の抜けた声でレオナールは呟いた。手からは杖が消えている。


 茂みの陰に屈んだままディアヌローズは詰めていた息を吐き出し、ふたりの様子を窺った。


 男の人はレオナールの知り合いのようで、

「……其方もグロゼイユが目的かい?」と、親し気に話しかけてきた。


「──はい」

 レオナールの声は緊張気味だ。


 どうやら男性はレオナールの上司らしい。

 ふたりは立ち話を続けていて、軽妙な口調から悪い人ではなさそうだ。


 けれどグロゼイユと聞いてしまっては、ディアヌローズは居ても立っても居られない。ここのグロゼイユは生き物たちの食料。摘まれてしまっては生死に係わる。

 思わず身動(みじろ)いだら、ガサリと茂みが音を立てた。



「誰かいるのか?」

「いえ、きっと獣でしょう」


 訝しむ男性に、レオナールはそう言って誤魔化した。


 まだ隠れていなさい、ということだとディアヌローズは理解した。

 けれど屈んだ脚は痺れて限界を迎えてしまい、大きく体勢が崩れた。

「きゃぁ」と地面にへたり込んだ。


 慌てて口を噤むも手遅れで、ディアヌローズは庇ってくれたレオナールに申し訳ない気持ちで一杯だ。

 立ち上がろうにも痺れた脚は自分のものとは思えない。両手をつっかえ棒にして身体を支えるのがやっとの有様だ。



「姿を見せよ」男性の低く厳しい声が飛んだ。


「レオナールさん、わたくし脚が痺れて立てないのです……。

 どうか、立たせてくださいませ」


 小声で情けなく懇願するディアヌローズを見るなり、レオナールは碧色の目を僅かに大きくした。

 男性からディアヌローズが見えないように背を向ける。グロゼイユの枝に絡まった髪を外して抱きかかえ、脱げた靴を履かせた。身体を支えて立たせると、衣装の汚れを払って髪の乱れを直していった。


「おひとりで立てますか?」


 そうレオナールに問われ、初めてディアヌローズはレオナールが時間をかけてくれたのだと知った。

 脚はまだジンジン、ミリミリ痺れが走っているけれど、レオナールの気遣いに応えるべく淑女の笑みを貼り付ける。こくりと頷いて背筋を伸ばした。


 レオナールは脇に避け、ディアヌローズは貝紫の瞳で男性を見上げた。



 途端に長身の男性は、

「し、……」と口にしたきり、緑柱石の目を瞠って固まった。


 ディアヌローズは戸惑った。知らない人と口をきいたらフォセットに叱られる。でも、この人はレオナールの知り合い。挨拶しようと決めて前に出た。


 するとレオナールが数舜早く、

「……あの、洗礼前ですので、どうかご容赦ください……」と申し出た。


 男性は目を瞬かせて、

「しっ、少女趣味、なのか! レオナール」と声を上げた。


 レオナールは感嘆符を吐き、

「ご、誤解です!」と全力で否定した。


 対して、男性はとても楽し気だ。


 冤罪を掛けられたレオナールは、

「どうか、お戯れはおやめください……」と弱り切っている。


 男性はおもむろに、レオナールからディアヌローズへと視線を移した。


 一体何を言われるのか──。ディアヌローズは胸の内で身構えた。



 男性が口を開きかけた、その時────

「──ド……ヌ」

 遠くから声が聞こえてきた。



 男性は声の方を一瞥し、

「もう来たか……」と、顔を顰めた。

 それからレオナールを見て、悪戯を思いついたみたいにニヤリと笑んだ。


「レオナール。其方の少女、いや、幼女趣味は黙っていてやろう。

 代わりに、ここで会ったことは口を噤むように」


 言うだけ言って、男性はレオナールの返事も聞かずに、もと来た茂みに姿を消した。



 レオナールは身体の芯ごと吐き出すような、深い深い息を吐き出した。

「グロゼイユを摘み取って戻りましょう。遅くなってしまいました」


 ディアヌローズがグロゼイユを摘み取ろうとした手をレオナールは制し、ひと房もぎ取ってディアヌローズに渡した。ディアヌローズをふわりと抱き上げる。


「しっかり掴まっていてください」


 速足で進むレオナールの肩にディアヌローズは掴まった。舌を噛まないように口を閉じ、グロゼイユを持つ手が実を潰さないように気を付けた。


 途中まで戻ると、フォセットがいた。どうやら帰りが遅くて迎えに来てくれたらしい。心配そうに眉根を寄せている。


「遅いので心配しましたわ」


 ディアヌローズは男性の言葉を思い出す。男性については黙っておいた方が良さそうだ。


「ごめんなさい。グロゼイユの茂みで転んでしまいました。

 枝に絡まった髪をレオナールさんが外してくださったの」


 嘘はついていない。男性について口を噤んだだけ。でも後ろめたくて、ディアヌローズは顔を俯けた。


「まあ、大変でしたわね。お怪我はありませんか?」

 そう言って、フォセットはディアヌローズに目を配った。


「怪我はしなかったけれど、衣装を汚してしまいました。ごめんなさい」

「お怪我が無ければよろしいのですよ。戻ったら着替えをいたしましょう」


 フォセットに心配されて、ディアヌローズは堪らなくこそばゆかった。



 部屋に戻り、ディアヌローズはレオナールから下ろされた。


「レオナールさん、ありがとう存じます──」

「どういたしまして──」


 ふたりで視線を交わし合い、秘密の保持を確認し合った。




 ディアヌローズが着替えているところにベアトリスがやってきた。手にはディアヌローズが庭へ履いて出た靴がある。


「レースが裂けていますわ。新しい靴を注文いたしますね」

 と、ベアトリスは裂けた部分を示した。


 見れば、僅かに金色の糸で縁どられたレースが裂けている。グロゼイユの茂みで転んだ時に引っかけてしまったのだろう。

 でもディアヌローズはまったく気にならない。

「そのままで大丈夫です」


 ディアヌローズの言葉に、すかさずベアトリスは口を開いた。


「いけませんわ。侮られるような真似はできませんもの」

 フォセットまでもが、

「そうね。注文しましょう」と、ベアトリスに賛同した。


 自分の足元を見る人なんているかしら──。ディアヌローズは思う。何より勿体ない。これから庭を歩く時には気をつけなくては、と自戒する。これでは靴が何足あっても足りなくなってしまう。貴族というのは大変だ。



 ディアヌローズは着替えを済ませて、ビジュにグロゼイユをあげた。

 それから長椅子で庭での出来事について考える。


 あの男の人は誰なのか──。

 レオナールが呟いた『ドミヌ』って何だろう。

 男の人の名前、もしくは渾名か。

 でもレオナールの上司らしいから、本人の前で渾名は口にしない。きっと。

 もしかして、『ドミヌ』って言ったら杖が消えたから、呪文かも。

 なんだか魔法使いっぽい。


 考えるだけで愉しくて、思わずくすりと笑みが漏れた。


「何か楽しいことでもありましたの?」


 ベアトリスに尋ねられて、ディアヌローズは慌てた。なんて迂闊。


「あ、あのね。……庭で、……グロゼイユ……。

 そう、ビジュがとても美味しそうにグロゼイユを食べるから、またあすも摘みに行こうと思ったの」


 しどろもどろに答えて、へらりと笑った。

 それからレオナールをちらりと見る。ひどく不安そうにこちらを見ていた。

 ああ、ごめんなさい──。胸の内で深く謝った。




 ◆*・・・・・*◇*・・・・・*◆




 先日エレオノールから贈られた人形をディアヌローズは膝にのせた。自分と同じ、貝紫の瞳と白金の髪をした人形だ。

 人形の髪を手で梳きながら、人形にもレースバンドを作ろうと思いついた。マノワと自分と人形のお揃いのレースバンド。なんて素敵なひらめき。


 さっそくベアトリスに材料を用意してもらい、刺繍道具の蓋を開けた。

 その拍子に、はらりと何かが舞った。前にレースバンドを作った時の端切れだった。その小さなレースの端切れを摘まみ上げて、裏返した箱の蓋に入れた。


 数種類のレースの中から一つを選び、リボンは貝紫色にした。

 人形の髪をベアトリスからハーフアップのお団子ヘアにしてもらい、レースとリボンの長さを決めた。

 あとはもう手慣れたもの。ちくちく縫っていけば直ぐに縫い上がった。

 人形に着けて、みんなに出来映えを見てもらう。お世辞でも褒めてもらえたのは嬉しかった。



 一仕事終えて出された果実水を飲めば、甘酸っぱさが身体に沁み渡っていく。

 庭で思いがけない出来事に遭遇したせいか、一気に眠くなった。身体を前後に揺らしながら、最後には背もたれに背を預けて眠り落ちた。


 どれほどかの眠りの後、微睡む耳にビジュの心地いい囀りが届いた。

 もう少しこのままでいたい──。

 そう思った矢先、髪が強く引っ張られた。

 痛みでパチリと目を開けた。


 その視線のすぐ先には────






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