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イストワール国~その花の名を私は知らない~  作者: 天音蓮
第二章 転移編

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ディアヌローズの告白(前編)

表現の修正をしました。

 闇の祓われた、果ての無い真っ白な空間。

 マノワによって自我を取り戻したディアヌローズは、そこに立っていた。

 足下には影すらもない。


 必ず戻ると、大切な友マノワと約束した。

 約束を(たが)えるつもりはない。

 でも……と、

 ディアヌローズは唇を引き結んで俯いた。


 戻るのなら────

 真実を話して、嘘を重ねたことを謝らないといけない。


 真実を告げる勇気は、足りるだろうか。

 困難に立ち向かう覚悟は、足りるだろうか。


 告白した時、どうなるだろう……。


 やっぱり、騙したと罵倒される?

 それとも、浅ましさを辟易される?


 どちらにしても、軽蔑の目を向けられる。きっと。

 今まで愛情の籠る眼差しを向けてくれたその目で、

 罪人(つみびと)を見るような目を向けられる。きっと。


 謝罪しても、赦してもらえるわけなくて。

 謝罪しなければ、自分を赦せなくて。


 (あがな)わなければならない。

 優しい人たちを浅ましく欺いて手に入れたもの、全てを手放して。

 居場所も、心優しい人たちとの繋がりも、心も、全てを手放して。


 恐い──。恐くて、足が竦む。逃げ出したいとすら思う。

 それは自分を取り戻す前に羨んだ、

『ディアヌローズ』と呼び続けてくれた声を惜しむから。

『ディアヌローズ』と呼び続けてくれた人たちの心を失いたくないから。

 けれどそれこそが、科せられた最大の贖罪。きっと。


 震える心を宥めようと、肩と腰に手を交差させて、自分で自分を抱きしめる。

 きつく目を瞑った。


 今、自分を奮い立たせてくれるのは、マノワがくれた言葉。

『あんたが考え抜いて選んだ道なら、どんな道でも、このマノワが見届けようじゃないか』


 マノワがいてくれる。だから大丈夫。そう自分に言い聞かせる。

 震える心に染み込ませるために。繰り返し。繰り返し。



 かなりの時間を費やして、

 最後に力の限り自分に縋りついて、ディアヌローズはその腕を(ほど)いた。


 俯けていた顔を上げ、目を開く。


 ()()決意をもって、真っ白な世界の天上を見上げた。




 ◆*・・・・・*◇*・・・・・*◆




 ディアヌローズは意識を外へと向けた。


 身体は、まるで凍りついた泥人形みたいだ。

 重くて、冷たくて、動かせない。

 瞼さえ、ぴたりと張り付いている。


 ふと、闇の中で耳が声を拾っていたのを思い出して、耳に意識を集中させた。



「──ピィ、ピュル……ピピピッ」



 鳥の囀りが聴こえた。

 でも、どうして? 確かめたい、と思った。

 やみくもに身体中に力を入れる。────なのに、まったく動かせない。

 どうしても知りたくて、諦めたくなくて、

 休み休み繰り返しているうち、身体の内に温かいものが巡り始めた。


 暫くすると、右手の指先がほんの微かに動かせた。

 瞼に思いきり力を籠めてみる。

 瞼よりも先に眉が動き、それからほんの少しだけ瞼が持ち上がった。

 その僅かな隙間から、細く明かりが見えた。

 ひどく眩しくて、すぐに瞼を閉じた。



「ディアヌローズ!」


 高音と低音の重なった呼び声。この声を知っている。

 羨んだ呼びかける声に、思わず瞼を持ち上げた。

 眩しさに目を眇めた先に、半透明の青い光。その奥に、ぼんやりと人が見えた。

 誰? 知りたくて、焦点を合わせようと緩慢に瞬きを繰り返す。


 やがて青い光は消えた。

 その瞬間、冷え切った手が、誰かの温かな手に包まれて持ち上げられた。

 その誰かを見る。


 手を包んでいたのはエレオノール。


 エレオノールは、そのまま手を頬に寄せ、

「──よかった……」と、涙を零した。


「またギリギリではないか……」

 目の下に濃い隈をつくったアルフレデリックが、深い息をついた。




 ──マノワの言ったとおりだ……。


 マノワを疑っていたわけではないけれど、ディアヌローズは信じ切れていなかった。

 こんな自分を心配してくれる他人(ひと)がいるなんて、

 こんなに手の掛かる自分を惜しんでくれる他人がいるなんて、

 とても(にわ)かには信じられなくて。


 でも、それは真実を告白するまで。

 真実を知ったら、みんなは自分を赦さない。きっと。


 あとほんの少しだけ今のままでいたいと、弱い自分が囁く。

 エレオノールの手の温もりを失いたくなくて、浅ましい自分が囁く。

 あともう少しだけ──。

 そうやって、嘘を、罪を、重ねてきた。

 でも、もうお終いにする。

 そのために、戻ってきたのだから。自分を取り戻して。




「そろそろよいか」


 アルフレデリックはエレオノールにそう言うと、ディアヌローズを抱え上げた。緻密な刺繍のされた敷物をフォセットに外させ、ディアヌローズを再び寝台に横たえた。

 アントナンから受け取った鳥籠を、脇卓に置いた。


「憶えているか?」


 ディアヌローズは鳥籠を見た。

 瑠璃色の小鳥が、二本の止まり木の間を元気に行ったり来たりしている。

 それは忘れようもない小鳥。雨の日に、ディアヌローズが助けて欲しいとアルフレデリックに願った小鳥だった。


 けれどアルフレデリックは拒否したはずだ。自然の理に手を出すな、と言って。

 なのにどうして、その小鳥がここにいるのだろう。


 ディアヌローズはアルフレデリックを貝紫の瞳で見つめ、無言で問うた。


「助けてくれと、其方が願った鳥だ。もはや野には戻れぬ。

 其方が、面倒を見なさい」


 あの日の言葉などなかったかのよう。どうして今になって──。ディアヌローズは驚きを隠せない。

 小鳥が助かったのは心底嬉しい。あの日だったら小躍りして喜んだだろう。

 けれど、いまさら小鳥を世話するなんて無理な話。すぐにでも神の家へ移ろうと考えているのだから。

 それにあの時、ディアヌローズは小鳥を見捨てた。

 世話する資格など、あろうはずもない。

 ディアヌローズは、言葉になりきれない息の漏れるような声で、切れ切れに語る。


「小鳥を……助けて、くださり……、ありがとう……存じ、ます。

 あの日、……わたくしは、小鳥を……見捨て、ました。

 わたくしに、面倒……を見る、資格は……ございま、せん」


 アントナンがディアヌローズの唇を読んで、アルフレデリック達に伝える。

 聞き終えて眉間に深い皺を刻んだアルフレデリックを見上げ、ディアヌローズは唇を引き結んだ。


 沈黙が広がる────。


「それでは伝わらなくてよ」

 と、見兼ねたようにエレオノールが声を上げた。


「──あのね、ディアヌローズ。

 アルフレデリックは、『あなたに望まれて助けた小鳥を、責任もって面倒見るように』と、あなたに言ったの。

 それは分かるわね?」


 ディアヌローズの頷きを待って、エレオノールは続ける。


「同じように、アルフレデリックも、()()()()()()()()()と言っているのよ」

 エレオノールは小さく息を()き、アルフレデリックをちらりと見る。

「──分かり難いけれど」と、締めくくった。



 ディアヌローズは驚嘆し、息を呑んだ。

 何を言われたのか、上手く理解できなかった。

 こんなに手の掛かる子供の面倒を見るなんて、アルフレデリックがどうかしているか、自分の耳や頭が正常に働いていないのだ。きっと。

 そろりとアルフレデリックを窺った。


 アルフレデリックはあらぬ方を見ていて、形容しがたい表情で腕を組んでいる。


 それにね、とエレオノールの声がする。ディアヌローズはエレオノールを見た。


「──教えるつもりは無かったのだけれど……

 あなたは、神の家に移ったことになっているのよ」


 エレオノールは自身の手許に視線を落とした。


「神の家見学の日、あなたは神の家に預けられた。

 けれど身体が弱くてすぐに亡くなってしまった、という話になっているの。

 あなたに相談もせずに、勝手に決めてしまってごめんなさいね」


 柳眉を下げるエレオノールに、ディアヌローズは小さく(かぶり)を振った。


「あなたは知らない方がいいと思ったの……。

 中央の騎士団から、あなたを神の家に入れるようにと通達がきてしまって……。


 でもここにいる誰もが、あなたを神の家になどやりたくなかった。

 だから、あなたを神の家に入れたと見せかけて、隠して連れ戻ったの。

 でも、わたくしたちが勝手にしたことだから、あなたが罪に問われることはないわ」



 ディアヌローズの知らない事実が、次々に告げられた。

 以前、(とばり)の閉められた寝台で聞いた、切れ切れの話し声のことだと気付いた。


 本当だろうか。

 ここに居てもいいと、みんなが思っていてくれたなんて──。

 自分に都合よく解釈しているとしか思えない。

 あまりにも自分にだけ益があり、みんなには益の欠片もない話。

 それに何をおいても、自分を匿うことで、みんなが罪人(つみびと)になるのだけは耐えられない。

 こればかりは譲れない。ディアヌローズは決意を貝紫の目に宿し、見上げた。


「皆さんが……罪に、問われるのは……嫌、です」


「私がそんな失態をさらすわけがない」


 尊大な態度で、アルフレデリックは言い切った。




 嬉しくて堪らない。でも──、とディアヌローズは胸の内で心苦しさに震えた。

 甘えていいのだろうか、本当に。

 みんなに罪を犯させてしまった自分が。


 どう報いればいいというのだろう。

 せめて心優しい人たちに、呼び続けてくれたことへの感謝だけでも伝えたい。


「ずっと、……呼んでくださいましたね。

 わたくしは、闇の中にいて、自分が、誰なのか……分からなくて……。

 わたくしが、呼ばれているとは……思って、おりませんでした。

 ……とても眠くて、……何も考えられなくて。

 このまま……闇に、溶けてしまおうと、していました」


 ディアヌローズの手をエレオノールが強く握った。ディアヌローズは薄く笑む。


「……ずっと、羨ましかった、のです。諦めずに……呼んで、もらえるその人が。

 その名が、わたくしの……名と分かって、……とても、嬉しかった。

 それで、……自分を、取り戻した、のです。

 ……呼び続けて、くださり、……ありがとう……存じ、ます」



 アルフレデリックはディアヌローズを、淡い金の瞳でしばし見つめた。


「────きょう意識が戻らねば、助からないところだった……」


 そう言った後、ひどく嫌そうに顔を歪めて、力のない声で続ける。


「エレオノールからは険のある目を向けられ、アントナンには恨めしい目で見られた。フォセットにも咎められて、私は散々な目に遭った」


「それは大変な……ご迷惑を、お掛け、いたしました。

 ……悪いのは、わたくし、ですのに……」


「あなたは少しも悪くなくてよ、ディアヌローズ。アルフレデリックの物言いが意地悪なのだわ」

 エレオノールは杏色の瞳で、アルフレデリックを睨んだ。



 ──ああ、なんて愛おしい時間だろう。


 この時間を最後に持てただけで、ディアヌローズは満足だと思えた。

 もうお終いにしなければ──。

 心優しい人たちに、真実を告げる。

 そのために、漆黒の闇から戻ってきたのだから。


 ディアヌローズは軽く目を瞑り、小さく息をつく。


 ──お祖母(ばあ)さま、わたしに勇気を。

 ……マノワ、……見ていてね。


 目を開くと、エレオノールを見つめ、それからアルフレデリックを見つめた。


「────わたくしは……皆さんに、

 ……お伝えしていない事が、……あるのです……」






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