祈りの日の聖堂(4)
表現を修正しました。
小鐘が鳴り、階下からのざわめきが小さくなっていった。
静寂が訪れる。
静まり返った聖堂に、再び小鐘の音が響いた。
ディアヌローズは手摺に張り付くようにしながら儀式の始まりを待った。否が応でも緊張が高まって、心臓が忙しない。
儀仗を手にした威厳のある聖堂長らしき人を先頭に、神官たちが一列になって入堂してきた。
みな白い衣を纏っているけれど、裾の縁取りやサッシュの色が異なっている。
聖堂長は祭壇前の真ん中で止まり、続く神官たちは聖堂長の後ろに祭壇の端から横並びで整列していく。列が端までくるとその後ろに列を作っていき、最終的には横四列に並んだ。
神官の入堂が終わると、小鐘は鳴り止んだ。
聖堂内はふたたび静まり返り、厳粛な気で満ちていった。
聖堂長が祭壇へ一歩進み出た。朗々と祈りを捧げ始める。数えきれないほどの神々の名前が次々と聖堂長の口から奏上されていく。
フェルヴェリーラのほかにいく柱かの、ディアヌローズが建国神話で知った神の名が挙がった。感謝や慈悲、加護、赦しを求める言葉というのは世界が違えど同じらしい。
聖堂長の祈りのあと、一度だけ小鐘が鳴った。
小鐘を合図として、横四列に並んだ神官たちは聖堂長のいる真ん中から、左右に別れて向き合った。最後列で向き合った神官から順に左右一人ずつ、祝詞の歌とともにゆっくりと旋回しながら内陣へと散っていく。四列目が内陣へ出払えば、次は三列目、二列目、一列目と、全ての神官が内陣で祈りの舞を舞う。
両手を胸で交差して目を瞑り、天を仰ぎながら神官たちは回る。祈りの歌は徐々に大きくなり、それに呼応するように旋回も少しずつ早くなっていく。それでも一点で回る軸はぶれることもなく、神官たちは滑らかに裾を円形に広げている。
ディアヌローズが二階翼廊から見下ろす内陣の床は、衣の裾を大きく広げた神官たちによってほぼ埋めつくされた。
祝詞が歌うように紡がれて天上へと昇り、大天蓋で反響して内陣へと降り注ぐように還っていく。荘厳な祈りの儀式にディアヌローズは目を奪われた。信仰というものを始めて垣間見た気がした。
やがて神官たちの回転は速度を緩め、衣は裾をすぼめていく。最後に交差していた両腕が解かれると、ゆるやかに回転は止まった。
神官たちは新たな祝詞を唱えながら、内陣の中央で縦四列に整列し、入口扉に向かって進んだ。内陣の端までくると左右二列ずつに分かれて、内陣の外周を行進した。
そうして聖堂長の後ろ、最初の位置まで戻ると、また最初のように腕を交差して天を仰ぎ、緩やかに回転しながら内陣の内へと散っていった。
ディアヌローズはフォセットに尋ねる。
「祝詞が違うのは、神の数だけ舞を捧げるからですか?」
「ええ。しばらく続きますから、椅子に掛けて休みましょう」
フォセットの手を借りて椅子に掛けたものの、小さなディアヌローズでは階下の様子がよく見えない。すぐに物足りなくなった。立ち上がろうと、もぞもぞと身体を動かした。
「滑り下りてはなりませんよ」
フォセットが常とは違う厳しい声で咎め、ディアヌローズはピタリと止まって眉を寄せる。
「ここからではよく見えないのです……」
「私が降ろして差し上げましょう」
アントナンは笑いを嚙み殺してディアヌローズを椅子から降ろした。
再び手摺に張り付いたディアヌローズは、大天蓋の真下で舞う神官たちを眺めた。
旋回で広がった神官たちの衣は大天蓋から降り注ぐ光に照らされて、裾の縁取りがきらきらと輝いている。まるで螺旋を描いて大天蓋へと昇っていくかのようだ。ひたすらに厳かで幻想的な光景だった。
旋舞が終わった。
神官たちは入場したときと同じく、横四列に並んだ。
神官が一人、天井から吊り下げられた振り香炉を大きく揺らした。聖堂内に香りが満ちていく。
祭壇前では二人の神官が祝詞を唱えながら、花びらを床が隠れるほどに撒いていた。
最後に、恭しく聖典を掲げた神官が祭壇前の卓に聖典を置いて跪拝し、下がっていった。
聖堂長がその聖典を広げ、よく通る声で神に祈りを捧げ始めた。
緩急のある祝詞が流れるように紡がれて、ディアヌローズの耳にも心地いい。
祈りが進むにつれて、大天蓋の真下にある床のモザイクがしだいに明るさを増した。描かれた花が際立っていく。
祈りを終えた聖堂長が跪拝すると、後ろの神官たちも同じように跪拝した。
聖堂長だけが立ち上がり、立て掛けておいた儀仗を手にした。
再び聖堂長は祈りの言葉を口にする。
それはディアヌローズの知らない言葉だったけれど、どこかしらマノワが加護を授けてくれたときの言葉に似ていた。
祈りの言葉とともに、
きらりと、大天蓋から光が舞い落ちてきた。
「あのときの光だ……」
我知らず、ディアヌローズは呟いた。
手摺を掴む手に力がこもる。ばくばくと心臓が音を立てた。
大オルガンを弾かなくても、
バラ窓からの光でなくても、
あの光を浴びさえずれば《奏の世界》に還れるかもしれない。
突如現れた目前の可能性に、希望が大きく膨らんだ。
大天蓋を見上げる。
光の粒はきらきらと煌めきながら、粉雪のように舞い散っていた。
「シャラリ」
祭壇で音が鳴った。
ディアヌローズは音の方を見る。
聖堂長は内陣に向いていた。再びディアヌローズの知らない言葉で祈りを捧げる。
「ダン!」
儀仗を祭壇の床に打ちつけた。聖堂内に大きく反響する。
その途端、モザイクの上に降り積もった光が渦を巻き始めた。
中心に向かって集まり始め、速度を上げて収縮していく。
とうとう────光り輝く玉になった。
「シャラリ」
ふたたび儀仗が振られた。
聖堂長は儀仗を手に両腕を広げて掲げ、また聴き慣れない言葉を唱えた。
ふわり────と、光の玉が浮き上がる。
聖堂長は掲げていた腕を下ろし、儀仗を床につけると先端で円を描くようにぐるりと回した。
すると、光の玉がモザイクの真ん中から、
つぅ────と聖堂長の頭上を飛んで、後陣へと向かった。
光の玉は後陣に祀られた神像の上を通過するごとに、色鮮やかに変化していった。
そのまま貴族側三階の翼廊から側廊、そして平民側の三階の側廊から翼廊へと周っていく。描く軌跡はオーロラのように幻想的で、光の粒子を降り散らす様は流星のように儚い。
光の玉は滑らかに高度を下げながら、同じように貴族側二階を通って、ディアヌローズのいる平民側の二階へと向かってきた。
ディアヌローズの貝紫の瞳は光の玉を捕らえて離さず、息を詰めてその様子に見入った。
とうとう光の玉はディアヌローズの間近にまで迫った。光の粒が、妖精の鱗粉のように舞い落ちる様をはっきりと捉えられるまでになった。思わず息を呑む。
胸の前で掲げた両掌にひと粒の光がふわりと舞い落ち、その刹那、光の粒は雪片が溶けるかのように消え去った。
それからもディアヌローズの掌に落ちるたび、光の粒は儚く消えていった。
──還れなかった……。
甘い夢だった、とディアヌローズは落胆する。その一方で、転移した時と比べれば光の量が圧倒的に少なかったと、冷静に考えた。やはり大オルガンを弾いてバラ窓からの光を受けることが、還るための必須条件なのかもしれないと思った。
光の玉は止まることなくディアヌローズの頭上を越えていった。
貴族側一階を飛行し、ディアヌローズがいる真下の平民側一階の側廊へ入って消えると、あっという間に姿を現して内陣へと向かった。
内陣の外側から螺旋を描くように、しだいに高度を上げていく。
大天蓋の縁をくるくる回り、そのまま大天蓋の内側を沿うように上がって見えなくなった。
その直後、
「ダン!」と、ふたたび儀仗を打ち鳴らす音が聖堂内に響いた。
反響音が消える間もなく────
大天蓋から夥しい光の奔流が迸った。
「あの時の光と同じよ! 同じだわ!」
ディアヌローズは眩しさに目を眇め、右手を翳して大天蓋を凝視する。
左手は隠しの上から、ぎゅっとブローチを握りしめた。
還れるかもしれないと、胸の内で期待の針が振り切れた。
押し寄せる光の奔流が、煌めきながらディアヌローズを吞み込んだ。
目の前が真っ白になって固く目を閉じる。
瞼の裏に、光の残像がいくつも残った。
額が灼けるように熱くなる。転移したあの時と同じだった──。




