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イストワール国~その花の名を私は知らない~  作者: 天音蓮
第二章 転移編

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マノワと過ごす夜

表現の修正をしました。

 ディアヌローズは今、とても困っている。

 理由について、話は少し遡る────



 ディアヌローズはみんなとの別れに際し、感謝の贈り物をすると決めて準備を進めてきた。聖堂へ(おとな)う日が決まると、何がなんでも聖堂へ行く日()()に仕上げようと頑張った。それこそ指が痛むのを我慢して。

 それが見事に実を結び、贈り物の準備を万端整えることができた。


 お茶の時間に、ひとりディアヌローズは祝杯をあげた。達成感に浸り、緩む頬を引き締めながらも、胸の内では快哉を叫んだ。


 だが、それはほんの束の間のこと。


 突然、頭の中に警鐘が鳴った。

 明日は()()聖堂へ行く日だと──。

 贈り物を間に合わせることばかりに気をとられて、迂闊にも完成させた後のことを何一つ考えていなかった。


 ディアヌローズは脳内で己自身に悪態をつきながら、失態を取り返そうとフォセットに相談した。


 しかしフォセット曰く、『上位の方からお渡しなさいませ』とのこと。


 つまりはアルフレデリックとエレオノールから順に贈り物を渡さなければならず、二人に会うためには面会依頼を出してお伺いを立てなければならない。きょう渡すのは絶対無理。万事休すとなった。



 そして現在(いま)────


 事ここに至っては仕方ない。

 もしも聖堂へ訪い、そのまま還れた場合には、自らの手で贈ることは諦めざるを得ない。フォセットの手からみんなに渡してもらうよりほかないだろう。最後の最後までフォセットには頼りきりで、申し訳ない気持ちで一杯だ。



 もうこれ以上の失態は重ねない。ディアヌローズは戻ってきた場合に備えて、フォセットに願う。


「アルフレデリック様とエレオノール様に、面会依頼を出していただきたいのです」


「承りました。社交期間も終わりますから、きっとすぐにお会いになれましてよ」


「良かった。あまり日が経つと、仕上がりが気になってしまうもの」


 あらまあ、とフォセットは僅かに目を大きくした。

「お二人とも、きっと喜ばれますわ」

 にこやかに笑んで、面会依頼を出しに部屋を出て行った。




 長椅子に戻ったディアヌローズは、針仕事で赤く腫れた指先を見つめた。

 冷静に思い返してみれば、聖堂に行ったらそのまま還れることだけを考えていた気がする。一番あり得ないと分かっていた筈なのに、一番願っている可能性に飛びついてしまった。


 贈り物については今できる精一杯の技術を駆使したし、手を抜いたつもりもないけれど、上出来かと問われれば胸を張るほどでもなくて、もう少し何とかできたのではと考えてしまう。

 それはたぶん、《奏》だった時と比べてしまうから。そして時間に追い立てられるように作ったから。


 もしも戻ってくることを前提にしていたなら、もっと時間もかけられて、少しなりとも《奏》の腕に近い仕上がりになっただろうか……。そう思わずにはいられない。


 でも万が一還れた場合には、贈り物が用意できない事態になるのだから、やはり今以上は望むべくもない。確実に言えるのは、ここに戻ってきた場合、やり直したい衝動にかられるだろうということだけだ。

 ディアヌローズは我知らず嘆息する。




 いよいよ明日、聖堂に行く。

 ずっと待ち焦がれていた日がやってくる──。


 アルフレデリックは『アルモニアムには近付けぬ』と言った。

 しかし何としても、大オルガンに近付く方法と、閉鎖されている聖堂に潜り込む手立てを見つけたい。漸く手に入れたチャンスを最大限に生かす所存だ。



 還れるかもしれない期待が、胸の裡で際限なく膨れ上がる。

 期待でいっぱいになると、勝手に圧縮して隙間をつくり、さらに期待を埋めていく。それが繰り返されて、どんどん期待が密度を増していく。


 ──もしも還れないと解ったら、……《(わたし)》はどうなるだろう。


 期待が失意にすり替わり、胸の裡を蹂躙するに違いない。


 ──心の最奥で眠らせた《(わたし)》は果て、

 《ディアヌローズ》の心は抜け殻になる。



 転移したあの日、

 聖堂にひとり残って大オルガンを弾いたことを、今も後悔し続けている。


 毎夜、『目覚めたら《奏の世界》に戻っていますように』と祈り、

 毎朝、ここで生きていかなければならないのだと思い知らされる。



 子どもの心はちょっとした拍子に揺れて、感情を抑えるのが難しい。

 体調を崩すことも多く、もう生きて戻れはしないと幾度となく怖気立った。


 祖母に会いたくて、声を聴きたくて、抱きしめて欲しくて。

 自身の腕に縋って、数えきれないほど自分を抱きしめた。


 諦めきれないものが《奏の世界》にはたくさんある。

 だから何としても還りたい。


 還れるだろうか……。あしたには嫌でもはっきりする。


 決意と期待、不安と恐れが(しのぎ)を削る。

 気持ちばかりが独り歩きしてぐいぐい手を引っ張り、

 期待と不安がせめぎ合って足にまとわりつく。



 堪らなくなって、ディアヌローズはヴィオリナを弾いた。心の赴くままに、ただひたすら弾いた。奏でた曲はどれも、郷愁を感じる曲ばかりだった。




 ◆*・・・・・*◇*・・・・・*◆




 就寝時刻。寝台の(とばり)は、ディアヌローズの願いですべて閉じられた。脇卓の灯りが、帳にディアヌローズの影を映している。


 ディアヌローズはマノワに贈るレースバンドを、隠しておいた枕の中から取り出した。

 本当は贈り物らしく綺麗に包みたかったけれど、紙も布も用意できなかった。せめて見映えだけでもよくしたくて、丁寧に形を整えていく。


 マノワは喜んでくれるだろうか……。胸の鼓動が忙しない。


 覚悟を決めて頭の中でマノワに呼び掛けると、すぐにマノワは姿を現した。


 ──やあ、ディアヌローズ。


 マノワは掛け布越しにディアヌローズの脚の上に立ち、ディアヌローズを見上げるとこげ茶色の目を細めた。


 ディアヌローズは神妙な面持ちでレースバンドを両掌に載せて、おずおずとマノワの前に差し出した。


 ──マノワに使ってもらいたくて作ったの。受け取ってくれる?


 瞬間、マノワはぴしりと固まった。目を丸くして、瞬きを繰り返している。


 気に入らなかったのだろうか……。ディアヌローズは不安になる。

 今まで見たこともないマノワの様子に、マノワが壊れたと思い始めた頃、漸くマノワの控えめな声が届いた。


 ──……いいのかい?


 どうやら気に入らない訳ではないらしい。ディアヌローズはほっと胸を撫で下ろす。


 ──もちろんよ。私が作った髪飾りなの。

 後ろを向いてくれる? わたしにつけさせてね。


 躊躇いもせずに、マノワは後ろを向いた。


 ディアヌローズは生成り色のレースバンドをマノワのお団子ヘアに回し、お団子の下で紺色のリボンを結んだ。きちんと測っただけあって過不足なく、きれいにお団子ヘアを一周している。色味も、出来映えもいい。


 ──できたわ。よく似合ってる。見せられないのが残念だわ。


 ──見えなくてもわかるさ。あたしのために作ってくれたんだろ?

 ありがとよ。


 皺だらけの顔をマノワは破願させた。



 告げる機会は今しかない。ディアヌローズは大切な友人に、胸の裡をさらけ出そうと勇気を奮い立たせる。真実を、何より《奏》のことを知っておいてもらいたい。貝紫の瞳を真っ直ぐマノワへと向けた。


 ──……あのね、マノワ。わたし明日、聖堂へ行くの……。

 それでね、もしかしたら、ここへはもう戻ってこないかもしれないの。


 マノワは訝し気に眉を寄せた。


 ──どういうことだい? 神の家にでも行くのかい?


 ディアヌローズは目を伏せて、掛け布の上に置いた両手の指を組んだり解いたりしながら、言葉を探した。


 ──いえ、あの、違わないけど……違うの。

 ……マノワ、わたしね……わたし、違う世界から迷い込んだの。



 訥々と、ディアヌローズはこれまでの経緯を語った。記憶が無いと嘘をついていることも、包み隠さず洗いざらい話した。そして最後を締めくくる。



 ──……還れるかどうかは、聖堂に行ってみないと分からないの。

 でもね、還れなくても、わたしは神の家へ行くつもり。

 ……いつまでも皆さんに甘えて、ここに居座るわけにはいかないもの……。


 言い終えると、ディアヌローズは再び目を伏せた。


 最後まで口を挟まずに聴いていたマノワは、ディアヌローズの肩に乗ると、皺だらけの乾いた手でディアヌローズの頬を愛おしそうに撫でた。


 ──そうだったのかい……。大変だったんじゃないか。

 辛かったろう?



 マノワの手から伝わる温もりと労わりの言葉が、じんわりとディアヌローズの芯に沁みていく。嘘つきだと責められなくてよかった……。《奏》を心の底に眠らせ、ディアヌローズとして皆を騙して過ごしてきた。秘密を口にできず、独り罪悪感に苛まれて過ごす日々だった。


 この辛い状況を誰かに共感して、理解して、慰めて欲しかったのだと、たった今ディアヌローズは理解した。

 目の前のマノワが涙で歪んだ。泣きたくなくて上を向く。嗚咽を吞み込んで心が落ち着くのを待ち、再びマノワに向き直った。


 ──最初は声を出すのも怖かったわ。

 でもね、優しい人ばかりだったの。もちろんマノワもよ。

 ……マノワ、……マノワがわたしの話を信じてくれて嬉しい。


 ──要らない心配をしたもんだ。

 あんたがあたしに嘘をつくなんざ、爪の先ほどもありっこないって知ってるからね。


 マノワは篤実な目をディアヌローズに向ける。


 ──いいかい、ディアヌローズ。還れなくても、がっかりするんじゃあないよ。

 迷い込んだんなら、還る方法は必ずあるはずさ。

 何より、あたしとあんたがまだ暫くは一緒にいられるってことだからね。


 ──そうね……。ありがとう、マノワ。大好きよ。


 ──ありがとよ。あたしもあんたが大好きさ。



 マノワはパッと消え、あっという間にディアヌローズの正面に戻った。

 (おもむろ)に両掌を胸の前で水を掬うように掲げると、目を閉じ、

 ディアヌローズが聴いたことのない言葉を唱え始める。


 それは(あたか)も神に祈りを捧げるような独特の抑揚で、厳粛な響きがあった。

 やがて何も無かったマノワの掌に、どこからか光が集まり始めた。


 ディアヌローズは我知らず居ずまいを正し、その様子を瞬きも惜しんで見入った。


 マノワの詠唱が終わる頃、マノワの掌の中には輝く光の玉ができあがっていた。

 それはマノワの心そのままの、柔らかく温かな光だった。


 マノワはゆるりと目を開くと、光を掲げたままディアヌローズを見つめた。

 厳かに言の葉を紡ぎだす。


 ──我が友ディアヌローズに、屋敷精霊マノワの加護を(さずく)

 (われ)掩蓋(えんがい)、我は帳。

 災厄より(めぐ)し子を守護す。

 我、金襴(きんらん)の友、ディアヌローズの道程(みちゆき)の一助とならん。



 マノワが言葉を紡ぎ終えると、光の玉はマノワの掌からふわりと浮き上がった。

 ふよふよと揺蕩うように光の玉は浮遊して、ディアヌローズの頭上で動きを止めた。

 その刹那──、光の玉は蕾が綻ぶように、柔らかな光を広げた。

 光は花びらが散るように(ほど)けてゆき、

 ゆらゆらと、仰ぎ見るディアヌローズに舞い落ちた。



 ──きれい……。


 ディアヌローズは夢見ごちに、両掌で舞い散る光を受ける。


 やがて光は消え、夜の静寂(しじま)が戻った。


 ほぅ……、とディアヌローズは吐息を漏らす。束の間、幻想的な光景を惜しむように目を閉じた。


 ──マノワ、ありがとう。


 ──大したもんじゃないが、あたしからの(はなむけ)さ。


 ──すごく嬉しかったわ。でも、無理してない?


 マノワはおどけるように肩を竦めて、腰に両手をあてた。


 ──大したもんじゃないって言っただろ。心配無用さ。



 ディアヌローズが辛い時、マノワはいつも救いとなる言葉をくれた。ささやかだけれどお返しをできたと思ったのに、また温かい言葉と素晴らしい贈り物を受けた。返しきれない温情に、一体どう報いればいいのだろう……。


 ──マノワからは貰ってばかりね。



 マノワは右手の人差し指をディアヌローズに向けて振りながら、声を届ける。


 ──あたしが好きでやったことさ。

 それに友情に貸し借りなんてないんだ。憶えておきな。


 ──ええ、忘れない。……わたしね、イストワールも好きよ。

 ここにいて元の世界が懐かしいように、

 元の世界に還ったら、イストワールを懐かしく思うのだわ。

 ……きっとね。


 ディアヌローズは鼻の奥がツンとしたけれど、泣きたくなくて笑った。きっとマノワには、泣き笑いの変な顔に見えていることだろう。それでも泣き顔よりはいい。マノワには、笑えている顔を憶えていてもらいたいから。


 ──……。

 さあ、もう(やす)んだ方がいい。あした眠くてぼんやりしてたら大変だろ? 

 眠るまでここにいるから、もう(やす)みな。

 おやすみ、ディアヌローズ。


 ──おやすみなさい、マノワ。ありがとう。


 マノワは、ディアヌローズの手を愛おしそうに撫でた。


 ディアヌローズは目を瞑る。イストワールで最後になるかもしれない夜を、マノワと過ごせたことが嬉しかった。マノワから伝わる温もりが、ディアヌローズを心穏やかな眠りへと(いざな)った。






この後書きに目を止められたということは、読んでくださったのでしょうか。

ブラウザバックなら、この後書まで達しませんよね。

わたくしの拙い話に付き合ってくださり、ありがとう存じます。


この『イストワール国』を考えたのは十年ほど前になります。

それからずっと、頭の中だけで展開させていました。

実際に文字に起こしたのは一年ほど前からで、このサイトを知ったのがきっかけです。

投稿する気は微塵もなく、執筆中のまま書き溜めていました。

ところが、書き終えた話の手直しばかりをしてしまい、新しい話が進まなくなってしまったのです。

それで区切りをつけるために、投稿を始めた次第です。


文才は元より無く、更に詩ばかりを書き散らかしていたので、長文に手こずっています。

また、当初は一人称で書いていたのですが、途中で一人称では無理があると気付いて、三人称に書き直したりと迷走しています。

その上、投稿順を間違えて慌てたりと、主人公を上回る迂闊っぷりです。

更に付け加えるならば、根性もありません。

投稿が途絶えたら、根性が尽きたのだと嗤ってください。


『イストワール国』は無謀にも長編を予定しています。

主人公の転移当初の鬱展開が一般受けしないのは、承知で書きました。

けれど、わたくしにはどうしても、瞬時に立ち上がる主人公は生み出せませんでした。

一番の鬱展開の山は越えましたが、今後もないわけではありません。


それでも時間つぶしに読んでもいいと思われた方は、お付き合いくださいませ。


最後に、評価をつけてくださった方、ブックマーク登録をしてくださった方、感謝いたします。とても嬉しく思いました。


2022年 2月 28日   天音 蓮

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