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イストワール国~その花の名を私は知らない~  作者: 天音蓮
第二章 転移編

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面会依頼

表現の修正をしました。

「マリレーヌさん。なにか良いことでもありましたか?」


 果実水を受け取りながら、ディアヌローズはマリレーヌに訊ねた。朝からずっと、彼女の足取りには軽やかさがある。


 マリレーヌは少しきまり悪そうに、群青色の目を泳がせた。

「お休みをいただいた明日は、祈りの日ですの。新調した衣装で聖堂を訪うのが楽しみで……」


「祈りの日、ですか?」小首を傾げた。


「ええ。聖堂で祈りを捧げる日を祈りの日と云うのですわ。祈りの日は十日ごとに巡ってきて、一巡り目は──」と、マリレーヌは左手の指を一本折り曲げる。

「──領主様が祈りを捧げ、二巡り目には貴族が、三巡り目に神官、四巡り目で平民、と決まっておりますの」


 四度マリレーヌは指を折り曲げ、ディアヌローズはその度に相槌を打った。


「では、明日は二巡り目なのね」


「はい。祈りの日がお休みなのは季節に一度ほど。ですので、訪うようにしておりますの」


 ディアヌローズは口をつけないまま、果実水を応接卓に置いた。以前、聖堂は閉鎖されているとアルフレデリックから聞いていた。眉を寄せる。


「聖堂は閉鎖されていないのですか?」


「閉鎖は熱月になって解かれましたわ」


「──解かれた……」


 呟いた言葉は熱を孕み、ディアヌローズの胸に希望の灯をともす。聖堂────《奏の世界》から転移してきた場所。もしも聖堂に行けたなら、還れるかもしれない。

 一気に緊張が走る。祈るように組んだ両手の指先が冷たくなった。引き攣る喉を、ごくりと鳴らす。


「……アルフレデリック様にお会いしたいの」


「承知いたしました。どうなさいまして? お顔の色がすぐれないようですわ」


 ディアヌローズは平静を装って、笑みを貼り付ける。


「アルフレデリック様に、どうしても叶えていただきたいお願いがあるの。……だからよ、きっと」


「あすの祈りの日には、お嬢様のご希望が叶うように祈ってまいりますね」


 ありがとう、とディアヌローズはマリレーヌに礼を伝えた。果実水を手に取ると、一気に飲み干す。マリレーヌは目を(しばたた)いて、空になった(ゴブレット)を下げていった。




 長椅子でひとり、ディアヌローズは膝に置いた手を見つめる。面会は叶うのか。聖堂への許可は下りるのか。そして、《奏の世界》に還る手立ては見つけられるのか。幾つもの不安と、越えなければならない壁。けれど希望がある。運が良ければ、そのまま還ることだって──。砂粒ひとつ分もない希望を逃したくなくて、拳を固く握りしめた。


 もちろん期待し過ぎては駄目だと分かっている。たとえ許可が下りなくても、手掛かりを得られないとしても、これが最後ではないはず。機会は必ず巡ってくると、自身に言い聞かせた。

 なのに冷静になろうとすればするほど気が逸り、何も手につかないまま扉を眺めて過ごした。


 結局、昼食を終えても、アルフレデリックから連絡はなかった。




 昼食後、自分を持て余したディアヌローズは、護衛騎士のクロティルドと庭に出た。


 真夏の陽射しが肌をじりじりと突き刺すような中、熱さで緑がすっかり褪せてしまった木立を進んでいく。先の方では、警戒音を上げながら数羽の小鳥が茂みから飛び立ち、「キュッ、キュッ」と連続した短い鳴き声とともに茂みがざわついた。


 ふたりは顔を見合わせ、足音を立てないように進んでいく。生き物たちの気配がすっかり無くなって間もなく、ベルージュの茂みに着いた。


 ディアヌローズが心配していた実りも、周りを見てみれば枝もたわむほどに実を付けている。どうやら先ほどの鳥たちは、ベルージュを食べにきていたらしい。地面には獣の足跡もある。


「邪魔をしてしまったのね」ディアヌローズはしょんぼりと肩を落とした。


「この辺りは、たくさん実を付けていますものね」


 ディアヌローズはベルージュの実をしげしげと見る。赤く艶やかなベルージュの実は、見るからに熟して甘そうだ。


「どんな味なのかしら」赤い実に手をかける。


 クロティルドが慌てて、やめた方がよろしいですよ、と制止した。

「赤くて甘そうに見えますが、酸味が強いですから。少し渋みもありますし」


 ディアヌローズは手を引っ込めて、眉尻を下げる。

「……こんなに美味しそうなのに」


 クロティルドは微苦笑を浮かべた。

「ジャムになればとても美味しいので、きっとお口にされる機会もあるでしょう」


「ふふっ、楽しみです。あっ、でも……」

 嬉しそうな表情をすっと引き締めて、ディアヌローズは畏まった。

「鳥や獣たちの大切な食糧ですもの。わたくし、ジャムは我慢して、いただかないことにします」

 もともと一粒だけ味見するつもりだった。ジャムなんてとんでもない。


「ここにあるベルージュは、ジャムにいたしませんわよ」


「……そう、なの? ……それなら……ええ、わたくし楽しみだわ」

 解けるように笑んだ。




 その後グロゼイユも見に行くと、花の時期は終わっていた。陽に灼かれた艶のない葉の裏には、小さな青い実が葡萄の房のように幾つもぶら下がっている。


「まだまだね。収穫はいつかしら」ディアヌローズは訊ねた。


「早ければあと月一つ、果実月の中頃でしょうか。ですがこの様子ですと、翌月の霜月かもしれませんわ」


「そう……」


 ディアヌローズは考える。グロゼイユの実が熟す頃、自分は何処にいるだろう。《奏の世界》に還っているだろうか。それとも神の家にいるだろうか。自分の目で見られなくても、生き物たちにはお腹一杯になって欲しい。ベルージュの実りが増えたことに気を良くして、固く小さなグロゼイユの実を掌に掬うように房ごとのせ、たくさんの実りを願った。



 部屋に戻ると、面会は四日後との(ことづけ)が届いていた。




 ◆*・・・・・*◇*・・・・・*◆




 翌日の朝食。ベルージュのジャムが添えられていた。ディアヌローズは思わずクロティルドを見る。クロティルドは悪戯が成功したみたいに、お茶目な笑みを浮かべた。


 ベルージュの味はクランベリーに似ていた。ジャムはほどよい甘酸っぱさで、クロティルドが言っていたとおりにとても美味しく、つい食べ過ぎた。何よりも、彼女の心遣いが堪らなく嬉しかった。



 課題を終えた後、ディアヌローズは面会までの過ごし方を考える。刺繍の基礎もほぼ習得したので、そろそろ贈り物の準備に取り掛かってもいいかもしれない。

 ハンカチに刺繍したいと、フォセットに願い出た。


「刺繍したハンカチは、女性が意中の男性に贈るのですけれど……」

 フォセットは頬に手をあてると、すかさず「──慣例ですわ」と、にっこり笑った。


 ディアヌローズは一瞬どきりとして、それから困ったように笑んだ。フォセットにこんな接し方をされると、祖母を思い出してしまう。祖母はこんな風に、奏の反応を楽しむ人だった。──懐かしくて、会いたくて、還りたい。だから、なんとしても聖堂行きを認めてもらわなくては。




 手のあいた人たちと一緒に、刺繍を始めた。刺繍の間は、みんなもお喋りをしてくれるのでディアヌローズにとって、とても愉しいひと時だ。


「今頃、マリレーヌさんは新調した衣装を着て、聖堂かしら。とても楽しみにされていらしたのよ」


 ディアヌローズが言うと、ベアトリスが口を開いた。


「きっと新しい衣装を、婚約者にお見せしたいのでしょうね」


 ディアヌローズは貝紫の目を丸くする。あれは恋する乙女の表情(かお)だったらしい。


「まぁ! どうりでとても幸せそうなお顔だったわ」


「あらあら、おませさんですこと」フォセットが微笑ましそうに笑った。


 夢見るように、ディアヌローズは目を瞑る。「だって素敵だわ」


 フォセットは青緑色の目を愛おしそうに細めた。


「お年頃になれば、すぐにお相手が現れますわよ」


「……そんな先のこと……分からないわ」


 ディアヌローズは静かに目を伏せた。《奏の世界》で修了試験の日、聖堂の控室で『甘やかな恋をしたい』と夢見た。まるで、ずっと昔のことのよう。あの時には、すぐそこにあると思った未来。今では、遥か先に遠ざかってしまった未来。世界さえも──。


 でも今はそんなに遠い未来の話よりも、聖堂への許可を得られるかが大いに気になった。




 ◆*・・・・・*◇*・・・・・*◆




 とうとう訪れた面会の日。

 三の鐘が鳴って間もなく、アルフレデリックはやって来た。


 左肩へと長い三つ編みを流して、アルフレデリックは椅子に腰掛けた。いつもの所作なのに、その度に目が奪われてしまう優雅さがある。


 まずはお茶でおもてなし。

 ディアヌローズはアルフレデリックのお茶を飲む所作を見つめる。奏の時にだってこのような優雅さは身についていなかった。アルフレデリックの所作を目に焼き付けておいて、《奏の世界》に還った暁には、この優雅な所作を祖母に披露したい。祖母は驚いてくれるだろうか──。


 そんなことを考えている時だった。


 アルフレデリックが、ティーカップを音を立てることなく応接卓に置いた。淡い金の瞳をディアヌローズに向ける。


「面会を求めた理由を聞こう」


「──あの……ヴィオリナの確認はよろしいのですか?」


 勝手に口をついた言葉に、ディアヌローズは我ながら舌打ちしたい気分だ。確かにアルフレデリックの無茶ぶりに対処するため、準備はした。頭の中では、『違う』と大合唱が起きている。


「其方から志願するのは評価するが、そのために私を呼び出した訳ではないだろう?」


 ──たぶん無意識に、却下されるのが怖かった……。

 ディアヌローズは思う。でも、この機会を失うわけにはいかない。覚悟を決め、両手を膝の上で重ねて背筋を伸ばした。


「聖堂へ行きたいのです」


「──」

 アルフレデリックは銀にも見える淡い金の瞳で、ディアヌローズをひたりと見つめた。


 途端に、ディアヌローズは周りの空気が希薄になった気がした。息苦しさに耐え、心の奥底を浚うようなアルフレデリックの視線に真っ向から対峙する。


「聖堂の閉鎖は解かれたと耳にしました」


「正確には、聖堂行事に限り閉鎖解除している」


「……どうかその時に、わたくしを聖堂へ行かせてくださいませ」


 アルフレデリックは足を組んで、片手を首にあてる。

何故(なにゆえ)行きたいのかを述べなさい」静かに問うた。


 ディアヌローズはアルフレデリックから視線を逸らさず、気付かれないように息を吐き出すと細く吸った。


「……なぜ聖堂にいたのか、一番知りたいのはわたくしです。あの日、気が付いたら聖堂におりました。強い光に包まれて、目を瞑ったのは憶えております。光が収まって目を開くと、暗くて何も見えなくて怖かった……。それから少しずつ暗さに目が慣れて、周りを確かめ始めたところで、アルフレデリック様のお声を聞きました」


 ディアヌローズは当時の記憶を振り払うように、きつく目を閉じる。再びアルフレデリックの目を真っ直ぐ見た。


「わたくしはもう一度、聖堂を見たい。……手掛かりが欲しい。理由が知りたいのです。──許可をお願いいたします」わななく唇を引き結んだ。


「手掛かりを得られる可能性は低いだろう」

 アルフレデリックは静かに告げた。


 その言葉は波紋のようにしだいに大きくなっていき、ディアヌローズに覆い被さって大きな飛沫を上げた。


「承知しております。──行ったところで、何も分からないかもしれない。けれど……けれどそれでも、分からないと、それだけでも呑み込むことができれば、一歩前へ進むことができると思うのです。どうかご許可くださいませ」


 アルフレデリックは頤を親指で摩りながら、ディアヌローズを無言で凝視した。しばらく(のち)、ディアヌローズの覚悟をはかる。


「許可したとして、アルモニアムには近寄れぬ。あそこは本来、神官や巫女でも寄れぬ神聖な場所。それでも行きたいか?」


「アルモニアムとは、わたくしが居た場所で合っておりますか?」


「そうだ」


 ──大オルガンに近づけない……。

 最も確かめたい場所。でもこの機会を逃したら、もう聖堂に行くことすら叶わないかもしれない。

 ディアヌローズは数舜迷い、強い意志を持ってアルフレデリックに返答する。


「お願いいたします」


「──許可しよう。但し、聖堂行事がなければ扉は開かれぬ。よって平民の祈りの日とする。アントナン、フォセットの両名は準備と当日の差配を任せる」


 命を受けたアントナンとフォセット両名は、右手を胸にあてて恭順を示した。


 それを見たディアヌローズは、慌てて椅子から滑り降りる。

「ありがとう存じます」と、跪礼(カーツィー)した。


「滑り降りるな。はしたない」アルフレデリックは眉間に皺を寄せた。


 ちらりと、ディアヌローズはフォセットを見る。

「申し訳ございません」と縮こまった。



 アルフレデリックは口の片端を上げて、ニヤリと笑んだ。

「では課題を確認する」


「えっ!?」ディアヌローズは固まった。


「其方が言ったのだろう。早くしなさい」

 アルフレデリックは眉を顰めて、僅かに目を細めた。


 肩を落として、ディアヌローズは胸の内で嘆息する。ヴィオリナの確認へ臨んだ。






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