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イストワール国~その花の名を私は知らない~  作者: 天音蓮
第三章 事件編

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湖畔で(2)

 翌日。

 乗馬服に身を包んだディアヌローズは、コンスタンティンとシュバルに跨って湖畔を目指しているところだ。

 その後ろにはヴァランタンはじめ、メリアザンドとアデライードにオーギュスト、驚いたことにヨランディアまでもがシュバルに乗って続いている。

 側近たちも当然同行しているが、側仕えたちは準備のために馬車で先に向かったそうだ。


 乗馬用と聞いていたシュバルはサラブレッド馬によく似ていて、体躯は馬車を牽引するがっしりした引き馬とは違ってスマートだ。

 奏の時には乗馬も課題だっただけに、ディアヌローズにとってはシュバルの方が馴染み深い。久々の乗馬に最初こそ緊張していたものの、懐かしい揺れに身体を合わせれば、あっという間に心は浮き立った。昨夜ドゥマが合いに来てくれたおかげで、何の愁いもなく心から乗馬を楽しめている。


 馬の背から眺める景色は最高だ。丘の上にある館から木漏れ日を浴びながら散策路を下っていると、樹々の間からは湖が見え隠れする。鳥の囀りも近く、時折り飛び立っていくその姿も興味深い。繁る葉を通る風には青さの中にも華やかな香りが含まれていて、おそらく緑の中で目立っている色鮮やかな花のどれかなのだろう。


 下り坂が平坦になり、暫く進むと木立を抜けた。視界いっぱいに広がった湖は空を溶かしたように青く、波が打ち寄せている。


 下ってきた丘を見上げたディアヌローズだったが、目に映るものは切り立った白い岩肌ばかり。腰を浮かせて背を反らし、首が痛くなるほど崖を見上げた。


「館はちょうどこの上だ」

「……そうですか」


 背にいるコンスタンティンへと顔を向けたディアヌローズの口から、つい残念な声が漏れた。館には領城から転移してきたので、ディアヌローズはまだ館の外観を見たことがない。考えてみれば領城の外観だって見たことがなくて、住んでいるのに見たこともないなんて変な感じがして仕方ない。


 ディアヌローズの頭に、ぽんとコンスタンティンが手を置く。


「きょうはシュバルを警戒させてしまう。また別の機会に見せてあげよう」


 そう言って離されたコンスタンティンの手をディアヌローズは見つめる。あの星まつりの夜みたいに、グリフォンに乗って空から見せてくれるのだろうか。

 確かにきょうはシュバルの捕獲を兼ねたピクニック。残念な気はしたが「はい」と返した。



「降ろすよ」


 やって来たヴァランタンにシュバルから降ろしてもらうと、途端に視界が低くなった。畔まではまだかなり離れていて、そのまた向こうにある対岸は館の露台から見るよりも遠く感じる。


 ヴァランタンとコンスタンティンはふたりでシュバル捕獲の話し合いを始め、その脇でディアヌローズが穏やかな水面を眺めていると、同じ意匠の乗馬服を着たメリアザンドがやって来た。

 メリアザンドはディアヌローズの乗馬ズボンに重ねているスカートの少し捲れた裾を直すと、目を合わせた。


「怖くなかった?」

「いいえ、少しも。とても素敵な眺めでした」

「姿勢がしっかりしていたものね。すぐに一人で乗れるようになるわ」


 そう言って微笑むメリアザンドにディアヌローズは曖昧に笑んだ。奏の時に及第点をもらっているとはとても言えない。



「野菜を撒きに行くよ」


 話し合いを終えたヴァランタンが、籠いっぱいの野菜を手にディアヌローズに声を掛け、ふたりで館下の畔に向かう。


 何でも、当初予定していた場所を急遽変更したとか。その場所はすでに他家が捕獲の準備を始めていると、先発した側仕えから連絡があったそうだ。きょうはシュバルを捕獲する家が幾つかあるらしく、予定を変更して館下にあたるこの周辺に撒くのだとという。さすがに他家はやって来ないだろうとの判断だというが、本来は数日前から準備をするものらしいので、昨日のきょうでは分の悪さは否めないらしい。


 ところが、コンスタンティンだけは「腕の見せ所だ」と異様に張り切っている。

 呪文の聞き取れない位置までディアヌローズを下がらせて、コンスタンティンは一人撒き餌の前に立った。

 颯爽と杖を出して眼前の空中に淀みなく魔方陣を描いていき、美しくも凝った魔方陣を完成させると、つぃと杖を振った。

 魔方陣はまっすぐ撒き餌の上空を目指してその上空でピタリと止まり、回転しながら広がった。撒き餌の三倍ほどの大きさになると下降を始め、地面に到達した途端、カっと光り輝いて地面に吸い込まれるように消えていった。


 その様をディアヌローズは瞬きも惜しんで見つめた。掛け値なしにカッコいい。

 呆けたように余韻に浸っていると、コンスタンティンは振り向きざまにニヤリと口角を上げた。


「カッコいいだろう?」


 ディアヌローズは二度三度と目を瞬かせる。

「……。はい」

 言わなければもっとカッコよかった……。口にはしないけれど。



 魔方陣に仔馬が入ればコンスタンティンにはわかるそうで、待つ間は木立の際でピクニックだ。

 シュバルを警戒させないためにと、ヴァランタンが遮音石を起動させる。すると音が外に漏れないばかりか、光の膜は保護色のように外の景色と同化した。


「これを腕に嵌めて」


 ヴァランタンから渡されたのは見覚えのある腕環。錯視の腕環だ。

 みんなもちょうど嵌めているところで、ディアヌローズも腕に通した。ぶかぶかの腕環が丁度よくなると、引き寄せたポニーテールの髪は白金から紺色に変わっていた。まわりを見ればみんなの髪も紺色だ。瞳の色はみんなそれぞれの色がくすんで見えるので、ディアヌローズ自身の貝紫の瞳もくすんで見えているだろう。でも。


「どうして色を変えるのですか?」

「休日くらいは邪魔されたくないからね」


 答えたのはコンスタンティンだ。これなら遠目に気づかれない、とまで宣った。

 その言葉に、隠れて苦笑する人が数人。ディアヌローズも胸の内で嘆息する。コンスタンティンの苦労は感じられるけれど、カッコよさはもう台無しだ。



 お茶と軽食を楽しんでから、ディアヌローズは女性たちで近くを散策する。

 ふと、ハート形になっている葉が目に留まった。


「シリンガよ。(エアリューリス)に紫の小花が房になって咲くわ」


 教えてくれたのはヨランディアだ。


 イストワールでは《奏の世界》と似た植物を目にすることがままあって、どうやらシリンガはリラと同じようだ。

 懐かしい──。月詠家の裏手にある庭にも、リラは木戸の脇に植えられていた。花が満開になると枝が垂れて、木戸を通るたびに枝を折らないように気を遣ったものだった。

 花など無いというのに、ディアヌローズはシリンガから目が離せなくなった。


「稀に花びらが五枚のものがあってね、」


 その言葉にディアヌローズが視線を向けると、ヨランディアは少女のように微笑んだ。


「恋の願いを叶えてくれるのよ」


 奏の時に見たリラの花びらは四枚のものばかりだった、と思う。とはいえ小さな花のこと、よくよく見たらあったのだろうか──。イストワールへと転移してきた日に恋を夢見ていたことを思い出し、花の無いシリンガを見つめた。あの時知っていたら、きっと一生懸命探したことだろう。あの日、リラは満開だった。


「恋の話に興味があるなんて、幼くても女の子ね」

「ち、違います」


 アデライードにブンブン手を振るディアヌローズの頬に熱が集まる。恋に恋していたのは奏で、幼くなったディアヌローズはそんな自分を懐かしんでいただけだ。


「あらまあ。照れなくてもいいのよ」


 ふふっとメリアザンドが笑むと、ヨランディアとアデライードも微笑まし気に笑った。

 ディアヌローズは頬が火照るまま眉を下げる。どうやら否定しては却ってダメらしい。



 ポキリと枝を踏む音が鳴った。

 振り向いた先にはヴァランタンがいて、手を振っている。


「戻っておいで。仔馬が魔方陣に入った」


 足早に戻ると、三頭の仔馬が魔方陣の中で撒き餌を食んでいた。シュバルの群れは魔方陣の仔馬を気にすることなく畔で水を飲んでいるので、おそらくその三頭は親離れに達しているのだ。


 ヴァランタンが遮音石を解除(アニュリィ)したのと同時に、シュバルの群れは逃げていった。

 三頭の仔馬だけが魔方陣の見えない壁に阻まれて逃げ惑っている。大きく口を開けて嘶いているらしいが、声は聞こえてこない。たぶん、魔方陣の効果で遮音されているのだろう。


 けれど、ディアヌローズの耳には助けを求める仔馬たちの声が聞こえる気がしてならない。家族から突然引き離される痛みや哀しみは人一倍身に沁みている。


「可哀そう……」


 我知らず言葉を落としたディアヌローズの肩に、コンスタンティンが手を置いた。


「興奮しているのは逃げられないからだ。もう親離れする頃と教えただろう。この姿を深く心に刻んで大切にしなさい」

「わたくしもお父さまに捕まえてもらったわ」

「私もだ。アルフレデリックもね」


 メリアザンドに続いてヴァランタンも言葉を重ね、「シーグフリードもそうよ」とアデライードは長男もそうだったと言った。


「通過儀礼なのだよ」

 誰もが経験すること、とオーギュストは諭すように口にした。


 確かに、それはディアヌローズ自身にとっても、仔馬にとっても通過儀礼なのだろう。けれど。


「少しでも長く、親と一緒にいさせてあげたかったです」

「それはディーの気持ちであって、仔馬たちは既に親離れの準備ができていた。違うかい?」

「……」


 この気持ちは感傷だったとコンスタンティンに気づかされて、ディアヌローズは堪らず俯いた。



 やがて仔馬たちが観念したのか大人しくなると、ヴァランタンはレネットをディアヌローズに差し出した。


「手から食べた仔馬がディーの馬だよ」


 相性が悪ければ手から食べないという。また、手から食べた馬が複数いた場合は、一頭だけ選んであとは開放するとのこと。


 ディアヌローズはレネットを受け取ると、魔方陣の中にいる仔馬に目を向けた。それぞれ毛色が違っていて、鹿毛と青毛、もう一頭は珍しい白毛だ。大人しくはなったものの、三頭とも撒き餌を食む余裕はないようだ。


 コンスタンティンがディアヌローズの背に手をあてる。

「さあ、一人で行っておいで。魔方陣の中には入らず、外側でレネットを食べさせなさい」


 シュバルは基本的に臆病で、後ろに立たれることを嫌うという。


 こくりとディアヌローズは頷いて、レネットを手に魔方陣に向かった。



 まずは一番大人しい鹿毛の仔馬から。食べてくれる可能性が一番高いと思ったけれど、近づくだけで離れていった。


 次はすぐ近くにいる青毛馬の前に移動する。青とは言っても実際は黒で、将来は精悍な見目になるだろう。奏の時に一度は乗ってみたいと思っていた毛色だ。

 ところが期待とは裏腹に、青毛馬はレネットの匂いを嗅ぐだけ嗅いで離れていった。


 あとは白毛の仔馬だけになった。白毛馬は気難しいと奏の時に聞いたことがあって、イストワールといえども期待は持てそうにない。


 感傷はすっかり影を潜め、全滅だったらどうしようなどという思いが頭を掠めた。魔方陣の外側を沿うようにのろのろ歩き、反対側にいる白毛馬の前に立つ。レネットを躊躇いがちに差し出した。


 白毛馬は鼻先のレネットではなく、ディアヌローズをじっと見つめて首を傾げた。

 双方、そのまま動かないこと暫し。


 レネットを持つディアヌローズの手が疲れて下がり始めた、その時──。

 シャリ、シャリシャリ。

 白毛馬がレネットを食んだ。咀嚼する口からは果汁を滴らせている。


 ──受け入れてもらえた、の……!?


 半信半疑のまま、ディアヌローズが白毛馬の頸をトントンと軽く叩くと、仔馬はディアヌローズのもう片方の手を見つめた。どうやらレネットのおかわりが欲しいらしい。


「すぐにあげるわ。少し待っていてね」


 レネットを貰おうとみんなの方へ振り向く途中、目の端に見知らぬ子どもが見えて注視する。

 先頭は赤い髪の女の子。その後ろに黒髪の男の子。少し遅れて亜麻色の髪の女の子。三人は真っ直ぐこちらを目指しているようだ。


 赤髪の女の子が到着するなり、腰に両手をあてて目を吊り上げた。


「あなたの所為(せい)だったのね。そのシュバルはわたくし達のよ」






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