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イストワール国~その花の名を私は知らない~  作者: 天音蓮
第三章 事件編

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中立領プリエテールの植物園(2)

 植物園の正面入り口、金属製の大きな門扉の前で、馬車は一旦止まった。

 門番が硬質な音を響かせながら門扉を開け放つのを待ち、馬車は植物園の中へと入っていく。すぐに建物が見えてきて、馬車はその前で止まった。


「姉さま、あの建物は?」

「馬車の待機施設よ。さあ、ディアヌローズ。降りましょう」


 馬車の扉が開かれて、まずディアヌローズがアルフレデリックからアントナンに手渡される。


 馬車を降りた途端、ディアヌローズの視界いっぱいに景色が広がった。

 一面の緑の芝生には大樹が点在し、幾つかの石畳の小道が延びている。道のはるか遠くに見える建物は温室だろうか。温室なら玻璃(ガラス)でできているのだろうが、ここからではよくわからない。

 空は青く、地平は緑。吹く風に白金のツインテールが揺れて、頬をくすぐった。小鳥の囀りが耳に優しい。



「どう? 広いでしょう」

 馬車から降りてきたエレオノールが、ディアヌローズの隣に寄り添った。

「はい。とっても」


「では行こう。観賞用植物棟の温室でいいのだろう?」

「ええ、いいわ。ゆっくり歩いてね」


 エレオノールはアルフレデリックに返事をすると、ディアヌローズに手を差し出して杏色の目を細めた。


「さあ、手を繋ぎましょう」


 はにかみながらも、ディアヌローズはエレオノールと手を繋ぐ。エレオノールは、以前ディアヌローズが話した祈りの日の出来事を憶えていてくれたに違いないと思った。そうでなければ貴族であるエレオノールが、手を繋いでくれるはずないのだから。

 なんて優しい人──。

 思い出の一つ増えたことが嬉しくて、別れの辛さが一つ増えて哀しくなる。



 石畳の道から外れ、三人並んでふかふかの芝生を歩く。後ろにはアントナンとフォセット、エレオノールの側仕えのシュザンヌ、それぞれの護衛騎士たちがいる。


 暫く歩いていると、石畳の道は遠くなったり近くなったりしながらも、ディアヌローズ達の進む方向に向かっていることに気付いた。

 隣を歩くアルフレデリックを見上げる。


「道を歩かなくていいのですか?」

「道は散策用で、真っ直ぐでないからな。この方が効率的だ」


 確かに、たくさん歩くよりは助かる。植物園はディアヌローズが想像していたよりもかなり広くて、正直なところ、歩き通せるか自信が無くなっている。でも、大見えを切った手前、助けて欲しいとは口が裂けても言いたくないので、アルフレデリックには是非とも効率優先でお願いしたい。



 更に進むと、《奏の世界》を彷彿とさせる樹木を見つけた。クリスマスツリーになるモミの樹である。思わず足を止めて見入った。


「これは《アビエス》と云う。其方が苦い薬のあとで世話になる樹だな。この樹液がミエルになる」

 その樹を横目に、アルフレデリックは言った。


 苦い薬と言えば、青臭い草汁のことだろう。舌に苦みがべったりとはり付いて残るので、ミエルで口直しをするようになったのだ。

 最初の頃は、花の香りのする透明な蜂蜜色のミエルだった。でもなかなか苦みが消えなくて、何度もお代わりを強請っていた。

 暫くすると、白濁のバニラ色をしたミエルが出された。ほのかなバニラ風味の濃厚なキャラメルに似た味がする。そのミエルなら、スプーン一匙で苦みが消えた。以来、苦い薬の後には、そのミエルが出されている。


「透明と白濁のどちらの方ですか?」

「白濁だ。透明なミエルは、《ラガル》だ」


「まあ! ディアヌローズ、アビエスのミエルは希少なのよ。なかなか手に入らないの」

「エレオノール。余計なことは言うな」


 アルフレデリックがエレオノールを淡い金瞳でひと睨みし、エレオノールは肩を小さく竦めた。

 ディアヌローズは申し訳なさから眉尻を下げて、アルフレデリックを見る。


「アルフレデリック様、次からはラガルに戻してくださいませ」

「アビエスなら一匙で済む。ラガルより効率的だ。入手経路は確保してあるので問題ない」


「ふふ、そういう事にしておくわ」

 エレオノールはそう言ってアルフレデリックに笑んだあと、

「よかったわね」とディアヌローズを見て、やっぱり笑った。



 また暫く進むと、水音が聞こえてきた。見れば、左手斜め前方に噴水がある。


「姉さま、噴水があります」

「門と温室の半分まで来たわね」

「半分……」


 ディアヌローズは言葉を失った。まだ半分、と頭の中で連呼される。


「もう疲れたのか? 戻るなら今のうちだ」

 アルフレデリックが口の片端を上げて嗤った。


「疲れてなどおりません!」

 プイと、ディアヌローズはアルフレデリックから顔を背ける。

 エレオノールの手を引いて、ずかずかと歩き出した。


「そのような歩き方は疲れるもとだ」


 後ろから聞こえてくるアルフレデリックの声を無視して、ディアヌローズはずかずか歩いた。

 ところが噴水を越えようかというところで、ピタリと足が止まる。前に出なくなった。


 エレオノールがディアヌローズの顔を覗き込む。

「疲れたの?」


「だから言ったであろう」

 すぐ後ろを歩いていたアルフレデリックが呆れ声で言い、アントナンを呼ぶ。


「はて。このような場合、アルフレデリック様に頼むようにと、コンスタンティン様はお嬢さまに仰っていたと記憶しておりますが」

 とても楽しそうに目を細めて、アントナンは言った。



「どうするのだ? 帰るか?」


 アルフレデリックは不機嫌丸出しだ。

 帰りたくなんて無い。でも、アルフレデリックに頼みたくない。自業自得だけれど悔しくて、ディアヌローズは顔を俯けた。


「大人げないわよ、アルフレデリック。噴水でひと休みしましょう。

 さあ、ディアヌローズを連れて行って頂戴な」


 エレオノールに言われて、アルフレデリックは渋々ディアヌローズを抱き上げた。


「……ありがとう存じます。アルフレデリック様」

「父上の命だ」



 噴水の縁に下ろされた。

 入口から分かれた石畳の道は一旦この噴水を通るらしく、道は噴水を中心に放射線状に広がっている。


 噴水の周囲は、空気が幾分か冷やされているようで清々しさがある。水音も爽やかで、稀に噴水からの飛沫が首筋にあたって気持ちいい。


 フォセットが持参していた果実水を渡してくれた。子どもの身体に果糖は最強らしい。柑橘の果実水を飲んだら元気が回復した気がする。



「もう大丈夫です。お待たせいたしました」

「──次に()を上げたら帰る」

「そんな事にはさせないわ。行きましょう、ディアヌローズ」


 再びディアヌローズはエレオノールと手を繋いで歩いた。隣にはアルフレデリックもいる。




 無事に温室の入口に着いた。

 大樹の高さに合わせて設計されているのだろう。とても大きな卵型の温室が幾つも横に連なっている。すべて玻璃でできた温室だ。入口は大人が一人分ほどの、小さな片扉一つしか見当たらない。


 出てくる人がいたので、脇に避けた。


「まあ、バスティアン様」


 エレオノールの知り合いらしいその人は、穏やかな笑みを浮かべた。その瞳は銀色。紺色の波打つ髪は肩甲骨まであり、襟首で縛っている。


「ごきげんよう、エレオノール様。アルフレデリック様」

 バスティアンはそう言うと、ディアヌローズに視線を向けた。

「──そちらのお嬢さんは?」と尋ねた。


 すかさずエレオノールは言う。

「まだ洗礼前ですの。ご挨拶は洗礼を終えてからにさせてくださいませ」


 ディアヌローズはせめてもの礼儀と、腰を軽く落として礼を執る。バスティアンを見た。

 何となく、どこかで見かけた気がした。ごく限られた人としか会ったことがないのに思い出せない。バスティアンの方は初対面らしいから、自分がどこかで見かけただけらしい。花まつりの時だろうか。



「では、名乗り合えるのを楽しみにしていましょう」


 銀の目を細めるバスティアンに、エレオノールは話しかける。


「こちらにバスティアン様がいらっしゃるとは珍しいですわね」


 バスティアンは少し難しい顔をした。


「この一年ほどは気候の変動が大きかったので、被害の大きかった領地から、苗の問い合わせが頻繁にあるのですよ。

 人手不足で、私も駆り出されました。

 おふたりの領地は被害が無かったようですね」


「はい。おかげさまで」

 とエレオノールは言い、アルフレデリックは頷きで返した。


「ご領主の対応が素晴らしいのでしょうね。こちらとしても助かります」

 バスティアンは苦笑する。



「そうだわ、バスティアン様。珍しい花が咲いているそうですね」


 ええまあ、と困ったようにバスティアンは眉尻を下げた。

「──ちょうど見頃ではありますが……。

 この観賞用植物棟温室の一番奥になります。

 障壁を張ってありますが、立ち入り禁止ではありません。

 ですが、内側に入るのはお勧め致しかねます」


「そうですの?

 ──折角ですから行ってみますわ。

 お忙しいところをお引止めして失礼いたしました」



 バスティアンと別れ、ディアヌローズとエレオノールは顔を見合わせて小首を傾げる。


「アルフレデリック、何か知っていて?」


 問うエレオノールに、アルフレデリックはただ肩を竦めてみせた。

 ディアヌローズはアルフレデリックの様子がずっと気になっている。馬車の中で見た表情に引っかかりを覚えるのだ。


 エレオノールは小さく嘆息した。

「──まあ、いいわ。入りましょう。ディアヌローズ」


 小さな玻璃の扉をくぐる。


 そこには────

 ()があった。


 林立する針葉樹には雪が積もり、数少ない冬の花が色どりを添えている。


 目前に広がる冬景色に、ディアヌローズは貝紫の目を丸くして立ちつくした。


「前を塞ぐな」


 アルフレデリックの声で、ディアヌローズは我に返った。


「……姉さま。温室なのに、冬、ですね……」

「そうよ。でも、寒くないでしょう。

 障壁で囲った処だけが、冬になっているのよ」


 言われてみれば、確かに寒くなかった。落ち着いて周囲を見てみると、うっすらと青い膜が見える。それが障壁なのだろう。


 樹々は玻璃に沿って植えられている他に、温室の真ん中にも島のように植えられている。見学の通路はその間を通っているのだが、途中には小さな橋が架かっていたりと、障壁が無ければ外にいると勘違いしてしまいそうだ。



「障壁の中に手を入れてみるといい」


 アルフレデリックに言われるまま、ディアヌローズは障壁に手を入れる。

 舞い落ちる雪の一片(ひとひら)が、掌に触れて、融けた。


「本物の雪だわ……」

「当然だ」


 アルフレデリックはディアヌローズの感動を一言で片付けて、さっさと歩き始めた。遅れないよう、ディアヌローズもエレオノールと一緒に続く。


 先に進むにつれて障壁の中の雪は少なくなっていき、一番奥には雪解けの小川があった。水辺には、早春の野草が咲いている。



 突きあたりに、小さな玻璃の扉が一つあった。






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