第十九区画「鑑定眼でもその価値は計れないようです」
工事が完了してから、ニ週間が経った。
ここ最近のデッドエンドは、名前に似合わない土地になりつつあった。
まず、魔物の被害が消えた。正確には、報告件数ゼロが十四日続いている。
住処を追われ、山から降りてきていた魔物たちは、山の静けさに気付いたみたいだった。
あの狼の群れは、北へ帰った。時折、冷めはじめた山の稜線に、遠く並んで歩く影が見える。もう、こちらへ降りては来ない。
また、守護龍の在住は、俺が思っていたより遥かに強力な『掲示』だったらしい。魔物というのは縄張りの格を読む生き物で、大陸最強格が住み着き、山の麓をぐるっと回っている姿を見て、わざわざ喧嘩を売りに来る酔狂者はいなかった。
広告費ゼロで、大陸最強のセキュリティ看板。契約というのは、本当に偉大である。
これで、都市計画予定地に跋扈していた魔物たちは各々の居場所へと戻っていた。
山の湯気は日ごとに細り、砦近くの湧水の周りには、この土地で十五年ぶりだという緑が、遠慮がちに芽を出した。
セリアは芽の数を毎朝数えて記録している。本日、十七本。彼女いわく『復興の先行指標』だそうだ。
南の窪地では、本格的にゴブリンたちの村が形になり始めていた。
石を積み、泥を塗り、屋根を葺く。傍らの斜面では茸農園が三倍に拡張され、ゴブ茸は今や領の主食を堂々と支えている。緑が戻りつつある今、他の農作物にも、挑戦しているようで、今後を益々、期待できそうだ。
……もう、こいつら、北の山に帰らないんじゃないか? そう感じるほどの気の入りようだ。
まあ、もし帰らないって言うのなら、それはそれでいいだろう。次は、帰らないという覚書を巻くだけだ。
そして、経済も、小さく回り始めた。
ローゼンベルク領にいた時の知り合いの行商人テオが物資や生活用品を売りにくるようになった。
「手紙を貰った時は驚きましたよ。タクミ様」
糸目を更に細くして、笑いながら、テオは話す。正直、見た目は胡散臭いが、その実、頼れる奴だ。
「ちゃんと届いたようで何よりだ。よく来てくれた。暫くぶりだな」
「ええ。タクミ様には、何度も救われていますから。それに魔物もすっかり居なくなりましたし、快適な旅路でしたよ」
「……タクミ様、この方があの行商人の…?」
「ああ、悪い、セリア。紹介がまだだったな。こいつはテオ・クレイスラット・シータステッドだ。」
「ご挨拶が遅れ、申し訳ございません。テオと申します。タクミ様には、商人駆け出しの頃からお世話になっております。セリア様にも、何卒、ご贔屓にしていただければ」
「セリア・フォート・アークライトです。何度か、お見かけしたことがあります。よろしくお願いいたします」
「……おや、アークライト……。なるほど。アークライト家のセリア様でしたか。今、お父様が血眼であなたのことを探していると風の噂で聞いております。こんなところにいらしたのですね」
「……っ。そうなのですね。どうかここにいる事はご内密にしていただけますか」
「ええ。大切な顧客情報は漏らしませんよ。これも、タクミ様に教えていただいた事です」
「流石、心得ているな。まあ、そういうことだ。これからよろしく頼む。後、ついでに任せたいこともある」
「私にできることであれば、なんなりと」
俺はノルトールのあの商人に宛てて、書いた一通の手紙を手渡す。
『約束の買い付けに近く伺う。ついては当領の特産・ゴブ茸の取り扱いについて、貴店と協議したい』
見本の干し茸を添えて、テオに託す。
『予約』しておいた指定業者との、記念すべき最初の商談の申し込みだ。
「これをノルトールの商人に。もし、テオも王国内で取引したければ、茸の見本はまだまだある。持ってくか? 勿論、毒茸じゃないから安心しろ」
テオが茸を手に取り、匂いや形を確認する。
「……ふむふむ、これは……良質な茸ですね。貴族の皆様によく売れそうです」
……どうやら、味見をしなくても物の良さが分かるらしい。見ない間に審美眼が仕上がってきたな。
テオは茸眺めながら、しばし、思案してから口を開けた。
「貰うのではなく、買っていきます。一株につき、銅貨四枚でどうですか? 試しに三十株ほど買わせていただき、王国で取引して、反応が良ければ、継続して卸していただく。こちらでどうでしょう?」
「ああ、乗った。よろしく頼むぞ。うちの領の特産品を」
「はい。任せてください。でも、タクミ様ならこれから先、もっと素晴らしいものを生み出してしまう。そんな予感もしますが、まずは第一歩目はこの茸から、ですね。」
そう言って、テオは馬車に乗って、王国へと戻っていった。
「手紙の宛名を見た瞬間の、あのノルトールの商人の顔が見たいものだな」
「きっと、二度見じゃ、済まないでしょうね」
「……家のこと、大丈夫か」
「……もう決めたことですから」
セリアはどこか寂しげに答えた。セリアの家のことはなんとなく、知っている。
幼い頃に母が亡くなっていること。返せない借金があること。父親は老人に娘を売りに出すほど、相当、自分勝手な存在であるということ。
でも、わざわざ蒸し返すようなことじゃない。本人が、今この瞬間に納得しているのならそれで良い。
だが、万が一でも、今後、セリアの身に何かあればその時は———。
優秀な右腕のために俺の出来うる限りのことを最大限、遂行する。ただ、それだけだ。
セリアを何処の馬の骨とも分からないようなやつに渡す気などはない。彼女はこの領の頭脳だ。
アークライト男爵家の負債、金貨換算でおよそ三千枚? その身売り代金として、老貴族に彼女を売る?
そんな端金で彼女を売ろうなんて、父親も焼きが回ったものだ。彼女こそ、誰にも値をつけられない。唯一無二の存在なのだから。
——そう思った瞬間、万象の鑑定眼が勝手に発動した。
これまで【万象】という名がついていたにも関わらず、人のステータスを覗き見ることはできていなかった。
だが、その視界に映った彼女の姿を見て、悟る。
女神が言っていた「信頼できる仲間を作ってください。それがきっとあなたの助けになります」という言葉の意味を。
【名前:セリア・フォート・ライト】
【年齢:十五歳】
【身長: 百六十センチメートル】
【体重:プライバシー保護のため非公開】
【役職:辺境領デッドエンド・CFO】
【技能:高速演算/絶対記憶】
【状態:良好(軽度の睡眠不足・推定原因:深夜の帳簿)】
【査定額:——算定不能(∞)】
———将来予想:大都市となったデッドエンドを支える存在になる可能性大。
……ほらな。言った通りだろ。
「じろじろ人の顔を見て、不気味ですよ。タクミ様」
「ああ、すまない。セリアに見惚れていた」
「………………………お戯れを」
セリアは冷たい表情のまま、そう言って、何かを帳面に書き込んだ。
……本当のことを言ったのだが、やらかしてしまったようだ。世が世ならセクハラで訴えられるかもな。……今後は、控えよう。
まあ、いい。何にせよ。スタート時点に立ったのだ。この地を発展させる。その第一歩目を俺たちは確かに踏み出したのだ。




