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第一区画「転生したら不良債権だったようです」

 深い微睡みから覚めると、俺はローゼンベルク伯爵家の三男「タクミ」としてこの世界に生を受けていた。


 幸か不幸か、前世と同じ名前だ。これは女神のおかげか?


 ……まあ、それはいい。


 そんなことよりも、赤ん坊の頃からはっきりと、自我が芽生えて、前世の記憶もはっきりと覚えているというのも考えものだ。


 用を足すときは、オムツの中でしないといけないし、泣いて人を呼んで、自分の下の世話をさせないといけない。


 この情けなさと不快感はまだ慣れない。


 勿論、食事だって、母乳から栄養を摂らないといけないから母や乳母の乳房にしゃぶりついて、母乳を吸い出さないといけない。


 その度になんだか、変な気分になってしまうのも本当に悩ましかった。接待の二次会で行ったおっ◯ブを思い出してしまって……本当に情けない話だ。


 ただ、身体はやはり子供だ。母乳を飲めば、すぐに眠くなるし、1日のほとんどは寝て過ごしていたし、1日の体感時間はかなり短かった。


 寝ている時以外は、この世界の常識を取り入れるために、聞き耳を立てていた。


「シャクミール男爵家の長男、どうやら、"適性なし"らしいわよ」


「あら、これからどうするのかしら」


「二人目に期待するしかないんじゃない。世知辛い話よねぇ」


 話を聞いていると、身分制度が明確に敷かれた中世ヨーロッパ風のゴリゴリのファンタジー世界であることは、確かだった。


 父のグレゴールは何よりも身分や能力を重視して、人の上に立つことを重視しているような人だった。


 母のシルファはそんな父の意向には逆らえず、人知れず苦労を抱えながらも、同調して、ローゼンベルク家の品格を落とすまいと必死だった。


 俺よりも先に生まれた兄(長男のギラン、次男のルイス)たちも、そんな両親に育てられているからか、幼いながらも同じような思想を持っているみたいだ。


 ……正直、相容れないな。そう思ってしまった。


 生まれ持った身分によって、全てが決まってしまう。そんな世界は憂鬱で窮屈でどこか暗かった。


 そして、段々と言葉を喋れ、歩けるようになるにつれ、この伯爵家が絵に描いたような「面子と実力主義」を重んじる一族であることを再認識させられた。


 教育担当から受ける英才教育では、そういった事を徹底的に叩き込まれた。


「タクミ坊ちゃん、このローゼンベルク伯爵家は、グランディール王国から直々に土地の所有を認められている由緒正しい家なのですよ」


「伯爵家の中でも、その扱いは特別なものです。今、管理している土地や建物の所有権は全てローゼンベルク家にあり、王国へは民からの税収の一部を上納しているのです」


「所有している土地の特徴や管理の仕組みをもっと聞きたいです!」


「タクミ坊ちゃんは勉強熱心ですね! これは将来有望ですよ」


(てっきり、所有権自体は、全て王国にあるものだと思っていた。……だが、この状況であるならば、色々とやれる事が多そうだな)


 そして俺が五歳になった年。俺の命運を左右する『適性検査』の日がやってきた。


 領主の館の大広間。荘厳な魔力測定用の水晶に手をかざした俺を、父親であるローゼンベルク伯爵と二人の兄が見下ろしている。


「……信じられん。魔力量は平民以下。剣術の腕も上達する見込みはない。見事なまでの『適性なし』だ」


 水晶のくすんだ光を見た父は、心底忌々しそうに吐き捨てた。


 ローゼンベルク家は武門の家柄だ。長男のギランは類まれなる剣術の才能を、次男のルイスは圧倒的な攻撃魔法の才能をそれぞれ見出され、幼い頃から『次代の神童』として蝶よ花よと育てられてきた。


 そこにきて、何の才能も示さなかった三男の俺は、一族の完全な『不良債権』とみなされたわけだ。


「おい見たかよ、タクミのやつ。才能ゼロだってよ」


「伯爵家の面汚しめ。僕たちの視界に入らないでほしいね」


 兄たちがクスクスと嘲笑う。父はもう俺の顔すら見ようとせず、「下がれ」とだけ冷たく言い放った。


「タクミ坊ちゃん、適正なしだったそうよ」


「可哀想に。これから大変ね」


「一族の恥ね」


 周囲のメイドや執事たちすら、哀れみと侮蔑の混じった視線を向けてくる。


 母は、複雑そうな顔をしていたが、父の意見を尊重しなければ、居場所は無くなる。だから、皆と同じように俺を無視するようになった。


 そんな四面楚歌の状況。普通の子どもなら、ここで絶望して泣き喚くか、心を閉ざしていただろう。


 だが、中身が酸いも甘いも噛み分けた四十二歳の元・社畜である俺の感想は、まったく違った。


(……なるほど。要するに『出世コースからの完全な窓際族ドロップアウト』扱いってわけか。最高じゃないか)


 俺は内心でガッツポーズを決めていた。


 優秀な人間ほど、しがらみや派閥争いという名の『社内政治』に巻き込まれ、潰れていく。


 それは前世のゼネコンやデベロッパー時代に嫌というほど目の前で見てきた光景だ。


 適性なしのポンコツ扱い。つまり、誰からも期待されない代わりに、面倒なノルマも責任も一切押し付けられない『究極のホワイト待遇』が約束されたのだ。


「はい、失礼いたしましたー」


 俺は心の中で口笛を吹きながら、さっさと大広間を後にした。


 力で無双する気なんて最初からない。目立たず、波風を立てず、まずは図書室の隅で静かに本でも読みながら、第二の人生を謳歌してやる。


 いまに見ていろ。異世界。俺の手で完璧に開発してやる。

 『誰もが安心して暮らせる』そんな都市を。

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