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「開業、そして殉職」

初めまして、瑠璃色に輝く希望と申します。

自身の職業経験を活かした小説を書いてみようと思い、初投稿いたします。

何卒、温かい目で見守っていただけますと幸いです。

よろしくお願いいたします。

「フロア動線問題無し。設備稼働状況も確認済み。大丈夫そうだな」


 靴底から伝わる真新しいコンクリートの感触は冷たい。


 時計の針は午前二時を回っている。総工費数百億、足掛け五年にも及んだ超大型プロジェクト。


 ——複合商業施設『アエルナモール』


 そのグランドオープンを明日に控え、俺、石倉拓海いしくらたくみは、誰もいない吹き抜けのエントランスで一人、最終の導線確認を行っていた。


「よし、フロア案内の視認性も問題ない。あとは明日の朝礼で……っ」


 その時だった。


 胸の奥を、熱した太い鉄串で貫かれたような激痛が走った。


「がっ……、は……」


 視界が激しく明滅し、膝から崩れ落ちる。うまく呼吸ができない。心臓が異常な音を立てて暴れ回っている。


 頭の中には走馬灯のように過去の記憶がなだれ込む。


 ゼネコンでの泥臭い現場監督を七年。


 不動産管理での昼夜を問わないクレーム対応や建物運用を三年。


 そして大手デベロッパーに転職し、規格外の予算や責任からくるプレッシャーに胃を焼かれながら、用地取得や企画、運営管理を始めとした都市開発業務に奔走した十年。


 四十ニ歳。社会人として働き始めてから二十年間。


 文字通り自分の命を削って働き続けたツケが、この最高のハコが完成したこの瞬間に回ってきたらしい。


(……ああ、俺、死ぬのか……ここで)


 薄れゆく意識の中、ピカピカに磨かれたモールの天井を見上げる。


(……思い返せば、いつも、いつもそうだったな。誰もが笑顔になる最高の場所を創りあげてきたのに、自分がそこで休む時間は、一秒もなかった……)


 自分という資源を最大限まで削って、利益を最大化する。そんな方法でしか、生きてこなかった。


 もし、次に生まれ変わることができるなら。


 次こそ、自分のペースで。誰もが無理なく、豊かに安心して暮らせる「ホワイトな街」を創りたい——。


 それが、俺、石倉拓海の最期の切実な願いだった。


  ◆◆◆◆


「——目を覚ましましたか、哀れな魂よ」


 鈴を転がしたような澄んだ声に呼ばれ、目を開ける。


 そこは、上下左右の感覚すら曖昧になる、果てのない真っ白な空間だった。


 目の前には、神々しい後光が差す金髪碧眼の絶世の美女がふわりと宙に浮いている。


「私は女神です。志半ばで過労によって命を落としたあなたを哀れみ、第二の人生として、剣と魔法の異世界へ転生させてあげることにしました」


「……異世界、ですか」


「はい。不遇な死を遂げたあなたには特別に、魔物を一掃する『強大な魔力』、軍勢を単機で蹂躙できる『無双の剣術』など、あなたが望むチート能力を授けましょう。さあ、選ぶのです。そして世界を救う英雄に——」


「それはお断りします」


 俺の即答に、女神は「えっ」と素っ頓狂な声を上げた。


「血生臭い暴力も、世界を救うプレッシャーも私には向いていませんから。前世で散々、ステークホルダーたちからの理不尽な重圧と戦ってきたんです。二度目の人生くらい心穏やかに生きたいと思っています」


「し、しかし、それでは、獰猛な魔物や悪党に対抗できませんよ!?」


「力でねじ伏せようとするから角が立つんです。本質はそこじゃないと思います。必要なのは、相手の『真のニーズ』を正確に見抜き、自分に有利な『環境』を構築する力です」


 俺は唖然とする女神に向かって、前世の職業病全開でプレゼンを始めた。


「私が欲しい能力は二つ。一つは、土地や建物などの隠されたポテンシャル、市場価値、最適な活用用途などを視覚的に見抜く力」


「……は、はぁ」


「もう一つは、自分が指定した区画の『用途』や『環境法則』を自由に書き換え、用途にあった効果を設定し最大化する力、この二つをお願いします」


 女神は絶句した。


 恐らく、血沸き肉躍る英雄譚をこの真っ白な何もない空間で唯一の娯楽として、眺めようとでもしていたのだろう。


 そんな娯楽を求めていた彼女にとって、あまりにも夢のない、事務的で地味な要求は、彼女の本望ではない。その引き攣った顔が如実にそれを表していた。


 しかし、少しの沈黙の後、女神は引き攣った笑みを浮かべながらも、口を開けた。


「……良いでしょう。あなたの望み通り、二つの権能を授けます。万物の隠された価値を丸裸にする【万象の鑑定眼アブソリュート・アプレイザル】、そして、あらゆる空間の法則を支配する【神域の用途指定セイクリッド・ゾーニング】」


(……仰々しい名前のスキルだな。もっとシンプルにできないのか?)


 スキル名にあまり納得いかない俺に女神が手をかざすと、温かい光の粒が俺の身体の奥底へと溶け込んでいく。


「ですが忠告しておきます。この力は確かにある意味強力です。でも、それだけでは、この剣と魔法の世界では生き残れません。だから、信頼できる仲間を作ってください。それがきっとあなたの助けになります」


「ご忠告いただきありがとうございます。でも、ご心配なく。私は争いなんてしませんし、この世界でのんびりと暮らしますから。健全な都市計画にしかこの力を使いませんよ」


「そうですか。私としては、英雄譚のような日々を過ごしていただくことを望んでいたのですが、まあ、前世の貴方は頑張っていましたから、そんな転生もありかもしれませんね」


 女神は先ほどまでの引き攣った笑顔から自然な笑みへと表情を戻し、労いの言葉をかけてくれた。


 俺もそれに応えるように笑みを浮かべて頷く。


「ありがとうございます。他にも転生する世界のこと色々と聞きたかったのですが、どうやらお時間のようですね」


「ええ。お時間がきてしまったようです。詳細を伝えられないのが残念ですが、あなたなら大丈夫だと思います。良き第二の人生を」


「はい。折角の機会、思う存分に楽しませてもらいます」


 その直後、足元が眩い光に包まれ、俺の意識は再び深い微睡みの中へと落ちていった。


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