第3話 足音と瞳
各々が出来上がったご飯を食べている。
騒ぐ者。
能力について語る者。
不安そうに俯いている者。
様子は様々であった。
そんな中、悠は1人。
窓際の席で、夕日を眺めていた。
ーーーーあの神官の顔。
あの意味深にステータス画面を見つめていた1分間。
その時間と目付きが頭から離れずにいた。
消灯時間はとうに回っている。
中庭で1人、悠は噴水の縁で座っていた。
異世界、神官、能力、属性、今後の方針。
全てが重なり合った悠は思考が縺れ、果てしない迷宮にいる様な感覚に陥っていた。
「どうしたもんかね………。」
ポツリと、そう呟いた。
中庭の四隅に設置された魔導灯が、暗闇を少しだけやわらげている。
ふと目を建物へと移した。
神官に飛ばされたこの家。
クラス全体、計25名がこの建物で暮らしていくには十分過ぎるほど広い家であった。
寧ろ家より、屋敷と言われた方が納得がいく。
コツン……………。
「……?」
(今……何か足音が……。)
周囲を見渡すが誰もいない。
辺りには水の音だけが響いていた。
コツン…………。
(また……ッ!)
悠は思わず立ち上がり、周囲を警戒する。
何度見渡しても人1人いない。
夜。
だからなのか、恐怖心がより一層掻き立てられる。
不気味なほど静か。
先程聞こえていた噴水の音すらも、悠の耳には届かない。だからなのか、心臓の高鳴りが大きく聞こえる。
「………ねぇ」
「…ッ!!!」
耳元で声がした。
反射的に3歩移動し、バッと振り返る。
「………天音…さん?」
声を掛けた体勢から動いていないままの雫が、悠を不思議そうに見つめた。
「………なんで逃げるの?」
「いや……びっくりして。」
悠は少しだけ息を切らしながら、元の場所へ戻る。
先程の足音も、雫のものだろうと理解した。
「……なんでここに?」
「………眠れなくて」
やはり淡白な返答だった。
雫は綺麗な灰白色の髪を弄りながら答える。
……それ以上2人の間に会話はない。
天音 雫。
クラスで誰かと話している所はあまり見ない、ほぼ1人でいる様な人だ。
だが悠や拓也とは違い、目立ってはいる人だった。
腰まである灰白色の長い髪。周りで起こる全ての事へ興味が無い様に見える、少し気だるげな目付き。
月光を溶かしたような琥珀色の瞳。
凛とした表情だが、少しだけ幼さが感じられる。
密かにファンクラブがあるとの噂が、僕にさえ届いていた。
「……名前なんて言うの?」
「……え」
雫が発した言葉に、少しだけ動揺する悠。
高校3年で同じクラスになってから7ヶ月位は立っていたはずなのだが……。
「雨宮 悠だよ」
「………悠……悠」
何度か名前を呪文のように唱た。
「覚えた」と少しだけ微笑みこちらを覗き込む顔に、
思わず心臓が跳ね上がる。
「……そう」
悠は再び平静を装い治す。
少しだけひんやりとした風が、2人の間を駆け抜ける。その風が雫の髪を揺らし、整えるように耳に掛けた。
「………悠」
「………なに?」
振り向いた悠は思わず息を呑む。
月光を受けた髪が、白銀に見える。
その冷たい色の中で、琥珀色の瞳が悠を見ていた。
「……きれい」
「………え」
悠を見る瞳は真っ直ぐで、優しい目をしていた。
この世界に来てからまだ半日。
何かを探るような神官の鋭い視線。
能力がない話をした時に向けられた、嘲笑や冷ややかな視線。
これまで向けられた視線とは、全く違う。
周回していた思考は、
その暖かく、優しい視線1つで嘘のように晴れていった。
「………ありがとう」
今にも溢れそうな涙と嗚咽を、噛み殺しながら悠は言った。
「………きれいな影」
「……え?」
「………ん」
指を影に刺していた。
悠は自身の影を見るが、特に変わらない。
皆と同じただの影。
「………悠の影。なんか他の人と違うね」
「………そうなの?」
雫の能力は《影縫い》影属性を持っている。
だとしたら影に何かの変化があるのが分かるのも、納得はつく。
先程の「きれい」と言われた言葉が悠では無いことに、少しだけ落胆する。
だが、あの瞳は確かに悠の頭の中を晴らした。
今の悠には、それだけで十分だった。
「………うん」
その後。2人の会話はなかった。
「………帰る」
数分が過ぎた頃、雫はスっとその場から立ち上がった。
「そっか。」
「………ん」
返事は相変わらず淡白だ。
だけれどどこか、柔らかな印象が悠の目には映っていた。
「………そうだ、天音さん。」
「………なに」
「ここに来る前さ、この辺歩いてたりした?」
「………?」
首を少し傾げながら悠を見る。
どうやら心当たりは無いらしい。
「………影を伝って悠の後ろに立ったから」
「……そうか能力…」
だとすれば、疑問は残る。
足音は雫のものでは無い。
「まあ、いいや。」
「………?」
悠はそれ以上考えることはしなかった。
「おやすみ、天音さん」
「………ん」
雫は足元の影へ入り、自室へと戻って行った。




