第88話:はじめての恋バナ
ご愛読いただきありがとうございます!
久しぶりの冒険者活動から数日。
私たちが参加したハーピー討伐の話は、いつの間にか学院中へ広がっていた。
「ほら、あの方よ」
「え? ハーピーの群れをアーサー殿下とご一緒に討伐なさったっていう……」
「意外と普通のご令嬢なんですのね」
ここのところ、学院のあちこちでこんな会話が聞こえてくる。
好奇の視線まで向けられるようになり、さすがに少し落ち着かない。
何だ、コレ。
とりあえずハーピー討伐が原因なら、同じ立場のレオにも状況を聞いてみよう。
「ねえ、レオの周囲もこんな感じなの?」
「ん?あ〜俺はアーサーと一緒にいることが多いからな。最初はよく二人で囲まれてたんだけど、今は王族に無礼があってはいけないってんで、遠巻きにされてる感じだな」
レオ曰く、実害はないので放っているらしい。ただ、前にも増してご令嬢方からのお誘いが増え、断りの手紙を書くのに苦労しているそうだ。何ソレ、自慢?
「それより、お嬢の方は大丈夫か?」
レオが心配そうに瞳を揺らす。
「大丈夫。今のところ噂話程度だから……あ〜でも一人だけ困った人がいたな」
「どんなやつ?」
「魔導士コースの教授って言ってたよ。転科しないかって、熱心に勧められた」
昨日、突然魔導士コースの教授に呼び止められ、転科しないかと熱心に勧められたことを話した。
「あ!あと、ごく稀に『アーサーを紹介しろ』とか言ってくる子達もいるかな。この前なんて、一人になったところを待ち伏せされて、暫く付き纏われたんだよね」
「それは厄介だな。変な注目を浴びてる今だけのことだとは思うけど……。そうだな、暫くは休日も護衛した方が良さそうだな」
「え?忙しいのに悪いよ!それに、今週末はエマたちと街に行く約束してるし」
「だったら余計だ。女子だけで出歩くより安心だろ」
あれよあれよと言うまに、週末の同行をゴリ押しされた。エマ達に何て言おう。て言うか、レオが一緒の方が目立つ気がするんだけどな……。
そんな心配をよそに、翌日、エマ達に話の流れと共にレオの同行許可を取ると、意外なほどあっさりとOKが出た。荷物持ち兼護衛なんて大歓迎——しかもイケメンなら文句なし、と三人とも大乗り気だった。
……何だ、コレ。
◇◇◇
そして約束の週末。
私はタウンハウスまで迎えに来てくれたレオと共に、馬車で『フロストリア』へと向かった。店の前には、先に到着していた三人が、街歩き用の控えめな姿で待っていた。
エマは落ち着いた紺のワンピースに絹の日傘、シャルは淡い緑のドレスに草花の刺繍が入ったカーディガンを羽織っている。マリアは丁寧に仕立てられたシンプルなブラウスとスカート姿だった。みんなとてもよく似合っている。
「じゃあ、俺は少し離れてついていくから」
そう言って、レオはエマたちに視線だけで挨拶をすると、私たちから距離をとった。私はそんなレオにお礼を述べ、エマ達と合流して店に入る。最初は『フロストリア』王都店の視察を兼ねた紹介からだ。
店内に足を踏み入れると、高級ライン、普段使い用と分けられ、それぞれの棚に美しく並べられたボトルや石鹸が目に入った。
「ハルカ様、お待ちしておりました。お嬢様方も、ようこそお越しくださいました」
出迎えてくれた店長が、私の姿を認めて笑顔で寄ってきたので挨拶を交わす。他の店員にエマ達の案内を頼むと、その間に私は店長から売れ筋や新商品の反応を聞き、来季の商品について少し意見を交わした。
「問題なさそうね」
一通り話し合いを終え、エマたちの方へ向かった。すると、ちょうど新商品を手に、店員から説明を聞いているところだった。
「こちらのパックは、高い保湿効果に加え、肌のくすみやごわつきを改善し、美白にも効果があるんですよ」
その説明を聞いた瞬間、エマの瞳がきらりと輝く。
「買いますわ!」
「お買い上げありがとうございます。こちらの商品は密封されておりますので、開封後はすぐにご利用ください——」
そんな注意事項を聞きつつ、会計をすませる。
シャルとマリアも思い思いの品を選び、購入してくれた。私は感謝の気持ちを込めてサンプル品をいくつか手渡す。気がつくと、皆の手が商品の入った箱でいっぱいだった。
「素敵なお店ね。接客も丁寧だし」
エマ達も気に入ってくれたようだ。
話しながら店を出ると、少し離れた木陰にレオが立っているのが見えた。目が合うと、側に寄ってきてスッと荷物に手を伸ばす。
「お嬢様方、よろしければお持ちしますよ」
……あれ?
レオって、こんなに紳士だったっけ?
私が戸惑っている間にも、エマはためらいなく荷物をレオに預ける。シャルとマリアも遠慮がちにそれに倣う。レオは三人の荷物を受け取ると、再び少し離れた場所へ下がった。
次はマリアオススメの雑貨店に移動する。
雑貨店を出た後は、目に入ったお店にその都度入る。友人たちとおしゃべりしながらするウインドウショッピングは、時間を忘れるほど楽しかった。
「ふう、そろそろ疲れてきましたし、お茶にしませんこと」
エマの一声で、近くにあったカフェに入ることが決まった。
「少し小腹も減ってきたから、私はクレープにしようかな」
「私は、こちらのケーキセットにしますわ」
それぞれ思い思いに注文を済ます。ふと顔を上げると、離れた席でレオがサンドイッチを注文しているのが見えた。良かった、レオもちゃんと休憩してくれてる。
「それで、ハルカ」
運ばれてきたケーキを一口食べたところで、エマが声を低くした。
そのままちらりとレオの座る席へと視線を向ける。
「あなた、本当にレオナルド様とはお付き合いしていないの?」
「え?」
唐突な質問に、私は思わず聞き返した。
「だって、休日の買い物にまで付き添って下さってるでしょ?特別な関係でもない限り、そこまでしてくださる殿方なんて稀よ」
「いや、だからレオはそんなんじゃないよ。護衛だよ。最近変な注目のされ方しちゃってるから、心配して付いてきてくれただけだよ」
そう答えると、今度はシャルが身を乗り出した。
「では、アーサー殿下とはいかがなんでしょう?デビュタントでのファーストダンスとか、学院で遭遇した時の反応とか、すごく仲良しに見えるのですが」
「それは……幼馴染だし、私にとっては家族みたいなものなんだよ」
「家族、ねえ……」
エマが納得いかないような顔で私を見る。
けれど私はそんな視線にも気づかず、目の前の紅茶を一口飲んだ。
すると、シャルが頬を染めながら、もじもじと口を開いた。
「あの、私、実は婚約者がいまして」
「え、そうなの?」
「父が懇意にしている子爵家の嫡男で、幼い頃から決まっていて……次の夏休みに、顔合わせをすることになっているんです」
「わあ、そうだったんだ!」
「初めてのことなので、今から緊張してしまって……」
シャルが恥ずかしそうに、でも嬉しそうにそう呟いた。
今度はその様子を見ていたマリアが控えめに口を開く。
「私は平民なので婚約とかはまだ先の話ですけど……でも、商家の娘なので、いずれは家のために誰かと一緒になるんだろうな、とは思っています」
「私は」とエマが続けた。「父からは、先に商会を継ぐ準備をしろって言われてますの。でも、お見合い自体は何人かとしましたわよ。卒業までにはお相手を絞りたいと思っていますわ」
三人の話を聞きながら、私は少し不思議な気持ちになった。
婚約。
結婚。
顔合わせ。
同級生の口からそういう言葉が語られることに、衝撃を受けた。
そっか、私もそういう年頃になったんだ、としみじみと実感する。
「ハルカは?」
エマが、私の方に視線を戻した。
「辺境伯を継ぎたいから、婿を貰おうと思ってるんだけど、まだ具体的には決まってなくて……」
私以外の三人が顔を見合わせる。
「お見合いの打診とか、釣書とか、お父様から何かお話はありませんの?」
「うん。特には……」
微妙な空気が流れた。
何か私がすごくモテない子みたいに思われてる気がする……。
私は、何となく気まずくなって、目の前のお皿に残っていたクレープを次々と口に運んだ。
「まあ、まだ学院も始まったばかりですし!ハルカなら、きっとこれからお話もたくさん来ますよ」
シャルが明るい声で気遣ってくれる。
そうか、普通はこの年頃なら正式な話の一つや二つ、話が出ているものなんだ。
「一度お父様にお尋ねになっては?おそらく、ハルカの耳に入ってないだけで、色々お話が届いてると思うわよ」
エマが珍しく真面目な顔をした。
「家柄、魔力、経営手腕——ハルカの価値は見る人が見れば分かることだわ。男なら私が婿に欲しいくらいだもの」
……いやいや、それはさすがに言い過ぎでしょ。
「ありがと、エマ」
エマの優しいフォローが身に染みる。
「私だって、ハルカが男なら結婚したいです!」
マリアとシャルが揃って頷く。
「じゃあ、私が正妻で、二人は側室ね」
エマが楽しそうにそう言い放つ。
その言葉で、場の空気がいっそう和んだ。
その後は、理想の夫や結婚生活の話から、学生らしく課題や試験対策のことまで、話題は次々と広がり、話が尽きることはなかった。
私たちは、いつもよりたくさんおしゃべりをし、たくさん笑った。
窓の外では、茜色に染まった大通りをたくさんの人々が行き交っている。
そろそろ帰る時間だ。
「絶対、また来ようね!」
私がそう言うと、三人とも嬉しそうに頷いてくれた。
学院へ入学して三ヶ月。
こうして友達と街を歩き、おしゃべりをして笑い合う。
そんな何気ない休日が、とても楽しくて尊いものだと、知ることができた一日だった。
問題:この女子トーク、レオは聞いていたと思いますか?
① 聞こえないように気を遣っていた(紳士)
② しっかり聞いていて内心楽しんでいた(笑)
③ 断片的には聞こえていたけれど、特に気にしていなかった
さて、どれでしょう?
正解は……皆さまのご想像にお任せします╰(*´︶`*)╯−☆
*お知らせ*
ストックが尽きてきたので、今週から投稿ペースを月水の週二回に戻します。
またストックが溜まりましたら週三ペースに戻しますので、しばらくの間はご寛恕くださいm(_ _)m




