第85話:嫉妬と友情(2)
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学院に入学して、二週間ほどが経った。
文官科の一年生は、地理・歴史・経済・法律・外国語など、基礎知識を学ぶ授業が中心だ。
正直なところ、その内容の多くは領地ですでに学んでいた。それでも、地政学的な視点や過去の事例を交えた講義は興味深く、知識と現実が結びついていく感覚が面白かった。
——だからあの争いが起こって、その結果、あの法律や政策が生まれたんだ。
そんな発見が毎日のようにあり、授業は思っていた以上に楽しかった。
選択科目は、シャルやマリアと同じ薬草学を選んだ。
魔の森に自生する薬草は、オンタリオを代表する特産品の一つだ。将来は、その価値をもっと高められないか——そんな思いから履修した授業だった。
けれど、薬草を前に目を輝かせるシャルや、誰よりも真剣に授業へ取り組むマリアに刺激を受け、私も自然と予習や復習に力が入るようになった。
今では、薬草学は一週間の中で一番楽しみな授業になっている。
◇◇◇
昼休みになり、別の講義を受けていたエマと合流すると、いつものように四人で食堂へと向かった。
食堂のテーブルにトレイを置き、四人分の席を確保してから、何となく窓の外へ視線を向けた。
すると、賑やかな集団が食堂に向かって移動しているのが見えた。
その中に見知った顔が三つ。
……レオと、アーサー、それにフェリックスかな?
真っ先に目に入ったのはレオだった。頭一つ抜けた長身は遠目にもよく目立つ。
その隣にはアーサー。王族らしい凛とした立ち姿は人混みの中でも自然と目を引いた。フェリックスも、二人ほどではないが十分に目立っている。
そして、その周りに人だかり。
よく見ると、大半が女生徒だった。
……へえ。
なんだろう、この感じ。
最近、こういう光景を見る機会が増えた気がする。
レオがモテることは、冒険者として一緒に活動を始めた頃から知っていたけど、アーサーまでこんなに囲まれるようになったんだ。
まあ、王族なんだから当たり前なんだけど。
でも——なんかモヤモヤする。
「ハルカ、ぼーっとしてどうしたの」
向かいに座ったエマの突っ込みが鋭い。
「何でもないよ。ちょっと考え事してただけ」
「ふーん」
エマがじっとりと訝しそうに私を見つめる。
「わあ、あれ騎士科の方たちですかね?すごいたくさんご令嬢方に囲まれてますね」
マリアが視線を外に向け、感嘆の声を上げた。
その視線の先を見つめ、エマがにやりと口元を緩めた。
「なるほど、ね」
「ちが——」
私が反論しかけた時、窓の外のアーサーがこちらに気づいた。
ぱっと顔を輝かせて、大きく手を振ってくる。隣のレオも視線を向けて、片手を上げた。
私も笑顔で手を振り返す。
「……え?」
周囲のご令嬢たちの視線が一斉にこちらへ集まった。
口々に何か囁き合っている。
なんか、睨まれてる?
——こわ。
「……あの方が、アーサー殿下ですか」
マリアが静かに呟く。
「王族なのに、ずいぶん気さくな方みたいですね」
「そうだね。昔からああいう感じだったよ」
「『昔から』って……ハルカは、そんなに前から殿下とお知り合いだったんですか?」
「んー、そうだね。結構付き合いは長いかな」
マリアが驚いたように、口に運びかけたスプーンを止めた。
エマも興味津々といった様子で口を挟む。
「隣にいらしたのはクラウゼン子爵家のレオナルド様でしょ。ハルカは登下校もご一緒されてるわよね」
「うん。レオは護衛も兼ねてくれてるから」
その言葉に、今度はマリアが反応した。
「え?愛称呼びですか!ご婚約されてるわけじゃないんですよね?」
「え?婚約なんてしてないよ。幼馴染なだけ。あと、二人とは冒険者パーティを組んでるし」
「あ、そういう……」
「ハルカって、わりとすごい立ち位置にいるわね」
エマは呆れたように長いため息をついた。
「王族の幼馴染で、A級冒険者が護衛で、デビュタントでは殿下とファーストダンス——」
「え?」
「おまけにダンスの前は、ローゼンベルク家のセシル様とも、宰相補佐のクラウゼン子爵様とも親しくされていた、と」
「……そう並べられると、なんか私がものすごく悪い女みたい」
ふふ、私なんだか『悪役令嬢』っぽい。違うか、ハーレムエンドのヒロインだっけ?
————なんて、実際のところ、みんな家族みたいなものなんだけどね。あ、セシルは友達か。
「あ、あの、貴族の方々は婚約者でもない殿方と親しくするとトラブルの元になると聞いたことがあるのですが、ハルカは大丈夫なのですか?」
「えー、みんな幼馴染とか冒険者仲間なんだけど、親しくしたらダメなの?」
……今までそんな注意を受けたことないし、そもそも周りには男の子しかいなかったし。
「まあ、私の知る限り、ハルカを含め名前の上がった殿方たちは、皆さん婚約者がいらっしゃらないようなので、ギリギリセーフじゃないかしら?」
「アウトですわ!」
突然、背後からそう声が掛けられた。
驚いて振り返ると、紺のジャケットにクリーム色のリボンを纏ったご令嬢方が数人、こちらに向かって立ち並んでいる。家政科の生徒たちのようだ。
その中心に立つのは、見覚えのある顔。デビュタントの夜、何度もこちらをチラチラと見ていた視線の主だ。
「あなた、オンタリオ辺境伯家のハルカ様でいらっしゃいますわね」
フェリシア・フォン・アイゼンベルクと名乗ったその美少女は、絵画のように整った顔に、美しい微笑みを貼り付け、まるで品定めをするようにじっくりと私を上から下まで観察した。
「婚約者でもないのに、複数の殿方に対し、あのように馴れ馴れしくなさるのは、淑女として完全にアウトですわ」
優雅に微笑みながらそう述べると、フェリシア嬢は手にした扇子をビシッと私に向けた。
その隣で、今度はカトリーナ・スペリオルと名乗る少し小柄な少女が口を開く。
「デビュタントでもそうですわ! ローゼンベルク伯爵令息にあんなに親しげになさって! 本当にご迷惑ですわ!」
その言葉を皮切りに、取り囲んでいた女生徒たちが次々に苦言を呈し始めた。
「しかも、クラウゼン子爵家のレオナルド様には、毎日寮まで送り迎えをさせているなんて」
「複数の殿方とあのようにご親密にされるのは、淑女として慎みに欠けるのでは——」
わお。女子に集中砲火を浴びてるよ。
——人生初の女子会ならぬ女子糾弾会。
あまりに予想外で、私はぽかんとしてしまった。
一通り相手の主張を聞き終え、さてどう答えようかと考えていると、
「ちょっとよろしいかしら」
遮ったのはエマだった。トレイを脇に寄せ、腕を組んで令嬢たちを見上げる。
「先ほど、アーサー殿下もレオナルド様も、ご自身からハルカへ挨拶されていらっしゃいましたわよね」
令嬢たちの視線がエマに集まる。
「あの状況をみて、なぜ『ハルカが馴れ馴れしくしている』となるのでしょう?その根拠を教えてくださいませんか」
「……根拠ですって?」
「それに、レオナルド様の送迎は『護衛』だそうですわ——私たちの会話を聞いてらしたなら、その説明も聞こえていらしたでしょう?」
エマはにこりともしない。フェリシアの目が細くなった。
「失礼なもの言いですわね。あなたは……」
「グライフェンベルク侯爵家のエマと申します。ハルカのクラスメイトですわ。以後お見知りおきを」
短い沈黙が落ちた。
私はエマを横目に見ながら、静かにスプーンを置いた。
「皆さま方」
ご令嬢方の視線がこちらに集まる。
「アーサー殿下とレオナルド様は、幼馴染でありパーティの仲間です。彼らが私と親しくしてくれるのはそういう関係があるからで、私が無理やり何かをお願いしているわけではありません。そこは誤解なさらないでください」
まっすぐに令嬢たちを見つめた。
「他の方々も、領地や事業を通じてお付き合いのある方々です。社交の場でそうした方々と会話を交わすことまで『淑女として慎みに欠ける』とおっしゃるのでしたら、社交そのものが成り立たなくなってしまうと思うのですが、いかがでしょう?」
フェリシアの頬が、かすかに赤くなった。
「……別に、そうは申しておりませんわ」
「では、誤解は解けたということかしら?それなら、ご不快に感じている方は、もういらっしゃらないはずですわよね」
エマがニコリと微笑む。
「もう結構ですわ」
そういうと、家政科のご令嬢方は、それ以上言葉を続けることなく、踵を返した。
彼女たちの後ろ姿が扉の外に消えると、「ふう」と大きなため息が溢れた。
「みんな、巻き込んじゃってごめんね」
私はぺこりと頭を下げた。
「お疲れ様、ハルカ。頑張ったわね」
「エマも。助けてくれてありがとう」
私はニコリと微笑んで感謝を伝えた。
「……お二人とも、かっこよかったです」
マリアも、ほっとしたように息を吐く。
終始オロオロと事態を見守っていたシャルも、肩の力を抜いた。
「ありがとう。でも、多分これで終わりじゃないよね」
「たぶんね」とエマがあっさり認める。
「でも、最初にガツンと反論しておけば、同じような言いがかりはつけにくくなるはずよ」
エマは、遠巻きにこちらを見ている学生たちへ静かに視線を巡らせた。
私は小さく頷く。
きっと、そういうものなんだろう。
私は顔を上げて、目の前の友人たちに笑顔を向けた。
「さ、昼休みが終わっちゃう前にデザートを食べよう!今日のタルト、楽しみにしてたんだ」
ベリーのタルトを一口頬張る。
釣られるように、みんなもそれぞれデザートを口に運んだ。
タルトの甘さが身に染みる。
続けて口にした紅茶は、すっかり冷え切っていて、思っていた以上に渋かった。
女社会の洗礼 _:(´ཀ`」 ∠):




