第84話:嫉妬と友情(1)
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「授業が終わったら迎えに来るから、ちゃんと教室で待ってろよ」
「わかった。アーサーたちによろしくね。レオも初授業、しっかりね!」
そう会話を交わし、文官棟の前でレオと別れる。騎士棟へ向かって駆けていくレオの背中を見送った後、私は案内表示に従って歩き出した。
一年生の教室は一階にあり、迷うことなく見つけられた。
歴史を感じさせる重そうな扉を両手でそっと開ける。
その瞬間、先に来ていた生徒たちの視線が一斉にこちらへ向いた。
……え?
一瞬たじろぎそうになったものの、私は慌てて笑顔を作った。
「おはようございます!」
初対面の基本は挨拶から。お母様の教えを胸に、元気いっぱい声をかけた。
「あ、お、おはようございます」
返ってきた挨拶はまばらだった。
それでも私はにっこり微笑み返し、空いている席へ腰を下ろす。
「……ふう」
荷物を置いて一息つくと、ゆっくりと教室内を見渡した。
大きな窓から朝の光が差し込み、整然と並べられた机と椅子を優しく照らしている。
既に何人かの生徒が席に着いており、友人同士で楽しそうに話をしている子もいれば、教科書を広げて真剣な表情で読み込んでいる子もいた。
いよいよ学院生活が始まるんだ。
なんだか胸がワクワクして、自然と口元が緩んだ。
すると。
「……あの方よね」
「デビュタントでアーサー殿下とファーストダンスを踊った……」
「他にも、ローゼンベルク様とか、複数の殿方とも踊ってらしたわよ」
ひそひそ。
ひそひそ。
……ん?
なんか、見られてる?
悪意というよりは、好奇心?
ただ、妙に視線を感じる。
そういえば、登校中もこんな感じだったなあ。
レオと一緒にいたから、目立っちゃったのかな。
そんなことを考えながら、鞄から教科書を取り出していると、
「あなた、面白い人ね」
すぐ隣から声が聞こえた。
顔を上げると、少しクセのあるハニーブロンドの髪に意志の強そうなヘイゼルの瞳が印象的な美少女が、呆れたような、それでいて面白そうな顔でこちらを見ていた。
「え?」
「さっきからずっと好奇の視線に晒されているのに、全然気にしてないでしょう?」
「そう?」
「普通は居心地悪くなるものよ。少なくとも、わたしなら気になって仕方ないわ」
少女は小さくため息をついた。
「でも、あなたは平然としてるもの。気にならないの?」
「そうだね、悪意や害意っていうわけでもなさそうだし、気にならないかな」
「そう。肝が座っているのね」
彼女は少しだけ笑った。
「私、エマ・グライフェンベルク。侯爵家の嫡女よ」
「え、あなたも嫡女なの?私もなの!オンタリオ辺境伯家のハルカです」
「知ってるわ」
即答された。
「『フロストリア』の経営者で、オンタリオ開拓事業の中心人物。そして、デビュタントで名だたる独身有望株の令息たちを侍らせていた話題のご令嬢」
「侍らせてないよ!?」
エマは額に手を当て、少しだけ首を傾げた。
「本人に自覚がないのが、一番すごいところよね……」
何故か呆れられてしまった。
でも、話しやすそうな人だ。
「グライフェンベルクって、大きな商会も経営してるお家よね?」
「ええ。王都を拠点に、主に食用油を中心とした食品を扱っているの」
「すごい!ねえ、紅花油も扱ってる?」
思わず身を乗り出す。
「え?ええ。領地で栽培も行なってるわよ」
「やった!ねえ、その紅花から化粧品を作る事業に興味はない?」
「え?」
「私も基礎化粧品とかお酒とか、いろいろ開発してるんだけど、メイク用品にも興味があって」
「だから紅花なのね。面白そうな話だけど、本格的な事業の話をしたいのなら、まずは事業計画と利益予想を書面でいただけるかしら?」
「え?」
「私もね、あなたの事業に興味があって声をかけたの」
そう言うと、今度は彼女の方が身を乗り出してきた。
「酒粕を使った化粧品、売上は順調なの?新商品の開発は進んでいて?目新しいものがないとすぐに飽きられるわよ」
「もちろん、考えてるよ!ていうか、来月には発売する予定だし」
張り合うように胸を張って答えた瞬間、今度は後ろの席から勢いよく声が飛んできた。
「あの!」
振り返ると、銀色の髪をした眼鏡の少女が、顔を真っ赤にしながら立ち上がっていた。
「酒粕から作った化粧品の新商品が発売するって本当ですか!?」
「え?」
「わ、私、発酵による美容成分の抽出について大変興味がありまして!」
いつの間にか目の前まで迫っていた。
「あ、申し遅れました。私は子爵家のシャルロッテ・ヴァイスと申します。代々薬剤師の家系で、私も子どものころから薬草学を学んでいまして」
そこまで一気にしゃべると、シャルロッテはこちらが名乗る隙を与えることなく、次々と質問を重ねてきた。
「化粧品の成分分析はされましたか!? 酒粕と薬草を組み合わせれば新たな可能性が――」
「シャルロッテ嬢」
エマが呆れたように止める。
「落ち着いて。オンタリオ令嬢が驚いているわよ」
「はっ!も、申し訳ありません!」
慌てて頭を下げるシャルロッテ。
なんだか可愛い。私は笑顔で「大丈夫」と答える。
すると、少し離れた席から控えめな声が聞こえた。
「あの……」
声のした方へ振り向くと、栗色の髪を三つ編みにした少女が、おずおずと立ち上がった。
「わたし、マリア・ローレンと申します」
どこか緊張した様子の綺麗なお辞儀。
指先まで気を配った綺麗なお辞儀に、なんだかとても好感が持てた。
「ハルカ・オンタリオです。もしよかったら、マリア様も一緒におしゃべりしましょう!」
笑顔でそう返すと、彼女は目を丸くした。
「オンタリオ様は……平民とも普通に話してくださるんですね」
「え?」
思わず首を傾げる。
「なんでそこを疑問に持つの?」
「え?」
「同じクラスメイトでしょ?」
すると、マリアはぱちぱちと瞬きをしたあと、ふわりと微笑んだ。
「ありがとうございます」
その笑顔を見て、私も嬉しくなった。
すると隣のエマが、やれやれと言いたげに肩を竦める。
「わかったわ。あなた、『人たらし』でしょう」
「どういうこと?」
「気にしないで。デビュタントで令息たちが群がっていた理由が、なんとなくわかっただけ」
エマは教室の隅にちらりと視線を向けた。
そこでは、こちらをちらちら見ながらひそひそ話をしている令嬢たちがいた。
エマはため息をつく。
「でも、気をつけた方がいいわ。あなたを快く思わない子もいるんだから」
「そうなの?」
「そうなのよ」
「うーん」
私は少し考えた。
でも。
「うーん、全員に好かれるのは無理だと思うし。そんなことを気にするより、私はどうやったら大好きな人たちをもっと笑顔にできるか考える方が楽しいかな」
そう言うと、
エマは一瞬きょとんとして、それから小さく吹き出した。
「ふふっ」
「?」
「やっぱり面白い人ね、ハルカ嬢……ねえ、ハルカって呼んでいい?私のこともエマって呼んでちょうだい」
シャルロッテも頷く。
「わ、私も!是非シャルって呼んでください」
マリアも嬉しそうに微笑んで「私のことも、できれば呼び捨てでお願いします」と言い出した。
「ね?『人たらし』でしょ?」
エマはシャルとマリアを見回し、肩をすくめると、楽しそうに声を上げて笑った。
つられて私も笑顔で答える。
「なんかよくわかんないけど、友達になってくれてありがとう、エマ、シャル、マリア!これから三年間、よろしくね!」
「「「こちらこそ!」」」
私たちは満面の笑みで頷きあった。
こうして。
王立学院での初日。
私は当初の目的通り、初めての女友達をゲットしたのだった。
人生初、女友達をゲットしました! ♪( ´θ`)ノ




