第82話:白いドレスとファーストダンス(2)
デビュタント話、長くなってしまったので二話に分けました。
本日はデビュタント後半のお話です。
夜も更け、宴も中盤を過ぎた頃。
一通り目ぼしい方々への挨拶も終わり、ようやく私も一息つけた。
お父様もお母様も、それぞれのお知り合いとの会話に花が咲いているようだ。
私も、そろそろアーサーのところへ顔を出しに行ってもいいかもしれない。
——そう思った矢先だった。
「オンタリオ家のご令嬢とお見受けします」
見知らぬ声に引き止められた。
声の主を見上げると、そこには四十代と思われる恰幅のいい男性が、十代後半ほどの青年を連れて立っていた。
「初めまして。わたくし、バルナー伯爵家のフォン・バルナーと申します。こちらは嫡男のディーターです。令嬢にぜひご挨拶できればと存じまして」
ああ、そっか。
まったく交流のない家同士でも、こうした場で声をかけて親しくなる機会を作るのか。
一瞬驚いたけれど、私はにこりと笑みを浮かべ、努めて優雅に挨拶を返す。
「初めまして、ハルカ・オンタリオです。ご挨拶いただき光栄です」
我ながら、なかなか上手にできた。
そんなふうに内心ほっとしていると、バルナー伯爵が一歩分だけ距離を縮めてきた。
「実は折り入ってお話がありまして。ご令嬢には、ぜひわが息子の——」
……いや、距離近くない?
初対面なんだけど。
私は戸惑いを隠せずにいた。
すると、
「お話し中失礼します。ぜひ私共もご挨拶させてください」
バルナー伯爵が言い終わるより先に、別の紳士が妙齢の息子を従えてやってきた。
それを皮切りに、次々と面識のない貴族たちが息子と共に押し寄せてくる。
あれよあれよという間に、目の前には人だかりができていた。
……いや、社交って、こんなに押しが強いものなの?
しかも次から次へと……。
このままじゃ収拾がつかなくなる。
よし、一度落ち着いてもらおう。
そう思って、声を上げようと大きく息を吸った。
と、その時。
業を煮やしたお父様が、少しだけ威圧を放った。
「娘への挨拶の前に、まずは私がお話を伺いましょう」
ドスの効いた低い声が周囲に響くと、集まっていた紳士令息の皆様はビクリと肩を震わし、あわあわとした様子でそそくさとその場を去っていった。
「……お父様、庇ってくださるのは有り難いのですが、私の社交の練習になりません」
私は小さくため息をついて、お父様を見上げた。
お父様が困ったように肩を落としたので、
「でも嬉しかったです」
と付け加えて、にっこりと笑う。
「だから次からは、もう少しだけ見守ってくださいね」
お父様は、ほっとしたように小さく頷いた。
◇◇◇
やがて、楽団が優雅な旋律を奏で始める。
そろそろ、ダンスの時間が始まるようだ。
最初に踊るのは、レイノルド殿下とソフィア様。
お二人の晴れ姿を一目見ようと、人々が次々と広間の中央へ集まり始めた。
互いに一礼した後、音楽に乗ってお二人の体が優雅に動く。
流れるようなステップ。
輝くような笑顔。
まるで、お伽話のワンシーンのようだった。
私はしばらく、その美しい踊りに見入っていた。
けれど、それも束の間。
このダンスが終われば、次はデビュタントを迎える私たちの番だ。
私はお父様のエスコートでダンスホールの端へ進み、殿下たちのダンスが終わるのを静かに待った。
と、そこへ、スッと人影が現れる。
「タイロン様、ハルカ嬢のお相手を譲っていただけませんか?」
驚いて声の主を見ると、
そこには右手を差し伸べて微笑むアーサーがいた。
「え? デビュタントのファーストダンスって、親族か婚約者と踊るものじゃないの?」
「例外もあるよ。俺、どうしてもハルカと踊りたいんだ。お願い」
アーサーがうるうるとした瞳で私を見る。久しぶりに見る、子犬みたいな顔だ。
……その顔はずるい。
私は困惑したまま、お父様に判断を仰いだ。
「いいぞ」
即答だった。
しかも、さっさと私の手をアーサーへ預けると、そのまま何事もなかったかのようにお母様のもとへ歩いていってしまった。
「……え?」
戸惑っている間に、いつの間にか楽団の演奏が終わっていた。
デビュタントを表す白い礼装姿の子息令嬢が、パートナーと共に中央へと集まり始める。
「ありがとうございます!タイロン様。行こう、ハルカ」
アーサーは嬉しそうに笑うと、私の手を引いて中央へと移動した。
私たちの姿に気づいた貴族たちのざわめき声が聞こえる。
「あれは、アーサー殿下ではないか?隣のご令嬢は、オンタリオ辺境伯家のハルカ様か」
「お二人は婚約されていたの!?」
たくさんの人からの好奇の視線と興味本位な声。
「もう!これじゃみんな勘違いしちゃうよ」
「ごめんね、ハルカ。でも、俺、ハルカと踊るのが一番上手く踊れるんだ」
「……それは、私もそうだけど」
「でしょ?今日はデビュタントだから、お互い失敗するわけにはいかないしさ」
「もう、仕方ないなあ」
やがて、音楽が流れ、私たちは慣れた様子でステップを踏んだ。
音楽に合わせて一歩、また一歩と足を運ぶ。
久しぶりとは思えないほど息はぴったりだった。
「ハルカ、ヒールで踊るの上手になったよね」
「ありがと。もうアーサーの足踏まなくても踊れるよ」
そんな会話もできるほど、リラックスした雰囲気でダンスを楽しんだ。
「ふふふ、楽しいな。やっぱり、ハルカと踊るのが一番好きだ」
「うん、楽しいね!」
「そう言えばハルカ、今日のドレス、すごく似合ってる。とってもキレイだ」
「ありがとう。アーサーも、すごく素敵だよ。たった一ヶ月会わなかっただけで、別人かと思うくらいかっこよくなったね」
「ハルカこそ、さっき見てたよ。令息たちに大人気だったみたいだね」
「それを言うなら、アーサーもね。令嬢たちに囲まれてたじゃん」
フフフと笑いながらターンを決める。
ファーストダンスとは思えないほど、自然に体が動いた。
「王宮生活はどう?」
「大丈夫。上手くやってるよ。学院の準備ももうほとんど終わった」
何気ない会話を交わしながら、音楽に乗ってステップを刻んでいると、あっという間に楽しい時間は終わってしまった。
アーサーはお父様のもとまで私をエスコートすると、少しだけ名残惜しそうに私の手を離す。
「次は学院で会おう」そう言い残し、次のダンスへと向かっていった。
私はそのまま、今度こそお父様と踊るために再び踊りの輪に入った。
アーサーはソフィア様と踊るようだ。
この後は、ヒロやレオ、セシル、フェリックス様とも踊り、アーサーも有力貴族の令嬢たちと踊っていた。
今日一日で、たくさん話して、たくさん踊った。
楽しくて楽しくて、私はフワフワした気持ちのまま、デビュタントを終えた。
だが、この時の私は、まだ知らなかった。
この日の出来事が、後に思わぬ誤解と嫉妬を呼ぶことを。
初めての社交界を心から楽しんだ私は、満足した気持ちのまま家路についたのだった。
二人のデビュタント、いかがでしたでしょうか。
成長した姿と、それによって少しずつ変わっていく周囲の視線。
変わるもの、
変わらないもの。
そして、少しずつ育っていくもの――。
そんな彼らの成長と変化を、これからも温かく見守っていただけたら嬉しいです。
╰(*´︶`*)╯♡




