第81話:白いドレスとファーストダンス(1)
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本日は、デビュタント回です!
はじめて足を踏み入れた王宮の大広間は、息を呑むほどの美しさだった。
天井から吊るされた巨大なシャンデリアの光が、磨き上げられた大理石の床をいっそう輝かせている。
壁沿いには色とりどりの花々。
正装した男女が優雅に談笑し、そこかしこで笑い声が上がっていた。
うわあ……。
「ハルカ、あまりきょろきょろしないで」
一緒に入場したお母様に小声で窘められる。
……わかってる。わかってるんだけど。
思わずドレスを見下ろす。
今日の私は、デビュタントを示す真っ白なドレスに身を包んでいる。裾には金糸の刺繍が丁寧に施され、歩くたびにきらきらと輝く。
耳元には、私の瞳と同じ色をした琥珀の耳飾りも揺れていた。
——お母様が用意してくれた晴れの日の装い。
鏡で見た時も驚いたけれど、こうして会場に立つと、デビュタントを迎えた実感がじわりと湧いてくる。
私も、今日から淑女の仲間入りだ。
なんだか急に大人になったみたいで、少しだけくすぐったい。
今にも踊り出したくなる気持ちをぐっと抑え、せめて見た目だけでも淑女らしく見えるよう、私は必死に口元を引き締めた。
やがて王族入場のアナウンスが響く。
会場中の視線が中央階段へと集まった。
そこに現れたのは、リチャード王、レイノルド殿下と婚約者のソフィア様、そしてもう一人。
艶のある黒髪に淡い空色の瞳。白と金の礼装を纏ったその少年は、まるで絵画から抜け出してきたような美しさだった。
……アーサー?
一瞬、別人かと思った。
でも、よく見れば、それは間違いなくアーサーだった。
会場内も「あの方はどなただ?」「アーサー殿下では?ご立派になられて」などとざわめいている。
たった一ヶ月会わなかっただけなのに、背が少し伸びたようにも見えた。背筋をすっと伸ばした立ち姿はどこか知的で、以前よりずっと王族らしく見える。
……ふうん。
なんだか嬉しいような寂しいような、複雑な気持ちで見つめていると、アーサーと目が合った。
その瞬間、アーサーがぱっと表情を緩め、ニコリと微笑んだ。
……良かった、いつものアーサーだ。
私は嬉しくなって、同じようにニコリと微笑みを返す。
遠くで女の子たちの黄色い声が聞こえた気もしたけれど、私は特に気にすることなく、アーサーを眺め続けた。
◇◇◇
リチャード王の挨拶が終わり、爵位の順に王族への拝謁を済ませると、いよいよ本格的に社交が始まった。
本当はすぐにでもアーサーのところへ行ってゆっくり話したい。
けれど、今のアーサーは王族として迎える側。次々と挨拶に訪れる人たちに囲まれ、とても近づけそうにない。
私は王族の前にできた長い列を見て、小さくため息をついた。
「お嬢様、お久しぶりです」
声をかけられて振り返ると、礼装姿のヒロがいた。
相変わらずの穏やかな笑顔だが、クラウゼン子爵として王宮に勤めるようになってからというもの、纏う空気に品格が増した気がする。立ち居振る舞いにも無駄がなく、艶のある黒髪を一つに束ね、黒と金の礼装に身を包んだその姿は、貴族家当主に相応しく、堂々としたものだった。
「……ヒロ、もう『お嬢様』って呼んじゃだめだよ。ハルカって呼んで」
「……そうでしたね。申し訳ありません。なかなか、慣れなくて」
そういって苦笑を溢すヒロの姿をマジマジと見つめる。
「ヒロ、なんか雰囲気変わった?」
「そうですか? ハルカ様こそ、本日は見違えるほどお綺麗です」
「ふふ、そう?ありがとう」
私は嬉しくなってその場でくるりと周り、ヒロにドレス姿をお披露目する。
ちょうどその時、挨拶を終えたお父様たちもこちらへ戻ってきた。
「久しぶりだな、ヒロ。元気にやっているか?」
お父様も笑顔でヒロに声を掛けた。
「そう言えば、レオはどうした?一緒じゃないのか?」
会場を見渡しながらお父様がそう言うと、ヒロは微笑みながら「あちらです」と斜め後ろの人だかりを視線で示した。
そこには、赤や黄色、ピンクといった色とりどりの令嬢たちに囲まれたレオが、困ったように対応している姿があった。
「レオ?」
驚いて声を上げると、それに気づいたレオが、チャンスとばかりに令嬢たちを掻き分け、私たちの方へとやってきた。
「お嬢、助かった」
そう小さく呟いた後、疲れたように長い息を吐いたレオは、姿勢を正して私たちに向き直る。マナーに則った挨拶を述べる姿に、ここ数年の彼の努力がよく表れていた。
レオもこの一年でさらに背が伸び、鍛え上げられた体躯と相まって、令嬢たちに囲まれるのも頷けるほどの存在感を放っていた。
「レオ、モテモテだね」
笑顔で私がそう言うと、レオは一瞬だけ嫌な顔を見せ、隣のヒロに視線を向けた。
「それを言うなら兄さんの方だ。宰相補佐を務める若手有望株として、屋敷には毎日釣書が大量に届くんだぞ」
「誇張しすぎです。レオの方こそ、史上最年少でA級冒険者になったことが噂になっているようで、どこへ行っても先ほどのような人だかりができています」
ほほう。
それは、兄弟揃ってモテモテということではないか。
私は楽しくなって、ついニヤニヤと淑女らしからぬ笑みを浮かべてしまった。
すると、その顔を見咎めたお母様から、すかさず指導が入る。
「ハルカ、表情に気をつけて。それと、そろそろ他の方々にもご挨拶に行きましょう」
お母様はそう言って、人の集まっている方へと視線を向けた。
すると、ヒロが思い出したように口を開く。
「そういえば、先ほどローゼンベルク家の方々にお会いしましたよ。セシル殿もご一緒でした」
「本当? それは会いたいな」
思わず声が弾む。
セシルとは時々冒険者の仕事で顔を合わせていたけれど、こうした社交の場で会うのは初めてだ。
噂をすれば影、とはよく言ったもの。
ちょうどその時、話題のセシルがこちらに気づき、歩み寄ってきた。
「お! ハルカじゃないか? 見違えるほどキレイだな! 一瞬誰かわからなかったぞ」
聞き慣れた明るい声に振り向くと、セシルがご家族と共に現れた。
相変わらず眩しいくらいの笑顔だ。
元々長身だったが、この一年でさらに逞しくなった気がする。濃紺と金の礼装がよく映え、周囲からチラチラと視線を集めているのを、本人は全く気にしていない様子だった。
「ご無沙汰しています、セシル様」
「ああ、ハルカも、デビュタントおめでとう。ドレス姿がとてもよく似合っている」
私たちはご一家とも挨拶を交わした。
すると、「そういえば」とセシルが隣にいた少年へ視線を向け、「弟です」と言って紹介してくれた。
「フェリックス・ローゼンベルクです。兄上からお話はうかがっています……!」
セシルよりはやや華奢な印象を受ける、白い礼服に身を包んだ少年が、少し緊張した様子で頭を下げた。
あ、この子がセシルの話していた弟さんか。
しかも、同い年だったんだ。
「ハルカ・オンタリオです。学院では同級生ですね。どうぞよろしくお願いします」
「フェリックスは騎士科だから、ハルカの文官科とはあまり顔を合わせる機会はないかもしれんがな」
「そうなんだ。ということは、レオやアーサーとは一緒なんだね。フェリックス様、二人をよろしくお願いしますね」
そう頭を下げる私を見咎め、背後からレオが口を挟んだ。
「なんでお嬢が、俺たちの保護者みたいなこと言ってんだよ。……と、失礼しました。レオナルド・クラウゼンです。年は皆さんより二つ上ですが、この度王立学院騎士科に入学することになりました。よろしくお願いします」
二人も挨拶を交わす。
「あ、レオ殿ですね!兄からお話は聞いております!この度A級冒険者になられたとか!是非、今度ゆっくりお話を聞かせてください!!!」
その瞳は、強者を前にした少年らしい好奇心で輝いていた。
……間違いなくセシルの弟だ。
和気あいあいとした空気の中、会話も弾む。
新しい友達もできそうだし、学院生活がますます楽しみになってきたのだった。
長くなってしまったので二話に分けます。
次回はファーストダンスです。




