プロローグ:王宮への帰還
本日より第5章スタートします!
引き続きご愛読のほど、よろしくお願いいたしますm(_ _)m
荷物を運び込んだその日、王都レジナルドには例年より少し早い初雪が降っていた。
「お兄様の部屋、もう準備できてるよ!」
王宮に着くと、クリスが嬉しそうに俺の手を引き、新しく用意された部屋へ案内してくれた。そこは、『忘れられた王子』として過ごした薄暗い部屋でも、時折泊まっていた客間でもない。父上の私室にも近い、広く清潔な部屋だった。
すでに運び込まれていた調度品は、どれも格式高いものばかり。カーテンや寝具も明るい色で統一され、部屋にはピンクや赤などの鮮やかな花が飾られている。暖炉には既に火が入り、パチパチと音を立て部屋を温めてくれていた。
俺は案内してくれたクリスに礼を言うと、運び込まれた荷物に問題がないかざっと確認した。
その後、使用人たちに荷解きの指示を出すと、クリスと別れ、到着の挨拶をするため、父の私室へと向かった。
窓の外では、白く小さな雪の欠片が、静かに舞い降りては消えていく。旅立つ前のオンタリオでは、既にしんしんと降り積もる雪で庭の木々が真っ白だったというのに。
「王都では、雪はそんなに積もらないんだったな」
ポツリとそんな言葉が溢れた。
気づけば、オンタリオで過ごした日々の方が、ここで過ごした年月よりも長くなっている。ふとした瞬間に脳裏に浮かぶ景色は、慣れ親しんだオンタリオのものだった。
雪を眺めながら歩いているうちに、父上の部屋へとたどり着いた。ノックをして部屋に入ると、暖かな暖炉の前に置かれたソファセットに座り、父と兄がすでに寛ぎながら俺を待っている姿が目に入った。
挨拶を交わして、勧められるままにソファに腰を下ろす。
すぐに控えていた侍従が温かい紅茶を淹れてくれた。
カップを持ち上げ、紅茶を一口コクリと飲み込む。その暖かさに自然と頬が緩んだ。
どうやら、思っていたよりも心身が冷えていたようだ。
「改めて、おかえり。アーサー。やっとお前とまた暮らせるんだな」
父上がグラスを傾けながら、しみじみと言った。
「それに、来月にはデビュタントか。早いものだな」
「そうですね」
俺も父上の言葉に頷きを返した。
もうすぐ十二歳。
五歳で王宮を出てから六年と少し。本当に、あっという間のことだった。
俺は、パチパチと爆ぜる暖炉の火を眺めながら、自然とオンタリオのみんなのことを思い出した。
ヒロはクラウゼン子爵として王宮に勤めている。
レオは一足先にA級冒険者となり、ハルカの化粧品事業も順調のようだ。
十歳の時にハルカ達と結成した冒険者パーティ『紅蓮の翼』も、先月ついにB級へと昇格した。
……皆、それぞれ前へ進んでいる。
それは俺も、か。
「裁定の日」の後、王族教育に力を入れる傍ら、兄上のもとに何度も通い、政務について勉強した。
弟のクリスとも、少しずつ距離が縮まってきた。最初は戸惑っていたクリスも、今では兄として慕ってくれるようになっている。
王宮に一度戻るべきだ。そう考えるようになったのは、自然な流れだったのかもしれない。ハルカには以前「兄上の提案には乗るつもりはない」と伝えたけれど、結局、俺はその提案を受け入れ、学院進学に合わせて王宮に戻ることを決めた。
——正直、ハルカには「嘘つき」って怒られる覚悟もしてたんだけどな……。
俺は、オンタリオ家のみんなに、この件を申し出た日のことを思い出す。驚きはしたものの、結局は俺の考えを尊重して、笑って送り出してくれた。
けれど、流石にハルカはもっと難色を示してくれると思ってたのにな……。
「今の王宮なら危険はないと思うし、アーサーも強くなってるし、きっと大丈夫!」なんてさ。
……もう少し、引き止めてくれてもよかったんじゃないか?
離れたくなくて悩んでたのは、やっぱり俺だけだったのかな……。
苦笑と共に、小さくため息が溢れた。
「……そういえば」
父上が、いかにも何でもないことのように言う声が聞こえ、俺は思考を打ち切って父上に視線を向ける。
「デビュタントのパートナーはどうする。ハルカ嬢と婚約をして、共にデビュタントを迎えるのならば、早めに申し入れをせねばならんぞ」
「女の子には準備があるからな」と父上が小さく付け加える。
俺は、危うく手にしたカップを取り落としそうになった。
「い、いえ、あの、その——ハルカとは、まだそんな話には……」
「なんだ、まだ申し込んでいないのか」
兄上が驚いたような顔をした。
「彼女の実績を考えれば、是非とも王家に迎え入れたいところだ。学院で注目を集める前に、早急に婚約を結んだ方がいいのではないか」
「お止めください、兄上! 俺たちはまだ、そんな関係では——」
俺は慌てて両手を振った。
「それに、ハルカはオンタリオ辺境伯家の跡取りです。王家に迎えるのは難しいかと思います」
「ふむ」
父上が、少し懐かしそうに目を細めた。
「そういえば、『ふくふくに育てて、大きくなったら婿にもらいます』と、以前啖呵を切られたのだったな」
「……はい」
「だが、その頃とは事情が違う」
兄上が静かに続ける。
「跡取りなら妹君たちもいる。二人とも優秀だとも聞いた。実績でいえばハルカ嬢には及ばないだろうが、本人の意向によっては、嫁に出ることも可能なのではないか」
「——その本人が、跡を継ぐことを希望しているんです」
俺は、きっぱりと言った。
「俺は、その気持ちを尊重したい。何より、俺とハルカはまだ、全然そんなんじゃないですし……」
「アーサー」
兄上の声が、少しだけ真剣になる。
「以前から伝えている通り、俺はお前に側で補佐してほしいと思っている。その気持ちは変わらない。お前と共にハルカ嬢にも手伝ってもらえるなら、俺もソフィアも、どれだけ心強いか——」
「まあ、落ち着け、レイノルド」
父上が片手を上げた。
「この件に関して、俺やお前に口出しする権利はない」
父上はそこで、少しだけ遠い目をした。
「当時五歳だったハルカ嬢に言われたんだ。『ふくふくに育ててみせる、と。それに、その頃になって返せと言われても、返してあげない』とも、な。俺は全部了承した上で、アーサーをハルカ嬢に託したんだ」
温かみのある声だった。
「ハルカ嬢は約束を守ってくれた。アーサーをこんなに立派に育ててくれたんだ。だから、この件に関して、俺たちが自分たちの都合を押し付けるのは筋違いだ。二人の意向を尊重しよう」
「……わかりました」
兄上が息を吐く。
「ですが、俺の希望は変わらない。その上で——今後どうしたいのか、二人でよく話し合ってみてくれ」
そう言って、兄上はまっすぐに俺を見つめた。
「そうだな」
父上は手にしたグラスをテーブルに置くと、穏やかな声で続けた。
「それでいい。ただし、卒業までには考えを聞かせてくれ。重臣たちの手前、いつまでもこの問題を保留にしておくわけにもいくまい」
「わかりました」
俺は、頷いた。
「兄上ともお約束している通り、学院を卒業するまでには結論を出したいと思います」
父上が満足そうに頷く。
「お前たちはまだ若い。学院でもさまざまな出会いがあるだろう。たくさんの人に会い、相手を見極め、誰とどんな関係をこの先築いていきたいと思うのか、よく見極めなさい」
そこで言葉を区切ると、父上は表情を改めてまっすぐに俺の目を見た。
「もちろん、その上でハルカ嬢を選ぶというなら歓迎する。王室に入ってくれるのであれば、尚更嬉しい。だが、一方的に気持ちを押し付けてはダメだ。互いに思いやり、尊重し合える関係を目指しなさい」
「はい、父上。感謝します」
俺はそう答えながら、暖炉の炎を再び見つめた。
「まずは——ハルカの気持ちを掴むところから、となりますが。しっかり話し合って、納得のいく形でご報告できるよう精進いたします」
「そこからか」
父上が、少しおかしそうに口元を緩めた。
「気持ちを掴む、か。大変な道のりだろうが、一番楽しい時でもある。頑張りなさい」
「……はい」
俺は少し照れくささを押し殺し、小さく呟く。
「あいつは、まだ恋心を知らないと思うので、それを知ってもらうことからとはなりますが……」
兄上が、小さく笑い声を上げた。
「まるでお前は知っているかのような口ぶりだな、アーサー」
「……っ!」
俺は言葉に詰まる。
すると、温かみのある声で兄上からのエールが聞こえた。
「ハルカ嬢は手強そうだな。ライバルも多いようだし。頑張れよ、アーサー」
心からの言葉に聞こえた。
暖炉の火が、ぱちりと音を立てる。
デビュタントまで、あと一月。
学院入学まで、もう少し。
今までみたいに、ただハルカの後ろをついていくわけにはいかない。
自分の足で立てる男にならなくては。
ハルカの隣に、堂々と並び立てる男になるために。
——そのために、俺はここに戻ってきたのだから。
やっとLoveのにおい!?♡♡♡╰(*´︶`*)╯♡♡♡




