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メンタルつよつよ令嬢ハルカはガリガリ王子をふくふくに育てたい!  作者: ふくまる
第4章:ふくふくの花を咲かせましょう 

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第79話:水に流して

ハルカ視点に戻ります。

 評議会が開かれている間、私はヒロとレオに付き添い、オスカーとアデルに会うため、会場近くの別室に赴いていた。


 シンプルな作りの、けれど十分な広さのある応接間だった。三人掛けの長椅子が二つと一人掛けの椅子が二つ、それに見合った長さのあるテーブルが置かれていた。


 扉を開けると、長椅子に腰掛けていた二人が立ち上がった。


 栗色の髪に灰緑の瞳の青年と、淡い金髪の少女。

 オスカーとアデル——以前会った時よりも、明らかにやつれた様子の兄妹がそこにいた。


「ヒルベルト」


 オスカーが、一歩前へ出た。

 ヒロより少し背が高く、肩幅もある。どこか似た印象を持つ二人だと思っていたが、並んでいるところを見ると、体つきや目の強さが明らかに違うと思った。


「……無事で、良かった」

「ご心配をお掛けしました」


 二人が向かい合う。


 隣では、アデルが両手を胸の前で重ねたまま、じっとヒロを見ていた。


「アデルも、結婚が決まったそうですね。おめでとう」

「ヒルベルト兄様……お元気そうで、本当に良かった……」


 アデルはそう言うと、堪えきれないように目元をハンカチで拭った。


◇◇◇


「弟のレオです」


 ヒロがレオを引き合わせると、オスカーとアデルの視線が移った。


「レオナルド……か?」

 オスカーが、目を細める。

「大きくなったな」


「……本当に」

 アデルも、どこか感慨深そうに呟いた。


 レオは少し面食らった顔をして、それから小さく頭を下げた。


「ご無沙汰しています、と言うべきなのかもしれませんが——申し訳ありません。お二人のことは、覚えていないので……レオです。よろしくお願いします」


「ああ、お前は小さかったからな。無理も無い。だが、ずっと、心配していたんだ」

 オスカーの声には、飾った様子はなく、ただ安堵が滲んでいた。


「生きていてくれて、本当によかった」


 その言葉に、レオが少しだけ目を伏せたのがわかった。

 ちゃんとは見えなかったが、その瞳は、たぶん揺れていたのだと思う。


◇◇◇


 二人とテーブルを挟んで並んで席に着くと、ヒロが静かに話し始めた。


 当時の話。

 ——両親のこと。

 ——家を出た経緯。

 ——そこから、オンタリオに渡った時のこと。

 ——最後に、今まさに別の部屋で行われている評議会のことも。


 オスカーは黙って聞いていたが、その表情はどんどん険しくなっていった。アデルは口元を押さえたまま、何度もギュッと目を閉じ、瞼を震わせていた。


「父上が……そんなことを」


 オスカーが、ようやく絞り出した。


「信じたくないが——聞けば聞くほど、辻褄が合ってしまう」


「私は二人を責めたいわけではありません」


 ヒロは静かに言った。


「ただ、全てを知ってもらった上で、これからのことをお話ししたかった。それだけです」


「……ヒルベルト」


「評議会が終われば、私は爵位を継承し、試験を経て、王宮に務めることになるでしょう」


 ヒロは落ち着いた声で続けた。


「オンタリオでの引き継ぎもありますので、移動は春以降になるかと思いますが」


「そうか」


 オスカーが深く息を吐いた。


「それが正しい形だ。それが……本来あるべき姿だったんだ」


 それから、オスカーはゆっくりと立ち上がり、深く頭を下げた。


「ヒルベルト。レオナルド。今まで、すまなかった」


 アデルも隣で同じように頭を下げる。


「私も、何もしてあげられなくて、ごめんなさい。」


 しばらくの沈黙。


「顔を上げてください、二人とも」


 先に口を開いたのは、レオだった。


「確かに、兄さんには苦労を掛けっぱなしだった。でも——俺は生まれてから今まで、ずっと幸せでした。だから、謝らないでください」


 多くを語らないレオの一言、けれど全ての想いが詰まった言葉だった。


 顔を上げたオスカーの目から、涙が零れた。

 アデルも、しゃくりあげるように肩を震わせていた。


◇◇◇


 涙が落ち着いてから、話は実務的な方向へと移っていった。


「屋敷の引き渡しはいつ頃を考えているんだ?」


 オスカーが問う。


「引き継ぎが終わり次第、準備を進めます。できれば、移動する前に一度戻って確認したいとは思っていますが」


「ヒルベルト——一つ、厚かましいお願いがあるんだが……」


 オスカーがわずかに躊躇してから、続けた。


「俺たちはすぐにでも屋敷を出る。だが、アデルは、春には嫁ぎ先である隣国へ移動する予定だ。できれば、慣れ親しんだ屋敷から送り出してやりたい。……移動まで、アデルを住まわせてはもらえないだろうか」


 ヒロは少しの間、アデルを見た。

 アデルは目を赤くしたまま、不安そうにこちらを窺っている。


「かまいません」


 ヒロが、穏やかに答えた。


「従妹の門出を見守れるなら、私も望むところです」


「ヒルベルト兄様……」


「旅立ちのその時まで、どうかゆっくり過ごしてください、アデル。それに、オスカーも。正式な引き渡しは、その後にしましょう」


 アデルが、静かに頭を下げた。その目にはまだ涙が光っていた。


◇◇◇


 屋敷の引き渡し時期について話がまとまりかけた頃、廊下からノックの音がした。


「失礼するぞ」


 扉が開くと、お父様とお祖父様が入ってきた。


 ——そして、その後ろから、もう一人。


 白髪交じりの、見知らぬ男性だった。


 萎縮したように背を丸めている。でも、その顔立ちはオスカーによく似ていた。


「……父上」


 オスカーが立ち上がった後、お父様達に気付いて慌てて挨拶をした。

 アデルとも挨拶を交わし、お父様とお祖父様はそれぞれ一人掛けの椅子に腰を下ろした。


「裁定はどうなりましたか?」


 私は急いでお父様に問いかけた。


 「概ね、事前に聞いていた通りだったが——」と、お父様はオスカー達にもわかるよう、かいつまんで説明してくれた。


 オスカーとアデルは、それを聞きながら複雑な顔をしていた。


 一通りの説明が終わると、重い沈黙が部屋の中に落ちた。


「さて——」


 これまで沈黙を守っていたお祖父様が、徐に口を開くと、クラウゼン子爵を静かに見据えた。


「クラウゼン子爵。いや、ヴァルター殿と呼ばせてもらおうか」


 穏やかな声だった。

 でも、次の瞬間——部屋の空気が、ズシリと重みを持った。


「うっ……」


 ヴァルターが、顔を歪める。

 顔色がみるみる悪くなり、額には汗が浮かび始めていた。


 ——お祖父様の威圧だった。


「お、お祖父様?」


 私は思わず声を上げ、お父様に視線を向けた。

 止めるべきか——そう確認しようとして、気づいた。


 お父様も、同じように威圧を放っている。


 部屋の中の空気が、一層重みを増した。


「あ……」


 ヴァルターの隣にいたアデルが、威圧に耐えかねたように、ふっと意識を失い、横へ傾いた。オスカーが慌てて支える。


「今回のこと」


 お父様が、静かに言った。


「それから六年前に、ヒロとレオ、その両親にしたこと。俺たちは、許してはいない」


「な、何を証拠に……ううっ」


 ヴァルターが取り乱す。


「有耶無耶にできると思っていたのか」


 お祖父様の声は低く、穏やかで——だからこそ恐ろしかった。


「両親の事故。二人が家を出た直後に遭った人攫い。そして今回の件も」


「ち、父上!どういうことですか!?」


 オスカーが、震える声でヴァルターを睨む。


「知らん。私は何も知らん」


「父上!」


 アデルを支える反対の手で、父親に掴み掛かろうと手を伸ばすオスカー。

 一触即発の空気に割って入ったのは、黙って成り行きを見ていたヒロだった。


「旦那様、並びに大旦那様」


 ヒロが静かに口を開いた。


「私たちのために、怒ってくださり、ありがとうございます」


「ヒロ……」


「ですが、もういいのです」


 私は思わずヒロを見た。

 ヒロは真っ直ぐに前を見ていた。


「こんな男でも、オスカーとアデルの父親です。これ以上罪が露見しては、アデルの縁談にも支障が出てしまう」


「ヒルベルト、だが!」


 オスカーが言いかけるのを、ヒロが静かに制した。


「本当に、もういいのです」


 ヒロは静かに微笑んだ。


「私は今、オンタリオで幸せなのですから」


 部屋が、静まり返った。


「先ほど、レオも言ってくれたんです。『今までずっと幸せだった』と」


 ヒロが、穏やかな瞳で隣に座るレオを見た。

 その後、私を見て、それからお祖父様とお父様を見た。


「私も——お嬢様に拾われ、オンタリオで過ごした日々は、本当に幸せでした」


 胸の奥が、じわりと熱くなった。


「だから、過去のことは水に流します——この件は、これで終わりにしましょう」


 ヒロはそう言って、レオへと視線を向けた。


「レオも、それでいいか?」


 レオが静かに頷く。


 それを見て、ヒロは澄んだ瞳をまっすぐとヴァルターへ向けた。


「今は、これからのことを話し合いましょう」


 その言葉を受け、お父様とお祖父様は圧を収めた。


 ヴァルターはぐったりと椅子に沈んだまま、もはや何も言えなかった。


 それから、継承の時期、屋敷の引き渡し、ヴァルター一家のその後の処遇について、淡々と話し合いが進んでいった。


 私はその様子を見ながら、ずっとヒロの横顔を見ていた。


 怒っていい話だった。

 恨んでいい話だった。


 それでも、ヒロは「もういい」と言った。


 ——ヒロは強いな。


 そう思ったら、なぜか、少しだけ目の奥が熱くなった。

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― 新着の感想 ―
オンタリオの本気が 垣間見えましたね… そして ヒロさんも、レオ君も 聖者ですか? ってくらい ココロが広い…
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