第78話:裁定の日
アーサー視点のお話です。
ヒロが無事見つかり、岩塩窟まで発見されたと聞いた時、俺は嬉しさと同時に、悔しさも感じていた。
結局、今回活躍したのはハルカとレオだ。
俺は、何の役にも立てなかった。
そんな情けない思いが、胸の奥をちくちくと刺していた。
いつまで経っても未熟な自分が嫌になる。
それでも、少しでも役に立ちたくて——俺はセシルと共に、王宮との橋渡し役を買って出た。
ハルカたちが掴んだ証拠や証人を王都騎士団へ引き渡し、父上や兄上へ報告する。
さらに、オンタリオ側の考えを伝え、今後どう動くべきか判断を仰ぐ。
その内容を持ち帰ってタイロン様たちへ共有し、再び王宮へ報告する——そんな日々を過ごしていた。
やってることは、ただの連絡係かもしれない。
でも、「王に直接意見を述べることは、誰にでもできることではない」そう兄上に背中を押され、俺なりに必死で務めた。
幾度か王宮とオンタリオを行き来しているうちに、騎士団による取り調べと追加調査の結果がまとまり、裁定協議会の開催が決定された。
そして今日——その働きを認められた俺は、初めてこの場へ立つことを許されたのだ。
「アーサー、緊張しているのか?」
隣に立つレイノルド兄上が、気遣うようにこちらを覗き込んだ。
「少し——ですが、大丈夫です」
俺は小さく口元を緩めて答える。
ここは『裁定の間』。
以前、塩の問題でソルティス侯爵が弾劾された場所だ。
何もできなかった、あの時とは違う。
今日、自分はここに立つことを許された。
あの頃よりは、少しだけ前へ進めたのかもしれない——そう思うと、場違いにも口元が綻びそうになった。
ふと視線を上げると、控え室へ続く扉の前には、セシルをはじめとした兄上の側近たちが控えていた。
セシルは目が合うと、悪戯っぽく口元を吊り上げた。
次に、傍聴席に視線を向ける。
最前列には、エリザベス様の姿も見えた。
少し離れた席には、タイロン様とラオウ様もいる。
ラオウ様は、俺の姿を認めると、険しかった表情をほんの一瞬緩め、片手を上げた。
まるで、「ここから見ている、しっかりやれよ」と激励されているようだった。
俺は小さく頷きを返すと、改めて気持ちを引き締めた。
——俺は今、王族としてこの場にいるんだ。
正面を見据えたまま、小さく息を吐いた。
◇◇◇
定刻となり、父上の挨拶の後、評議会が開廷した。
宰相のヴァンダイク侯爵が罪状を読み上げ始めると、部屋の空気が緊張感に満ちていった。
被告人席には、ペッパー男爵。ソルティス侯爵。そして——クラウゼン子爵の三人が並んでいた。
ペッパー男爵は最初から青ざめていた。丸めた背中が、小刻みに震えている。
ソルティス侯爵は腕を組み、どこか余裕のある顔をしていた。
俺が一番気になった人物——クラウゼン子爵は、穏やかな表情を崩さない。
時折申し訳なさそうに眉を寄せるが、それが本心なのか演技なのか、俺には判別できなかった。
「以上が、本評議会に提出された証拠並びに証言の概要である」
宰相が読み上げを終えると、父上が口を開いた。
「被告らに申し開きがあれば、今ここで述べよ」
「わ、私は……恥ずかしながら多額の借財があり、仕方なく——」
ペッパー男爵が震える声で話し始めた。
「ソルティス侯爵より、借金を盾に指示に従うよう言われたのです。ならず者を集めたのも、私の意思ではなく……!」
「何をいう!」
ソルティス侯爵が声を荒げた。
「そのような指示など出した覚えはない。オンタリオの従者を攫ったところで、私に何の益があるというのだ」
「では、私との書状のやり取りはどう説明なさるのです?」
「書状は、社交上のものだ。それ以上でもそれ以下でもない」
二人が醜い争いを始める。一通り喋らせた後、宰相が重々しく口を開いた。
「見苦しいですぞ、ソルティス侯。其方がペッパー男爵に宛てて書いた書状は、すでに証拠品として提出されている」
その言葉に、ソルティス侯爵は言葉を詰まらせ、俯いた。その姿は、以前よりも精彩に欠けているように見える。やはり、昨年の弾劾以降何かと苦労が尽きないようだ。
次に、宰相が子爵の名を呼んだ。
「クラウゼン子爵」
子爵は静かに立ち上がり、恭しく一礼すると、困ったような口調で話し出した。
「私は……なぜこの場に呼ばれたのか、いまだ理解しかねております」
穏やかな声だった。
「失踪していたヒルベルトが見つかったとの知らせを受けた時、私はただ安堵いたしました。そして、彼が戻ったならば爵位は速やかに譲るべきと、準備を進めておりました」
「なんだと!?」
ソルティス侯爵が割って入る。
「そなた自らが、ヒルベルトが魔の森へ入る日時や場所を知らせてきたではないか」
「……それは、やっと見つかった後継者の現在の状況を、話題の一つとして書き添えただけのことです」
「話題の一つだと!?」
「私には他意などありません。ソルティス侯爵が、その情報をどう使われたかまでは、知る由もないことです」
三人の言い分が交差し、場が混乱し始めたところで、父上が手を上げた。
裁定の間が、静まり返る。
「申開きは以上だな。では、裁定を下す」
「バートラム・ペッパー」
父上の威厳に満ちた低い声が、部屋の中に響いた。
「そなたは今回の件で実行犯を雇い、中核的な役割を果たした。しかも、被害に遭ったのはただの使用人ではない。子爵家の跡取りだ。貴人の拉致監禁、及び暴行は、たとえ強要があったとしても、その責は重い。よって——家督を息子に譲ることを条件に、カイエン家は降爵処分に処す」
ペッパー男爵が膝から崩れそうになるのを、控えていた騎士が支えた。
「ヴァルター・クラウゼン」
次に名を呼ばれた子爵が、背筋を伸ばした。
「そなたの言い分を一部聞き入れ、今回は注意するに止める。ただし——子爵位をヒルベルトに速やかに継承させること。これをもって、処分とする」
クラウゼン子爵は、深く頭を下げた。
——その横顔が何を感じているのか、俺には見えなかった。
「そして——グレゴリー・ソルティス」
父上の声が、さらに低くなった。
「そなたには、拉致監禁の主犯としての容疑の他、危険な魔道具を違法に輸入し、所持・使用した事実が認められる」
宰相が、証拠の書類を、評議員たちにもよく見えるように掲げた。
俺はソルティス侯爵の顔を見た。
青ざめた顔で肩を小刻みに震わせるその姿は、もはや権勢を誇っていた頃の面影を失っていた。
「以上により——ソルティス家は爵位剥奪の上、グレゴリー・ソルティスは蟄居謹慎処分とする。
しかしながら、ソルティス領は我が国の戦略物資でもある塩の生産・流通の要衝であることから、混乱を避けるため、一時的に王家預かりとし、第三王子クリスが成人した暁には臣籍降下させ、同地へ冊封するものとする」
がくり、と。
ソルティス侯爵の体が、その場に崩れ落ちた。
その瞬間、傍聴席から悲鳴のような声が響く。
「そんな……!」
声を上げたのは、兄であるソルティス侯爵の裁定を固唾を飲んで見守っていたエリザベス様だった。
「あんまりですわ。クリスに、何の罪があるというのですか!」
みなが一斉にエリザベス様へ視線を向ける。
たちまち評議会の間にざわめきが広がった。
俺も思わず、傍聴席に視線を向けた。
エリザベス様の顔は、青ざめていた。その目には涙が浮かんでいる。
俺に向けられることの多かった冷たい目とは、まるで違う——母親の顔だった。
「エリザベス様」
静かな声が、俺の隣から響いた。
レイノルド兄上だった。
「クリスに罪があるから、この裁定が下されたのではありません」
兄上の声は穏やかだったが、堂々としたものだった。
「ですが、長年ソルティス侯とあなたが積み重ねてこられたものが、今日の結果を招いたのです」
エリザベス様が、泣き崩れた。
俺はその様子を、どこか遠くで見ているような気持ちで見つめていた。
◇◇◇
その後の手続きが進む間、俺はずっと考えていた。
クリスは、何もしていない。
まだ幼い。
罪などない。
それでも、この結果を招いた。
——これが、権力争いの末路、か。
「かわいそうだと思うか?」
兄上の声が、耳元で低く響いた。
俺は小さく頷いた。
「エリザベス様にも、クリスにも、直接の罪があるわけではない。だがな——」
兄上は少し間を置いてから、続けた。
「王家が国をまとめ続けるためには、必要なことなんだ」
「……必要」
「ソルティスが力を持ったここ数年、王家の求心力は確実に落ちた。そのせいで起きたことは——アーサー、お前自身がよく知っているだろう」
俺は何も言えなかった。
「貴族が権力争いに明け暮れることで、中央が乱れれば、最も被害を受けるのは民だ。だから、こういうことをいつまでも続けていてはいけない」
兄上の視線が、遠くを見た。
「そのためにも俺は、強い王家を目指す。今よりずっと、揺るぎない王権を——それが、俺の目指す未来だ」
しばらく沈黙が続いた。
「アーサー」
「……はい」
「以前の手紙にも書いたが」
兄上が俺を見た。
「俺の側で、手伝ってほしい。今すぐ返事はいらない。だが、よく考えておいてくれ」
俺も兄上の顔を見た。そして、静かに頷いた。




