第76話:古の聖域
ヒロが見つかってから二週間——その間にも、様々なことが進展していた。
捕えていた見張りのうち、魔法使いについては、国が管理する上位魔法使いの名簿には存在しない人物だと判明した。どうやら、隣国から流れてきた無届けの魔法使いである可能性が高いらしい。
一方、捕えていたならず者達の証言からは、雇い主である貴族の名も判明した。
その情報と押収した禁制品の魔道具は証拠として王宮へ送られ、あとは騎士団とレイノルド殿下へ委ねることになった。
アーサーとセシルは報告と調整のため王宮へ赴き、今は屋敷を空けている。
そして——今日。
遺跡と岩塩窟の調査を終えたお祖父様が、パトラッシュと共に屋敷へ戻ってきた。
◇◇◇
執務室には、お父様、お母様、そしてレオに付き添われながら歩けるまで回復したヒロも顔を揃えていた。
……何故か、パトラッシュもいる。
「お帰りなさい、お祖父様、パトラッシュ。調査はいかがでしたか?」
「うむ。実に興味深かったぞ」
お祖父様は満足そうに頷くと、持ち帰った書類や図面を机の上へ広げた。
「あの岩塩窟じゃがな、なんと地下深部まで続いておった。見えている範囲だけでも、少なく見積もって領内需要を百年以上は満たせそうじゃ」
その説明に、お父様もお母様も目を丸くする。
けれど驚きは次第に喜びへ変わっていったようで、二人の表情も少しずつ緩んでいった。
「じゃが」
そんな空気を切り替えるように、お祖父様の声音が落ちる。
「場所が場所なだけに、採掘もそうじゃが、運び出しが極めて難しい」
どうやら問題は、採掘場へ続く入口らしい。
確かに、祭壇奥——神像の裏にある階段からでは、出入りできる人数にも限界がある。
「祭壇を取り壊して入口を広げることも難しい。かと言って、新たな搬出路を掘るのも簡単ではない」
お母様も難しい顔をした。
「そうですわね。あの遺跡は、一部の者たちにとって今も信仰の対象ですもの」
お母様の話では、風の民への信仰は今も一部に残っているらしい。
廃墟同然とはいえ、神殿を無闇に壊せば感情的な反発も起こりうる。
採掘以前に、まずは慎重な調整が必要——というお母様の言葉にも納得だった。
私は少し考えてから、ずっと気になっていた疑問を口にした。
「ずっと不思議だったんですが……どうして神殿の奥、それも隠すみたいな場所に採掘場があったんでしょう。しかも祭壇の奥が入口なんて、普通じゃないですよね?」
「逆だ、ハルカ」
そう言ったのは、お父様だった。
「神殿の奥に採掘場があったんじゃない。岩塩窟があったから、あの場所に神殿を築いたんだろう」
「どういうことですか?」
「塩は古来より、浄化や魔除けの力があると信じられてきた」
次に口を開いたのはお祖父様だった。
「風の民にとっても、塩は特別な『浄化資源』だったのじゃろう。岩塩の眠る大地——それ自体を神聖な場所と考えておったとしても不思議ではない」
「その証拠に」
お祖父様がパトラッシュへ視線を送る。
「入口を守っていたのは神獣フェンリルの像じゃったろう?あれは単なる採掘場の入口ではなく、風の民にとって神聖な場所だった——そう考える方が自然じゃ」
私も釣られるようにパトラッシュへ目を向けた。
当のパトラッシュはというと、目を細めて大きなあくびを一つ。
そして、我関せずと言わんばかりに、そのまま昼寝の体勢へ入っていった。
——うん。威厳はない。
そんなパトラッシュのいつもと変わらない様子に、なんとなく口元が緩む。
みんなの表情も、いつの間にか少し柔らかくなっていた。
「さて」
お父様が腕を組む。
「せっかく見つかった岩塩窟だが、どうしたものか」
その言葉を皮切りに、今後の方針へと話題は移っていった。
私はすでに、考えていたことをこの機会に言ってみることにした。
「遺跡として保存しましょう!」
元気よく提案すると、全員がこちらを向いた。
「塩は、どうしても必要な時に、少しだけ採らせてもらう。遺跡と岩塩窟は、まとめて守っていく——そういうのはどうでしょうか」
「ほう」
お祖父様がゆったりと頷く。
「そうじゃな。今は塩の供給も安定しておる。グランフェルトとの取引も続いておるし、ソルティスの件が落ち着けば、以前のような問題もそう起きんじゃろう」
「そうですよね。『いざという時の備え』があるだけでも、今は十分じゃないでしょうか?」
「そうね」
すると、お母様も賛同の声を上げてくれた。
「ただ、あの遺跡については、もう少し調査を進めたいですわ。風の民の歴史は、まだわからないことも多いですし、どこまで修復し、どこを残すかも検討が必要です」
お母様はそこで一度話を区切ると、お父様に向き直った。
「それに、あの場所は隣国との国境も近い。開発には注意が必要です。今までは街道から外れていたから人も寄り付きませんでしたが、注目を集めれば新たな火種になりかねません」
「それもそうだな」
お父様は少し考えてから、口を開いた。
「よし。ではハルカの意見を採用しよう。遺跡は調査の上、保全する。岩塩窟についても同様に管理し、当面は緊急時以外は手をつけない」
一同が頷いた。
「ただし——」
お父様は声を低くした。
「盗掘や、隣国に狙われる恐れがある。ミランダが懸念するように、隣国との火種にならぬよう、この情報をどこまで共有するか、どうやって警備や管理をしていくか、それは慎重に考えなければならない」
「秘密にしておくのが一番でしょうか」
「完全な秘密は難しい。調査に関わった者たちがいる以上、いずれは漏れる。それよりも、信頼できる相手に限定して知らせ、管理の枠組みを先に作る方が現実的だろう」
「陛下とレイノルド殿下には知らせた方がいいかもしれませんね」
お母様が穏やかに頷きながら言葉を続けた。
「王宮が把握していれば、国として保護する体制も作りやすいと思いますわ」
「そうだな。アーサーとセシル殿には、今回は岩塩窟発見のことは伏せて報告するよう頼んである。二人が戻ったら——その時、改めて話し合おう」
お父様の言葉に、私たちは静かに頷いた。
◇◇◇
塩の報告と扱いにひとまず決着がつくと、部屋の中の緊張感がほぐれた。
その様子を見計らい、控えていたセバスとルナが新しくお茶を淹れてくれ、みな、カップを手に取り、リラックスしてお茶を楽しみ始めた。
レオはヒロの様子を確認するように隣を見る。その視線に気付き、お祖父様が傾けていたカップを皿に戻し、二人の方を向いた。
「ヒロ、体の調子はどうだ?もう歩いても平気なのか?」
「ご心配とご迷惑をお掛けしました。おかげさまで、日常生活には支障ありません」
「本当か?」
確かめるように、お祖父様はレオへ視線を向ける。
「傷自体は、奥様のお陰でもう問題ありません。ただ、体力はまだ戻り切っていないようで、時々ふらついています。魔力の流れも少し滞り気味ですね」
「ふむ」
お祖父様は一つ頷いた。
「無理はするなよ」
その言葉に、ヒロが申し訳なさそうに頭を下げる。
お祖父様は静かに頷くと、今度はレオに話を振った。
「それにしてもレオ、強くなったな。今回の働き、実に見事じゃった」
「本当、すごく強くなったよね、レオ! それに、逞しくなった!」
私もすかさず褒め言葉を重ねる。
レオは「そんなことありません」と小さく否定していたが、その口元はどこか嬉しそうに緩んでいた。
ヒロは、そんな私たちのやり取りを、目を細めて見つめていた。
と、突然。
「お前たちなら、もう大丈夫じゃろう」
二人の様子を満足そうに眺めていたお祖父様が、ぽつりと呟いた。
私は思わず、お祖父様の顔を見る。
すると、お祖父様は笑みを消し、真剣な表情で真っ直ぐヒロを見つめていた。
「ヒロ、クラウゼン子爵位を継承しろ」
「え?」
部屋中の誰もが、驚きに言葉を失った。
爆弾発言((((;゜Д゜)))))))




