第73話:風の神殿
今週から月・水・金の週3回投稿します!
「兄さん! 兄さん、聞こえるか!」
ヒロを抱えるように膝をつき、両肩を掴んで必死に呼びかけるレオ。
私も同じように跪き、ヒロの手を両手で握り締めた。
「くそっ……足の骨を折られてる。それに、なんだこの黒い首輪は!?くそ、外れない!」
レオは吐き捨てるように言いながら、縛られていた縄を素手で引きちぎった。
続けて首元に嵌められた黒い金属製の輪に手をかけ、留金を探す。
「レオ、それ、魔道具だと思う。無理に外さない方がいい」
「くそっ……こんなものまで使いやがって」
「落ち着いて、レオ。多分、さっき捕えた見張りの誰かが鍵を持ってるんじゃないかな。探してくる!」
そう言って立ち上がろうとヒロの手を離した。
と、その時——。
「……うっ」
小さな呻き声と共に、ヒロの目がゆっくりと開いた。
「兄さん!」
ぼやけた視界の中で、ヒロの瞳がレオを捉えた。
「……レオ?」
掠れた声だった。
「……大きくなったな」
痩せこけ、ところどころ血の跡が滲む顔が、ほんの少しだけ綻ぶ。
その瞬間、レオの顔がくしゃりと歪んだ。
「……馬鹿野郎」
震える声が漏れる。
「……心配、かけやがって……」
それだけ言って、ヒロを強く抱き締めた。
抗う体力も残っていないのだろう。
ヒロは抵抗することなく、静かに目を閉じ、そのままレオへ身を預け、再び意識を失った。
◇◇◇
その後到着したお祖父様は状況を確認すると、すぐに騎士たちへ指示を飛ばした。
捕えておいた見張りたちを引き渡し、併せて魔道具の首輪の鍵も回収してもらう。
応急処置を終えると担架が運び込まれ、レオの付き添いのもと、ヒロは慎重に遺跡の外へと運び出されていった。
「兄さん、もう大丈夫だからな」
担架の横を歩きながら、レオが何度もそう声をかけている。
私は少し離れた場所から、その様子を静かに眺めた。
「ハルカは、一緒に付き添わなくて良かったのか?」
ヒロたちの搬送を見届け、監禁現場の調査指示を出し終えたお祖父様が、こちらへやって来る。
「うん。無事な姿も確認できたし、久しぶりに会えたんだもん。兄弟水入らずの時間も必要かなって思って」
「そうか」
お祖父様は短く頷いた。
「ねえ、お祖父様。ヒロに使われていたあの首輪、魔道具だよね。何の魔道具かわかる?」
「恐らくじゃが、魔法を制限するものだろうな」
魔法を制限する魔道具。
——だから、ヒロは抵抗できなかったのだろうか。
担架を運ぶ騎士たちの姿が、遺跡の外へと消えていく。
ようやく張り詰めていた空気が緩み、私は少しだけ肩の力を抜いた。
「……それにしても、ハルカ」
お祖父様が改めてこちらを見た。
「よくヒロの居場所がわかったな。パトラッシュが感知したのはわかるが——何があった?」
「言葉にするのは難しいんだけど……あの瞬間、風が吹いた気がしたの。そしたらパトラッシュが突然起き上がって、『見つけた』って」
我ながら、説明になっていない気もする。
でも、あの感覚を言葉にするとしたら、それが一番近かった。
「ふむ」
お祖父様は少し考えるように顎を撫でた。
「これは憶測じゃが——ヒロが風魔法で送り出したものを、パトラッシュが受け取ったのじゃろう」
「ヒロが?あの状態で?しかも、魔道具で魔法を制限されてたんだよね?」
「そうじゃな。だから本来は風を起こすのも難しかったはずなんじゃが——この場所のせいかもしれんな」
そう言って、お祖父様は、切り立った崖に沿うように築かれた遺跡の石壁を見上げた。
「ハルカ、ここがどういう場所かわかるか?」
「……遺跡、だと思う。かなり古い」
「そうじゃ。ここはな、この国が興るより遥か昔、“風の民”が築いた神殿跡だと伝わっておる」
「風の民……!」
思わず身を乗り出した。
「歴史で習ったことがある!確か、古代にこの地に栄え、風魔法に優れた民だったと——じゃあ、ここが『風の神殿』?」
「そうじゃ。あまり知られてはおらんが、ここは風の魔力が溜まりやすい場所だと言われている。それが本当なら、ヒロが見張りの目を盗んで送り出した風が、遺跡に溜まった魔力で増幅され、パトラッシュへ届いたと考えるのが妥当なところじゃろう」
「なるほど……そんな神秘的な力がある場所だったんだ」
前世でいう“パワースポット”みたいな場所なのかもしれない。
私は改めて、周囲の遺跡を見回した。
苔に覆われ、草が絡みついた石壁。
差し込む朝日を受け、その表面がうっすら金色に輝いて見える。そう言われて見てみると、神秘的に見えてくるから不思議だ。
「ワシも、ただの言い伝えだと思っておったがな」
お祖父様がふと目を細めると、遺跡の奥へ視線を向けた。
「せっかくだ。少し見学してみるか」
◇◇◇
ヒロが監禁されていた石室のさらに奥。崖肌へ食い込むように建てられた場所に、周囲の建物よりひときわ立派な造りの建物が残されていた。
恐らく、この遺跡の中心となる神殿なのだろう。
しかし、長い年月に晒されてきたせいで、屋根も壁もあちこち崩れ落ち、石材の隙間には苔や草がびっしりと根を張っている。まともな道は残っておらず、瓦礫を乗り越えながら進むしかなかった。
私を乗せたパトラッシュは、そんな足場など物ともせず、ひょいひょいと軽やかに瓦礫を越えていく。
お祖父様も身体強化を使っているのだろう。軽い足取りでその後を付いてきた。
「ワシも、こんな奥まで来るのは初めてじゃわい」
時折そんな言葉を交わしながら、十分ほど進んでいくと、視界が開けてきた。
——そこは、他よりもひときわ広い空間だった。
天井は高く、壁面には、かつて何かが飾られていたと思われる装飾の痕跡が残っている。
そして、その中央——。
台座の上には、巨大な像が静かに鎮座していた。
「え?……あれって」
私は思わずパトラッシュから飛び降り、その像の前で立ち止まった。
四肢を持つ獣の形。
大きな耳。
長く垂れた尾。
そして、ところどころ欠けてはいるが、銀白に輝く石で作られた、立派な体躯——。
「パトラッシュ……?」
反射的に後ろを振り返った。
と、そこにはパトラッシュがいた。
その目が像を見て——それから私を見る。
どことなく、得意げな顔をしていた。
「恐らく、『風の民』が崇めていた神獣フェンリルの像じゃろう」
お祖父様が答える。
「フェンリル……つまり、パトラッシュたちのご先祖様ってこと?」
「まあ、そういう認識で構わん。シルバーフェンリルは、古来より風を操る存在として各地で崇められておった。この遺跡がその民の神殿ならば、こういった像があっても不思議ではない」
像と見比べると、まだ若いパトラッシュより一回り大きいが、確かによく似ていた。
当のパトラッシュは、もう像の前まで歩み寄り、じっと見上げている。
「パトラッシュ、もしかして気に入った?」
問いかけると、パトラッシュは鼻をひくつかせ、そっと像に近づいた。
そして——おもむろに、像の横腹をぺろりと舐めた。
「え、ちょっと!」
思わず声が出た。
しかし次の瞬間、私の目が像に貼り付いた。
——あれ?
パトラッシュに舐められた部分が、うっすらと白く光っている。
いや、光ってるんじゃない。
表面が——溶けてる?
「……お祖父様」
私は恐る恐る像に近づいた。
指先で触れると、ざらりとした感触。
舌先に少しだけつけてみる。
「……っ、しょっぱい」
「どうした?」
「これ」
私は振り返って、お祖父様を見た。
「塩だ。この像、塩の結晶でできてる!」
「何じゃと!?」
お祖父様が大股で近づいてくる。
像のかけらを拾い上げ、躊躇なく舌に乗せた。
「……本当じゃ。塩じゃ!」
二人で顔を見合わせる。
パトラッシュはといえば、今度は台座部分をべろべろと舐め始めていた。
「パトラッシュ、そんなに気に入ったの?塩分の取りすぎはよくないよ……」
呆れながらも止める気になれず見ていると——台座がぐらり、と動いた。
「え?」
次の瞬間、ずずずず、と石が削れるような重い音が響いた。
台座が横にずれ、その下から暗い空間が現れた。
階段だった。
崖の内部へと続く、下り階段。
「お祖父様、奥に階段が——!」
「ほう」
お祖父様が興味深そうに覗き込んだ。
「行ってみるか。ハルカは念のため、パトラッシュに乗れ」
パトラッシュの背に跨り、お祖父様の後に続いて階段を下っていく。
足元は暗いが、石壁のあちこちに淡く光る鉱石が埋め込まれていて、進むのに困るほどではなかった。
どれくらい崖の内部へ潜っただろう。
やがて、階段が終わり——目の前が開けた。
「……!」
私たちは、息を呑んだ。
天井まで伸びる白い結晶の柱。
壁面から突き出す巨大な岩塊。
光を受け、きらきらと輝く無数の白い断面——。
「お祖父様」
声が、わずかに震えた。
「これ、全部……岩塩…なの?」
「ああ」
お祖父様は静かに頷いた。
「間違いない——探し求めていたものは、こんなところにあったんじゃな……」
広大な岩塩層が、そこに広がっていた。
風の民の神殿の、さらに奥深く。
誰にも知られることなく、ずっとここにあったのだ。
パトラッシュがゆっくり歩み寄り、白い壁へ鼻先を押し当てる。
そして、満足そうに小さく鼻を鳴らした。
私はその背の上で、しばらくの間、言葉も出なかった。
ヒロが見つかって。
無事も確認できて。
岩塩まで見つかった。
今日一日で、たくさんのことが起きた。
もう頭の整理が追いつかないくらいに。
——でも、そうか。
「……見つけた」
無意識に、その言葉が口から零れた。
それは今朝、パトラッシュから伝わってきた言葉と同じで——今度は、私自身の中から零れた言葉だった。
やっと、見つけた*・゜゜・*:.。..。.:*・'(*゜▽゜*)'・*:.。. .。.:*・゜゜・*




