第71話:残された期限
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ヒロが行方不明になって、一週間が経った。
捜索はまだ続いている。
でも、目に見える進展はなかった。
現場周辺の調査でも新たな痕跡は見つからず、周辺の街道や村での聞き込みも空振りに終わった。唯一の成果といえば、ギルドを介して届いた“ソルティス商会が、隣国製の魔道具を密かに仕入れているらしい”という情報くらいだった。
ただ、転移系の魔道具については、隣国でも“転移陣なしで人を移動させる技術”は、まだ存在しないらしい。
焦りと不安をなんとか押し込めながら、私は毎日集まってくる報告書を整理し続けた。
そんな折、セシルから「報告のためオンタリオへ戻る」と連絡が届いた。
◇◇◇
お父様の執務室には、前回と同じくお祖父様とレオの姿もあった。
二人は装備を整えながら屋敷で待機していたらしい。セシルの帰還を待って情報を共有し、そのうえで次の行動を決めるつもりのようだ。
やがて、ノックの音と共にドアが開いた。
「ただいま戻りました」
セシルが入ってくる。
恐らく、騎士としての習性なのだろう。部屋に入ると室内を素早く確認したのがわかった。
そして当然のように、見知らぬ顔に反応した。
レオも、警戒した様子で、扉から入ってくるセシルを見ていた。
その視線にハッとした私は、その時やっと二人が初対面であることに思い至った。
「セシル様、お帰りなさい。彼は——」
「初めまして。レオです」
私が紹介しようと声を上げた瞬間、レオが立ち上がって名乗りを上げた。
「ヒロの弟で、以前よりオンタリオ家でお世話になっています。B級冒険者として、今回の捜索に加わっています」
そう言って、真っ直ぐにセシルを見た。
セシルは少し目を瞬かせ、それからふっと笑う。
「セシル・ローゼンベルクだ。ハルカとアーサーの友人で、今は王都とこちらの橋渡しをしている。
……ヒロ殿の弟君か。話はいろいろ聞いている。よろしく頼む」
「こちらこそ」
二人の初対面の挨拶は、それだけだった。
——なんというか、二人ともあっさりしていた。
「では、早速話してくれ」
お父様の一言で、二人は改めて席に着いた。
◇◇◇
セシルは持参した書類を机の上に広げ、順を追って話し始めた。
「まず、ソルティス侯爵家の動向についてご報告します」
全員の視線がセシルへ集まる。
「ソルティス侯が貸し金業を通じて、再び影響力を強めているという情報は、すでにレイノルド殿下の元にも届いています。昨年の弾劾で発言力を落とした後、今は顧客である貴族家を足がかりに、水面下で勢力を広げているようです——この件は、すでに把握されていましたよね?」
「ああ。こちらでも掴んでいる」
お父様が低く答える。
それに小さく頷き返し、セシルは続けた。
「今回新たに判明したこととして、そうした貴族家の一部の屋敷に、一ヶ月ほど前から、ならず者風の男たちが複数出入りしているという情報が寄せられました」
「一月前……」
アーサーが小さく呟く。
「探索隊が出発する半月ほど前、か。王都からここまでは馬車で五日、さらにここから魔の森周辺に移動して罠を仕掛けるとなると——」
「ええ。恐らく、そいつらが実行役でしょう。事前に王都で人を募り、魔の森へ移動して待ち構えていたのではないか、とレイノルド殿下は見ています」
セシルは続けた。
「加えて、ソルティス商会が少し前から、密かに隣国製の魔道具を取り寄せていたという情報も入っています。こちらは、まだ詳細不明ですが」
(魔道具!?それって——)
その言葉に反応し、私は思わず顔を上げてセシルを見つめた。
「そうか」
けれど、お父様は淡々と相槌を返すだけで、これと言った言葉は挟まない。
どうやら最後まで黙って話を聞くようだ。
「もう一点。オスカー殿の調査で、クラウゼン子爵位の現在の状況が判明しました」
セシルが書類を一枚取り出す。
「現在ヴァルター・クラウゼンが持つ子爵位は、後見人制度に基づく暫定認定のようです。本来の継承者——ヒルベルト、つまりヒロ殿が成人前だったため、代理として爵位を預かっている形になっています」
「後見人制度というのは?」
アーサーが尋ねる。
「正当な継承者が未成年の場合、成人するまでの間、代理人が爵位を預かれる制度です。ただし——」
澱みなく資料を読み上げていたセシルだが、そこで言葉を区切り、顔を上げた。
「継承者が、成人後、何らかの事情で爵位を継げない状態になって二年が経過した場合、代理人が正式な継承者として認定されます」
室内が静まった。
「ヒロ殿は確か、次の新年で十七歳になるんでしたよね?成人年齢は十五歳ですので、あと数ヶ月ほどでその二年という要件を満たすことになります。つまり、ヒロ殿がこのまま名乗り出なければ——」
「その時点で、ヴァルターが正式に子爵になれる」
私は思わず声に出した。
「そうです」
セシルが頷く。
「恐らく、クラウゼン子爵の動機はこれでしょう。名乗り出てくる前に、ヒロ殿を排除できれば——正式な継承者になれる」
「でも、レオがいる限り、子爵位は今度はレオが継ぐことになるんじゃない?」
私がそう言うと、アーサーが少し考えてから口を開いた。
「レオの存在が把握できていなかったとしたら、どうだろう。そう考えると、新年の祝いまでヒロをどこかに閉じ込めておいて、その間に手続きを進める方向に動くんじゃないかな」
「そうだな」
レオが静かに続けた。
「ついでに、この騒ぎで俺が表に出てくれば、その時に俺も処分する——そこまで考えてるだろう」
その言葉は落ち着いていたが、どこか静かな怒りを含んでいた。
「まあ、それはヒロとレオが無事でさえあれば解決する問題だ」
お父様が言い切る。
「そうね」
お母様が続けた。
「それよりも、ソルティス侯の動きの方が気になるわ。特に隣国から仕入れた魔道具——それが、どんなものかによってヒロの状況が変わってくるわ」
「その魔道具については、レイノルド殿下が引き続き情報を集めてくださっています。新しい情報が入り次第、連絡をいただけることになっています」
「さすが兄上だ。頼りになる」
アーサーが少し表情をほぐした。
「その魔道具、ひょっとして転移魔法に関するものなんじゃないかな……」
私は先ほどから気になっている話題を向けた。
「じゃが、我が国には既に転移陣もある。わざわざ隣国から取り寄せる必要性を感じない」
お祖父様が腕を組んだまま首を振った。
「先ほどセシルも言っておったように、『ならず者』というのが、恐らく拉致の実行犯じゃろう。とは言え、ヒロほどの者が、そんな輩ごときに後れをとるとは思えん」
一拍置いて、続けた。
「その魔道具を使って、罠に嵌めたと考えるのが自然じゃろうな。あるいは腕利の魔法使いを雇ったか……」
「そう仮定すると——」
お父様が書類を手に取った。
「以前の報告にあった『足跡が消えた地点』、その辺りに仕掛けられていたと考えるのが妥当か…」
「ああ。それなら、もう一度、その周辺を洗ってみる必要がありそうじゃな」
お祖父様は立ち上がりながら、レオを見た。
「よし、魔の森へ戻るぞ、レオ」
「はい」
即答だった。
二人が部屋を出て行く。
足音が廊下に遠ざかると、残された室内に短い沈黙が落ちた。
「新年の祝いまで、か」
アーサーが小さく呟く。
私も、同じことを考えていた。
新年の祝いまであと四ヶ月ちょっと。それまでにヒロを見つければ、爵位の件は何とかなるかもしれない——けれど、そもそも、ヒロが今も無事だという確証すらないのだ。
もし相手が、口封じのために最初からヒロを殺すつもりだったら。
もし、今この瞬間にも——。
そこまで考えてしまい、胸の奥が冷たくなる。
——駄目だ。
悪い想像に飲まれるな。
焦燥に呑まれそうになる気持ちを振り払うように、私は両手で頬を叩いた。
乾いた音に、アーサーが驚いたようにこちらを見る。
「ハルカ?」
私は返事もせず、お祖父様たちを追いかけるように部屋を飛び出した。
第4章を書き終えましたので、今週から投稿ペースを月・水・金の週3回に変更いたします!
次回の更新は 6月19日(金)12:10 を予定しております。
よろしければ、ぜひまた読みにいらしてくださいませ╰(*´︶`*)╯♡




