第70話:知っていたぞ
「——今回の面会でわかった情報は以上です」
私は報告を終えると、補足はないか確認するようにアーサーへ視線を向けた。
それを受け、今度はアーサーが口を開く。
「オスカー様は王宮法務部に勤める文官だそうで、当時の記録やクラウゼン子爵の動きを調べてくれると言っていました。セシルも王都に残って、兄上やローゼンベルク伯と協力しながら、ソルティス側の情報を集めてくれることになっています」
アーサーが説明している間、私はそっとレオの様子を窺っていた。
レオは膝の上で拳を握り締め、黙って話を聞いている。
ただ、視線はずっと膝の上へ落とされたままだった。
「……オスカー」
やがて、レオがぽつりと呟く。
「兄さんの従兄……ってことは、俺の従兄でもあるのか」
膝の上で握られた拳に、じわりと力が込められる。
「……兄さんは、なんで——」
低く掠れた声が漏れた。
「なんで、俺に話してくれなかったんだろう」
握り締められた拳が、小さく震え始める。
「ずっと一緒にいたのに。俺だけ、何も知らなかった」
怒りなのか、悲しみなのか。
そのどちらも滲んだ声だった。
誰も、すぐには口を開けなかった。
私も、「信用していなかったわけじゃないから」とか、「レオが大きくなってから話すつもりだったんだよ」とか、慰めの言葉はいくつも浮かんだ。
けれど、どんな言葉も薄っぺらく思えて、結局ひとつも口にはできなかった。
——ヒロの本心は、ヒロ本人にしかわからない。
私たちが憶測で中途半端な言葉をかけるより、今はヒロを無事に見つけ出し、二人がちゃんと話し合えるようにする方が大切だ。
そのためにも、まずは情報を整理しなくては。
私は小さく息を吐くと、改めて口を開いた。
「一つ、確認させてください」
部屋の空気がわずかに張り詰めた。
それを振り払うように、私はお父様たちをまっすぐ見つめたまま続ける。
「ヒロが、ヒルベルト・クラウゼン——クラウゼン子爵家の嫡男だったことを、お父様たちはご存知だったのですか?」
一瞬、沈黙が落ちた。
お父様とお母様が視線を交わし、やがてお父様が静かに答える。
「結論から言えば、知っていた」
「……!」
「もっとも、ヒロ本人から聞いたわけではないがな」
そう言って、お父様はお祖父様へ視線を向けた。
「ああ。ワシが調べさせた」
全員の視線が一斉にお祖父様へ集まる。
けれど、お祖父様は慌てる様子もなく、腕を組んだままゆったりと続けた。
「ハルカが二人を連れ帰った時、身元を調べんようなワシではない」
「……お祖父様、それって——」
私が言いかけると、お祖父様は軽く手を上げて制した。
「ただ、ヒロたちに何があったのかは知らん。ワシは、あいつが自分から話すその時まで待つと決めておったからな」
静かな声音だった。
二人が危険な存在ではないとわかった後は、ヒロに全ての判断を委ねたということ。
——それは、ヒロに対する全幅の信頼の証だった。
「……そっか」
レオがぽつりと呟いた。
驚くほど落ち着いた声だった。
「大旦那様は、知ってたんだな」
「うむ。お前たちが何者なのかは知っておった。それでもここに置いたのは、ハルカの判断が正しいと思ったからじゃ」
お祖父様はそこで少し間を置き、穏やかに続けた。
「そして、お前たちがこの家でどう育ってきたかも、ワシはちゃんと見てきた。お前たちは兄弟で助け合い、真面目に頑張っておった。ワシはお前たちの成長を誇らしく思っておる」
そう言うと、レオへ向かって手を伸ばし、わしゃわしゃと頭を撫でた。
「……ありがとうございます、大旦那様。俺たちのこと、ずっと見守ってくれて……」
されるがままになっていたレオの顔が、くしゃりと歪んだ。
誰も、すぐには言葉を発せなかった。
ただ、壁にかけられた時計の音だけが、部屋の中に響いていた。
やがてレオは、胸の奥に渦巻く感情を押し込めるように深く息を吐いた。
そして顔を上げ、真っ直ぐお父様を見た。
「俺は、貴族の地位なんていりません」
みなの視線が、レオへと注がれる。
「今の俺は冒険者で、オンタリオ家の人間です。家名や爵位がなくても、俺は俺として欲しいものを手に入れるつもりです」
言い切ったあと、レオの声音が少しだけ柔らかくなった。
「兄さんが何を迷ってるのか、俺にはまだわからない。でも——会ったらちゃんと伝えます。俺はこうやって生きていくんだって」
短い沈黙が落ちる。
静まり返った部屋に、誰かの息を吐く音だけが微かに響いた。
そんな中、お父様はゆっくりと頷く。
「わかった。その話は、ヒロが戻ってから改めて聞こう」
お母様も静かに頷いた。
お祖父様は目を細め、静かにレオを見つめていた。
◇◇◇
情報の共有を終え、部屋を出た廊下で、私はふと足を止めた。
少し先を、レオが歩いている。
さっき見た、迷いのない横顔がまだ頭から離れなかった。
——俺は俺として欲しいものを手に入れる。
そう言い切った時の声。
前を歩くレオの背中が、以前よりずっと大きく見える。
「ハルカ」
遅れて部屋を出てきたアーサーの声に、私ははっと意識を引き戻された。
「どうしたの?」
「ううん、何でもない」
慌てて首を振ると、アーサーはしばらく私の顔を見つめ、それから前方へ視線を向けた。
「……レオ、変わったね」
「うん。すごく頼もしくなった」
「……俺も、負けてられないな……」
ぽつりと零れたその声に、私は心の中でそっと頷く。
——私も、負けてられない。
しばらくの間、私たちは無言のまま、レオの背中を見つめていた。




