第68話:クラウゼン兄妹
アーサーとセシルの名で、急ぎレイノルド殿下に協力をお願いしたところ、事情を慮ってくれたのか、二日後には面会できるよう整えてくれた。私はお父様の許可をとり、アーサー、セシル、ルナと共に、約束の時間に間に合うように転移陣を使って王都へと赴く。
王宮の一角にある応接室へ通された時、室内にはすでに二人の男女が待っていた。
一人は、ヒロより少し年上に見える青年だった。。
栗色の髪に灰がかった緑の瞳。文官らしい落ち着いた装いをしているが、その面差しには、どこかヒロを思わせるものがあった。
そして、その隣に座る少女。
淡い金髪に、澄んだ青い瞳。
まだ幼さを残す顔立ちをしているが、仕立ての良いドレス姿からは、良家の令嬢らしい品の良さが感じられる。
——この二人が。
クラウゼン兄妹。
「ご無沙汰しています。セシル・ローゼンベルクです。お二人と面識のある私の方から、ご紹介させていただきます」
そう言って、セシルは最初にアーサーを、続いて私のことを紹介してくれた。ルナは扉前にそっと場所を移し、待機するようだ。
「オスカー・クラウゼンです」
紹介を受け、青年が立ち上がり、深く一礼した。
「こちらは妹のアデルです。本日は、お招きいただきありがとうございます」
「アデル・クラウゼンと申します」
少女も緊張した様子で頭を下げる。
今回の面会は、レイノルド殿下の計らいによって極秘裏に用意されたものだ。
表向きには、王宮での非公式な懇談という扱いになっているらしい。
挨拶が終わると、私たちも席に着いた。
アーサーの表情は硬い。きっと、私も同じような顔をしていると思う。
——どう切り出すべきか。慎重に言葉を選ばなければならなかった。
応接室に短い沈黙が落ちた。
そんな空気を察し、最初に言葉を発したのは、この場で最も年長となるオスカーだった。
「……ヒルベルトの件、でしょうか」
その声音には、不安が滲んでいた。
私は一度だけアーサーと視線を交わし、小さく頷く。
「……ヒルベルト様、というのは、ヒロのことですね?」
「あ、はい。……そういえば、今は『ヒロ』と名乗っているのでしたね」
「便宜上、私たちは彼のことを、このまま『ヒロ』と呼ばせていただきます」
一度言葉を切り、私は二人をまっすぐ見た。
「ご指摘の通り、本日はそのヒロの件で、この場を設けさせていただきました。——お話しする前に、今日私たちに会ったこと、そしてここで聞いたことは、決して口外しないとお約束ください」
二人は黙って頷いた。
それを見届けてから、私は静かに続けた。
「実は数日前、ヒロが、探索任務中に行方不明になりました」
「……え?」
最初に反応したのはアデルだった。
その顔から、みるみる血の気が引いていく。
「現在、オンタリオでは総力を挙げて捜索しています。現場からは、拉致された可能性を示す痕跡も見つかりました」
「拉致……?」
オスカーが掠れた声を漏らした。
「そんな……」
アデルが小さく口元を押さえる。
二人の動揺は明らかだった。
少なくとも、“知っていた者の反応”には見えない。
私は慎重に言葉を続ける。
「ヒロの部屋からは、クラウゼン家関係者との書状が複数見つかっています」
オスカーの肩がびくりと揺れた。
「さらに、クラウゼン子爵家とソルティス侯爵家の間で、定期的な書状のやり取りがあったことも判明しています」
「っ……!」
オスカーが息を呑む。
「ソルティス侯爵家と当家の間に確執があったことはご存知ですか?」
アデルが不安そうに兄を見上げた。
「はい……昨年の塩の流通の件ですね」
オスカーの返答に、私は小さく頷いた。
「私たちは、ヒロの失踪と、それらが無関係ではないと考えています」
静まり返った部屋の中で、オスカーは強く拳を握り締めていた。
「待ってください……!」
絞り出すような声だった。
「私もアデルも、ソルティス侯爵とは関係ありません!」
「……では、ソルティス侯爵とのやり取りについて、お二人はご存知なかったのですね?」
「いえ、やり取りがあることは知っていました。しかし、それだって、貴族家当主同士の交流かもしれないですし、父は法務部の重責を担っています。何か、役目上のものだったかも、と……」
「そうかもしれません。ですが、半月ほど前、クラウゼン子爵——あなたのお父様から、ヒロの元に手紙が届いていました。その手紙をヒロに手渡した当家の使用人から『ヒロが珍しく動揺していた』との報告を受けています」
私は、事実だけを淡々と伝えた。
そして、オスカーの様子をじっと窺う。
「父上が手紙を?そんなこと、一言も……ア、アデル、アデルは知っていたのか?」
全員の視線がアデルに集まる。
「いいえ、お兄様。お父様からも、お母様からもそのようなお話は聞いていません」
彼女は明らかに動揺した様子で否定した。
「そうだよな……。一年前、王宮でヒルベルトを見かけたと報告した時だって、父上は『しばらく様子を見ろ』と言っただけだった」
オスカーは苦しげに眉を寄せる。
「春に再会したと伝えた時も、『そうか』としか反応しなかったんだ」
「あ!でも、私がお手紙を書いたことはお父様に報告しています。来春、隣国に移動する前に、ヒルベルト兄様にお会いしたいと相談したら、『手紙を書いてみては』と勧めてくださいましたもの」
二人の瞳には動揺と困惑が見て取れる。どうやら、クラウゼン子爵の思惑と彼らの目的は別なようだ。
「……そうだったのか」
オスカーが揺れる瞳を一瞬だけ足元に落とし、クッと顔を上げると言葉を絞り出すように話を続けた。
「信じていただけないかもしれませんが、俺もアデルも、ただ純粋にヒルベルトと再会できたことが嬉しかっただけなんです。子供の時に急にいなくなった従兄弟を、俺たちはずっと心配していた。生きていると知って、本当に安心したんです」
灰緑の瞳が、必死にこちらを見つめる。
「だからこそ、会ってゆっくり話したいと手紙を送っていただけなんです!」
「お兄様……」
その言葉に偽りはない。
少なくとも、私はそう感じた。
アーサーも、隣で複雑そうな顔をしている。
「……私たちは、あなた方を犯人だと決めつけたいわけではありません。ただ、クラウゼン家とヒロの間に、何かあったのではないか——」
私は静かに言った。
「今は少しでも情報が欲しいんです」
オスカーは俯いたまま、震える声で呟いた。
「父が……ソルティス侯爵と繋がっていたのは事実です」
部屋の空気が張り詰める。
「最近、屋敷には頻繁に書状が届くようになっていました」
「お兄様……それって……」
アデルの声も震えていた。
「まさか……お父様が……?」
オスカーは答えなかった。
いや、答えられなかったのだろう。
その顔には、困惑と動揺、そして強い自己嫌悪が浮かんでいた。
「いや……今日この話を聞くまで、本当に仕事の話だと思っていたんだ。だが、思い返せば、やり取りが急に増えたのもここ二週間ほどのことだった。……父がヒルベルトの件に関わっていたとすれば、辻褄が合う」
苦しげに絞り出すようにオスカーは続けた。
「思えば、俺がいくらヒルベルトに子爵位を返そうと話しても、父上はいつもはぐらかしていた。父上は、プライドの高い人だ。自分こそが子爵位に相応しいと、ヒルベルトの存在を疎ましく思っていたとしても不思議じゃない。……よく考えれば、わかっていたはずなのに」
その瞬間。
アデルがはっと顔を上げた。
「待って……」
青ざめた顔のまま、私たちを見る。
「——ひょっとして、ヒルベルト兄様は、お父様のせいで行方不明になっていたの?」
その反応で、彼女はまだ知らなかったのだと理解した。
オスカーが視線を落として頷いた。
「恐らくな。お前もおかしいと思ったことはないか?——なぜ、ヒルベルトがいるのに、父上が子爵位を継げたんだ?何故父上は、ヒルベルトたちが行方不明となった時、早々に捜索を打ち切ったんだ?」
アデルが息を呑んだ。
「俺たちは、ある日突然、子爵令息と子爵令嬢になった。それは——思い返せば、ヒルベルトたちがいなくなった直後のことだった」
「そんな……」
少女の瞳が大きく揺れる。
オスカーは目を閉じ、苦しげに俯いた。
「なぜ、どういった経緯でヒルベルトが幼いレオナルドを連れて家を出たのか、詳しいことは本人に聞かないと分からない。でも、やっぱりクラウゼン家を継ぐべきなのは、俺じゃない。ヒルベルトだ——俺は、ヒルベルトを見つけ出し、今度こそきちんと話を聞きたい。そして、爵位を返したいんだ」
重苦しい沈黙が落ちた。
その沈黙を破ったのは、ずっと黙って聞いていたセシルだった。
「そうだな。そのためにも、ヒロ殿を無事に見つけなきゃな——ハルカ、アーサー、俺はこのまま王都に残るよ」
全員の視線がセシルに集まる。
「レイノルド殿下や父上にも協力を仰いで、もう少し情報を集めてみようと思う」
その言葉に、オスカーが反応する。
「ローゼンベルク殿!俺にも手伝わせてください。こう見えて、私は法務部に勤める王宮文官です。当時の状況と父上の動きを調べることができると思います」
力強いその言葉に、皆が顔を上げた。
「ありがとうございます、オスカー様」
私はまっすぐ彼を見た。
「力を貸してください。みんなで、ヒロへ繋がる手掛かりを探しましょう」
みなの視線が私に集まる。その目には先ほどより力が漲っていた。
アーサーが静かに口を開く。
「真相を解明するためにも、過去の出来事を清算するためにも、ヒロを必ず助け出そう」
その言葉に、みなが大きく頷いた。
ヒロが消息を絶ってからもう五日——時間がない。
けれど、ようやく見え始めたヒロを攫った者たちの影。
——待ってて、ヒロ。
もうすぐ、たどり着くからね。




