第67話:見え始めた繋がり
『拉致の痕跡が発見された』
——その報せが届いてからというもの、屋敷の空気は張り詰めたままだった。
治安維持隊、騎士団、冒険者ギルド、商業ギルド——。
あらゆる方面へ協力要請が出され、捜索の手は日ごとに広がっている。
お祖父様は引き続き現地で捜索の指揮を執り、お母様は治安維持隊を率いて周辺地域を捜索。
セバスとルナもまた、諜報部隊を動かして情報収集にあたりながら、各種ギルドと連携して魔道具に関する情報を集めていた。
それでも、決定的な手掛かりは、まだ何ひとつ掴めていなかった。
そんな中、私は自室に籠もり、机いっぱいに広げた資料へ視線を落としていた。
探索日誌。
地図。
周辺街道の情報。
魔道具商の取引記録。
少しでも繋がるものはないかと、頭を回し続ける。
「……転移魔法を使える相手、か」
ぽつりと呟く。
転移魔法による直接移動は、国によって厳しく制限されている。
しかも、人を伴う転移となれば、転移陣の設置はほぼ必須だ。
領を跨ぐ転移陣ともなれば、国の許可も必要になる。
加えて、設置には膨大な魔力と費用がかかると、以前聞いたことがあった。
——となると、ヒロはまだオンタリオ領内にいる可能性が高い。
それに、転移陣を仕掛けるには、正確な日程と場所を把握していなければ不可能だ。
つまり——探索の日程や野営地の位置が、事前に漏れていた可能性が高い。
「……どこから情報が漏れたんだろう」
偶然ではない。
誰かが計画的に情報を集め、ヒロを狙った。
「お嬢様」
静かなノックの後、扉を開けて入ってきたのはルナだった。
その後ろには、セバスの姿もある。
二人とも、いつになく表情が硬い。
考え事に没頭していたせいで、私はノックの音にも気づいていなかった。
突然の呼びかけに、びくりと肩が跳ねる。
「何かわかったの?」
問いかけると、ルナとセバスは一瞬だけ視線を交わした。
そしてセバスが静かに前へ進み出て、私の前へ数通の手紙を置いた。
「……ヒロの部屋を確認したところ、いくつか気になる手紙が見つかりました」
静かに口を開いたのはセバスだった。
「送り主の多くが、クラウゼン家関係者のものです」
「やっぱり……」
胸の奥がざわつく。
「さらに調査を進めた結果、クラウゼン子爵家とソルティス侯爵家の間で、定期的な書状のやり取りが行われていたことも判明しております」
「ソルティス侯爵……」
その名前に、背筋へ冷たいものが走った。
「たしか、弾劾されて発言力を落としていたはずじゃ……?」
「表向きは、です」
セバスが淡々と続ける。
「侯爵家は、現在も莫大な資産を保有しております。その財力を背景に、各貴族への融資を通じて、再び影響力を強めつつあるようです」
「そんな……」
「既に複数の中小貴族が、ソルティス侯爵家へ逆らえない状況にあるとの情報もございます」
——貸金による支配。
金は、人を縛る。
そして貴族社会では、それがそのまま“力”になる。
「それと……もう一点」
今度はルナが口を開き、私の前へ一通の手紙を差し出した。
「ヒロが出発する前日、新たな書状が届いていたそうです」
「誰から?」
「クラウゼン子爵家のご令嬢——アデル様です」
「アデル……?」
聞き覚えのない名前だった。
これまで確認されていたのは、『オスカー』と『ヴァルター』からの手紙だったはずだ。
その時、後ろから声がかかった。
「オスカー殿の妹だ」
振り返ると、いつの間にか部屋へ入ってきていたセシルとアーサーが立っていた。
「セシル」
「話が聞こえた」
セシルは腕を組みながら続ける。
「アデル・クラウゼン。俺と同い年の令嬢だ。学院では顔見知りだった。専攻が違ったから親しいわけじゃないが、何度か話したことはある」
「どんな人?」
「物静かなタイプだな。兄のオスカー殿ほど社交の場には出てこない」
「……その人が、ヒロに何の用だったんだろう」
偶然だろうか。
——いや。
今は、“偶然”で片付けるべきじゃない。
私は机の上へ視線を落とした。
ソルティス侯爵。
クラウゼン子爵家。
ヒロへ届いていた数々の手紙。
そして、失踪前日に届いた新たな書状。
点と点が、少しずつ繋がり始めている。
「……クラウゼン家が、何らかの形で関わっている可能性がある」
静かに呟くと、部屋の空気がさらに張り詰めた。
アーサーが不安そうにこちらを見る。
「ハルカ……」
「もちろん、まだ断定はできないよ。でも、今ある情報から考えると、無視はできない」
私はゆっくりと顔を上げた。
「……アデル様に会えないかな?」
「学院の繋がりを使えば、話を通すくらいなら可能だと思う」
「オスカー様にも会えるかな?」
「不可能ではないが……」
セシルが慎重に言葉を選ぶ。
「兄上にも協力を仰ごう——その方が、秘密裏に接触できると思う」
アーサーが力強く言い切った。
「じゃあ、お願いしてもいい?アーサー」
「私、直接会って、話を聞きたい」
書状のやり取り。
ヒロとの関係。
ソルティス侯爵との繋がり。
確かめたいことは、山ほどある。
私はまっすぐ二人を見た。
「クラウゼン兄妹に会いに行こう」
その言葉を合図にするように、部屋の空気が静かに動き始めた。
次回、クラウゼン兄妹に会いに王都へ行きます。




