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メンタルつよつよ令嬢ハルカはガリガリ王子をふくふくに育てたい!  作者: ふくまる
第4章:ふくふくの花を咲かせましょう 

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第63話:年上の男

 探索隊の出発を明日に控えた午後、珍しく時間に余裕があった私は、庭の木陰にシートを広げ、久しぶりに双子とのんびりと過ごしていた。


 最近のアリサとヒナタは、いっそうお喋りが上手になり、それぞれの個性もはっきりしてきた。体を動かすのが大好きで、気づけば走り回っているアリサ。対してヒナタは、じっと本を読むのが好きで、今も図鑑を片手に庭の草花を観察している。


「はい、アリサ。あーん」


「あーん」


 厨房から持ってきたキャロットケーキを口に運んでやると、アリサが嬉しそうにもぐもぐと頬張る。それを見たヒナタが「次はわたし」と言いたげに隣にやってきて口を開けた。


「はい、次はヒナタね」


「あーん」


 二人の口に交互にケーキを運びながら、木漏れ日が揺れる庭をぼんやりと眺める。


 お祖父様による一週間の特訓は、昨日で一区切りがついた。ヘロヘロになるまで酷使した身体は、朝からずっと悲鳴を上げ続けているけれど、必死に食らいついた時間はとても充実していた。アーサーとセシルも、この一週間で見違えるほど動きにキレが出てきて、魔力展開も早くなっていた。呼吸も合ってきたようで、二人でいる時の空気感まで違って見えた。


 今朝の自主練でも、二人は覚えたての『融合術』を復習しながら、連携の動きを確かめていた。


「しっかりと教えていただいたことを身につけて、ラオウ様が戻られたら、もう一度特訓をお願いするんだ!」


 ——と、息巻いて。


 ……やっぱり体力が違うのかな。私も、もっと頑張らないと。




「——ハルカ?」


 声に振り返ると、木剣を提げたセシルが立っていた。


「あれ、セシル様。この時間はアーサーの護衛じゃないの?」


「ヒロ殿と交代で休憩中だ。素振りでもしようかと思って、ちょうど場所を探していたところでな」


 そう言って視線を落とし、双子の姿に気づくと、少し目を丸くした。


「……妹君たちと一緒だったんだな。こんにちは」


 しゃがみ込んで目線を合わせるセシルに、双子が元気よく応える。


「「こんにちは!」」


 優しく頭を撫でるその手つきに、ふと視線がケーキへと落ちた。


「……これは?」


「キャロットケーキ。二人と一緒に作ったの。セシル様も食べる?」


 隣の空いた場所をポンポンと軽く叩いて示すと、セシルは笑って木剣を立てかけ、腰を下ろした。


「では遠慮なく」


 その様子を見ていたアリサが、セシルと私を交互に見比べる。


「ねえたま、だれ?」


「セシル様よ。そういえばちゃんと紹介してなかったね。二人とも、ご挨拶できる?」


「うん!アリサです!」


 元気いっぱいに名乗るアリサに続き、ヒナタもぺこりと頭を下げる。


「……ヒナタ、です」


 それを受け、セシルも同じように頭を下げた。


「セシルだ。よろしくな」


「……せしる」


 ヒナタが小さく繰り返す。


「ああ、そうだ」


「……ケーキ、たべる?」


 アリサが自分の皿からひとかけらつまみ、差し出す。セシルは一瞬きょとんとした後、そっと受け取った。


「……くれるのか」


「うん!どうぞ」


 口に運び、少し驚いたように目を丸くする。


「うまいな」


「でしょ?」


「ハルカが作ったのか」


「二人にも手伝ってもらったけどね」


「そうか」 そう言いながら双子を見ていると、いつの間にかアリサが背後に回り込み、ぺたぺたとセシルの背中を触っていた。


「……何をしている」


「おせなか、おおきい」


「そうか」


 苦笑するその顔は、いつもの豪快でにぎやかな様子とはまるで別人のように柔らかい。


「お茶も淹れるから、ゆっくりしていって。ケーキもおかわりあるよ」


 時折背中のアリサに気を配りながら、隣でくつろぐセシルの前に、今度はヒナタが回り込む。


「どうした?」


「お膝、乗る」


「……どうぞ」


 恐る恐るといった様子でヒナタが膝に収まると、セシルは手の置き場に困ったように宙に浮かせたまま固まる。


 膝の中でヒナタは満足そうに微笑んでいる。それを見たアリサも正面に回り込み、「よいしょ、よいしょ」と言いながらヒナタの隣に入り込んだ。


 二人そろって膝の上に収まり、キャッキャと楽しそうに笑い声を上げる。


「……」


 そんな二人を見下ろしながら、どうしたものかとオロオロし始めるセシル。


 双子が倒さない位置にそっとお茶を置き、私はケーキのおかわりを勧めた。


「弟がいるって言ってたよね。妹はいないの?」


「いない。弟だけだ」


 双子を気遣いながら、慎重にお茶とケーキに手を伸ばすセシル。


「かわいいでしょ、うちの妹たち」


 ケーキを一口頬張り、飲み込んでから、小さく息を漏らすように笑った。


「ああ……弟とは全然違う。うちの弟は、俺を見ると必ず飛びかかってくる」


 その光景がありありと浮かんで、思わず笑ってしまう。


 しばらくそんな他愛もない会話を楽しんでいると、やがて飽きた二人はパトラッシュを探しに、庭の奥へと駆けていった。

 小さな背中を見送ったあと、セシルが静かに口を開く。


「ハルカは、辺境伯家を継ぐつもりなんだよな?」


 不意の問いに、少しだけ言葉に詰まる。でも、答えなんて決まっている。


「……うん。嫡女だし、そのために昔から準備してきたから」


「そうか」


「セシル様も同じでしょう? 嫡男だし」


「まあな。順当にいけば、そうなる。ただ、うちは弟もいるから、譲ることもできるが」


 視線を庭に向けたまま、言葉を続ける。


「ハルカは、婿を取るつもりでいるんだよな?」


「……うん」


「アーサーを考えてるのか?」


 思いがけない問いに、私は言葉に詰まった。


 確かに、アーサーをオンタリオへ連れてくる時、私は『大きくなったら婿にもらう』と宣言した。


 けれど——あの頃のように、居場所もなく、傷だらけだったアーサーはもういない。


 今のアーサーなら、自分の力で未来を選べる。

 ここ以外にも、きっと幸せになれる道はあるはずだ。


 だからこそ、簡単に「そうだ」とは言えなかった。


 私は少し考えてから、今言えることだけを口にする。


「……まだ、何も決まっていません」


「じゃあ、アーサーが好きか?」


「好きだよ」


 それはすぐに答えられた。


「じゃあ、俺は?」


「好き……かな?」


「疑問形かよ。じゃあヒロ殿は?」


「好き」


「即答か!」


 二人で思わず笑い合う。


「まだ『特別な好き』と『好き』の区別がついてないのかもな」


「ん?何か言った?」


「いや、何でもない」


 聞き取れなかった言葉を流しつつ、私はふと思いついたことを尋ねた。


「ねえ、セシル様。セシル様から見て、うちに必要な当主の資質って何だと思う?」


「オンタリオ辺境伯家の当主、か。——そうだな、やっぱり武力……というより統率力だな。あとは領地経営の能力。でも、どちらも優秀な補佐官がいれば補える部分ではある」


「そっか。じゃあ、私が継いだ時、お婿さんに必要な条件は?」


「ハルカは領地経営に向いてそうだしな。個の武力も、このまま訓練を続ければ問題ない。普通に考えれば、領地経営を支えつつ騎士団をまとめられる相手、ってところだが……」


「……が?」


「この家にはすでに、ラオウ様もタイロン様もミランダ様もいる。——今の時点で不足はない」


 そう言って、セシルは少し考えるように目を細めた。


「だから、二〜三十年後に足りなくなるものを補える相手って考えればいいんじゃないか。武力かもしれないし、財力かもしれない。あるいは人脈かもしれない……今の時点では何とも言えないがな」


「なるほど……そういう考え方はしたことなかったな。じゃあ、今決めるのはまだ早いってこと?」


「一般的には、そうだな」


「普通は何歳くらいで婚約者って決めるものなの?」


「生まれた時から決まっていることもあるが、十歳から十六歳くらいの間に婚約することが多いな」


「セシル様にはいないの? 次で十五歳になるんだよね?」


「俺は自分で選びたいから、まだ決めてない」


「学院にはいい人いなかったの?」


「そうだな。ピンとくる相手はいなかった」


「そっか。セシル様、こんなに強くて気さくでかっこいいのに、モテなかったんだね」


「なんだと!モテまくりだったぞ!」


「ふふ、強がらなくてもいいよ。大丈夫、セシル様の魅力は私がちゃんとわかってるから」


「じゃあ、俺を婿に選ぶか?オススメだぞ」


「あはは、それもいいかもね!セシル様なら妹たちも可愛がってくれそうだし、頼り甲斐ありそう」


「まあな。俺は強くて気さくでかっこいい上に、頼り甲斐もあるからな。是非候補に考えといてくれ」


「うん。ありがと。冗談でも嬉しい!」


「……冗談でもないんだけどな」


 小さく呟いて、セシルはそっと顔を背けた。

 ちょうどその時、少し強い風が吹き抜け、木々がざわりと揺れる。思わず目を細めて顔を庇った私が、風の収まりとともに視線を戻すと——セシルの真剣な瞳と、正面からぶつかった。

 でも、それもほんの一瞬のこと。すぐにセシルは、庭へと視線を逸らしてしまった。


「なあ、ハルカ」


「うん?」


「俺は探索隊が帰ってきたら、王都に戻る。その後も、機会があれば来るつもりだが——」


 庭を見つめたまま、言葉を続けるセシル。


「困ったことがあれば遠慮なく言ってくれ。力になれることもある」


 そう言って向けられた眼差しは、まっすぐで、どこか大人びていて——これまで見てきた、親しみやすい青年のものとは少し違っていた。


「……ありがとうございます」


 少し俯きながら、それだけを返すのが精一杯だった。


 セシルはふっと笑って立ち上がると、木剣を手に取った。


「邪魔したな。素振りをしてくる」


 そう言い残し、庭の奥へと歩いていった。


 その背中を見送りながら、私はぼんやりと考える。

 年上の男の人と、こんな話をしたのは初めてだった。


 ヒロとも、アーサーとも、お父様とも違う——

 対等で、それでいてどこか頼れる距離感。


 ……不思議だな、と思った。

これまでハルカが身近に接してきた家族以外の「年上の男性」といえばヒロやセバスですが、彼らはあくまで“使用人”として一線を引いた関係でした。


それに対してセシルは、伯爵家の嫡男という立場であり、ハルカと同じく家を背負う側の人間です。

同じ“年上”でも、その距離感や関わり方の違いが、今回のやり取りに少し表れているかもしれません。

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