第52話:情報は、力だ
本日も読みに来てくださり、ありがとうございます╰(*´︶`*)╯♡
ベルンハルトから返事が届いたのは、手紙を出してから十日後のことだった。
イースト商会のロベルトをはじめ、外国と交易のある複数の商会を通じて情報を集めたので報告したい——という内容と共に、面会の申し入れが添えてあった。追伸として「別件でご相談したいことがございますのでお時間を頂戴したい」と記されていたが、詳細については会ってから話したいとのことだった。
その追伸も少し気になったが、まずはどんな情報が集まったのか、報告を聞くのが楽しみだ。
ちょうど同じ頃、レイノルド殿下からアーサー宛に書物と調査書が届いた。王都の専門家に依頼して集めてもらったものらしく、他国の塩鉱山の分布と地質に関する詳細な資料が何冊も含まれていた。「役に立てば」と添えられた殿下の一言に、アーサーが嬉しそうに目を細めている姿が微笑ましい。
面会は手紙が届いてから五日後、お父様の執務室で行うことになった。お母様とお祖父様、そしてヒロにも声をかけ、全員で話を聞くことにした。
◇◇◇
当日、ベルンハルトは分厚い資料の束を抱えて現れた。
「お時間をいただき、ありがとうございます。早速ですが——」
いつも通り実直な商人の顔で、彼は資料を広げ始めた。
集められた情報によると、岩塩窟が形成されやすい地形にはいくつかの共通した特徴があるという。
まず地質。岩塩は堆積岩の一種であり、かつて海や塩湖だった場所が長い年月をかけて地中に閉じ込められることで生まれる。そのため周囲の岩石が、石灰岩やけつ岩を多く含む地層と重なりやすい。
次に地形。岩塩窟は岩盤が露出した崖沿いや、川の浸食を受けた谷筋に見つかることが多い。地表に白っぽい岩肌が現れている場所や、周囲より植生が薄い不自然な空白地帯がある場合、地中に塩分を含む地層が走っている可能性がある——ここまでは他の文献にも記されていたことで、ここにいる全員がすでに把握していることだっだ。
「それから」とベルンハルトが続ける。「冒険者ギルドと魔物研究の専門家に問い合わせていたゴブリンの行動範囲については、『明確なことはわかっていない』との回答しか得られませんでした。しかし、イースト商会のロベルト殿からは興味深い情報をいただきました。野生動物の習性に着目した話です」
塩を求めて特定の岩場に集まる動物の行動は、昔から岩塩窟の手がかりとして使われてきたらしい。特に草食の大型獣が特定の岩を繰り返し舐める行動を見せる場合、その岩に塩分が含まれている可能性が高いという。
「魔の森にも、そういった習性を持つ魔獣はいます。ギルドの冒険者たちに聞いたところ、確かに魔の森の北東エリアで、ワイルドゴートやホーンディアなど、草食系の魔獣が特定の岩場に集まる行動が目撃されているようでした」
なるほど、そういえば野生のシカは塩泉や塩なめ場を探して移動する習性があると聞いたことがあったっけ。草食動物はカリウムが不足しがちで塩を好むとも……。
それにしても、北東エリア……か。
私は手元の地図に視線を落とした。第一回探索隊が調査したゴブリン集落跡地とは、方角が異なっている。
「ハルカ、それ——」
隣からアーサーが身を寄せ、私の手元の地図を覗き込みながら口を開いた。
「レイノルド兄上から届いた調査書に、北東エリアの地質について書かれた箇所があって。読んでいて気になっていたんだ」
アーサーが持参していた冊子を開き、該当のページを示す。王都の専門家が近隣諸国の事例と照らし合わせてまとめた資料で、北東方向の山麓付近に石灰岩を多く含む地層が走っている可能性があると記されていた。
「その地層の走り方と、魔獣が集まっている岩場の位置が——重なるかもしれません」
ヒロは地図を引き寄せ、二つの情報を重ね合わせるように指先でなぞった。
「……一致します。誤差の範囲内ですが、ほぼ同じ地点を示していると思われます」
皆の視線が、ヒロの指先の一点に集中する。
お父様はゆっくりと腕を組み、お祖父様は地図を覗き込みながら「ほう」と感嘆の息を漏らした。
話の区切りを見計らい、私もすかさず追加の情報を口にする。
「私は地理の先生から借りた専門書で、外国の岩塩窟と同様の地理的条件における植生について調べてみました」
私は手元のノートを開いた。文献から書き写した内容と、自分なりに整理した考察を書き込んである。
「地表付近に塩が浸み出している場所では、周囲と明らかに異なる植生の乱れが見られるそうです。草が育ちにくい、あるいはほとんど生えていない場所の近くは、塩分の濃い土壌の可能性があります。逆に、特定の植物だけが群生することもあるとのことで——塩分を吸収しにくい構造の葉を持つもの、根を深く広げる性質のもの、根から塩を排出する機能を持つものが、候補として挙げられていました」
「その条件に当てはまるものとして、オンタリオで見られる植物の中では」と私は続ける。「『ユキツメクサ』と『ハマナシ』が候補になるかと思います。ユキツメクサは白い小花を咲かせる草花で、ハマナシはピンクや白の花をつける、ホーンディアが好んで食べると言われている植物です」
「それは目印にちょうどいいかもしれませんね」
ベルンハルトが感心しながら手元のメモに二つの花の絵を書いて見せてくれる。
なかなかに、上手な絵だった。
「よし」
お父様が口を開いた。
「第二回探索は、北東エリアを中心に組むことにしよう。今回集まった情報を見る限り、探索範囲も絞り込めるはずだ。ヒロ、第一回の改善点も踏まえて、具体的な計画案を出してくれるか」
「承知しました。専門家の同行についてはいかがいたしましょう?」
ヒロがそう言って、お父様に視線を向ける。
だが、その問いに応じたのは、隣に座るアーサーだった。
「その件については、詳細を詰めるため、近いうちに王宮へ出向き、兄上と面会しようと思う」
「では、俺も同行しよう。ヒロもいいか?」
「もちろんです」
アーサーとお父様の間で、話は手際よくまとまっていく。落ち着いた声で自ら王宮行きを提案するその様子に、王宮へ向かうことへの気負いや忌避感が、以前よりもずいぶん薄れているように感じられた。レイノルド殿下との関係も、少しずつ良い方へと変わってきているのだろう。その変化が、素直に嬉しい。
そんなことを考えていると、それまで資料をめくっていたベルンハルトが、ふと手を止め、わずかに表情を引き締めて口を開いた。
「——実はもう一つ、本日はご相談があって参りました」
その一言に、場の空気がすっと引き締まる。皆の視線が一斉に彼へと集まった。
ベルンハルトは軽く咳払いをしてから、静かに言葉を継ぐ。
「岩塩の件とは、少し毛色の違う話なのですが——」
そう言って向けられた視線が、まっすぐに私を捉えた。
★けつ岩は、薄い板状に剥がれやすい特徴を持つ堆積岩(泥岩)の一種で、主に海底や湖底に堆積しているそうです。




