第95話:夏休みの終わり
毎日暑いですね(;´д`)
誤字報告ありがとうございます!早速修正させていただきましたm(_ _)m
あれから数日後。
ヒナタが教会で鑑定を受ける日が決まった。
その頃には、アリサも落ち着きを取り戻し、今は水魔法と体術の訓練に精を出している。レオがそれを気にかけ、訓練に付き合っている姿をよく見かけるようになっていた。
アーサーたちも騎士団の巡回に参加したり、お祖父様と鍛錬したりと、オンタリオでの日々を満喫していた。
私は商業ギルドで事業報告を受けたり、ミズホ村やノルトハイム村を視察したり、マークから酒粕研究の進捗を報告してもらったりと、相変わらず忙しく働いていた。
とはいえ、朝の訓練や夕食の時間はみんな一緒に過ごしており、それぞれがどんなふうに過ごしたかを食事をしながら聞くことが、楽しみな時間になっていた。
けれど、それも今日まで。
明日、アーサー、フェリックス、ヒロの三人はひと足先に王都へ帰ることになっている。
◇◇◇
「せっかくだし、今日の夕食は、みんなの好きなものをたくさん作りたいな」
私は大量の食材を前に、料理長たちと夕食のメニューを相談していた。
「フェリックス様には唐揚げでしょ。ヒロは豚汁が好きだし、アーサーが大好きな豆乳プリンは昨晩のうちに仕込んであるし……」
と、そこへ。
「ハルカ、俺にも手伝わせて」
扉を開けて入ってきたのは、アーサーだった。
「え? アーサー、今日は訓練に行かないの?」
「午前中で終わった。フェリックスはラオウ様とまだやってるけど、俺はもういいって言われた」
「ああ、追い出されちゃったんだ?」
「違う。日頃の成果が認めてもらえたの!」
アーサーは苦笑を浮かべながらエプロンを手に取ると、料理長に視線を向けた。
「使っていいですか」
「もちろんどうぞ、アーサー様」
料理長がまったく動じることなくにこやかに応じる。アーサーも慣れた様子でエプロンを締め、私の隣に立った。
「何をすればいい?」
……王族を厨房に立たせるってどうなんだろ。
でも、今さら私が気にすることでもないか。本人も気にしていないみたいだし。
「じゃあ、豆乳プリンに添えるはちみつアイスの材料を計量してくれる? 分量はこれ」
分量を書いた紙を渡すと、「やった! 今日のデザートは豆乳プリンもあるんだ!」と嬉しそうに手順を確認し始めた。
しばらくは黙って、それぞれの作業に集中していた。
私は唐揚げ用の鶏肉に下味をつけながら、隣でアーサーが丁寧に材料を計量している様子を横目で確認する。
「アーサー、はちみつは小さじ一杯分くらい多くていいよ。甘みが少し強い方がフェリックス様も食べやすいと思うから」
「フェリックスの好みまで覚えてるんだ」
「セシル様情報だよ。本人は隠してるみたいだけど、実は甘党なんだって」
「へえ、セシルとそんな話をしたんだ。俺は全然知らなかった」
特に深い意味はなさそうな、ただの感想だった。でも、なんとなく返し方に困って、私は黙って鶏肉に擦りおろしたニンニクを揉み込んだ。
しばらくすると、計量を終えたアーサーが、それらを料理長に引き渡し、黙って隣のボウルに生姜をすりおろし始めた。
一通り擦り終えると、醤油と合わせて鶏肉に揉み込みながら、静かに話し出した。
「俺、今回オンタリオに来られて良かった」
「そう? 無理してない?帰ったら仕事が山積みだって、さっきヒロも言ってたよ」
「それはそう。でも、久しぶりにここの空気を吸えたから」
アーサーが窓の外に視線をやった。夏の夕暮れに染まり、庭の木々が赤く色づいている。
「王宮にいると、インクや香水の匂いしかしないんだ。でも、ここでは草や土の匂いとか、美味しそうな料理の匂いとかするだろ?」
私は黙って頷いた。
「それに、王宮は静かなんだ。ここみたいに、朝や夜に虫の声や鳥の声も聞こえない。みんなの笑い声や誰かを呼ぶ声とかも」
「……やっぱり、寂しい?」
「……うん」
あっさりと答えが返ってきた。
「……でも、もう慣れた。それに、王宮にいる意味もわかってる。何より、自分で選んだことだし」
私はその横顔をちらりと見た。
「だけど、やっぱり時々はここに戻ってきたいな」
「ハルカの隣が、俺の居場所だし……」そう小さく呟いた言葉に、私は咄嗟に何も言えなかった。
——それなら、帰ってきていいんだよ。
——もう王宮に行くのなんてやめちゃいなよ。
出会った頃なら簡単に言えた言葉は、今の王族として頑張るアーサーには言ってはいけない気がして。
——五歳の頃のアーサーなら、きっとこんな本音を誰にも打ち明けられず、一人で泣いていたのだろう。
けれど今の彼は、自分の義務も責務も理解した上で、もう慣れたと笑っている。
そんな姿が、なんだか切なくて、胸の奥が少しだけ痛んだ。
「アーサー、なんか……すっかり大人になったね」
「なんか、ってなんだよ」
「褒めてるんだよ」
アーサーが少し照れたような顔をして、下味のついた鶏肉のボウルを無造作に私に突き出した。
ちょうどその時、料理長が豆乳プリンにかけるカラメルソースを作り始めたようで、甘い香りが辺りに漂い始めた。
その甘い香りに誘われるように、アーサーは料理長の方へ歩いていく。
——ふふ。昔は「苦い」って、カラメルだけは避けて、黒糖やきな粉ばかりかけてたのに。
いつの間にか、味覚まで大人になったんだね。
私は小さく笑って、アーサーから渡されたボウルを引き寄せた。
◇◇◇
夕食の準備が整ったのは、陽が完全に沈む頃だった。
食堂のテーブルには、料理がずらりと並んでいる。
ロックバードの唐揚げ、豚汁、肉じゃが、魔猪かつ、レッドベアのステーキ、カキフライに白身魚のブイヤベース。それから、おにぎりと海苔巻き。もちろん、栄養バランスを考え、サラダや夏野菜の揚げ浸しなどの副菜も準備した。
海苔はグランフェルトからイースト商会を介し、塩と昆布と共に定期的に仕入れている。
他にも、魚介類や魚介ベースの調味料など、ここ数年で交易品もとても増えた。
「わあ……」
真っ先に食堂に飛び込んできたアリサが、目を丸くした。
「なんか、すごいことになってる!」
「唐揚げだ!」
フェリックスの喜色のこもった声が続いた。
騎士団の訓練から戻ったレオも、テーブルを一瞥して「お!レッドベアのステーキだ」と言い、それだけで満足そうな顔をした。
ヒロが静かに席に着きながら「ありがとうございます」と頭を下げた。静かな佇まいながらも、瞳の奥が嬉しそうにキラリと輝いている。
お父様とお母様、お祖父様も席につき、双子が騒がしくテーブルの周りを動き回っている。
「では、いただこう」
全員が席に着くと、お父様がそう声を上げ、夕食会は始まった。
誰もが目当ての料理に手を伸ばし、口々に料理の感想を述べ始める。
あっという間に、食堂は賑やかになっていった。
箸が進むと、会話も弾む。
フェリックスが魔の森巡回で見た魔物の話をすると、アリサが「私も行きたかった!」と声を上げた。お母様から「あなたはもう少し大きくなってから」とたしなめられ、レオが「訓練を毎日しっかり続ければ、すぐ行けるようになるさ」と続けた。
ヒロがお祖父様に視察結果と事後処理の話を報告すると、お祖父様は「よくやった」と短く言い、ヒロが静かに、でもどこか誇らしそうに小さく微笑んでいる。
お父様とアーサーは、王宮での政務や中央貴族の同行について静かに言葉を交わしていた。
私はそれを聞きながら、デザートを出すタイミングを見計らい、マーサに視線で合図を送った。
マーサは軽く頷き、ほどなくして複数の使用人と共にデザートを運んできた。
「今日のデザートは、アーサーも手伝ってくれたんですよ」
目の前には、豆乳プリンに魔蜂のハチミツを使ったアイスクリームを添えた一皿が並ぶ。旬のさくらんぼが彩りを添え、とても涼しげだ。ソースはカラメル、黒蜜、きなこの三種類。好みに合わせて自由に楽しめるようにした。
「わあ、美味しそう!」
双子が目を輝かせ、黒蜜ときなこをたっぷりかけたプリンを口に運んだ。
「ん! 美味しい!!」
その声を皮切りに、次々とみながプリンとアイスを口に運ぶ。お父様たちも満足そうに頷いている。
「ソースが三種類も! 迷う……いいや、全部試そう!」
まずカラメルソースをかけたフェリックスは、あっという間に平らげた上、マーサにおかわりを頼んでいる。双子が美味しそうに黒蜜ときなこのソースたっぷりのプリンを味わっているのを見るや、「それもうまそうだ」とばかりに、運ばれたばかりの皿に黒蜜ときなこをたっぷりとかけていた。
アーサーは迷うことなくカラメルソースをかけ、一口運ぶと目尻が下がった。口元も自然と緩んでいる。間違いなくお気に召したのだろう。
私はそれを微笑ましく眺めてから、自分のプリンにカラメルソースをかけた。
なめらかなプリンに、ほろ苦いカラメルがよく合う。添えられたはちみつアイスと一緒に食べると、いくらでも食べられる美味しさだった。
遠くで、虫の音に重なるように、パトラッシュの「アオーン」という遠吠えが聞こえる。
オンタリオの短い夏が終わり、もうすぐ秋がやってくる。楽しかった夏休みも終わるのだと思うと、カラメルのほろ苦さが口の中でいつまでも尾を引いていた。
*お久しぶりの登場人物紹介*
イースト商会:『第36話:助け舟』に登場したグランフェルト領の商会です。
マーク:ミズホ村村長グンターの次男で、酒粕研究・酒粕管理を担当しています。
マーサ:オンタリオのメイド頭。アーサーがオンタリオに来た当初、ハルカと共にお世話をしていました。




