第94話:アリサの悩み
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その日の夕食後。
事故に関わった者たちが、お父様の私室に集められた。
昼間のうちにお母様から事情を聞いていたお父様は、難しい顔で考え込んでいる。
お祖父様も眉間に皺を寄せ、腕を組んで黙ったまま。
いつにない重い空気に、双子も落ち着かない様子で席に着いた。
まず、口を開いたのはお母様だった。
「今朝の事故のことだけど、今後は同じことが起こらないように、魔法を使った訓練をする時は、必ず周囲に知らせ、互いに十分な距離を取ることを徹底することにしましょう」
「よろしいですね」
お母様は私たちの顔を順に見渡した。
「承知した」
お祖父様が神妙な顔つきで頷くと、私たちも「わかりました」と了承を示した。
「それから、アリサ。あなたにも一つ言っておくわ」
今度はアリサに視線を向け、お母様が続ける。
「あなたは今日、『見学にいく』予定だったわよね。その予定を勝手に変え、みなの訓練に突然参加するのは良くなかったわ。一緒に訓練したいのなら、きちんとみなの許可を取った上で、ルールを守って訓練場を使いなさい」
「はい。ごめんなさい」
アリサが小さな声で頭を下げた。
レオが慌てて声を上げる。
「申し訳ございません、奥様。俺がちゃんと見ていなかったのが悪いんです」
「違うよ!アリサがレオ兄の動きを見てたらやってみたくなっただけで、レオ兄のせいじゃないよ!」
アリサがすっと立ち上がり、レオを庇うように両手を広げる。
「わかってるわ、二人とも。でも、これからは気を付けてね。今回はヒナタのお陰で大事に至らなかったけれど、もっとひどいことになるかもしれなかったのよ。その点は、みんなきちんと反省してね」
お母様の言葉に、みな神妙な顔つきで頷きを返したところで、お父様が重い口を開いた。
「……そのヒナタの魔法のことが、今日の本題だ」
その言葉に、ヒナタの小さな肩が震えた。
お父様は、そんなヒナタを労わるような瞳で見つめ、訥々と話を始めた。
「ヒナタの使った魔法は、恐らく光魔法だと思う。今回のように一瞬で怪我を治したり、解毒したりすることもできるとても稀有なものだ。それゆえに、国の保護対象になっている——」
お父様が語ったのは、聖女を保護し育成する制度についてだった。
アリサも元いた席に戻り、大人しく話に耳を傾ける。
お父様曰く、光魔法は貴重なものなので、他の属性魔法とは異なり、その教育や育成は教会で行われているらしい。
「過去に光魔法に適性のある子どもを狙った誘拐事件もあったそうだ。それ以降、保護のためにも、素質のある者は適性が認められた時点で中央教会に集められ、見習いとして修行を積むということになっている」
お父様は視線を落としたまま続けた。
「年齢的にも、早ければ早いほど良いとされ、能力の伸びにも差が出てくるそうだ」
「でも、まだ確定したわけではないでしょう……」
お母様の祈るような声が落ちた。
——だって、それは、まだこんなに小さなヒナタを一人教会に預けるということ。
それに気づいた時、その場の誰もが言葉を発することができなかった。
隣では、アリサがそっとヒナタを見つめていた。
ヒナタは膝の上に丸めた手をじっと見つめたまま、何かに耐えるように口を引き結んでいた。
「……ヒナタ」
その様子に気づいたお祖父様が、声をかける。
「お前はどうしたい?」
ヒナタはすぐには答えなかった。
「お前の前には、今道が二つある。一つは、タイロンの話した通り、適性を鑑定してもらい、素質があると認められたなら聖女見習いとして教会に行く。もう一つは、このまま何もなかったことにして、今まで通りここでワシらと暮らす」
お祖父様がジッとヒナタを見つめた。
私も、お父様たちも、黙ってヒナタの言葉を待った。
しばらくすると、小さな弱々しい声が聞こえた。
「……もし、教会へ行ったら、私はもうここには帰ってこれないの?」
「そんなことはない。聖女として、一人前になれば帰ってこられるさ」
「でも、今すぐみんなと離れなきゃいけないんでしょ?」
「そうじゃな。鑑定をしてもらうために中央教会へ行き、そこで適性があると判断されればそういうことになるじゃろう。早ければ、一月も経たぬうちに引っ越すことになる」
咎めるようにお父様が口を開く。
「父上、何もそんなにはっきり……」
「いや。こういうことは、最初にきちんと示してやらねば、ヒナタも判断ができんじゃろう」
お祖父様はまっすぐとヒナタを見つめた。
厳しくてやさしい、お祖父様らしい言葉だと思った。
——けれど。
「……聖女になったら、今朝みたいにみんなを助けてあげられる?」
顔を上げ、お祖父様の目を見返すヒナタ。
「ああ。ワシは冒険者時代、聖女見習いじゃったエレノア様にはいつも助けられた。それ以外でも、彼女は教会の治療奉仕なんかにも参加していた。たくさんの人を助けておったぞ」
「……たくさんの人?それなら、みんなの役に立てるってこと?」
「ああ」
ヒナタは一度だけ膝の上で手をぎゅっと握った。
「そっか。……それなら、私、教会へ行く。それで、一人前になったらオンタリオに戻って、ねえさまたちのパーティでヒーラーになりたい」
皆が驚きに目を丸くする。
「パーティ?」
「うん。私ね、本当はねえさまたちと一緒に魔獣討伐に行きたいの。でも、アリサみたいに運動が得意じゃないから、無理だって思ってた……」
ヒナタが目を伏せた。
「あとね、お母様のお手伝いで騎士団に行くでしょ?その時に、みんなが苦しそうにしているのを見て、私にも何かできればって、ずっと思ってたの」
次に顔を上げたヒナタの瞳には、強い意志が宿っていた。
「私でもオンタリオのためにできることがあるなら、頑張ってみたい」
迷いのない目だった。
お母様が、そんなヒナタを眩しそうに見つめる。
「そう。そんなふうに思っていたのね。でも、教会での修行は、ここを長く離れることになるのよ。それでも?」
「うん」
ヒナタは頷いた。
お父様とお母様が目を合わせた。
やがて大きく息を吐くと、お父様が口を開いた。
「わかった」
お父様がゆっくりとヒナタを見た。
「まずは正式に鑑定を受けよう。それで適性が認められれば、本人の望む通り教会で修行させる。ただし、行くタイミングはもう少し相談してから決めさせてくれ。俺もミランダも、まだヒナタと離れる心の準備ができてない。もう少しだけ、ここで一緒に過ごしてほしい」
「うん、そうする。私もできるだけみんなと一緒にいたい」
ヒナタは一瞬だけ目を丸くすると、くしゃりと泣きそうな顔で笑った。
◇◇◇
翌朝。
朝食の時間になっても、アリサの姿は見当たらなかった。
「アリサがどこにもいないの」
泣きながらそう声を上げるヒナタ。
私たちは手分けしてアリサを探した。
昨日の話し合いの後、部屋を出るアリサは、どこか思い詰めた様子に見えた。
けれど、私も自分の中のぐちゃぐちゃした気持ちを整理するのに手いっぱいで、アリサのフォローにまで気が回らなかった。
私は後悔を抱えたまま、レオと共に庭や訓練場を探し歩いた。
すると、厩番のバルドから呼び止められた。
案内されるまま付いていくと、訓練場の裏でパトラッシュと共に型の練習に励んでいるアリサがいた。
——どうやら一人で屋敷を出ようとしたところを、パトラッシュに止められたらしい。
そのまま人目につかないこの場所で、体を動かしていたようだ。
「アリサ……! 良かった」
ホッと胸を撫で下ろし、バルドに頼んでお母様たちに知らせに行ってもらう。
私はレオと共に、そっと近づこうとした。
「待って、お嬢。俺に行かせて」
レオに止められ、戸惑いつつその場で足を止める。
レオは一人、アリサのもとへ歩み寄り、声をかけた。
「もう少し足は開いた方がいい。重心はもっと低く」
レオの声に、一瞬驚いた様子を見せたアリサだったが、黙って指示に従い始めた。
パトラッシュは静かに場所を譲り、一歩下がって二人を見守った。
「体重移動に気をつけて」
ゆっくりと型を繰り返すうちに、アリサの動きが少しずつ滑らかになっていく。
私は少し離れたところから、二人の様子を眺め続けた。
レオは何度も姿勢を直しながら、根気よくアリサに型を教え続けた。
一時間ほどすると、アリサが「休憩」と言ってその場に座り込む。
レオも隣に腰を下ろした。
アリサの汗が朝陽を浴びてキラキラと輝いている。
朝の静寂の中、ぼんやりとその様子を眺めていると、アリサがポツリとポツリと話し始めた。
「昨日のヒナタ、かっこよかったね」
「そうだな」
「ヒナタの魔法、キラキラしてすごく綺麗だった。それに、将来のこととか、自分のやりたいこともちゃんと見つけてて……」
レオは黙ったまま、手元に生えていた草の葉を弄んでいた。
「今までは、私が『これやりたい』とか『あれやろう』とか色々決めて、ヒナタはいつもそれに付き合ってくれてた。でも、昨日はちゃんと自分で考えてて……なんか、私、置いていかれた気がしちゃったんだ」
「……そうか」
パトラッシュがのそりと立ち上がり、慰めるようにアリサに鼻を寄せた。
そんなパトラッシュの動きを目で追ったあと、レオがポツリと呟く。
「俺も昔、よくそういう気持ちになってた」
「レオ兄も?」
「ハルカとアーサーに、な。二人とも、年下だし、体も小さかったし、訓練を始めたのだって俺より後だったからな。最初は、俺の方が強かったし、何だって二人より少しだけ上手くできてたんだ。でもさ、あの二人はいつでも前を向いて、努力してた。訓練だけじゃない。必要なら勉強も、書類仕事も、何だってやる。気づけば、二人ともあっという間に俺を追い越していた」
アリサが、レオを見上げた。
「でも、レオ兄だって強いよ」
「そうか?それが本当なら、置いてかれないように頑張った甲斐があったかな。……でも、俺の強さは武力に偏ってるだろ?あいつらみたいに、いろんな責任を背負ってるわけでもない」
アリサがコクンと頷く。
「でも、俺、気づいたんだ」
レオが草を放した。
「俺は二人とは違う。二人みたいにできないからって嘆く必要もないし、二人と同じようにできなくてもいい。俺は難しいことを考え込むより、外で体を動かしてる方が性に合ってる。だから、俺は俺のできることで、二人の力になれればそれでいいって思うようになった」
「……そっか」
「アリサはどこか俺と似てるのかもしれないな」
「どこが?」
「難しいこと考えたり、人に指図するより、体を動かす方が好きだろ?」
アリサは少しだけ考えて、それから笑った。
「うん。私、じっとしてるの苦手だし」
「だろ。なら、アリサもさ、焦らなくていいから、自分がやってみたいこと、得意なことをまずは頑張ってみればいいんじゃないか?」
「……それでいいの?」
「ああ、今はまだそれでいいさ。ただ、勉強やマナーはサボるなよ。それはヒナタだって、ハルカだってみんなちゃんとやってるからな」
「レオ兄も?」
「当然だろ?」
「そっか、わかった!」
明るいアリサの笑い声が響く。
さっきまで抱えていた迷いが、全部吹き飛んだような笑顔に私まで嬉しくなる。
——でも、そうか、レオはそんなふうに私たちを見ててくれたんだ。
二人のやり取りを聞いているうちに、不意に一つの考えが頭に浮かんだ。
ヒナタの夢と、アリサの得意なこと。それなら——。
私は二人のもとへ歩み寄ると、声をかけた。
「それなら、アリサも腕を磨いて、ヒナタと一緒にうちのパーティに入ればいいんだよ」
私の声に驚いて振り向く二人と一匹。
その顔がなんだか似ていて、少しだけ笑ってしまった。
「ふふ。そんなに驚くこと? ほら、レオも前に言ってたでしょ?うちに水魔法使いがいたらなって」
「ああ!」
「飲み水とか持っていかなくて済むし、お母様みたいな治癒魔法もできるようになれば、ヒナタと一緒に救護活動なんかもできると思うよ」
「そっか!」と顔を輝かせるアリサ。
スッと立ち上がると「じゃあ、私、ヒナタと一緒に冒険者になる!」と高らかと宣言した。
そこに、ちょうどバルドから知らせを受けたお母様がヒナタと共に姿を見せる。
アリサの姿を認めると、ヒナタはアリサに向かって飛びついた。
ワッと驚いて足元をよろめかせるアリサ。
瞬時にパトラッシュが動いて、二人を体で支えた。
「もう、心配したじゃない!急にいなくなるし、何にも話してくれないし!」
堰を切ったように、ワアワアと泣き出すヒナタ。
「ごめん、ごめん」
アリサは「へへ」と笑って、ヒナタの手を取った。
「ヒナタ、聞いて!私もね、水魔法使いになって、ねえさまたちのパーティに入る!治癒魔法も覚えるし、体術だって身体強化だって覚えるよ。そしたら、ヒナタのことも手伝えるし、一緒にやればもっとたくさんの人を助けられるよ!」
屈託のない笑顔。
ヒナタが驚きに目を丸くする。
けれど、次の瞬間、嬉しさにクシャリと顔を歪ませた。
「もう!もう!アリサはいっつも突然なんだから!」
そう言って、いっそうワンワンと泣き笑うヒナタ。
アリサは困ったように笑いながら、泣きじゃくるヒナタの背中を何度も優しく撫でた。
そんな二人の泣き笑いが落ち着くまで、私たちはただ静かに見守るのだった。
以上、双子回でした〜╰(*´︶`*)╯♡




