11. 孤児院での二人の生活
※ 2026/3/2 加筆修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
森はとっぷりと暮れてダイアナは、エドの黒馬に騎乗させてもらった。
もちろんエドと相乗りはできないので、エドは徒歩で馬を引く役目をしてくれた。
孤児院に着いた時は既に夜となっていた。
十年ぶりに逢ったシスターアンナは、少し老けてはいたが優しい笑顔は健在だった。
アンナは突然のダイアナの訪問にとても驚いていた。
とりあえずダイアナはシスターにお腹がぺこぺこだといって、遅い夕食を食べさせてもらった。
残りご飯のジャガイモの煮物と、ライ麦パンとコーンシチューをダイアナはあっという間に平らげた。
もちろんエドもぺろりと平らげた。
孤児院の子供たちは既に眠っていた。
コゼット村は王都と違って、外はガス燈などはなく夜は真っ暗な闇の世界となる。せいぜい家の灯りだけが光るだけで、夜出歩く村人は殆どいなかった。
◇ ◇
食事の後、ダイアナはお茶を飲みながら、これまでの経緯を簡単にシスターアンナに説明した。
シスターアンナは大聖女剥奪に涙を流してダイアナに同情したが、カミラとダイアナと王太子との三角関係を聞いて複雑な心境だった。
彼女にしてみれば、ダイアナもカミラも大切な可愛い娘だからだ。
シスターアンナは、ダイアナとカミラが巫女に選ばれた時、身元引き受け人が必要で、二人は書類上シスターの養女となっていたのだ。
ダイアナにとって幼女の頃から孤児院にいたので、実の母親の記憶も乏しく、シスターアンナこそ実の母親のような存在だった。
ただ孤児院は大勢子供がいたので、時にダイアナもアンナに甘えはしたが、独り占めなど以ての外だった。
なのでダイアナも、シスターアンナに無用な心配はかけさせまいと多くは語らなかった。
「アレックス王太子との婚約が解消となったのは、彼の気持ちがカミラに傾いたからいた仕方ないです」
とダイアナはあっさりと事務的に伝えただけだった。
またダイアナはシスターアンナに、連れのエドを紹介して彼と出逢った経緯も話した。
シスターアンナはエドに、ダイアナを助けてくれたお礼をいった。
もちろんその夜、エドを泊せるのも快く承諾した。
孤児院は古くてボロボロだったが、部屋数だけは沢山あるので、ダイアナはエドを泊めてもなんの心配もしなかった。
既に夜も更けてきたので、話は明日にしましょうとなり、ダイアナたちはすぐに床についた。
◇ ◇
翌日、ダイアナは早速エドに命令した。
「私の事は心配しなくてもいいから、貴方は速やかに王宮に戻りなさい」
と再三促したが、エドはどこ吹く風で、飄々した態度で孤児院に居続けた。
最初の一週間は、ダイアナも何度も口を酸っぱくして、エドに『王宮へ帰れ!』と繰り返したが、エドは全く意に介さないので、いい加減、阿呆らしくなって説得するのをやめた。
それでもエドは森でキジバトや兎など捕まえたり、田畑の夏の収穫を手伝ったり、孤児院の食糧の補充に大いに役立ってくれた。
また壊れた館の修理をしたり、風呂を焚くために必要な薪を割ったりと、力仕事もお手のもので、孤児院の人々にとっては重宝される存在になっていく。
何よりエドは孤児院の子供たちにとても好かれた。
「お兄ちゃん、僕と遊んで!」
「あたしも!」
「いいぞ、みんなでかくれんぼしようか!お兄ちゃんが鬼になるからな!」
「「わあい!」」
子供とわいわい過ごしてるエドは、ダイアナを襲った刺客を瞬殺で殺したあの冷酷な剣士と、同一人物とはとても思えなかった。
子供たちに見せるエドの屈託のない明るさは、まるで野を駆ける少年のようだった。
──エドってどちらが本当の姿なんだろう?
ダイアナは、洗濯や掃除をするかたわら、子供達と庭で遊ぶエドを常に眺めていた。
ある時、エドはダイアナに生い立ちを話しだした──。
「俺はシーラン伯爵家の養子で、今はこれでも一応子爵なんだ。けど子どもの頃はここより、もっと北の山奥で暮らしてたんだ。平民の子供たちと一緒にな。一応、出自は元貴族の家系らしいけど、生家は凄く貧乏だった──数年前に母さんが死んじまった後、俺は何より母さんを愛してたから、生きていくのも嫌になっちまって、泣き暮らしていたんだよ」
「まあ、そうだったの。エドはお母様を失くしたのね。それはお気の毒なことね」
「ああ、俺の母さんは村でも一番の美人だったんだぜ、俺と同じすみれ色の瞳でな、あんたを王宮で視るまではこの世で母さんが一番綺麗だって思ってたんだ、今はあんたの方が綺麗に見えるけど⋯⋯」
エドはウットリとした目つきで、悩ましげにダイアナを見つめた。
「う、まあそれはどうも有難う」
──はああ、エドって何だか調子狂うわ。
初めて森で逢った時は、情緒不安定、挙動不審で恥ずかしがり屋だと思ってたけど全く違ったわ。
内弁慶なのか、まあよく私にはペラペラしゃべる子だわ。
でも口が悪いから、なまじ顔が良いから、お近づきになりたいご令嬢もいそうだけど、この田舎まるだしの話し方では、さすがにがっかりするでしょうよ。
本当、もし貴族令嬢たちがエドと話したら卒倒もんだわよ。
最初は私が聖女だからかエドも、どもりながら気を使って“貴方”っていってくれたのに。
今では“あんた”ですもんね! 大聖女に向かってあんたって何よ!
ふふ、でもこれが彼の地なんでしょうね。
ダイアナはエドと接して見て、ふと弟がいたらこんな感じなのかなって思った。
ただエドには出自の秘密がありそうだと、ダイアナは直感した。
銀髪サラサラ髪ですみれ色の瞳。
明らかに高位貴族出身の顔立ちだとわかる。
──少なくとも銀髪や金髪は王族出身の系統だわ。
それにエドの纏っている魔力が、平民とは思えない高貴な銀色の光を放って見えたのだ。
ダイアナの魔力はカミラよりは少なかったが、普通の聖女の数倍は強い。
普通の人間には視えない人の魔力値を、魔力のある人間が纏う色や濃さでダイアナは、その人間が魔力持ちかどうかも分かるし、魔力の強さもある程度判断できた。
──エドの魔力はそうとう強いわ。多分、私以上。
彼の纏う銀色の光り方が尋常でないほど輝いて視える時がある。
ただ、中には私みたいに平民の親から突然変異で金髪&翠色の眼の娘が生まれた場合もあるからね。
エドだって必ずしも貴族とは決めつけられないけれど……。
◇ ◇
ダイアナの両親は王都の平民だった。
二人共茶色い髪と茶色の瞳と王国民によくいる平凡だった。
父は小学校の教師、母は聖女だったが二人共、ダイアナが五歳の時、王都の流行病で亡くなってしまった。
どうやらダイアナは母方祖母の隔世遺伝らしい。
母方は代々魔力が強く先祖も聖女になった者が多数いたと聞く。
とはいえ、魔力が強いというのは一概に幸福とは限らない。
ダイアナの祖母は魔力を過信して、悲惨な人生を送ったらしい。
らしいというのは、ダイアナの叔母さんから聞いたからだった。
その叔母さんも亡くなって、ダイアナは天涯孤独となり孤児になった。
ダイアナはふと、孤児院の子供達を眺めながら、幼い頃よくカミラと遊んだ記憶を思い出した。
──もし、私たちに魔力持ちでなかったら、カミラとも、もっと違った関係になっていたのかな……
ちょっぴりダイアナはしんみりとしてしまった。
◇ ◇
月日は初夏から真夏になりつつあった。
二人が孤児院に来てから既に一カ月半が経過した。
その間、ダイアナは御者のロイドに頼んだ巫女のマリーに渡した手紙の返事がきた。
お互いの魔力で、伝書バトを飛ばして手紙を届ける方法だった。
マリーの手紙によると、先日カミラが王太子妃なって、大聖女も兼任したとあった。だが相変わらずカミラは殆ど祈祷以外神殿には顔すら出さず、アレックス王太子の治癒に専念すると称して、アレックスの寝所に籠っているとの事だった。
カミラに対しては多くの聖女や巫女たちは、内心不満があっても国王代理のアレックスと神官長がカミラを容認していて、どうする事もできず悔しく思うと書いてあった。
──このままでは結界は無理ね。
ダイアナはマリーの手紙を読んで、来るべき、夏の神殿結界の日にはカミラでは不可能と確信していた。
その際、マリー率いる巫女たちの魔力で、翡翠の女神の石碑像だけは死守して欲しいとマリーに伝えた。
マリーは、他の聖女たちより魔力が強いので、翡翠の女神像だけは守ってくれるはずだとダイアナは信頼していたのだ。
夏の神殿結界の儀式は目前に迫っていた。




