10. 美剣士の名はエド・シーラン
※2026/3/2 加筆修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
若い剣士は黒い二角帽子をかぶって、後ろに束ねた銀色の長髪。
濃紺のマントを羽織っており、中は黒のチュニック、下はグレーのトラウザーとブーツを履いていた。
一見、剣士には見えないがダイアナが彼を剣士と思ったのは刀剣だった。
先ほど抜刀した時の碧く光る剣を見てダイアナは驚いた。
──あれはただの剣ではない。
どこかでみた事がある。
確か、王宮の騎士団たちが使用している聖剣だったかしら?
ダイアナは剣の記憶を思い出そうとしたが、側にいる林檎を食べている剣士を見ると違和感があった。
でも呆れた、この人ったら刺客を数人も切り捨てたというのに、何食わぬ顔をしてさっきから木になってる林檎を採ってはむしゃむしゃ食べてばかり。
──私を助けてくれた事には感謝はしても、何も一刀両断で殺さずとも⋯⋯と剣士の冷酷で非情さと、林檎を食べてるアンバランスさが異様に思えたたのだ。
どうやらこの男は平時から刺客に慣れているのねと、ダイアナは察した。
そういえば先ほどの碧く光る剣は、王宮内の騎士が装着してたのを見たことがある。
──そうだ、思い出した!
確か、“蒼の王宮騎士団”だけが持つ事ができる魔力剣だわ!
◇ ◇
蒼の王宮騎士団──。
ジェダイト王国の王宮騎士団の中でも、トップクラスの超エリート集団である。
蒼の騎士に所属すると、王宮魔導師たちが騎士の一人一人に特別にあつらえた魔力剣を贈る。
その名のとおりの魔力剣は、己の剣技と己の魔力を使い、瞬殺で敵を倒す“名刀”と評判だった。
しかし蒼の王宮騎士団は普段、王宮内にいて国王や王族、重鎮家臣の護衛をしているはずだ。
──でも、何故そんなエリート剣士がこんな田舎の森にいるの?
それに……なんだかこの男、多分、王宮から私を尾行してきたのではないかしら!
ダイアナは座っている若い剣士をまじまじと凝視した。
剣士はダイアナに急に凝視されてびくっとなった。
先ほどまでのヒルに対する冷ややかさはどこへ行ったのか、ダイアナが突然、自分をジロジロ見てるので食べかけの林檎を慌ててポケットに入れた。
そして恥ずかしそうに目を逸らす。
その顔にはリンゴを咀嚼した小さな屑が、口元にたくさんくっついていた。
──ふ、まるで子供みたい。
ダイアナは剣士の口元を見て少し顔がほころんだ。
この剣士も、目の周りだけ黒仮面を付けてはいたが、仮面の中から覗く瞳は、すみれ色で美しく煌めいていた。
仮面を付けていても分かる、鼻梁のスッとしたなかなか美剣士である。
偉丈夫だけど、よくよく顔だけを見ると十代の少年にも見えた。
「ねえ、貴方に助けてくれたお礼をキチンと言ってなかったわね。先ほどは、私を助けてくださりありがとうございました」
ダイアナは男の前で、丁寧に剣士に礼を取った。
「いや……別にその……俺は⋯⋯」
一瞬、剣士はたじろいだが、照れ臭かったのかまたダイアナから目を逸らした。
すると、なぜかポケットから食べかけの林檎ではなく、今度は草笛を取りだして、急にピューピューと吹き鳴らした。
「!?」
──何この男⋯⋯さっきは林檎を食べたり今度は草笛を吹いたりと……変なの、すっごく変ってるわ。
ダイアナはこの若者がだんだん挙動不審に思えてきた。
と同時になにやら面白いなと男に興味を抱いた。
「ねえ、唐突で悪いけど貴方の名前教えてくれる?」
「あ、俺は⋯⋯エド」
「エド、それだけ?」
「エド・シーラン。蒼の騎士団に属している」
「やっぱり!でも何でこんな所にいるの?」
「それは……」
剣士は口に含んだ草笛をペッと捨てて、むくっと立ち上がりダイアナの近くへ歩み寄ってきた。
「ちょっと、私には近づかないでちょうだい!」
ダイアナは偉丈夫の剣士が、突然目前に来たので、いつもの癖で
『汝、男子は寄るな、ヒール!』と風魔法を発動しようとした。
エドと名乗った剣士はダイアナの言葉でピタリと止まる。
そして急にふくれっ面をして言った。
「俺は貴方と会ったら、真っ先にこう言いたかったんだ、大聖女ダイアナは大バカだとな!」
「は、私が大バカ?」
「そうさ、いくら聖女でも自分を殺そうとした奴に、情けをかけるなんて大バカだ!それにあの糞王太子に黙って神殿から追放されたのもバカの極みだ!」
ダイアナは口の悪い剣士にカチンときた。
「バカバカって──貴方本当に王宮騎士なの? 悪いけど田舎の野盗みたいにさっきからとってもガラが悪いわよ!──もしかしてバカって言いたいが為に、私をここまで追ってきたの?」
「そうだ!」
「は?」
「俺はあんたが大聖女をあの女狐に奪われた事も、追放されたのも納得してない!だから蒼の騎士団の団長に休暇願いを叩きつけて大聖女を護衛しようと勝手に決めたんだ」
「へえ~、それはどうもごていねいに休暇届まで? よく蒼騎士の団長様が許したわね~!」
ダイアナは呆れた。 開いた口がふさがらないとはこの事だ!
「ああ、団長は呆れていたが、エドの気まぐれはいつもの事だと納得してくれたよ」
「あ、そう。ぷっ……」
思わずダイアナはおかしくて吹きだした。
──この剣士笑える、跳んだヤンチャ坊主だわ。
蒼の王宮騎士団の団長が、この少年に手を焼いてるのが目に見えるようだ。
ダイアナは心底、団長に同情した。
「それに俺は国王が病で倒れてから、糞王太子の護衛に配属されたんだ。それも虫唾が走るから断った。なんで俺があの糞野郎の警護をしなくちゃならないんだってね!」
ダイアナはさらに目をまん丸くした。
──まあ、この剣士ったら面白いわねえ⋯⋯蒼騎士なのに王太子の護衛が嫌だなんて。
だが、ダイアナは王太子を『糞野郎!』といってくれた事に内心気をよくした。
「まあ、本気で私を心配してくれたのは理解したわ。でも助けてくれたけど私は聖女よ。この刺客だって私を殺せやしないわ。貴方が手をかけずとも私が殺さずに簡単に捕まえられたのよ」
「え、そうなのか?」
エドと名乗った若い剣士は、ダイアナの言葉に初めて驚いた。
「じゃあ俺は用無しだったのか?」とエドは急にしょんぼりする。
「あ、あの、いいえ用無しとかではないけど……ただ私は聖女の魔力が使えるから護衛は必要ないわ。だから貴方も王宮へ戻って、自分の職務をまっとうしなさいと言いたかったのよ」
「だが……あんたはこの後、どうすんだ? 大聖女をクビになったんだろう?」
「クビ?──ふふはっきりというわね~。まあ確かにそうだけど」
ダイアナはこの若者のストレートな物言いは、本来ならとても失礼に値すると怒るところだが、何故か彼と会話をしていて心地が良かった。
というよりダイアナは長年、聖女の勤めに精進してきた為、何年も若い男とこんな近くで、それもこんな砕けた会話をした事が一度もなかったのだ。
もしも神殿や王宮内ならば即座にダイアナは『汝、男子は寄るな、ヒール!』と風魔法を瞬殺してるはずだ。
ダイアナは何となくこの若者をからかってみたくなった。
「うん……そうねえ。いっその事、この村で良い殿方がいたら結婚でもしようかしら」
「ひぃえええええええええええっ!?」
エドは素っ頓狂な物凄い大声を出した。
ダイアナはエドのつんざくような大声で、思わず両手で耳を押さえた。
「はああ、すっごい大声、貴方何なのよ! ほら~かわいそうに野鳥が驚いて逃げちゃったわよ!」
「俺をからかうな。大聖女様は結婚なんかせんだろう!」
エドという剣士はぶすっとした顔で酷く声を荒げた。
「あ、あんたが変な事いうから、ショックで心臓がおったまげちまったせいだぞ!」
「は! おったまげちまった!」
ダイアナの翠の瞳はこれでもかっていうくらい大きく見開いた。
「アハハハ、いいわね~。あなたってアハハ、変わってるというか、とっても面白い!」
ダイアナは子供の頃以来か、声をはりあげて笑った。
◇ ◇
「まあ話はこれくらいで。ほら、日が落ちる前にこの人達を土に戻してあげないとね」
「えっ! こいつらはあんたを殺そうとした刺客だぞ、そんな奴を土に埋めるのか?」
「当然よ、私は聖女だもの、彼等の御霊を弔わないと。できたらあなたも手伝ってくれると助かるわ」
「俺も?」
「ええ、日が暗くなると大変だもの」
「……ちぇっ分かったよ!」
渋々だったが、エドはダイアナの指示どおり、死人たちを土葬する為に土を掘り起こしていく。
ダイアナは土葬の前で、一人一人の死者に丁寧に祈りを捧げながら御霊を弔っていった。
※ ここ迄お読み下さりありがとうございました。
※ 蒼の騎士団員エド・シーラン。
このガサツな若者とダイアナとの関係はどうなるのでしょうか。




