09. 刺客男との交流
※ 2026/3/2 加筆修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
ダイアナは燃えるような翠色の眼で若い剣士を睨んだ。
「おやめなさい、これ以上の殺生は私が許しませんよ!」
「大聖女様……」
剣士はダイアナに言われると不満げだったが、いわれた通り、腰の鞘に光る剣を収めた。するとダイアナを眩しそうにじっと見つめた。
眼前のダイアナは両手を横に伸ばして、瀕死の男を庇うように仁王立ちしている。
その時──陽光が再び森を明るく照らしだした。
マントのフードから外れたダイアナの黄金の髪が、風に波打つようにたなびいた。
煌めく木漏れ日に反射したダイアナの長い髪は、キラキラと煌めいて黄金の絹糸のように美しかった。
さらにダイアナのキリリとした翠色の瞳は、宝石のように爛々と強く輝いていた。
「綺麗だ…………」
と剣士は見惚れて、溜息まじりに呟いた。
そう、ダイアナには、周囲を圧倒する荘厳な美というか聖処女だけの内面から輝く美しさがあり、彼女を初めて見た人は殆ど目が釘付けになってしまう。
剣士はダイアナの高貴な美しさにうっとりしたのか顔が真っ赤になった。
すると剣士は我に返り喉元をひっくり返したような声で
「あ……あ……貴方を殺そうとした悪い奴ら……です、よ」となんとか言い切った。
──は? あらら、何この剣士?
ダイアナは先ほどの殺戮マシーン化した剣士が、なぜか今は真っ赤な林檎顔をした少年みたいに見えて、そのギャップがいともおかしかった。
ダイアナはすこし表情を緩めて言った。
「見知らぬ御方。私を助けてくれた事には感謝申し上げます。けれども人を簡単に殺めてはなりません」
「! でも、あ、貴方を殺そうとした悪い奴らですよ」
剣士は同じ言葉をたどたどしく繰り返したが、ダイアナの微笑みにドキッとしてますます赤らめる。
ダイアナは返答せずに踵を返して、瀕死の男の傍らに膝を付いた。
即座に男の服を脱がせにかかった。
「ええ~大聖女様、何をする……あ、なさるのですか?」
「知れた事、この人を助けます!」
「ええぇ~! こいつはさっきまであなたを殺そうとした奴ですよ!」
「死にかかっている人を放ってはおけません。聖女として当然の義務です」
「ほへぇ……」
とんと呆れかえった剣士だったが、ダイアナの真剣な姿勢にその場で押し黙ってしまう。
◇ ◇
ダイアナはただちに瀕死の覆面男の衣服と、仮面を脱がせて回復魔法のヒールを施した。素顔を見ればとても若い男である。
ダイアナがヒールを施すと、剣士にざっくりと切られた背中の大きな傷が、みるみるうちに小さく癒えていく。
血だらけだった服や男の身体や顔も、水魔法で血をきれいに流してふき取り、ぬれた顔や衣服を風魔法で乾かしていく。
「へえ、聖女のヒールって、間近でみたが凄いもんだな……」
ダイアナのヒールを観察しながら、その手際の良さに剣士は感心した。
少し経つと死にかけていた男の顔色が正常になり意識が戻ってきた。
「うっ……」
「大丈夫ですか?」
ダイアナは優しく彼の頭を抱き起こして、水筒を背嚢から取り出すと水魔法で水を入れて男に飲ませた。
「あ、ありがとうございます。聖女様……」
「気が付いて良かった…他の人は瞬殺だったけど……あなたは致命傷ではなかったから助けられました」
「ああ……私はあなたを殺そうとしたのに……」
治癒された刺客の若い男の目から、いつしか涙が溢れでてきた。
「申し訳ありません、俺はなんて事を……あなたはまさに大聖女だ……」
刺客の若者はぽろぽろ涙を流してダイアナに心から詫びた。
「良いのです。あなたの命が助かってよかった……」
ダイアナはまさしく聖女の笑みを満面に輝かせた。
◇ ◇
その後、ダイアナは刺客の若者から身の上を聞いた。
若者の名前はヒルロット、通称ヒルという。
ヒルは神官たちの護衛騎士の一員だったが、腕が立つので強制的に神官長に今回の刺客を命じられたそうだ。
ヒルには神官長に断る術はなかった。
護衛騎士の職を取り上げられたら、田舎にいる病気の母親に仕送りができないというのだ。
「もし、このまま王宮に帰っても大聖女殺害に失敗したと報告したら、私は神官長からクビをいい渡されるでしょう」
ヒルは悲しげに言った。
「はあ~そりゃ聖女の刺客なんて、あんたが引き受けるから罰が当たったんだ!」
突然、少し離れた切り株に剣士が腰を下ろして話の輪に入ってきた。
「あんたは命が助かっただけ、ひゃりがたく思え!」
剣士はお腹が空いていたのか、木になっている春林檎を齧りながらもぐもぐと喋った。
ダイアナはその食べながら喋る剣士の姿を横目で睨みながら
「ちょっと、貴方は口を挟まないでちょうだい!」といって剣士を叱った。
「へいへい、すみませんでした~」と剣士は上目づかいで、首を縦にコクコクと謝った。
──は? この剣士ったら、一体何なのよ!
ダイアナはうさんくさそうに剣士を見つめたが、すぐにヒルに向きなおる。
「ではヒル、この度の私への刺客を仕向けたのは、神官長からの命だったのね」
「はい大聖女様。そうだと思います。私が思うに神官長は日和見主義の男で、政務代行となったアレックス王子に媚を売っておきたかったのでしょう」
「ああ、黒幕は神官長だと!あの老害糞野郎、今から俺が馬でひとっ走りしてきて、あのヤローの首をちょん切ってこようか!」
「ちょっと貴方は口を挟まないでって、さっき言ったばかりでしょう!」
「⋯⋯あ、スンマセン」
剣士はダイアナが自分に本気で怒った口調だったので、しんみりした顔になる。
「ねえ、ヒルと言ったわね、正直に話してくれてありがとう」
ダイアナはヒルが内情を話してくれたので、当座の生活費として金貨を数枚渡した。
「えっ、大聖女様、こんなには頂けません!」
「いいのよ、それと薬草もひと月分渡すわ。この薬草は万能薬だからお母様にも効くと思うわ。これを毎朝一回煎じて飲ませなさい。それから貴方もほとぼりが冷めるまで一時、お母様の所へ身を寄せてなさい」
と指示をした。
そしてダイアナは自分が王宮に戻った暁には、必ずヒルを呼び戻してあげると約束までした。
「大聖女様、このご恩は一生忘れません! ありがとうございました、ありがとうございました!」
とヒルは何度も何度もお辞儀をして、そのまま森を離れていった。
◇ ◇
ダイアナは他の斬られて死人となった者の傍に行き、彼等を再度、確認した。
残念ながら、いくら大聖女でも死んだ人間を生き返らす事はできない。
──それにして見事な腕だわ、全員一太刀で急所を斬っている。
ダイアナは自分の後ろから距離を少し置いて、立っている若い剣士を冷静な目で凝視した。




