71話 雷鳴未だ止まず
地面を蹴り、宙を跳ぶ。
周囲が瓦礫にまみれ、扉はひしゃげて外に出れない俺達は唯一の出口である空へと向かって跳ぶしかなかったからだ。
俺が先に崩れた瓦礫の上へと着地して、外の様子が見えるようになった時。
思わず、声を失った。
街は赤く燃え、空よりも明るく。
風に紛れた声は悲鳴と怒号。
噴煙は空の黒を更に色濃く増している。
戦火、と。
そう言えばいいのだろうか。
戦争を思わせるような赤く染まる世界が俺の現実感を少し揺らす。
「酷いものだな」
「ヴァンダ……なんだその姿」
「竜人の一部は自分の姿を竜へと変えることが出来る。もっとも長くは持たんがな」
より現実感が薄い、赤み帯びた鱗を纏う竜が背後には浮遊していた。
それがヴァンダルヴァだというのは声からわかるが……いや、今はいい。
しかし、予想以上に範囲は広い。
見回した周囲全ては炎と煙を上げており、どこ言っても炎からは逃れられそうになかった。
つまりはそれは、逃げ場がない事を意味している。
「救助しても、連れて行く場所がないな」
安全地帯がない。それは例え誰かを助けたとしても再び火に追われるということだ。
勿論、例えば瓦礫などに挟まれている人とかは助けれるだろうが、そんな人が歩いていけるはずもない。
こういう時、治癒か、瞬間移動が使えれば……
「いや、待てよ。アルマダはどうした?」
こういった自体であれば、俺の所に飛んできてもいいはずだ。
あいつは瞬間移動が使えるのだから。
「仲間か? もし瞬間移動の類で移動しようとしても無駄だ。あのアルファがこの辺りの領域を支配しているからな」
「なんだ、その領域を支配って言うのは」
「簡潔に言えば、周囲を自身の魔力で覆うことで瞬間移動などが出来なくなるようにしてある。もっとも、この街一帯を覆える程の魔力という事であれば、常識の埒外ではあるが」
「それでこっちに来れないのか……」
そういえば、不思議なことにこういった事に興味を示しそうなリズも声をかけてこない。
その領域とやらが影響しているのか、それとも別の要因か、単純に興味が無いのかわからないが……。
「……時間もねえ、とりあえず行くだけでも行くか」
「然り。今の我らの時間は白銀にも勝る」
互いに時間制限がある中、悠長には話していられない。
だが、方針は決めておかないといけない事、現在の状況確認は必須という事から白銀であろうと消費をする。
このお喋りを切り上げなかったヴァンダルヴァも同じだろう。
「気をつけろ、いつ、雷が落ちてきても可笑しくないぞ」
「ああ、確かに、笑う余裕はなさそうだ」
ちなみにだが、俺の光羽も見た目は光だが、光速と言うわけではない。
そしてあの龍、アルファが放った雷も、雷速というわけではない。
もっとも、限りなく速いというのは間違いはないだろうし、直撃を受けたらどうなるかは想像したくない。
一瞬、ちらりとヴァンダルヴァが俺に視線を向けた後わずかに首を後ろに曲げる、その意味がわかった俺は首を横に振るう。
ふっと笑い正面を向くヴァンダルヴァ。
話はここまでだな。
「行くぞ!」
「応!!」
俺は瓦礫にまみれた海を狼のように駆け
ヴァンダルヴァは雷鳴の空を隼の如く翔ける
ヴァンダルヴァが提案したのは背中に乗るか、と言うことだ。
だが、そうなると俺に出来る事が無くなってしまう。
俺は地上にいたほうがいい、そういう判断を把握したヴァンダルヴァは突き進む。
だが示し合わせなくとも俺とヴァンダルヴァは同速だった。
ヴァンダルヴァが速度を合わせてくれている、と言うことはないだろう。
それであれば先に行けばいいだけの話だ。
数十秒を高速で駆け抜けた俺は丁度雷が落ち、破壊された場所まで来ていた。
地面は焼けただれ、酷くえぐれており、更には溶岩のようにもなっている事から余程の高熱と衝撃だった事がわかる。
だが思わず鼻へ袖をやってしまったのはそれでも消しきれない匂いがあったからだ。
嗅いだことが無い、だがわかってしまう嫌な匂いだ。
「…………あの灰は」
それが視線で差した先、丁度溶岩の近くに落ちている大きな灰の塊。
ヴァンダルヴァは静かに一瞬、目を閉じた。
「そうか」
みなまで言うまい。俺も一瞬だけ目を閉じる。
「……て」
強く地面を蹴り、その聞こえた声へと向かう。
同時に気づいたヴァンダルヴァは周囲を警戒しながら俺と同じ方向に飛び出していた。
少し離れた先、路地のような場所でその声の主は居た。
「……けて」
声も絶え絶えな女性だった。
足は横の家の壁だろうか、煉瓦の塊に押しつぶされて動けないようだった。
「ヴァンダルヴァ! 光羽!」
「ぬ、承知」
意図を察したヴァンダルヴァは光羽によって切られた煉瓦の塊を薙ぎ払った。
そのまま薙ぎ払えば崩れ落ちる部分があるかもしれないからだ。
一旦斬ることで飛ばす塊が斬った上部分にする、という俺の発想をすぐ理解してくれたようだ。
「大丈夫、ですか?」
「ぁ…………」
救いを求めるように手を伸ばすその女性の手を掴む。
「っ……」
熱い。握っているだけでも熱さを感じる程だ。
これが人の体温なのか、いや、違う。
火が周り、周辺の温度が熱くなっているのか。
先程の溶岩ができたんだ、周囲も高熱……見れば女性の声もかすれている。
ひょっとすると喉も焼けているのかもしれない。
「……すまない、俺にはアンタを治すことは出来ない」
俺に治癒は出来ない。
ヴァンダルヴァも同様らしく、軽く頭を下げる。
お互い戦闘に特化した身ということだろう。
今はそれが恨めしい。
「ぁ……ぁ……」
「っいかん。この御婦人、熱く、それでいて水が足りておらん」
「水分欠乏、熱中症か!」
俺は触って熱さを感じるが、周囲の温度はそれほど感じていない。
溶岩の近くに居たときもだ、恐らくエグゼクタの防護だろうが、そのせいで周囲の温度が把握しきれていなかったか!
「くそ、水……冷やす物……何か、何か無いのか!!」
掴んだ手の力が弱まっていく。
壊れるほど弱々しいその手がすり抜けていく。
「水……くそ!!!」
「【霧深い雨吟】」
冷ややかな風と共に辺りが霧で覆われていく。
霧を吸い込んだ女性の顔がわずかにやすらぎ、呼吸を何度も行う。
この魔法は。
「これぐらいしか、出来へんけどな……」
奥から姿を表したのはアリスだった。
手をまだ崩れていない壁に置いて、身体を寄せている。
「アリス! よかった……」
「死んだと思うたか? 残念やったなあ……トリックごほごほ!」
「アリス!?」
「主の知己か、狐人か、しかし随分と弱っているな」
「ちょいと張り切りすぎてな……あの雷一発防ぐのが精一杯でこのザマや、直撃コースやったから……魔力がもうカスや……」
「魔力を使いすぎたか、本来であれば休息を取ればよいのだが……」
「どあほう、そう弱音言ってられる、状況かいな」
「お前、まさかその後も?」
にへらっと、ようやく笑みを浮かべながら壁を背にして荒く息を吐く。
「おんなじような人がおるでな……とはいえ、正直さっきのが正真正銘最後の魔法や」
「魔力欠乏……そこまでなる程にとは、天晴な女傑よ」
「女傑って、かわいくないなあ……姫ちゃんか天使位言ってほしいわ」
そんな冗談を吐きながらも今にも倒れそうだ。
その時女性は、少し呼吸をしながらもゆっくりと地面に倒れた。
一瞬血の気が引くが、呼吸はしている。
どうやら意識を失ったようだ。
だが顔色は少しばかり良くなった。
とはいえ、ほんの少しだが。
「今の状況じゃ、これが精一杯や……けど、あっち」
そう言ってアリスは自分の後ろを指す。
「何人か見かけたで、ユウ、あんたの……鬼っ子もな」
「鬼っ子、ティリアスか! まて、一人だけか?」
「ウチが見たのはな……行きたいがウチは少し休むわ。流石に、動けへん」
そういってずるずると壁を背にしながら座り込む。
俺が少し迷っていると大声を出した。
「ウチは大丈夫や! だから……行ってやり」
「アリス……」
「なんや、それともおぶっていくか? ウチの胸を堪能するには……まだ早いで」
そう言って笑うが、明らかに力がない。
「行くぞ」
「ヴァンダルヴァ、だが……」
「覚悟を決めた者に、弱者も強者も、男も女も関係ない。意思を組んでやれ」
静かに、だが強い視線を送りながらそう答えるヴァンダルヴァ。
「……後で来るからゆっくり休んどけよ」
「ゆっくり寝てるわ、寝ているウチ見つけても。えっちなイタズラしちゃあかんで」
「馬鹿言うなよ……悪い、行くぞ」
そう言って頷くヴァンダルヴァを見て、俺は走り出す。
合わせて翼を広げて飛び立つヴァンダルヴァ。
「人がいる、ということは何かしら手立てがある。方向と方針は間違っていない」
「ありがとよ、でもそんな崇高な言い訳はいい。俺は仲間を、仲間の無事をみたいだけだ」
「気遣ったつもりは、ないがな」
「そうか、なら勘違いかもしれねえな。……アンタの方はいいのか?」
そう言うと僅かに苦笑する。
「友と呼べるものはおらんのでな」
「そうか、一人しか居ないなんて寂しいやつだな」
その言葉に、言葉に詰まるヴァンダルヴァ。
俺は、空を向けずに居た。
「いや、寂しさは無い」
「そうか」
ヴァンダルヴァはただそれだけ伝えた。
「だが、一人の無事は確認できた。後は……」
ガラガラと、後ろの方で何かが崩れる音がする。
その音に反応して
「振り向くな!! 今は、前を見よ!!」
一喝される。
「……くそ、約束は守れよ」
俺は未だ火を舐める地面を蹴って進んでいた。
【TIPS】
魔力は精神力とも言われている。
その分、感情によって増減があるが、魔力が空になった場合は強い疲労感を感じる。
しかし、その状態でも魔法は使えないわけではない。
だがその状態で使えば身体も精神も追い込まれるのは間違いないだろう。
そして、身体の警告を無視して使った先は自分の破滅である。




